27 / 46
27話 華、攫われる。
しおりを挟む
優斗たちは王都までの旅を、雷神に乗って行く事にした。 仁奈を先頭に、華、優斗、瑠衣の順に乗っていく。 フィルは定位置の優斗の頭の上、フィンはスライムの姿で華の膝の上に乗っている。
眼下には、森や川がひろがっていて、時折、草原が過ぎていく。 遠くで大きな街が霞んで見え、王城らしき建物も見えた。
優斗の前で座る華は『何回、乗っても慣れない!』と顔を青ざめさせていた。 華は絶叫系の乗り物全般が苦手だ。 華の様子が心配になり、そっと華のお腹へ手を回して支えた。
意識してしまうと、今までは普通に出来ていた事が出来ない。 優斗は気恥ずかしさで頬を赤く染めた。 男慣れしていない華も、優斗の行動に固まったのは言うまでもない。
「優斗 先ず先に王都の街を見てみようぜ」
瑠衣が後ろから声を掛けてくる。 優斗は何事も無かったように瑠衣と会話をした。
「ああ、ギルドの人の話では、人がいなくて様子がおかしいって事だったしな」
「お店、開いてなかったら。 美味しいご飯は期待できないね」
仁奈の言葉にフィルとフィンが反応した。
「ええぇ、それいちばんこまる!」
「ほんとにね」
(俺たちの懐事情の方も困る。 フィルたちの食費で毎月、財布が寂しい事になってるんだから)
「2人共、あんまり食べ過ぎないでね。 お腹壊すよ」
(ついでに俺たちの財布も壊れる)
フィルとフィンに華が注意を促す。 2匹は『は~い』と素直な返事を返すが、本心は守る気が無いと思われる。 そんなこんなで、早朝に旅立ち、夜には王都近くの森に着いた。
森の奥に隠れ家を置く事にして、適当に夕食を済ませて休む事にした。 1日中、不安定な雷神の背中に座っていた為、体中のあちこちが凝り固まり、岩風呂が身体に染みる。 優斗たちは、早々にベッドに入ると、直ぐに眠りについた。
優斗は監視スキルの『花咲華が就寝しました』の声が脳内に響くと、同時に優斗も眠りについた。
――翌朝、優斗はいつも通りに監視スキルの声に起こされる。
『【花咲華を守る】スキルを開始します。 就寝中の危険はありませんでした。 【透視】【傍聴】スキルを開始しますが、よろしいですか?』
優斗の地図が開いて、華の青い点が表示される。 丁度、優斗のベッドの壁の向こう側だ。 監視スキルは確認しておいて、優斗の返事を聞く前に脳内で華の寝姿の映像を流して来た。
「ぶっ、ちょっ、訊いておいて、返事を聞く前に華の映像流すなよ!」
優斗は溜め息をついて、枕に顔を埋めた。 映像の中の華は、とても気持ち良さそうに寝息を立てている。 いつまでも眺めていたい気持ちになり、優斗は【透視】と【傍聴】スキルを停止するのを忘れた。 結果、何故分かったのか、華は優斗の視線を感じて目を覚ました。
『えっ、小鳥遊くん?』
脳内で、華が目を開いて驚いた顔をした映像が映し出されている。 華は優斗の視線を的確に探り当てたのだ。 優斗も華と視線が合っている事を、華の言葉で確信して固まった。 華の不安気な視線に、優斗は硬直から覚醒し、慌てて【透視】と【傍聴】スキルを停止した。
(やばい! バレた? 俺が見てるの分かった様な感じだったけどっ。 確実に目が合ってたような気がっ。 さっさと、監視スキル停止すれば良かった! 朝から覗きとかって、絶対に変態野郎って思われてる!)
