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32話 エルフの浄化の力

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 「ユウト!」

 フィルは優斗が闇に呑まれた時、弾き飛ばされてしまい、凍った草地を転がって優斗から離れてしまっていた。 フィルは転がりながら、銀色の少年の姿へ変わる。 優斗が居た方向へ視線をやると、闇のオーラが蠢いている物体があった。

 「あれが、ユウトの心の闇っ?!」

 フィルが蠢く闇のオーラを呆然として見ている側に、瑠衣たちが駆け寄って来た。 フィルの言葉に愕然としている。 上空では、魔族が面白そうに地上の様子を眺めている。

 「あの中に優斗がいるのか?」
 「王子っ」
 「あれは、ユウトの心の闇だっ」
 「優斗の心の闇?! あいつっ!」
 「うん、小さい不安がどんどん膨らんで大きくなっていってるっ」
 「フィル! 主さまに知らせないと! まだ、間に合うわ! 完全に呑み込まれてない!」
 「うん、そうだっ! 主さま~!」

 フィルはフィンの声で冷静になったのか、悪化したのか、主さまの名前を叫び出した。 少し遅れてきた華は、蠢いている闇のオーラを呆然と見つめていた。 突然、胸の一部が熱くなり、鎖を繋いで首に掛けていたブレスレットを、ローブから引っ張り出した。 セレンの血が入っていたガラスが熱くなっている。 華の頭の中で、セレンの声が響く。

 『ハナちゃん! 私の血が入っていたガラスを飲み込んで! 早く! 彼を助けられる方法は、今はこれしかないの! ガラスを飲み込んだら、闇のオーラに飛び込んで。 中に彼がいるわ!』

 華はセレンから持っていてと言われ、ずっと大事に持っていたブレスレットを目の前で掲げた。 セレンの言う通りに躊躇いなくガラスを飲み込むと、ガラスが口の中で溶けた。 少し鉄の味がして顔を歪める。 闇のオーラを強く見据え、蠢く闇のオーラへと駆け出した。

 駆け出した華の姿が徐々に変わっていく。 髪が腰までのロングヘアーになり、肌や髪、全身が白く変わっていった。 華は、優斗の闇のオーラの中へ、躊躇いなく飛び込んだ。

 瑠衣たちは呆然としていて、何が起こったのか分からず、駆け出して行く華の後ろ姿を見つめていた。 上空にいる魔族は益々面白そうに笑みを浮かべ、足を組んで宙に浮かんでいた。

 ――優斗の闇のオーラに飛び込んだ華は暗闇に包まれていた。
 
 華は真っ暗闇の中をひたすら歩いていた。 暗闇やお化けの類が苦手な華だが、不思議と怖くなかった。 闇は奥へ進むにつれて、深くなっている様だった。 奥から何事かを呟く声が聞こえ、声が闇の中で響いていた。 華は声が聞こえてくる闇の奥を見据え、覚悟を決めた。

 (もう、すぐそこに小鳥遊くんがいる)

 視線の先にぽうっとした光が現れた。 光の中で優斗が屈んで膝に顔を埋め、ブツブツと何かを呟いている。 華はそっと優斗に声を掛けたが、全く周囲が見えておらず、華にも気づかない。

 「小鳥遊くん?」

 すぐ傍まで来た華に気づかず、優斗は何かを呟いていた。 華は耳を澄まし、優斗の独り言を聞いた。 『監視スキルがバレたら、華に嫌われる』『ストーカースキルなんて欲しくなかった』と呟いているのが聞こえた。 それだけ聞けば、優斗が何に悩んでいるか直ぐに分かった。 華の顔から笑みが零れる。

 華は、監視スキルの事が分かっても、何故か優斗に嫌悪感は感じなかった。 透視能力があると分かっても、華が真っ先に心配したのは、コレクションまみれの部屋がバレて『やばい奴』と優斗に思われる事だった。

 今、華の周囲で優斗の気配が全くなくなってしまったら、きっと寂しくて仕方がないだろうと華は苦笑した。 優斗の背後で屈むと、背中から抱きしめた。 優斗の身体がピクリと小さく跳ねる。

 「小鳥遊くん。 私は嫌いになんてならない。 ストーカーだなんて思ってない。 少し、心配性なだけだよ。 小鳥遊くんは私の嫌がる事は絶対にしないでしょ? いつだって守ってくれたじゃない。 お願い! 小鳥遊くん、魔族にならないで!」

