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37話 主さま、降臨あそばす

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 主さまは面白そうに、隠れ家のリビングを眺めまわしている。 優斗たちはいつもの位置で、リビングのソファーに座った。 フィルとフィンを膝に乗せ、暖炉の前にある丸いソファーで座り、主さまが楽しそうに話しているのを黙って眺めていた。 風神も珍しく、リビングに上がり込み、主さまの足元で伏せている。 雷神は仁奈の肩に乗り、じっと主さまを見つめていた。

 「先ずは、お礼を言うよ。 争いを止めてくれてありがとう。 私の無茶な願いを叶えようと頑張ってくれた事、とても嬉しかったよ。 で、次のお願い事なんだけど、聞いてくれるかな?」

 主さまの話は、前半は良かったのに、後半の内容を聞く事が怖くて、しどろもどろに代表して優斗が返事を返した。

 「えっと、お願い、事? 何でしょうか?」

 優斗たちは、今度はどんな無理難題を押し付けられるのか、緊張した面持ちで喉を鳴らし、主さまの言葉を待った。

 「怯えないで。 そんなに難しい事じゃないんだよ。 君たちは遅かれ早かれ、ベネディクトと戦う事になると思う。 ベネディクトに奪われた勇者の力を取り返して欲しいんだ。 本来は、こちらの世界には不可侵なんだけどね。 たまにね、悪い癖で、手を出してしまう時があるんだ。 勇者召喚は正当な理由で行われなかった。 勇者の力が別の人間に渡ってしまい、勇者の力はベネディクトに奪われてしまった。 私はね、奪われた勇者の力を、本来手にしたであろう者へ返したいんだ。 回収方法は簡単だよ」

 にっこりと笑った主さまは、軽い調子で、簡単に出来る様な口調で宣った。
 
 「そんな、簡単にっ!」
 「うん、簡単じゃないのは分かってるよ。 だから、頑張ってね」
 
 また、にっこりと微笑んだ。 主さまの笑顔は『拒否なんてしないよね』と言っていた。

 ((((主さまっ! 笑顔の圧が凄い!))))

 「えっと、回収方法というのは?」
 
 主さまの圧に押され、誰も訊けない中、瑠衣が恐る恐る問いかけた。

 「本物の勇者の剣で、ベネディクトの黒い心臓を刺すんだよ。 勇者の力が剣に回収されるから、その後で本来の持ち主に返すよ。 どうやって返すかは内緒だよ。 簡単でしょ?」

 ((((いえいえ、難しいですっ! しかも、内緒って何それっ! めちゃ怖いんですけど!))))

 「主さまっ。 ユウトたちが怖がってるよっ! ちょこっと刺すだけだよ」
 「そうよ。 ちょっと、チクってするだけだから」

 ((注射なのか?! ってか、本来の持ち主って、俺らの中にいるのか?))
 ((チクって、注射みたいに言うのねっ。 そこまで言うって事は、私たちの中に居るって事?))

 ここへきて、やっと声を発したフィルとフィンが、何故か脅す様な事を言う。 主さまに会える事は、2度とないかもしれない。 自分が選ばれた理由を訊いてみたくて、優斗は無礼かもしれないが、訪ねてみた。

 「主さまはどうして、俺たちを世界樹ダンジョンに落としたんですか?」
 (こういうのって、ただ何となくとかだったりするんだよな)
 「うん? それは、なんとなくかな? 理由はないよ」
 (思ってた通りの答えがきた!!)
 「なんてね。 ちょっと、面白そうだったからかな? 君の事は元の世界に居た時から見てたからね」
 
 主さまが悪戯っ子の様な笑みを優斗に向けて、舌を出した。
 
 (もしかして、俺の心を読んでっ、さっきの答えをっ)