優斗は暫くベッドで悶々としていると、今日の朝食当番が自身だと思い出し、ダラダラと身支度を済ませ、毎朝の朝練をこなす為に部屋を出た。
道場へ行くと、瑠衣が弓道スペースでもう弓を射っていた。 瑠衣の弓を射る綺麗な姿勢に目を奪われ、優斗は足を止めた。 瑠衣が射った矢は、的に中った音を道場内に響かせていた。
(瑠衣なら、どうするだろう。 いや、そもそも瑠衣だったら、絶対に、相手に悟らせない。 バレてもあの黒い笑みでうやむやにして、上手くかわすだろうな)
優斗の悩まし気な視線を受けた瑠衣は、何かを察してニヤリと意地悪な笑みを浮かべ、詰問して来た。
「優斗、おはよう。 今朝は監視スキルで、何を見たんだ? 詳しく教えろよ」
瑠衣は女子に『無口でクールでかっこいい』って言われているが、見た目とは違い、全く無口でクールではない。 皆、瑠衣に騙されている。 優斗を揶揄い、面白がって遊ぶのは、瑠衣の幼い頃からの悪い癖だ。
優斗は逡巡したのち、瑠衣に事のあらましを話した。 最適とは言えないが、現状、瑠衣しか相談相手がいないからだ。
「ふ~ん。 俺なら、バレたらバレたで」
瑠衣が黒い笑みを浮かべる。
(やっぱりなっ、何をするって言うんだ?! み、見える、瑠衣が相手を追い詰める様子がっ!)
「いい! 言わなくていい! 絶対、俺には参考にならないからっ」
「そうか? 役に立てなくて悪いな」
優斗は瑠衣が全部を言い終える前に、青ざめて止めた。 瑠衣がフッと嗤い、朝練に戻っていった。 優斗も息を吐き出した後、気合いを入れて朝練を始めた。
――今日の朝食のメニュー。
スクランブルエッグとチーズトースト。 トマトとブロッコリー、あらびきソーセージだ。 いつもの席順で、いつもの賑やかな朝食が始まると思いきや、優斗と華の様子に皆が黙って食事を始めた。 優斗はスクランブルエッグを口に運ぶと、チラリと目の前に座る華を見る。
華も優斗を見つめていて、バチッと視線があった。 華のじっとと見る瞳が、今朝の事を責めているように見え、優斗の顔が青ざめた。
(うわっ! 絶対にバレてる、凄い怒ってる!)
フィルの隣越しに瑠衣の忍び笑いが聞こえ、優斗はムスッとして、瑠衣を不機嫌な顔でじろりと見た。 華の様子が気になり、優斗は華を上目遣いで見ると、機嫌が悪そうな表情に頬を引き攣らせた。
華の心情はこうである。
(今朝は、小鳥遊くんの気配で目が覚めた。 そんな事、今までなかった。 小鳥遊くんと視線が合ったと思ったんだけど、気のせい? でも、あれは確かに小鳥遊くんの気配だったよね。 桜の香りもしたし。 もしかして、小鳥遊くんって視えたりするの? じゃないと今朝の事、説明できないよね? いつも小鳥遊くんの気配がある時は、たまに、小鳥遊くんの視線を感じる時もあったし。 もしそうだったら? 今、私の部屋が視えてたら? 小鳥遊くんの立体映像で埋まっている部屋がバレてる? 流石にそれは恥ずかしい! しかも、ちょっとやばい奴って、思われてるかも知れない!)