 華の脳裏に『そんなの、全部って言っとけばいいんだよ』と優斗の声が華の記憶の中から浮かんだ。 優斗の言葉は『何処が好きなのかって訊かれたら答えられない!』と華が言ったセリフに返って来た言葉だった。 華の抱きしめる腕に力が入ると、また優斗の身体がピクリと動いた。

 「戻って来て、監視スキルとか関係なく、誰にも小鳥遊くんに触れてほしくないって思ってるくらい好きなんだから! 私は、小鳥遊くんの全部が大好きなんだからっ」

『大好きなんだからっ』の言葉と同時に、華の身体から光が放たれた。

 華の身体から放たれた光は 優斗と華を包み込んで大きくなり、拡がっていく。 何故か、セレンに優しく抱きしめられる様子が2人の脳裏に浮かんだ。 闇が急激に薄れていき、晴れていく。

 華が放った光は、王城だけでなく、王都まで拡がっていった。 身動きした優斗が振り返り、泣き出しそうな顔で華を見つめてきた。 華と視線が合うと、いつものように優斗が愛し気に微笑んでくる。 優斗に抱き寄せられ、耳元で囁かれる声と、優斗の力強い腕が心地良く、華は背中へ腕を回して抱きしめ返した。

 「ありがとう、華。 俺も華の全部が大好きだ」

 華は笑みを浮かべた後、通常では使えない力を使った事により、体力と魔力を使い果たして気絶した。 全身が白くなっていた華が元の姿へ戻っていく。 優斗はぐったりした華を抱きしめ、光が収まるのを眺めていた。 華の規則正しい心音と呼吸に安堵し、優斗は更に強く華を抱きしめた。

 ――突如、優斗の心の闇から眩い光が放たれ、瑠衣たちは瞼を硬く閉じた。

 「あっぶねぇ! 片腕、持ってかれた! っくそ! あの女、集めた俺の下僕を全て浄化しやがった! 初の魔族の大陸でも作ろうかと思ってたのにっ! 魔王になる足掛かりがっ!」

 上空から魔族の怒りに満ちた声が落ちてきて、瑠衣たちは瞼を開けた。 落ちてきた魔族のセリフに、愕然として上空にいる魔族を瑠衣たちは凝視した。

 「まさか、魔王になる為だけに王さまを操って、魔族の大陸を作ろうとしてたのかっ?!」
 「そうみたいだなっ」
 「あいつ、ぶん殴る!」

 瑠衣が『どうどう、仁奈! お前には無理だからっ』と仁奈を宥めながら、優斗の無事を確認した。

 「優斗! 元に戻ったのか! 良かった!」
 「あいつ、片腕が」
 「さっきの光が浄化の力で、腕に当たったみたいだな」

 魔族がチラリと、優斗に抱きかかえられている華に、興味深そうな視線を向ける。 魔族の背後で数個の黒い影らしき物が散って行ったのが魔族の目に入ったが、優斗たちは気づいていなかった。

 「仕方ない。 他の方法を考えるか。 その前に」

 魔族が地上へ降りてきて、氷に閉じ込めらた春樹の方へ近づいていく。 魔族が春樹に触れる手前で氷が割れ、魔族に切りかかっていった。 片腕だというのに、余裕でバックステップを踏んで、春樹の攻撃をかわしている。

 華の浄化の魔法で正気に戻ったようだが、魔力が暴走しているようで、春樹の周囲に空気の波紋が拡がる。 春樹の魔法が放たれる直前、魔族は片腕だけで、春樹の心臓へ黒い剣を突き刺した。

 背後で桜の叫ぶ声が中庭にこだまし、優斗たちは一瞬の出来事で動けないでいた。 春樹の空気の波紋が霧散して消えていく。

 「鈴木! 華を頼む!」
 「あ、華! 大丈夫なの?」
 「ああ、力を使い過ぎて気絶してるだけだ」
 「優斗!」
 「瑠衣! 俺は春樹って奴の加勢に行ってくる。 華を守ってくれ!」
 「大丈夫よ、ユウト! 私に任せて!」

 フィンが2メートル級の大きさになると、瑠衣たちを身体の中へ飲み込んだ。 フィンの透き通った身体の中で瑠衣たちが口をぽか~んと開けて固まっている。 風神もと雷神もフィンの中へ入っており、目を見開いて驚いていた。 優斗も口をぽか~んと開けて固まった。

 (これが、フィンの言ってた結界か。 瑠衣たちがフィンに食べられたみたいに見えるな)