 主さまにこんな事を思うのは失礼かと思ったが、優斗たちは、主さまの悪戯っ子の様な笑みを『主さま、可愛い』と思ってしまった。

 「そう、ですか」
 (さっきと理由が大して変わらないっ)
 「やっぱり、主さま。 ユウトの事、見てたんだね」
 
 フィルが主さまの膝で子供の様に騒いでいる。
 
 「あの、手紙の口調と全然、違う感じなんですけど、どっちが本当の主さまで?」
 
 華が恐る恐る問いかけた。
 
 「ああ、手紙の時は、あんな感じの口調の方が、なんか主さまっぽいでしょ? 普段はこんな感じだよ」
 
 明るく話しているが、声はしわがれている。 優斗たちは軽い感じの主さまの答えに乾いた笑いを漏らした。
 
 「あのもう1つだけ、訊いていいですか?」
 「うん、何かな?」
 
 優斗の問いに、主さまが軽い感じで受けた。
 
 「あの、俺のスキルの事なんですけど、どうしてこんなスキルにっ」
 「君が望んだからだよ。 この世界に落ちる時にね。 私はそれを叶えただけだよ。 でもね、私が叶えたのは、『彼女を守りたい』って願いだけなんだよ。 どういう能力かは、私が決めたんじゃないんだよね」

 (それだと、俺がストーカーみたいな考えを持っているって事になるなっ!)
 「そう、ですかっ」
 
 優斗の精神がゴリゴリ削られたのは言うまでもない。

 「じゃ、伝える事は伝えたから、帰るね。 フィル、フィン、いい名前を貰ったね。 大事にするんだよ。 それと、食事の量は少し減らしなさい。 風神も元気でね」
 「「は~い」」

 フィルとフィンが不服そうに返事をした後、風神の頭を撫で、主さまが帰る気配に優斗たちは立ち上がった。

 「主さま! 俺たちを助けてくれてありがとうございました。 主さまの気まぐれだったとしても、ちゃんとお礼が言いたかったんです」
 「「「ありがとうございました」」」

 主さまは、ちょっとびっくりしていたが、優斗たちに慈しむように微笑むと、フッと主さまの姿が消えた。 主さまが『そういう所が、君たちの良い所だね』と呟い声は、優斗たちには届かなかった。

 ――『花咲華の安全を確認しました。 就寝中の危険はありませんでした。 【透視】と【傍聴】スキルを開始しますか? 花咲華の今朝の映像を送りますか?』

 朝日が差し込む中、優斗は今日も監視スキルの声で起こされる。 異世界へ落とされて33日目の朝が来た。 今日の朝食当番は、優斗と瑠衣だ。 だから、監視スキルと遊んでいる場合じゃない。

 早く、朝練のメニューをこなし、華たちが起きてくるまでに、朝食を作らないといけないのだ。

 (なのにっ! 華の寝顔がぁって、あれ? 華、起きてる? まさか、徹夜した?)

 いつものように、華の寝顔だと思っていたら、華はもう起きており、何かごそごそしていた。 いや、パジャマじゃない所を見ると、一晩中起きていたようだ。 華の手元を見ると、魔法陣が展開されている。 華の魔法陣に乗っていた立体映像は、まさかの『主さま』だった。

 (まさか、主さまを妄想して、立体映像を作るなんて思わなかったな。 命の恩人だけど、気に入らない)

 華の瞳はキラキラと輝いていて、主さまの立体映像をうっとりと見つめている。 優斗のこめかみがピクリと動き、冷気が漂うと、華の周囲で優斗の気配に冷気が混じる。 優斗の嫉妬の冷気を感じ、映像の華がビクッと身体が大きく跳ねた。 映像の華が優斗の視線を感じ、青ざめて振り向く。

 見えないと分かっていても、優斗はにっこりと黒い笑みを浮かべた。 何か感じた華は『ひぃ』と悲鳴を上げ、華の部屋と優斗の脳内に、華の悲鳴が響いた。 悲鳴を上げた後、我に返った華から強い眼差しを返され『あっ、やばっ』と思っても、後の祭りである。

 ――少しだけ、重苦しい食卓。
 
 華が優斗をジトっとした目で見つめている。 優斗は何でもない振りを装っているが、内心はビクビクだ。 瑠衣と仁奈は2人の様子を見て『おお、恋人になって初めての喧嘩か?』と何故か、色めきだっている。

 (そんなに、面白いか?!)

