番シリーズ 番外編

伊織愁

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『白カラスにご慈悲を!!』〜番外編 四話〜

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 翌日の新入生歓迎会は滞りなく、無事に終わった。 リトルは、ユージーンとダンスを踊りたいとは言い出さなかった。

 変に騒ぎにならなくて良かった。

 しかし、リトルがユージーンとリィシャの仲を邪魔しているらしいという噂は、令嬢達の間で瞬く間に流れた様だ。

 ◇

 獣人の大陸より北にある離れ小島に、鷲王が治めるへディーズという島国がある。

 島民の八割は鳥獣人だが、二割ほど山の奥で暮らす山猫族がいて、族長はケットシーと呼ばれている。

 部屋に羊皮紙が開く音が響く。

 手に持っている羊皮紙を見つめる琥珀と緑の瞳が面白い物を見つけたと、小さく笑っている。 部屋の隅で様子を伺っていた侍従は、訝しげに眉を歪めた。

 「族長?」
 「ああ、何でもない。 どうやら、ブリティニアでうちの親戚が迷惑を掛けているらしい」
 「えっ! まさかとは思いますが、相手は……」

 溜め息を吐いた族長は眉尻を下げた。

 「そのまさかだ。 クロウ家から苦情が来た」
 「クロウ家ですかっ、それはまたっ」
 「全く、カラスに噛みつかないで欲しいぞ」
 「どうされますか?」
 「うん、長い事、家を空けたくはないが、行かなければな」
 「族長を呼んでおられるんですか?」
 「ああ、とても簡潔だったよ。 でもね、私がいない間、私に会えなくて姫が泣くだろうなと思うと」
 「……大丈夫でしょう。 姫様はお強いですし、族長に会えなくとも何とも思われないかと」

 侍従は榛色の瞳を細め、冷たい声音で宣う。 族長は自身の侍従の冷たさに、少しだけ半眼で見つめる。 悪びれる様子がない侍従はニヤリと口元を緩めた。

 「まぁ、いい。 近々、芸術祭があるらしい。 それに合わせて行って来る」
 「承知致しました。 直ぐに用意致します」

 侍従が部屋を出て行き、族長は息を吐いた。

 「ブリティニアか、久しぶりだな。 ジーンのバイオリンが久しぶりに聴けるな」

 窓から見える空を見上げ、ブリティニアに想いを馳せる。 自然に頬が緩んだ。

 「さて、どんな事で楽しませてくれるかな」

 族長は少しだけ冷めた紅茶に手を伸ばした。

 ◇

 ユージーンの思惑が分からないまま、月日は流れて行く。 リトルが生徒会へ来てから二ヶ月が過ぎていた。

 毎朝のルーティンであるブーケに魔力を注ぐ。 白薔薇は今朝も虹色に光り輝く。

 「うん、今日も綺麗」

 部屋の窓際に置かれたブーケを眺め、リィシャはエメラルドの瞳を細めた。

 最終学年のリィシャたちは、卒業後の進路も考えなくてはいけない。 通学馬車の中での会話は、卒業後の事かクロウ領の事が中心だ。

 「ジーンとサイモンは後二年、学園に通わないの?」
 「うん、大学院には通わないね。 領地の勉強はもう済んでいるしね」
 「シア様、大学院へ通う生徒は、ほぼ平民の生徒ですよ。 貴族の子息令嬢は、幼い頃から領地経営は学んでますしね」
 「へぇ~、そうなんだ」