 フィルと同化した感覚で我に返った優斗は、全身に魔力を纏い、トップスピードで春樹のそばまで駆け出した。 頭上から心配気なフィルの声が落ちてくる。

 「ユウト、だいじょうぶなの?」
 「ああ。 華と、多分セレンさんのお陰かな」
 「あのひかりは、エルフのじょうかのちからだった。 ハナのなかのセレンさんがつかったってこと?」
 「そうだと思う、華が白い姿に変わってた。 でも、今はあの魔族を止めないとっ!」

 魔族がチラリと優斗を見ると、嫌な笑みを浮かべ、黒い剣を引き抜きながら、春樹を地面に投げ捨てた。 春樹の叫び声が中庭に響き渡る。 魔族の黒い剣に、つむじ風のようなものが纏わりついていた。 投げ捨てられた春樹はピクリとも動かない。 顔色も蒼白になっていた。

 (まさか、あの魔族、勇者の力を奪ったのか?!)

 『魔族から黒い刃が放たれます。 回避して下さい』

 監視スキルの声が脳内に響いた後、魔族が黒いオーラを纏わせた空気の刃を優斗に放つ。 魔族の攻撃が当たった場所、優斗の足元の草地が抉れていく。 魔族が放った技は、春樹が放っていた技だった。

 魔族が居た方へ視線をやったが、もう魔族の姿はなかった。 王城や大広間から、正気に戻った動ける者は皆、中庭に集まって来ていた。 大勢の足音を聞いた優斗たちは、説明が面倒なので中庭から逃げ出し、庭園まで移動した。

 「魔族って、他人の力を奪えるのか?!」
 
 フィルは優斗の頭上から降りると、銀色の少年の姿へ変わる。
 
 「いや、出来ないはずだよ。 もしかして、勇者召喚が上手く行かなくて、ハルキって子に力がなじまなかったとか? それとも本物の勇者じゃなかったとか?」
 
 フィルの声が徐々に独り言になっていく。
 
 「良く分からないけど、もしかして俺の力も奪われるのか?」
 「ユウトの力は、奪えないよ。 主さまに選ばれた人間だから」
 「優斗、話は隠れ家へ帰ってからにして、取り敢えず、王城から離れよう」

 瑠衣の意見に優斗たちが賛成し、仁奈は急いで雷神を巨大化した。 春樹の勇者の力を奪われた今、王国側は、優斗の勇者の力と、世界樹の武器を持っている瑠衣たちに頼るしかない。

 王城に囲われるのも嫌だった優斗たちは、雷神に乗って王城を飛び立った。

 ――隠れ家に戻って来た優斗たちは、疲れ果てていて、話は明日にしようと今夜は休む事にした。
 
 華が気絶している間に、フィルとフィン、風神と雷神の従魔コンビが王城の様子を見に行っていた。 フィルたちの話では、春樹は勇者の力を抜かれ、精神状態も悪くなっていた。 王様や王国騎士団員、勇者御一行はエルフの浄化の力で、魔族からの呪縛は解けたが、やはり精神状態が良くないという事だった。

 近日中に、臣下へ下っていた王弟が王族へ復帰し、王位に就くと言う。 王女はもう、ダメだろうという事だった。 そして、春樹の剣が王城から無くなっているらしく、後味の悪い結果になった。

 優斗は部屋着を着てラフな格好なのだが、華の部屋のベッド脇に椅子を移動させ、落ち着かない様子で座っていた。 華はまだ、気絶から戻って来ない。 優斗が落ち着かない理由は。
 
 優斗の立体映像が大小と、壁一面に取り付けられた棚の上で、所狭しと並べられているからだ。 全ての立体映像が、優斗が着ないであろう防具を身に着けている。

 (めちゃめちゃ落ち着かない! どんだけあるんだよ、俺の立体映像っ)

 『優斗はいつの間に、アイドルになったんだ』と瑠衣のツッコミが入りそうな程だ。 等身大の優斗の立体映像は、華のベッドの足元にドンと置いてあった。 立体映像にじろりと見られると、優斗の全身から冷や汗が出た。

 (何か、責められてるような気がするのはなんでだ。 うん、もうこいつの事は、華が妄想する何処か他所の世界の俺のそっくりさんって思う事にする。 そうすれば腹も立たないだろ)

 早く目覚めないかと、優斗がじっと華の寝顔を眺めていると、華の身体が光を放ちだした。 華の身体から光が飛び出し、球体から1人の女性へと姿を変える。 女性は優斗を見ると、楽しそうに微笑んだ。

