番シリーズ 番外編

伊織愁

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『白カラスにご慈悲を!!』〜番外編 最終話〜

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 芸術祭の当日の朝、リィシャは願いを込めて白薔薇のブーケに魔力を注いだ。

 銀色の光が煌めく白薔薇に、リィシャは満足気にエメラルドの瞳を細めた。

 「よしっ、きっと今日の芸術祭は上手く行くわっ」
  
 ユージーンが奏でるバイオリンの音色を思い出し、リィシャは頬を緩める。

 「ジーンのバイオリン、久しぶりに聴ける。 楽しみだわ」

 鼻歌が自然と溢れ落ちて心が踊る。

 リィシャは意気揚々と学園へ向かった。

 ◇

 講堂の舞台に立つエドワードから、芸術祭開催の挨拶が行われた。

 「皆、この日の為に沢山の練習をして来た。 上手くいっても行かなかったとしても、暖かい拍手を送ってあげて欲しい。 ここに芸術祭の開催を宣言する」

 エドワードに拍手が送られ、彼は手を振って舞台袖に消える。

 「名前を呼び出す事がないから、順番を間違えずに舞台に立ってくれ」

 舞台袖で順番を待っている生徒たちにユージーンが説明をし、最初に演奏する生徒を舞台に送り出す。

 最初の生徒はピアノ演奏者だ。 静まり返る講堂の中、ピアノの音色が響いた。

 ピアノ演奏者は三人続き、後はバイオリンやフルート、次々と演奏者を送り出し、8時半から行われた演奏会は、9時過ぎに終了した。

 40分の休憩を挟み、10時から芝居が始まる。 舞台裏で大道具のセットを設営するのに手を貸す。 生徒会メンバーには休憩する事は許されない。

 セットを手伝っている間に、休憩は直ぐに終わった。 二時間の芝居は、舞台袖で生徒会メンバーと一緒に見た。

 芸術祭は順調に進み、芝居も大きな失敗も無く、午前中は無事に終わった。 問題は午後の部である。 四人の生徒の演奏が終わると、次は生徒会のメンバーだ。

 虎族の令嬢たちが何かを仕掛けて来るなら、リトルの番の時だろう。 動揺を避ける為、リトルには何も言っていない。

 「さて、シア、昼食に行こうか」
 
 隣で一緒に芝居を観ていたジーンが優しく微笑む。

 「では、私は皆の席を確保して来ます」
 「うん、頼んだよ」

 お辞儀をしたサイモンは、素早く人垣を縫う様に歩いて行った。

 「今日のランチはなんだろうね、シア」
 「ジーンは全く緊張していないのね」
 「まぁね、僕は人前に出るのは慣れているからね」
 「ジーンが羨ましいっ、私はもう既に緊張しているわっ! ランチなんて喉が通らないよっ」

 しかし、食堂に着くなり、美味しそうな匂いに釣られ、後に出番があると言うのに、結構な量を取り皿に乗せた。

 学園の食堂はビュッフェ形式で、生徒達が好きな物を、お手頃価格で食べられる。

 サイモンが取ってくれたテーブルに着くと、リィシャはカスタードプリンに手をつける。 つかさず、サッとユージーンにカスタードプリンを取り上げられ、にっこりと笑みを向けられる。