 キラリと銀縁のメガネを光らせたサイモンがリィシャを見つめる。 リィシャのエメラルドの瞳が不味いと感じて見開く。

 「そう言えばシア様は、幼い頃から勉強を嫌がり、逃げておられましたね? 大学院へ進まれますか?」

 サイモンの笑っていない眼差しを避け、リィシャは丁重にお断りした。

 「ううん、大丈夫よっ、今でも充分、領地の勉強はしているからっ」
 「そうですか」

 ぐぐっと迫って来るサイモンの笑みは、リィシャの勉強量では不十分だと言われている様だ。 リィシャの隣でユージーンが小さく笑う。

 「サイモン、シアをあまり虐めるな。 シアはゆっくりと成長して行けばいいんだ。 領地のの事は僕が教えてあげられるからね」

 にっこりと笑うユージーンだが、やはりシアの今の能力では足りない様だ。

 ジーンの方がサイモンよりスパルタだったりするのよね。 無条件で私が出来ると思ってるしっ。

 ユージーンの過度な期待が重い時がある。 しかもユージーンは、迫力があ瑠衣笑みで押し切って来る。 リィシャは二人からバレない様に溜め息を吐く。

 学園へ着いたリィシャ達は、先ず生徒会室へ行ってから、本日の生徒会業務の確認をする。 季節は秋の終わり11月に入ったばっかりだ。

 翌月には芸術祭があり、生徒会の次の業務は芸術祭の運営だ。 参加生徒を募り、参加人数が足りなければ、生徒会の面々も人数合わせの為、参加しないと行けない。

 旧温室の生徒会室に入ると、既にリトルが来ていた。 箒を片手に床を掃除している。

 「リトルちゃんっ! おはよう、今日も早いね」
 「皆さんっ! おはようございますっ! 新人ですから、当たり前ですっ」

 リトルはリィシャに元気良く返事を返して来た。 背後で咳払いが聞こえ、エドワードが来た事に気づく。

 「おい、入り口で固まられると中へ入れない」
 「ああ、エド、おはよう」
 「皆、おはよう」
 「「「おはようございます、生徒会長」」」

 リィシャとリトル、サイモンが声を揃えて挨拶をする。 リトルの声が若干、皆より大きい。 エドワードが眉を顰めた。

 エドワードはリトルが生徒会を手伝う事は、快く思っていない。 リトルを一瞥しただけで、生徒会長の机に着いた。

 「芸術祭に参加する生徒を募ってくれ」
 「分かったよ、エド。 人数が揃わなかった時は誰が参加する?」

 暫し、考えてエドワードは、ユージーンを見つめ、黒髪の隙間から見える金色の瞳を光らせた。

 「ジーン、出てみるか?」
 「えっ、僕が?」
 「ああ、そうだ。 久しぶりにジーンのバイオリンが聴きたくなった」
 「ジーンのバイオリンっ! 私も聴きたいっ!」
 「シアの頼みなら何時でも弾いてあげるよ」

 にっこり笑うジーンの紫の瞳には、慈愛の色が滲んでいる。 リィシャとユージーンの間に甘い空気が流れる。 側で感激した様なリトルの声が響いた。

 「クロウ先輩、バイオリンが弾けるんですね。 私も聴いてみたいですっ!」

 ユージーンはリトルの話をノールックで無視した。 ユージーンとリトルの間で微妙な空気が流れる。

 ◇

 四時間目が終わり昼食の為、リィシャは食堂へ向かう。 学園を繋げている棟の渡り廊下を渡っている時、中庭から甲高い声が聞こえて来た。

 「ブランさん、貴方、ユージーン様の邪魔をなさっているそうね」

 如何にも貴族令嬢だと思われる声が響いていた。 ユージーンの名前とリトルの名前が出て来た事で、リィシャの興味を引いた。 しかし、聞こえて来た内容からすると、あまり良くない事が分かる。

 今、ユージーンは傍にいない。 四時間目の討論会がヒートアップし、時間が押していると、小さい白カラスが伝言を伝えて来た。

 一階の渡り廊下を歩きながら、リィシャは考えた。 徐々に離れていく貴族令嬢の甲高い声は、内容が酷い事になっていた。
 
 「貴方、口では邪魔しないと言っていた様だけど、コモン子爵令嬢に勝負など挑んで、立派に邪魔しているじゃないのっ!」
 「そうよ、羨ましいわっ! 私たちはそこまで行きませんでしたのにっ!」
 
 しかし、話の内容が少しづつ変わって来ている。 リィシャは呆れた様な表情を浮かべた。 皆、あわよくばと思っていた様だ。

 いや、だからジーンは私の番なんだってばっ!