 『よっ! 久しぶり!』
 
 セレンは相変わらず、軽い調子で優斗に話しかけてきた。
 
 「なっ! セレンさん? 天国に逝ったんじゃ」
 
 優斗はあまりの事に声も出なくなり、口をぽか~んと開けて固まった。
 
 『ああ、本体はちゃんと逝ったよ。 今の私は、ブレスレットに残ってた残留思念だから。 まぁ、時期に消えるけどね。 消える前に言っておきたい事があってね。 出て来たってわけ』
 
 セレンは華の部屋を見回すと面白そうな笑みを浮かべた。
 
 『ハナちゃんの部屋、面白いね』

 優斗はセレンの面白げな様子にムスッとした表情をし、視線を逸らして、セレンの言ったブレスレットを思い出した。

 「ブレスレット? ああ、華が持ってた。 で、言っておきたい事って何ですか?」
 『うん、ハナちゃん。 あの魔族に目を付けられらたみたいだから、気を付けてねって事と、もう今日みたいな事は2度と起こらないからね。 次、闇に落ちたらもう、本当に終りだからね』

 セレンの責めるような視線に優斗はたじろいだが、セレンには言わないといけない言葉がある。

 「セレンさん。 助けてくれてありがとうございました」
 
 (やっぱ、お礼は言っとかない駄目だよな。 これが最後だろうし)
 
 『気にしないで、本当は魔族を浄化をするのは、私たちの仕事だったのよね。 何千年も前の話だけど、人間と揉めてから、エルフが里に引き込もったからね』
 「そうだったんですか」
 『そろそろ消えそうね、じゃ、またね』
 
 そう言うと、セレンの身体が徐々に消えていく。
 
 (またねって、もう会う事はないだろうに。 相変わらず、面白い人だな。 元気でって言うのも変だな)
 
 「本当にありがとうございました」

 優斗が再度お礼を言うと、セレンからも再度『肝に銘じて置くように』ときつく言われ、迫力に押された優斗は引き気味に頷いた。 セレンはそれだけ言うと、光の粒になって消えた。 最後に『私との約束、忘れないでね』と念押しする事を、セレンは忘れなかった。

 セレンが消えた後、華の寝ぼけた声を聴いて視線を遣ると、瞼を開けた華が優斗を見て固まった。 華が部屋を見回して自分の部屋だと確認した途端、凄い形相をして布団の中へ潜り込んだ。 華が布団の中で叫ぶと、籠った声が布団の中で響いて震えていた。

 「なんで! なんで、小鳥遊くんが私の部屋にっ!」
 「気絶した華が心配だったから、中々戻って来ないし」
 
 華の布団の山がピタリと、震えが止まった。
 
 「小鳥遊くんは、この部屋を見て私の事『やばい奴』とか思わない?」
 「えっ、思った事ないけど。 立体映像の事は、華が妄想する何処か他所の世界の俺のそっくりさんって、思う事にしたから。 ただ、俺の防具だけなんで、ちょっとズレてるのかは不思議かな」
 「えっ!」
 「華、出てきてよ。 顔、見たいんだけど。 ちゃんと大丈夫か、確かめさせて」

 華の布団の山がまたピクリと動いた。 そろりと布団から出てきたパジャマ姿の華の顔は、真っ赤に染まっていた。 ベッドへ寝かせる前に、フィンと仁奈が華にパジャマを着せたらしい。 布団から出て来た華を、優斗は優しく抱きしめた。

 ベッドが軋むと、布団が軽い音を立てる。 優斗の唇に柔らかい感触が触れると、華の手が優斗の背中へ回る。 優斗の部屋着を華の手が強く掴むと、皺が伸びていく。

 異世界へ落とされて24日目の夜、優斗と華は口移しじゃない、2人にとって初めてのキスをした。

 ――優斗たちの隠れ家から1㎞以上、離れた遥か上空。

 「どうするかなぁ、魔族の大陸を作る計画もおじゃんになったしな。 まぁ、勇者の力が手に入ったからいいか。 下僕を一から集めるのはめんどいな。 そういえば、俺の他にも魔族の影が何人か居たな。 見てただけみたいだけどな。 そうだ! そいつらと、他の魔王候補の下僕を頂くか。 見学料、貰わないとな」

 魔族が指を鳴らすと、黒い影がゆらゆらと姿を現す。
 
 「あの女、邪魔だな。 お前はあの女についとけ。 報告、怠るなよ。 後、あっちの女には、偽物の勇者の剣を渡しておけ」
 
 黒い影は頷くと、ゆらゆら揺れて何処かへ消えたいった。
 
 「さて、どいつからやるかな」

 魔族は周囲を見回して、何かを見つけたのか、ニヤリと嗤って満月を背に飛んでいった。 失くしたはずの片腕は、既に元通りになっていた。
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