 「シア、ダメだよ。 先に食事をしようね。 デザートは食後だよ」
 「……っ分かったわっ」

 二人の様子を見たリトルの表情が少しだけ陰る。 リィシャは気づかなかったが、リトルはあまり食べられなかった様だ。

 ◇

 芸術祭の午後の部が始まった。 始めに副会長であるユージーンが午後の部の開催を宣言した。 四人の生徒が次々と演奏し、生徒会メンバーの順番が来た。

 あぁ、物凄く緊張するっ! 人前でなんて踊った事なんてないから、足が震える。

 「リトルちゃん、大丈夫? 大分、緊張してるみたいたげど」
 「先輩っ……はい、大丈夫ですっ」

 本当は全く大丈夫じゃないけど、駄目ですとは言いづらいっ。

 リィシャと視線が合わせられず、俯いたリトルの手を、リィシャの手がそっと触れて来る。 顔を上げれば、優しいエメラルドの瞳があった。

 「大丈夫、私がおまじないをかけてあげるわ」

 リィシャの口元から高速の古代文字が紡ぎ出される。 何かの魔法をかけられたのか、胸に温かいものが広がり、リトルの気持ちが落ち着いていくのを感じた。

 琥珀色の瞳を見開き、マジマジとリィシャを見つめた。

 ふと疑問に思った事が口について出た。

 「どうして……コモン子爵令嬢は……私の事、腹立たないんですかっ? あんな巫山戯た事を言ったのにっ」
 「それは物凄く腹が立ったし、何言ってんの?って思ったわよ」

 即答されて、答えに窮してしまった。

 「でも、それとこれは別でしょう? 見て分かるくらい緊張して青ざめているのに、ほっとけないでしょ」

 目から鱗だと、リトルはリィシャの懐の大きさに、失礼ながら『意外だ』と内心で呟いた。 リィシャのおまじないの所為なのか、心の底では分かっていた。

 ユージーンがリトルを好きになる事はないと、しかし獣人の性なのか、ユージーンに執着心を抱いてしまった。

 ユージーンへの執着心にも、今はヒビが入り、崩れながら剥がれ落ちていく。

 「さぁ、貴方の出番はジーンの後よ。 サイモンが今、舞台に出て行ったから、出る準備をしておいて」
 「はい、ありがとうございます」
 「ううん、私も緊張が解けたし、一石二鳥よ」
 
 困った様に眉尻を下げたリトルは、小さく呟いた。

 「今まですみませんでしたっ、先輩っ」

 舞台ではサイモンの演奏によるチェロの音色が講堂に響いている。 リトルは顔を上げて前を向いた。

 ◇

 リィシャが掛けた魔法は、図書館で古代魔法を探っていた時に見つけたモノだ。

 所々、破けていて、リィシャには緊張を解すおまじないだと、理解したが、本来の目的は、気が触れてしまった者を正気に戻し、冷静に考える様にするおまじないだ。

 勘違いしたリィシャは、リトルの胸に宿った執着心を取り除いてしまった事に気づいていなかった。

 リトルの言葉に鼓動が早まり、リィシャの胸に小さ痛みが突き刺していた。 正直な所、リトルの事をとても邪魔だと思った事は否めない。

 でも、当たり前だと思うの。 だってジーンを奪おうとしたんだから。

 しかし、今から起こるだろう事を思うと、リトルが気の毒だと思わずには居られない。

 リィシャの口から緊張から来る物ではない溜め息が吐き出された。

 「シアは随分と後輩思いだね。 あの子におまじないを掛けてあげるなんて、あの古代魔法、いつ覚えたの?」

 直ぐ後ろでユージーンの声がし、リィシャの肩が大きく跳ねた。

 「ジーンっ、びっくりしたわっ! 気配を消して近づかないでっ!」
 「で、いつ覚えたの?」

 ユージーンは紫の瞳を細めて、笑っていない笑みを浮かべている。 少し怯んだリィシャは、恐る恐る答えた。

 「その、図書館で今日に披露する古代魔法を探していた時に見つけたの。 おまじない的な物って書いてあったんだけど……なんか、まずかった?」
 「いや、大丈夫だよ。 それより、シアにお願いがあるんだけど」
 「……お願いって?」

 『シアのお陰でケットシーにお願いしなくても良くなったしね』、と呟いたユージーンの声はリィシャには届かなかった。

 ユージーンに誤魔化された様な気がたリィシャは、エメラルドの瞳を細める。

 苦笑を零すユージーンがリィシャの耳元で囁いた。 話を聞いたリィシャは無言で頷いた。

 舞台上では、演奏を終えたサンモンと次の演奏者であるエドワードがすれ違う。

 二人はアイコンタクトで、労いと激励を伝え合っている。 エドワードのフルートの演奏が始まった。 クールで冷たい印象を与えるエドワードからは、全く想像出来ない様な繊細な音色が講堂で響き渡る。

 素晴らしい演奏を披露するエドワードを眺め、リィシャは恨めし気にユージーンを見つめた。

 「ねぇ、ジーン。 本当に私が最後で良かったの?」
 「うん、本当はブラン嬢が良かったけど、各方面から苦情が出るだろうしね」
 「リトルちゃんが最後だと、生徒会の皆んなの演奏も披露出来るし、何か起こっても演出だって装えるのにね」
 「……そうだね。 でも、さっきの呪文で何とかなるから、お願いね、シア」
 「分かったわ、ジーン」