仁奈に華の心の声が聞こえていたら『ちょっとか?』と呆れたツッコミが入るだろう。 華は、優斗に自身の部屋の現状が知られていないか気が気でなく、自然と目が据わっている事に気づいていなかった。
華の心情を知らない優斗は、華に監視スキルの事がバレてるんじゃないかと思い、内心でビビっていて、それ以上は華の顔が見られないでいた。 華に『これからは遠慮しない』と宣言した割には、ヘタレ気味である。
――優斗たちは王都の街へやって来た。
王都は、地方にある街よりも高い塀に囲われている。 高い塀に優斗たちは、言い知れぬ威圧感を感じて圧倒されていた。 関所を無事に抜けて、王都の街へ入った優斗たちは唖然として、閑散とした街を眺めていた。
整備された石畳のレンガの隙間から、黒いオーラが染みだしている。 何処からか桜の香りが優斗たちの周囲で漂い、優斗の脳内で監視スキルの声が響く。
『多数の魔族の気配を感知、危険度はMaxです。 警戒してください』
「やっぱり、おうこくがわに、まぞくがいるんだ」
頭上からフィルの声が落ちてくる。 優斗の地図上では、青い点が多数点滅していて、『魔族に操られている住人』の吹き出しが指していた。 監視スキルが自発的に街の住人を敵認定したようだ。
街の住人という事は、優斗たちは敵に囲まれた状態という事だ。
「みたいだな。 でも、地図には青い点しかないんだ。 魔族は近くにはいないみたいだ」
「うん、まちのひとたちも、まぞくにあやつられてるんだね」
「皆、何があるか分からないから、気を付けて。 この黒いオーラっ、あんまり吸わない様に努力してね」
「さくらのかおりが、ふせいでくれてるけど、あまりくろいオーラがこいと、きかないから」
フィルとフィンの忠告に、優斗たちは素直に頷き、マントの羽根付きフードを深く被り、鼻と口元を覆った。 銀色の少女の姿に変わったフィンが、華の腕を掴んでぴったりと張り付いている。
華に張り付いているフィンに瑠衣が話しかける。
「思ってたんだけど、操られてる人を元に戻せないのか?」
「無理だわ。 出来るとしたらエルフの浄化の力しかないわね。 それでも、進行具合によっては、心が壊れるわ。 それに、エルフに頼んでも浄化してくれないんじゃないかしら」
フィルが優斗の頭上から降りて、銀色の少年の姿へ変わる。
「エルフは滅多に里から出ないんだ。 人と関わる事もあまりしない。 セレンさんが特殊なんだよ。 アンバーさんは極普通のエルフなんだと思うよ」
「たまに人間にも浄化の力を持ってる人が現れるけど、稀だし、王侯貴族が囲ってるんじゃないかしら」
優斗たちはセレンの自由奔放な様子を思い出し、フィルの特殊の言葉に納得するのだった。 優斗たちは王城に続く道を真っ直ぐ進んで行った。
暫く周囲を眺めながら、優斗たちは寂れた市場を歩いていた。 地図上では、建物の中に青い点が複数、点滅している。 街の住人たちは、家に閉じこもっているようだ。 誰も居ない市場に、優斗たちの白いマントの裾が風に揺れていた。 優斗たちを吹き抜けていった風に不穏な空気を感じて、優斗は顔を顰めた。
(人影を見かけない。 でも、建物の中にはいるな。 嫌な予感がする。 早く市場を抜けよう)
時折、優斗たちの横を馬車が何台も通り過ぎていく。 馬車は真っ直ぐに王城を目指しているようだ。 馬車の窓にチラリと見えた人影は、冒険者だった。 閑散とした市場とは対照的に、冒険者たちの瞳はやる気に満ちており、活気づいていた。 魔王討伐隊に参加するのだと思われる。
優斗たちが通り過ぎる馬車に気を取られている隙に、後方から黒い影が忍びよって来ていた。
『背後から魔族の気配がします。 警戒してください』
優斗の脳内で監視スキルの声が響いたのと同時に、華に襲い掛かった黒い影が、何かに弾き飛ばされた。 静電気が弾けるような音で、全員の視線が華に集中する。 結界が発動したのかと思ったが、どうやら違ったようだ。 今、華の足元で魔法陣が拡がり、結界が発動される。
『花咲華より、虫除け結界が発動されました』
もう、優斗は『虫除け結界』と言われても何とも思わない様に振舞う事にした。 優斗の嫌がる姿が監視スキルは面白いようだからだ。 結界は優斗たちを包んで範囲を拡げた。 優斗は華を庇って前へ出る。
優斗の背後で瑠衣も援護の為に弓を構えた。 仁奈が先陣を切る。 優斗の頭の上へ飛び乗ったフィルと同化して、木刀を強化する。 黒い影は仁奈の槍の鉾を影を揺らして、かわしていく。
仁奈の振り上げた槍の鉾が、石畳を打つ音が閑散とした市場に響き、援護の為に射った瑠衣の矢は、黒い影を通り抜けて石畳に当たる音が響いただけだった。 瑠衣と仁奈の攻撃は、全く効いていなかった。
「瑠衣! 華を頼む、俺も出る!」
優斗は結界から飛び出し、黒い影へ向かっていく。 優斗が華から離れたタイミングで、突然市場の住人たちが建物から出てきた。 皆、一葉に目の焦点が合わず、何処を見ているのか分からない。
優斗たちは不測の事態に動けず、住人たちが一斉に優斗たちへ襲い掛かって来た。 魔族に操られている住人を攻撃する事が出来ず、優斗たちとフィルと雷神が住人に組み敷かれると、黒い影が華へ手を伸ばしているのが、優斗の視界に入った。 突然の事態に動けない華へ、優斗が叫んだ。
「華! 逃げろ~!」
華は優斗たちを置いて逃げる事が出来ず、あっさりと捕らえられ、黒い影と空中高く昇って行った。 先程、何かが黒い影を弾いたように見えたが、今度は弾かれなかった。
(さっきは、何かが弾いたのに? 偶然だったのか? いや、それよりも住人を何とかしないとっ、華が攫われる!)