 優斗はフィルを挟んで反対側に座る瑠衣をじろりと睨んだ。 瑠衣の笑顔は『もう、すっごい面白い!』と言っていた。 瑠衣の態度にガクッと肩を落としたが、フィルとフィンの態度に、更に全身の力がガクッと抜けた。

 フィルとフィンは、優斗と華を交互に見ると、顔を振り『皆で食事中に不機嫌を顔に出すなんて』と失笑していた。 優斗と華は、フィルとフィンの態度に愕然として、内心でツッコミを入れた。

 ((何、大人ぶってるんだ! あんなに主さまに甘えてた癖にっ!))

 微妙な空気が、食堂で漂っていると、リビングへ続く扉が開かれる。 扉を開けて入って来たのは、武器屋に見張りを付けていたポテポテだった。 歪な顔をしたポテポテが、首を傾げて優斗をじっと見上げており、優斗は内心で引きまくっていた。

 今日は手紙を持っていないなと思っていると、ポテポテがコミカルな動きで、何かを伝えてきた。 歪な顔をした生き物が、コミカルな動きをする様子を、優斗は不思議な気持ちで眺めていた。

 難解な伝言方法に、優斗たちはポテポテがフラダンスをしてるようにしか見えない。 しかも、間に変な動きつけるものだから、答えを出すのに時間が掛かった。

 「何? という事は? 武器屋から、偽物の剣が無くなった?! 親父さんも行方不明?!」
 「優斗! 華ちゃんと喧嘩してる場合じゃないぞ!」
 「いや、瑠衣! まだそれ、ひっぱる気か?! 兎に角、もう一度ギルドへ行って。 本物が何処へ行ったのか、訊きに行こう」
 「華! 王子はもう、喧嘩の事は引っ張って欲しくないみたいよ。 華ももう、許してあげなね」
 「鈴木~~!」

 華は半眼になって乾いた笑いを漏らしていた。 優斗たちは手早く朝食を済ませ、魔道具の街のギルドへ向かう事にした。 華をチラリと見ると、じっと優斗を見て、いつものように笑顔を向けてくれた。

 出かけの華の制止の声に、優斗たちは既視感を覚え、嫌な予感が脳裏で過ぎる。 『じゃん!』と皆の前に出したのは、優斗たちの世界樹の武器のレプリカだった。 しかも、精巧に出来ている。

 「念のために、これを隠し持ってた方がいいと思うんだ」
 
 レプリカを見た優斗たちから『おお!』と感嘆の声が上がった。
 
 「あ、いい事思いついた!」
 
 瑠衣が指を鳴らして、優斗たちに説明した。
 
 「レプリカに風神の追跡魔法を掛けよう。 もしかしたら、上手く行けば、ベネディクトの居場所が分かるかも知れない」

 優斗たちはレプリカを持って、今度こそ魔道具の街のギルドへ向かった。

 ――魔道具の街のギルド内。
 
 今日のギルド内のロビーは、冒険者たちで溢れかえっていた。 新たな依頼が増えている様で、皆は依頼目的のようだ。 優斗たちは依頼ボードを無視して、カウンターに向かうと、顔見知りの受付嬢が座っている方へと移動した。 優斗たちに気づくと、受付嬢は軽い調子で挨拶をかわした。

 「こんちわ、羽根飛び団の皆! 元気だった? 相変わらず、美男美女だねぇ」
 「こんにちは、サラさん。 ちょっと訊きたいんだけど? 今、いい?」

 瑠衣が外面を胡散臭い笑顔で固め、にこやかに尋ねた。 サラは瑠衣の胡散臭い笑顔を見て少し、頬を染めた。 昔から瑠衣は、胡散臭い笑顔で老若男女を騙してきた。 瑠衣にしたら『人聞きの悪い事、言わないでくれ』と黒い笑顔で抗議してくるだろう。

 (あんなに胡散臭い笑顔なのに。 小さい頃から、何でか皆、騙されるんだよな)
 