 エドワードの演奏が終わり、ユージーンの出番が回って来た。 にっこり笑ったユージーンは爆弾を落として行く。

 「僕にも、シアのおまじないを頂戴」
 
 リィシャが返事をする前に、軽くリップ音を鳴らし、リィシャの唇に触れる。

 きっと舞台袖が少しだけ見える位置に座る観客には見えてしまっただろう。 そして、少し離れた場所にいるリトルにも。

 真っ赤になっているリィシャに、ユージーンは手を振って舞台へ歩いて行った。

 舞台に上がったユージーンのバイオリンは素晴らしかった。 講堂で聴いている生徒たちも聴き惚れ、ユージーンの姿に見惚れている。

 「やっぱりジーンのバイオリンは凄いわ」

 ユージーンのバイオリンを聴きながら、リィシャはエメラルドの瞳を煌めかせた。

 4分半の演奏を終えたユージーンが舞台袖に戻って来る。 次の出番であるリトルとすれ違った。 いつも通り、ユージーンはリトルに視線を向けなかった。

 舞台に上がったリトルが猫族のダンスを踊り始めた。

 ◇

 ユージーンが舞台でバイオリンを弾いている時に、観客席を確認して猫族の族長と、虎族の令嬢たちを確認した。

 ユージーンが手紙を出した通り、猫族は来てくれた様だが、ユージーンが思っていた人物が来た訳ではなかった。

 何で彼が来ているんだ? 僕がお願いした人じゃないんだけど。

 猫族の彼と視線が合い、お互いに貼り付けた笑みを浮かべた。 演奏を終えると、出て来るリトルと、お互いに視線を合わせずにすれ違う。

 舞台袖で、バイオリンをサイモンに預け、自身の番を待っているリィシャの側へ行く。

 「シア、大丈夫?」
 「ええ、大丈夫よ」
 
 力強い答えが返ってきた。 もう、そろそろ虎族の令嬢たちが仕掛けただろう騒ぎが起こるはずだ。 リトルが猫族のダンスを披露し始めた時、講堂の色々な場所から物音がなり始めた。

 皆は最初は気づかず、リトルのコミカルなダンスを面白そうに眺めていた。

 「まぁ、これもある意味では芸術だよな」
 「そうね、見ていると段々と楽しくなって来るわね」
 「偶にはこういう趣向もいいな」
 
 生徒たちや来賓にも、好意的に受け止めてもらえた様だ。 猫族のダンスは、仲間を集める為の呪術の様な物だ。

 ステップを踏む度に、仲間を呼び寄せる呪術が周囲に振りまかれる。

 リトル自身がケットシーの血が薄く、呪術も未熟なので、仲間を呼び寄せる事は出来ないのだが、既に講堂にいる仲間には軽く呪術はかかる。

 観客席で突然立ち上がり、リトルと同じ様に猫族のダンスを踊りだす猫族の獣人たち。

 「おぉっ!」
 
 隣でリィシャから淑女とは思えない声が飛び出した。 チラリと視線を向けると、興奮した様にエメラルドの瞳を煌めかせるリィシャが居た。

 「仲間を呼び寄せる力は無いと言っていたけど、この人数を踊らせる力は中々だね。 まぁ、皆んなは半分ノリだろうけどね」

 観客席で踊り出す猫族の生徒たちは、許容範囲だ。 次の騒動は抑えないといけない。

 小さかった物音が大きな騒音になり、大量の野良猫が足元から飛び出して来た。

 どうやら魔法で見つからない様に客席の足元に隠していた様だ。

 「シア、今だっ!」
 「うん、分かったわっ!」

 客席に座っていた生徒と来賓たちは何が起こったのか分からず、呆然とする者、悲鳴を上げる者、飛び出して来る野良猫を見て狼狽えている者もいた。

 猫族のダンスの効果で暴れ出した野良猫たちを見て、虎族の令嬢たちは、飛び出して暴れる野良猫を驚きの眼差しで見つめていた。

 リィシャから高速で古代語の呪文が紡ぎ出される。 リィシャの足元で魔法陣が描かれ、魔法が放たれた。

 リィシャの呪文で、暴れる野良猫たちが空中で動きを止める。

 「いいよ、シア、上手く行った。 次は野良猫たちを舞台上に移動して踊る様に指示して」
 「分かったわ」

 ユージーンの指示通り、野良猫たちを舞台へ上げて、整列した野良猫たちが猫族のダンスを踊り出した。

 真ん中に立っていたリトルは、野良猫に釣られて一緒に踊り出す。 一瞬、騒動になりかけたが、何とか演出だったと思わせる事が出来た。

 リトルと野良猫が猫族のダンスを披露している間に、猫族の代表として来たであろう彼に、口の動きだけで呟く。

 『野良猫を引き取れ』

 ユージーンの横柄な態度に、猫族の彼は頬を引き攣らせた。

 大量の野良猫が飛び入り参加した事で芸術祭はお開きになった。 序でにリィシャにもう一つ、お願いする。

 「シア、舞台袖に虎族の令嬢たちを連れて来て、もし、抵抗されたらさっきの魔法を使ってもいいからね」
 「……っ分かったわ」

 少しだけ頬を引き攣らせたリィシャが観客席へ降りて行くと、野良猫を引き連れたリトルが舞台袖へ戻って来た。 序でに呼んでも居ない猫族の彼も来た。

 「……先輩方、あの、これはっ私ではなくて、」
 「それは分かっている。 犯人はシアが連れて来るから」
 「えっ!」
 「それなら私が行きましたのにっ、シアお嬢様の手を煩わせるなんてっ」
 「いいんだよ、サイモン。 あの子たちはシアを馬鹿にしている所があるからね。 自分たちの仕業だとバレていないと思っているだろうから、驚くだろうね」
 「……ジーン様っ」
 
 「流石、腹黒だ、ジーン」

 生徒会のメンバーの背後から低い声がし、皆が振り返った。

 「やぁ、久しぶりだね、キウェテル」
 「本当に久しぶりだ。 ジーンのバイオリンを久しぶりに聴けて良かったよ。 猫族のダンスも楽しめたよ」
 「それは何より。 だけど、僕が呼んだのはケットシーで、君の父親なんだけど」
 「ああ、ケットシーを必要なら私で合っている」
 
 「という事は、キウェテルの父親は引退したのか?」
 
 話に割って入って来たのはエドワードだった。

 「やぁ、久しぶり、エド。 そうなんだ、父が引退して私が後を継いだ」
 「そうか」
 「こちらは何も聞いていなかったんだけど……」

 ユージーンの脳裏に訃報が過ぎり、顔を曇らせる。 キウェテルは両肩をすくめて答えた。

 「いや、ただの世代交代だ。 父は母と世界を見て来るって言って、世界旅行に行ったよ」
 「そうか、お元気ならそれでいい」

 ユージーン予想が外れ、ホッと胸を撫で下ろす一同。 キウェテルが面白そうに苦笑をこぼす。

 「物凄く元気だよ。 で、ジーンの要請に私が来たって訳だよ。 私の親戚筋が迷惑を掛けて悪かったね」
 「あっ! それは、あの、もう大丈夫ですのでっ」

 リトルが慌てて弁解をキウェテルへ訴える。

 「そう、もうシアには何もしないでね」
 「はい、すみませんでしたっ」
 「うん、いいよ。 あ、それと今回の野良猫がわんさか来たのは、元から観客席に隠されていたんだよ」
 「えっ、隠されていた?」
 「そう、彼女たちがね」
 
 ユージーンが背後に視線を向けると、リィシャが虎族の令嬢たちを引き連れていた。 一気に人口密度があがり、狭くなった舞台袖。 堪らず、エドが苦言を呈した。

 「此処では狭い。 控え室へ移動するぞ」

 皆は黙って移動する事にした。

 ◇

 場所を変えて、虎族の令嬢たちの尋問が始まった。 生徒会メンバーでは、ユージーンとエドワードは、冷たい印象で有名だ。

 ジーン、手加減して上げてっ。

 令嬢たちはリィシャに連行されるのを嫌がり、舞台袖まで連れ来る時に一悶着あり、争った後が痕が残っていた。

 少しボロッとなっている令嬢たちを見とめ、ユージーンが小さく溜め息を吐いている。 エドワードが仕方ないと口が開いた。

 「まぁ、もう既に報いを受けているみたいだから、これ以上は追求しないが、停学は覚悟しておくんだな。 後、虎族の長にも報告する。 それでいいだろ? ジーン」
 「ああ、エド」

 エドワードの停学の言葉に、令嬢たちは不満の声を上げた。 ギラリと紫の瞳が鋭く光る。

 「君たちは芸術祭を台無しにする所だったんだ。 失敗に終わったけども、実行したのだから、ちゃんと罰を受けて貰うよ」

 ユージーンにピシャリと言われ、項垂れた令嬢たちをサイモンが連れて行く。

 静まり返った控え室で、野良猫の鳴き声がこだましている。

 「で、猫族の長として私がリトル・ブラン嬢に、ジーンとリィシャ嬢に迷惑を掛けた事を謝罪して、処分を下すと」
 「平たく言えばそうだね」

 諦めた様に息を吐き出したキウェテルは、リトルを見つめている。

 リィシャはハラハラしながら、事の成り行きを見ていた。

 「そうだな、今後もジーンとエドに身を粉にして仕えてね。 野良猫たちは責任を持って私が預かろう」

 キウェテルの下した処分に、ガクッと肩を落としたのはユージーンだった。 心なしか、エドの眉間も寄せられている。

 「あっ、後、リトル嬢にはお見合いを強制させてもらう。 これ以上、番持ちに迷惑は掛けられないからね。 ブラン男爵には私から話を通しておく」
 「……っはい」

 偽印を刻ませると言うキウェテルに、リィシャの眉間に皺が寄った。

 「心配しなくても大丈夫だよ。 いい相手を見つけるからね」
 「はい」

 ごく偶にある。 番持ち相手に強い執着心を持ってしまう者。 羞恥心を抑える為に、偽印を刻ませる。 偽印を刻めば、強い羞恥心は刻んだ相手に向かう。

 話を終え、学園の大広間でダンスパーティーが行われた。 ファーストダンスを終え、リィシャはユージーンと中庭に続くテラスにいた。

 庭園を眺められるベンチで並んで座っていた。

 「これで良かったんだよね」
 「そうだね。 普通は相手に番が居れば、諦めるものだからね」
 「そうだよね、うん」

 二人は夜空に浮かぶ満月を眺める。 リィシャはリトルが幸せな偽印を刻める様にと祈った。

 「今、思い出したんだけど、結局シアは芸術祭に何も披露出来なかったね」
 「そうね、リトルちゃんの後では、何を演っても印象に残らなかっただろうけどね」
 「僕のバイオリンも、皆の記憶から吹き飛んだだろうね。 シアは何を演るつもりだったの?」

 得意気に笑ってリィシャは立ち上がった。 ユージーンの前へ立つと、高速で古代語を紡ぎ出す。 リィシャの手から幾つもの魔法陣が現れ、魔法陣を思いっきり夜空に向かって投げた。

 魔法陣は夜空で大きな音を鳴らして、色とりどりの光を放つ。

 中庭で突如、大きな音が鳴らされ、夜空に浮かぶ色とりどりの光の花に、皆が大広間から出て来て、夜空を唖然として見つめていた。

 「綺麗でしょ、ジーン」
 「ああ、驚いたっ、こんな魔法もあるんだね」
 「図書館で見つけたの。 一つの魔法陣で三つの花が開くの。 10個の魔法陣を投げたから、もう終わるだろうけど」
 「なるほど、でも、これを講堂で演ったら、不味い事になってたと思うよ」
 「えっ、やっぱり?」
 「うん、火事になってたよ。 演っていたら、シア、先生に物凄く怒られただろうね」

 リィシャの頬が引き攣り、講堂でやらなくて良かったと、内心で呟いた。

 「どうせなら、沢山、咲かそう。 僕も手伝うよ」
 
 今、初めて見たはずなのに、ユージーンは器用に真似て、色とりどりの光の花を咲かせる。 負けじとリィシャも夜空に光の花を咲かせた。

 再びベンチに座り直し、まだ光の花が鳴り光る下で、ユージーンの顔が近づく。

 そっと口付けを交わし、胸を高鳴らせる。 二人の首筋で、番の刻印も銀色に煌めいていた。

 幾つ魔法陣を放り投げたのか、いつまで経っても終わらない。 二人は寄り添って夜空に咲く光の花を眺めた。
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