「〇△□※×¥~~!」
華の言葉にならない叫び声が空にこだました。 華の白いマントが風にはためき、薄い紫色のローブが揺れている。 何人もの人にのしかかられ、身動きできない優斗の声が市場に響いた。
「華~!!」
住人に組み敷かれながらも、優斗は華の名前を叫ぶ。 黒い影が華を捕まえると、優斗たちを組み敷いていた住人達が次々と離れていき、建物の中へと帰っていった。 黒い影は華を捕まえたまま、王都の街中を飛んで行く。
「華~!!」
「〇△□※×¥~~!!」
更に華の叫び声が市場の中を移動して行った。 優斗は直ぐに華と黒い影を追い、1人で駆け出した。 仁奈の口笛で雷神が巨大化する。 仁奈と瑠衣が乗り込むと、雷神は一鳴きして優斗の後を追って飛び立った。
「王子、はやっ! 雷神が追いつけない!」
「あいつ、華ちゃんの事になると人が変わるからな」
「こんな事するのは、絶対にあの女しかいないわ! 本当にくだらない嫌がらせしかしないんだから!」
「仁奈は本当に結城が嫌いだな」
「大っ嫌い!」
瑠衣は優斗と違い、さり気なく照れもせずに暴れる仁奈の腰へ手を回し、仁奈が落ちない様に支えている。 仁奈たちの視界の先には、優斗が銀色の足跡を踏んで、跳躍しながら街中を駆け抜けていく姿が見えている。
街中で1人、白いマントを翻しながら駆け抜ける優斗は目立っていて、見失っても直ぐに見つけられた。 上空の先には、黒い影に抱えられた華の白いマントがはためいている姿しか見えなかった。
眼下には、森や川がひろがっていて、時折、草原が過ぎていく。 遠くで大きな街が霞んで見え、王城らしき建物も見えた。
優斗の前で座る華は『何回、乗っても慣れない!』と顔を青ざめさせていた。 華は絶叫系の乗り物全般が苦手だ。 華の様子が心配になり、そっと華のお腹へ手を回して支えた。
意識してしまうと、今までは普通に出来ていた事が出来ない。 優斗は気恥ずかしさで頬を赤く染めた。 男慣れしていない華も、優斗の行動に固まったのは言うまでもない。
「優斗 先ず先に王都の街を見てみようぜ」
瑠衣が後ろから声を掛けてくる。 優斗は何事も無かったように瑠衣と会話をした。
「ああ、ギルドの人の話では、人がいなくて様子がおかしいって事だったしな」
「お店、開いてなかったら。 美味しいご飯は期待できないね」
仁奈の言葉にフィルとフィンが反応した。
「ええぇ、それいちばんこまる!」
「ほんとにね」
(俺たちの懐事情の方も困る。 フィルたちの食費で毎月、財布が寂しい事になってるんだから)
「2人共、あんまり食べ過ぎないでね。 お腹壊すよ」
(ついでに俺たちの財布も壊れる)
フィルとフィンに華が注意を促す。 2匹は『は~い』と素直な返事を返すが、本心は守る気が無いと思われる。 そんなこんなで、早朝に旅立ち、夜には王都近くの森に着いた。
森の奥に隠れ家を置く事にして、適当に夕食を済ませて休む事にした。 1日中、不安定な雷神の背中に座っていた為、体中のあちこちが凝り固まり、岩風呂が身体に染みる。 優斗たちは、早々にベッドに入ると、直ぐに眠りについた。
優斗は監視スキルの『花咲華が就寝しました』の声が脳内に響くと、同時に優斗も眠りについた。
――翌朝、優斗はいつも通りに監視スキルの声に起こされる。