 「以前、ギルドに何処かのご令嬢から、剣が持ち込まれたでしょ? 今、何処にあるかは、教えてはくれないですよね?」
 「そうねぇ。 でも、ルイくんがデートしてくれるなら、教えてもいいわよ。 勿論、大人のデートよ」
 「ふふっ、大人のデートですか。 いいですよ。 その代わり、本当の事を教えてくださいよ」

 瑠衣が妖艶な笑みを浮かべ、サラの手を取り、つぅーとサラの指を撫でた。 サラの瞳はもう、ハートマークに輝いている。 少し離れた場所で、優斗たちは表情を引き攣らせながら、成り行きを見つめていた。

 サラの手を握っている瑠衣の手を、ガシッと掴む手が横から伸びてきた。 瑠衣は自身の手を掴んでいる手を見て、手の先を追った。 視線の先に映ったのは、眼鏡をかけたお局様の受付嬢だった。

 お局の眼鏡がキラリと光り、瑠衣の表情が固まった。

 「ルイさま! うちの受付嬢、ナンパしないで下さい。 それに、今の話は守秘義務がありますので、お答えできません! お帰り下さい!!」
 「は、はい、すみませんでした」

 優斗たちは、お局様の迫力に負けてしまい、前回同様、追い返されてしまった。 仁奈が半眼で瑠衣を見つめる。

 「流石、瑠衣さま。 お局様にも名前、覚えられてるのね」
 「別にいいだろう。 流石にお局様には手を出してないぞ」

 『他の受付嬢には、手を出してるのか』と優斗たちは思ったが、これ以上は突っ込まない事にした。 理由は仁奈が怖いから。 仁奈がこめかみを引き攣らせながら、今後、どうするか優斗たちに問いかけてきた。

 「どうやって、本物の剣の行方を捜す?」
 「やっぱり、あれか、風神の幻影魔法で、姿を消してギルド内を探すか」
 「そうだな。 二手に別れて探そう。 集合場所はどうする?」
 「ギルドの中庭な。 で、フィンはこっちに来るか?」
 
 瑠衣に問われたフィンは頷いた。
 
 「じゃ、30分くらいあればいいか? 瑠衣、気を付けろよ」
 「ああ、優斗もな! 仁奈、行くぞ」
 「うん、じゃ、華も気を付けてね」
 「うん、仁奈もね! 無茶しないでよ」

 優斗たちは自然と、優斗と華、瑠衣と仁奈のペアーに分れる。 最初は瑠衣たちが気を利かせ、優斗と華を2人っきりにしてくれていたのだが、いつの間にか当たり前のように、このペアーで分かれるようになった。

 優斗たちは、風神にいつもの幻影魔法を掛けてもらい、ギルド内に入っていった。 風神と雷神は中庭でお留守番&目印の役目だ。 風神はギルドの中庭にいる事もあるので、変に思われないし、雷神は上空を旋回している。

 優斗と華は、ギルドの職員が暮らす建物の廊下を歩いていた。 優斗の隣で歩く、薄っすらと見える華が優斗を見上げて、小声で話しかけてきた。 優斗も薄っすらと見える華に向かって、小声で答える。 薄っすらと見える華はもう、怒っていない様に見えた。

 「ねぇ、小鳥遊くん。 まだ、ここに本物の剣があると思う?」
 「う~ん、どうだろう。 あの時、」

 優斗の脳内で、真由が春樹の剣を預けに来た時の事が再生される。 監視スキルは本物だとも、偽物だとも言わなかった。 黙り込んだ優斗を華は黙って待った。

 「そう言えば、あの剣が本物か、偽物か確かめてなかったな」
 「うん、そうだね。 はっきりみえなかったしね。 あくまのほうにすぐに、きがそれたしね」
 
 優斗の頭の上のフィルも、薄っすらと透けている。
 
 「この建物にはないみたいだな」
 「うん、そうだね」

 一応、全部の部屋を回って見たがそれらしき物が無かった。 優斗たちは、別の建物へと向かった。
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