 どうするか悩んだが、生徒会としても、人としても放置出来ず、リィシャは中庭へ向かった。

 声が聞こえる方向へ進むと、徐々に状況が見えて来た。 リトルは数人の令嬢に囲まれていた。 令嬢たちは学年もバラバラで、リィシャも知っている令嬢がいた。

 「兎に角、これ以上はユージーン様の邪魔をなさらないでっ!」

 一人の令嬢が大きく溜め息を吐く。
 
 「ユージーン様に本物の番が居なければ良かったのにっ」
 「本当にそうですわ」

 再び会話の内容が変わり、次はリィシャがやり玉に上がった様だ。 エメラルドの瞳が半眼になる。

 令嬢たちの日頃の鬱憤が撒き散らされている。 リトルは黙って聴いていたみたいだが、琥珀色の瞳には負けん気の色が滲んでいる。

 勝気な所は、少しだけ好感が持てるけど…….。

 キラリとリトルの掌が光り、魔力が集まって行くのが分かる。

 あっ! あの子っ、魔法を使おうとしてる?! 仮にも生徒会に入ろうとしている人間として、魔法はダメでしょう! 立派な校則違反っ!

 リトルの口元が動く。 音が小さ過ぎて周りには聞こえないが、リィシャには関係ない。 令嬢たちは魔法を放とうとしているリトルにも気づいていなかった。

 魔法を放とうとしたリトルの前へ出て、間に飛び込んだ。 まさかのリィシャの登場に、両者は驚きの声をあげた。

 「先輩っ」
 「コモン子爵令嬢っ」

 リトルの手に集まっていた魔力が霧散し、魔法の発動を防ぐ事が出来た。

 リィシャにしては珍しく、リトルをエメラルドが鋭く睨みつける。 リトルは肩を震わせて魔法を放とうとした手を後ろに隠した。

 「貴方、早く行きませんと、いつもの席が取れませんよ? よろしいのですか? 貴方たちの次期長から失望されるのではないですか?」

 こういう攻め方は苦手なんだけどっ、仕方ないよね。

 リィシャの言葉で自身達がカフェテリアへ急いでいた理由に気づき、令嬢たちが我に帰った。 彼女たちは虎族の獣人だ。

 「き、今日はここまでにして差し上げますわっ! 覚えていらっしゃいませっ、このままでは済ませませんわよっ!」

 令嬢達は悪役のお決まりのセリフを放ち、急足で離れて行った。 彼女たちが離れていく背中を眺めた後、リトルの方へ向き直った。

 「リトルちゃんっ!」

 何を言われるか理解したリトルが眉尻を下げて狼狽えた。

 「す、すみませんっ!」
 「ダメよ、生徒会の人間が学園で授業以外に魔法を使ったらっ」
 「はいっ、すみませんでしたっ!」
 
 リィシャは腰に手を当てて、鼻息も荒く息を吹き出した。

 ◇

 芸術祭の準備は、着々と進んでいた。

 「ジーン、参加者は集まったか?」
 「ああ、大方集まったんだけど、やはり少し足りない。 エド、出てみる?」
 「……その場合は、ジーン、お前だっただろう」
 「そう言えば、そうだったね。 僕が出ても足りないよ。 午後からの部が四人だだから、30分もかからずに終わるね。 一曲が4分半くらいでしょ」
 「そうだな……仕方ない、生徒会は全員参加する事、サイモン、分かったか?」

 サイモンは小さく息を吐いて諦めた。

 「仕方ないですね。 でも、問題はシアお嬢様ですけどね」
 「まぁ、大丈夫じゃないかな。 楽しみだな、芸術祭」

 にっこりと笑うユージーンに、サイモンは一抹の不安を覚えた。
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