『【花咲華を守る】スキルを開始します。 就寝中の危険はありませんでした。 【透視】【傍聴】スキルを開始しますが、よろしいですか?』
優斗の地図が開いて、華の青い点が表示される。 丁度、優斗のベッドの壁の向こう側だ。 監視スキルは確認しておいて、優斗の返事を聞く前に脳内で華の寝姿の映像を流して来た。
「ぶっ、ちょっ、訊いておいて、返事を聞く前に華の映像流すなよ!」
優斗は溜め息をついて、枕に顔を埋めた。 映像の中の華は、とても気持ち良さそうに寝息を立てている。 いつまでも眺めていたい気持ちになり、優斗は【透視】と【傍聴】スキルを停止するのを忘れた。 結果、何故分かったのか、華は優斗の視線を感じて目を覚ました。
『えっ、小鳥遊くん?』
脳内で、華が目を開いて驚いた顔をした映像が映し出されている。 華は優斗の視線を的確に探り当てたのだ。 優斗も華と視線が合っている事を、華の言葉で確信して固まった。 華の不安気な視線に、優斗は硬直から覚醒し、慌てて【透視】と【傍聴】スキルを停止した。
(やばい! バレた? 俺が見てるの分かった様な感じだったけどっ。 確実に目が合ってたような気がっ。 さっさと、監視スキル停止すれば良かった! 朝から覗きとかって、絶対に変態野郎って思われてる!)
優斗は暫くベッドで悶々としていると、今日の朝食当番が自身だと思い出し、ダラダラと身支度を済ませ、毎朝の朝練をこなす為に部屋を出た。
道場へ行くと、瑠衣が弓道スペースでもう弓を射っていた。 瑠衣の弓を射る綺麗な姿勢に目を奪われ、優斗は足を止めた。 瑠衣が射った矢は、的に中った音を道場内に響かせていた。
(瑠衣なら、どうするだろう。 いや、そもそも瑠衣だったら、絶対に、相手に悟らせない。 バレてもあの黒い笑みでうやむやにして、上手くかわすだろうな)
優斗の悩まし気な視線を受けた瑠衣は、何かを察してニヤリと意地悪な笑みを浮かべ、詰問して来た。
「優斗、おはよう。 今朝は監視スキルで、何を見たんだ? 詳しく教えろよ」
瑠衣は女子に『無口でクールでかっこいい』って言われているが、見た目とは違い、全く無口でクールではない。 皆、瑠衣に騙されている。 優斗を揶揄い、面白がって遊ぶのは、瑠衣の幼い頃からの悪い癖だ。
優斗は逡巡したのち、瑠衣に事のあらましを話した。 最適とは言えないが、現状、瑠衣しか相談相手がいないからだ。
「ふ~ん。 俺なら、バレたらバレたで」
瑠衣が黒い笑みを浮かべる。
(やっぱりなっ、何をするって言うんだ?! み、見える、瑠衣が相手を追い詰める様子がっ!)
「いい! 言わなくていい! 絶対、俺には参考にならないからっ」
「そうか? 役に立てなくて悪いな」
優斗は瑠衣が全部を言い終える前に、青ざめて止めた。 瑠衣がフッと嗤い、朝練に戻っていった。 優斗も息を吐き出した後、気合いを入れて朝練を始めた。
――今日の朝食のメニュー。
スクランブルエッグとチーズトースト。 トマトとブロッコリー、あらびきソーセージだ。 いつもの席順で、いつもの賑やかな朝食が始まると思いきや、優斗と華の様子に皆が黙って食事を始めた。 優斗はスクランブルエッグを口に運ぶと、チラリと目の前に座る華を見る。
華も優斗を見つめていて、バチッと視線があった。 華のじっとと見る瞳が、今朝の事を責めているように見え、優斗の顔が青ざめた。
(うわっ! 絶対にバレてる、凄い怒ってる!)
フィルの隣越しに瑠衣の忍び笑いが聞こえ、優斗はムスッとして、瑠衣を不機嫌な顔でじろりと見た。 華の様子が気になり、優斗は華を上目遣いで見ると、機嫌が悪そうな表情に頬を引き攣らせた。
華の心情はこうである。
(今朝は、小鳥遊くんの気配で目が覚めた。 そんな事、今までなかった。 小鳥遊くんと視線が合ったと思ったんだけど、気のせい? でも、あれは確かに小鳥遊くんの気配だったよね。 桜の香りもしたし。 もしかして、小鳥遊くんって視えたりするの? じゃないと今朝の事、説明できないよね? いつも小鳥遊くんの気配がある時は、たまに、小鳥遊くんの視線を感じる時もあったし。 もしそうだったら? 今、私の部屋が視えてたら? 小鳥遊くんの立体映像で埋まっている部屋がバレてる? 流石にそれは恥ずかしい! しかも、ちょっとやばい奴って、思われてるかも知れない!)
仁奈に華の心の声が聞こえていたら『ちょっとか?』と呆れたツッコミが入るだろう。 華は、優斗に自身の部屋の現状が知られていないか気が気でなく、自然と目が据わっている事に気づいていなかった。
華の心情を知らない優斗は、華に監視スキルの事がバレてるんじゃないかと思い、内心でビビっていて、それ以上は華の顔が見られないでいた。 華に『これからは遠慮しない』と宣言した割には、ヘタレ気味である。
――優斗たちは王都の街へやって来た。
王都は、地方にある街よりも高い塀に囲われている。 高い塀に優斗たちは、言い知れぬ威圧感を感じて圧倒されていた。 関所を無事に抜けて、王都の街へ入った優斗たちは唖然として、閑散とした街を眺めていた。
整備された石畳のレンガの隙間から、黒いオーラが染みだしている。 何処からか桜の香りが優斗たちの周囲で漂い、優斗の脳内で監視スキルの声が響く。
『多数の魔族の気配を感知、危険度はMaxです。 警戒してください』
「やっぱり、おうこくがわに、まぞくがいるんだ」
頭上からフィルの声が落ちてくる。 優斗の地図上では、青い点が多数点滅していて、『魔族に操られている住人』の吹き出しが指していた。 監視スキルが自発的に街の住人を敵認定したようだ。
街の住人という事は、優斗たちは敵に囲まれた状態という事だ。
「みたいだな。 でも、地図には青い点しかないんだ。 魔族は近くにはいないみたいだ」
「うん、まちのひとたちも、まぞくにあやつられてるんだね」
「皆、何があるか分からないから、気を付けて。 この黒いオーラっ、あんまり吸わない様に努力してね」
「さくらのかおりが、ふせいでくれてるけど、あまりくろいオーラがこいと、きかないから」
フィルとフィンの忠告に、優斗たちは素直に頷き、マントの羽根付きフードを深く被り、鼻と口元を覆った。 銀色の少女の姿に変わったフィンが、華の腕を掴んでぴったりと張り付いている。
華に張り付いているフィンに瑠衣が話しかける。
「思ってたんだけど、操られてる人を元に戻せないのか?」
「無理だわ。 出来るとしたらエルフの浄化の力しかないわね。 それでも、進行具合によっては、心が壊れるわ。 それに、エルフに頼んでも浄化してくれないんじゃないかしら」
フィルが優斗の頭上から降りて、銀色の少年の姿へ変わる。
「エルフは滅多に里から出ないんだ。 人と関わる事もあまりしない。 セレンさんが特殊なんだよ。 アンバーさんは極普通のエルフなんだと思うよ」
「たまに人間にも浄化の力を持ってる人が現れるけど、稀だし、王侯貴族が囲ってるんじゃないかしら」
優斗たちはセレンの自由奔放な様子を思い出し、フィルの特殊の言葉に納得するのだった。 優斗たちは王城に続く道を真っ直ぐ進んで行った。
暫く周囲を眺めながら、優斗たちは寂れた市場を歩いていた。 地図上では、建物の中に青い点が複数、点滅している。 街の住人たちは、家に閉じこもっているようだ。 誰も居ない市場に、優斗たちの白いマントの裾が風に揺れていた。 優斗たちを吹き抜けていった風に不穏な空気を感じて、優斗は顔を顰めた。
(人影を見かけない。 でも、建物の中にはいるな。 嫌な予感がする。 早く市場を抜けよう)
時折、優斗たちの横を馬車が何台も通り過ぎていく。 馬車は真っ直ぐに王城を目指しているようだ。 馬車の窓にチラリと見えた人影は、冒険者だった。 閑散とした市場とは対照的に、冒険者たちの瞳はやる気に満ちており、活気づいていた。 魔王討伐隊に参加するのだと思われる。
優斗たちが通り過ぎる馬車に気を取られている隙に、後方から黒い影が忍びよって来ていた。
『背後から魔族の気配がします。 警戒してください』
優斗の脳内で監視スキルの声が響いたのと同時に、華に襲い掛かった黒い影が、何かに弾き飛ばされた。 静電気が弾けるような音で、全員の視線が華に集中する。 結界が発動したのかと思ったが、どうやら違ったようだ。 今、華の足元で魔法陣が拡がり、結界が発動される。
『花咲華より、虫除け結界が発動されました』
もう、優斗は『虫除け結界』と言われても何とも思わない様に振舞う事にした。 優斗の嫌がる姿が監視スキルは面白いようだからだ。 結界は優斗たちを包んで範囲を拡げた。 優斗は華を庇って前へ出る。
優斗の背後で瑠衣も援護の為に弓を構えた。 仁奈が先陣を切る。 優斗の頭の上へ飛び乗ったフィルと同化して、木刀を強化する。 黒い影は仁奈の槍の鉾を影を揺らして、かわしていく。
仁奈の振り上げた槍の鉾が、石畳を打つ音が閑散とした市場に響き、援護の為に射った瑠衣の矢は、黒い影を通り抜けて石畳に当たる音が響いただけだった。 瑠衣と仁奈の攻撃は、全く効いていなかった。
「瑠衣! 華を頼む、俺も出る!」
優斗は結界から飛び出し、黒い影へ向かっていく。 優斗が華から離れたタイミングで、突然市場の住人たちが建物から出てきた。 皆、一葉に目の焦点が合わず、何処を見ているのか分からない。
優斗たちは不測の事態に動けず、住人たちが一斉に優斗たちへ襲い掛かって来た。 魔族に操られている住人を攻撃する事が出来ず、優斗たちとフィルと雷神が住人に組み敷かれると、黒い影が華へ手を伸ばしているのが、優斗の視界に入った。 突然の事態に動けない華へ、優斗が叫んだ。
「華! 逃げろ~!」
華は優斗たちを置いて逃げる事が出来ず、あっさりと捕らえられ、黒い影と空中高く昇って行った。 先程、何かが黒い影を弾いたように見えたが、今度は弾かれなかった。
(さっきは、何かが弾いたのに? 偶然だったのか? いや、それよりも住人を何とかしないとっ、華が攫われる!)
「〇△□※×¥~~!」
華の言葉にならない叫び声が空にこだました。 華の白いマントが風にはためき、薄い紫色のローブが揺れている。 何人もの人にのしかかられ、身動きできない優斗の声が市場に響いた。
「華~!!」
住人に組み敷かれながらも、優斗は華の名前を叫ぶ。 黒い影が華を捕まえると、優斗たちを組み敷いていた住人達が次々と離れていき、建物の中へと帰っていった。 黒い影は華を捕まえたまま、王都の街中を飛んで行く。
「華~!!」
「〇△□※×¥~~!!」
更に華の叫び声が市場の中を移動して行った。 優斗は直ぐに華と黒い影を追い、1人で駆け出した。 仁奈の口笛で雷神が巨大化する。 仁奈と瑠衣が乗り込むと、雷神は一鳴きして優斗の後を追って飛び立った。
「王子、はやっ! 雷神が追いつけない!」
「あいつ、華ちゃんの事になると人が変わるからな」
「こんな事するのは、絶対にあの女しかいないわ! 本当にくだらない嫌がらせしかしないんだから!」
「仁奈は本当に結城が嫌いだな」
「大っ嫌い!」
瑠衣は優斗と違い、さり気なく照れもせずに暴れる仁奈の腰へ手を回し、仁奈が落ちない様に支えている。 仁奈たちの視界の先には、優斗が銀色の足跡を踏んで、跳躍しながら街中を駆け抜けていく姿が見えている。
街中で1人、白いマントを翻しながら駆け抜ける優斗は目立っていて、見失っても直ぐに見つけられた。 上空の先には、黒い影に抱えられた華の白いマントがはためいている姿しか見えなかった。
0
お気に入りに追加
29
あなたにおすすめの小説
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
元おっさんの幼馴染育成計画
みずがめ
恋愛
独身貴族のおっさんが逆行転生してしまった。結婚願望がなかったわけじゃない、むしろ強く思っていた。今度こそ人並みのささやかな夢を叶えるために彼女を作るのだ。
だけど結婚どころか彼女すらできたことのないような日陰ものの自分にそんなことができるのだろうか? 軟派なことをできる自信がない。ならば幼馴染の女の子を作ってそのままゴールインすればいい。という考えのもと始まる元おっさんの幼馴染育成計画。
※この作品は小説家になろうにも掲載しています。
※【挿絵あり】の話にはいただいたイラストを載せています。表紙はチャーコさんが依頼して、まるぶち銀河さんに描いていただきました。
【本編完結】異世界転移したら……。~瑠衣はこういう奴である~
伊織愁
恋愛
こちらの作品は『[改訂版]異世界転移したら……。』の番外編です。 20歳以降の瑠衣が主人公のお話です。
自己満足な小説ですが、気に入って頂ければ幸いです。
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
アイテムボックス無双 ~何でも収納! 奥義・首狩りアイテムボックス!~
明治サブ🍆スニーカー大賞【金賞】受賞作家
ファンタジー
※大・大・大どんでん返し回まで投稿済です!!
『第1回 次世代ファンタジーカップ ~最強「進化系ざまぁ」決定戦!』投稿作品。
無限収納機能を持つ『マジックバッグ』が巷にあふれる街で、収納魔法【アイテムボックス】しか使えない主人公・クリスは冒険者たちから無能扱いされ続け、ついに100パーティー目から追放されてしまう。
破れかぶれになって単騎で魔物討伐に向かい、あわや死にかけたところに謎の美しき旅の魔女が現れ、クリスに告げる。
「【アイテムボックス】は最強の魔法なんだよ。儂が使い方を教えてやろう」
【アイテムボックス】で魔物の首を、家屋を、オークの集落を丸ごと収納!? 【アイテムボックス】で道を作り、川を作り、街を作る!? ただの収納魔法と侮るなかれ。知覚できるものなら疫病だろうが敵の軍勢だろうが何だって除去する超能力! 主人公・クリスの成り上がりと「進化系ざまぁ」展開、そして最後に待ち受ける極上のどんでん返しを、とくとご覧あれ! 随所に散りばめられた大小さまざまな伏線を、あなたは見抜けるか!?
騎士団寮のシングルマザー
古森きり
恋愛
夫と離婚し、実家へ帰る駅への道。
突然突っ込んできた車に死を覚悟した歩美。
しかし、目を覚ますとそこは森の中。
異世界に聖女として召喚された幼い娘、真美の為に、歩美の奮闘が今、始まる!
……と、意気込んだものの全く家事が出来ない歩美の明日はどっちだ!?
※ノベルアップ+様(読み直し改稿ナッシング先行公開)にも掲載しましたが、カクヨムさん(は改稿・完結済みです)、小説家になろうさん、アルファポリスさんは改稿したものを掲載しています。
※割と鬱展開多いのでご注意ください。作者はあんまり鬱展開だと思ってませんけども。
とある高校の淫らで背徳的な日常
神谷 愛
恋愛
とある高校に在籍する少女の話。
クラスメイトに手を出し、教師に手を出し、あちこちで好き放題している彼女の日常。
後輩も先輩も、教師も彼女の前では一匹の雌に過ぎなかった。
ノクターンとかにもある
お気に入りをしてくれると喜ぶ。
感想を貰ったら踊り狂って喜ぶ。
してくれたら次の投稿が早くなるかも、しれない。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる