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24話 勇者の力は誰の手に(上)
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ダンジョンでの朝、持ってきていたロールパンと野菜ジュースで朝食を済ませると、この階層をどうやって出るか、優斗たちは話し合った。 話し合った結果、皆で同じ形の木の実を齧る事に決めた。 念の為、同じ形の木の実を皆が持っていた。 今度は優斗の合図で、皆が齧った。
「せーのっ!」
優斗たちが移動した先は、洞窟だった。 今度は4人と4匹全員が同じ場所へ出た。 優斗の脳内で監視スキルの声が響く。 脳内で地図が拡がると、洞窟内の見取り図が開かれ、優斗と華の現在地が表示された。 周囲に魔物の赤い点も、ボスの赤い点も表示されていない。
『花咲華の安全を確認、周囲に危険はありません。 【花咲華を守る】全スキルは正常に始動しています。 花咲華の映像を送ります』
優斗の脳内に華の映像が送られ、背後にいる華がこちらを見た時、優斗は華と『視線が合った』ような気がした。 隣で瑠衣が笑ったような気配に、優斗は瑠衣に目を遣った。 瑠衣は笑っていた事を隠す事もしないでしっれと黒い笑みで宣った。 優斗も負けじと瑠衣に黒い笑みを向けた。
「今度は皆、同じ場所に出たな。 やっぱ皆と一緒だと、安心するな。 なぁ! 優斗」
「そうだな。 方向感覚が狂う魔法も掛ってないみたいだし、この先にボスの部屋があるだろうな。 気を緩めるなよ、瑠衣」
「そうだ! みんなに、いっておくことがあるんだ」
優斗と瑠衣の黒い笑みの応酬を他所に、頭上からフィルの声が落ちてくる。
「ここにゆうしゃのちからがあるとおもう。 だからちからをみつけたら、ためらわずにのんでほしいんだ!」
((ん? 飲む? また何か血を飲めとか言うんじゃないだろうな!))
((飲むって、勇者の力を手に入れるのに、何か飲まされるのっ))
優斗たちの様子に気づいたフィンが、意地悪な笑みを浮かべている。 フィンは銀色の少女に姿を変えていて、マントと従魔の印が散っているワンピースの裾を、くるっと回って翻した。
「そうよ。 主さまの血が入っているのよ!」
((((!!!!!))))
「主さまの血」
華が青ざめて怯んでいるのを他所に、華以外の優斗たち3人は、白けた表情を浮かべている。
「フィン」
フィルの表情は『しょうがない子だな』という目でフィンを見つめていた。 優斗たちがそんな遊びをしている頃、勇者御一行は優斗たちが野営していた石畳の迷路の出口に辿り着いていた。
火の始末をした跡と、噛みついた跡が残る木の実を見て、勇者御一行たちも優斗たちの後を追った。
――暫く進むと低級の魔物が集まって来た。
洞窟内にネズミの鳴き声と、優斗たちが繰り出す技の騒音が鳴り響いていた。 優斗の氷魔法の音と、瑠衣の矢が地面に突き刺さる音が続き、仁奈の槍の鉾が煌めく。 デカいネズミが空中に吹き飛ばされ、天井にぶつかって落ちてくる。 華はネズミが嫌いなのか、火の魔法弾で飛びかかってきたネズミを、凄い形相で燃やし尽くす映像が、優斗の脳内に流れて来た。
(……っ、華っ)
「優斗! そっち行った!」
「任せろ!」
優斗は瑠衣の声に振り向くと、デカいネズミが瞳を妖しく光らせて飛びかかってきた。 ネズミの攻撃を難なくかわし、腹を木刀で突き刺して凍らせていく。 凍り付いたネズミは砕けて、魔法石へと変わっていった。
1匹、1匹は弱いが、大量の群れで来られると、中々に厄介だ。 『切りが無いな』と呟いた優斗が、地面に木刀を突き刺し、花びらが舞うと、凍結魔法を放つ。 周囲から氷の棘が飛び出し、デカいネズミを突き刺して凍りついていった。 周囲のネズミを片付けると、優斗たちは洞窟の奥へと進んだ。 背後から視線を感じて振り向くと、華がじっと優斗を見つめている。
(ん? どうしたんだ? 華、もしかして、ネズミ燃やして欲しかったのか? さっき凄い顔してたしな)
「華、大丈夫か? どっか怪我でもしたか?!」
「あ、ううん。 何でもない!」
華は慌てて、顔を横に振っている。 優斗は華の様子が気になったが、脳内に監視スキルの声が響くと、地図を開いた。
『勇者御一行がダンジョン内に侵入、追ってきます』
優斗の地図上に、勇者御一行の青い点が後方で点滅しているのが表示された。 真っ直ぐに優斗たちへ向かって地図上を移動している。 優斗は皆に声をかけて駆け出した。
「やばい! 勇者御一行がくる! 走れ!」
「まじか! とうとう、追いついかれたかっ!」
優斗たちが駆け出した後に、大勢がの走る足音が洞窟内に響き渡る。 追って来る足音に、直ぐに追いつかれる事を悟り、優斗は足を止めた。
(このままじゃ、追いつかれる! ここは凍結魔法で足止めするしかない!)
「瑠衣! 華を連れて先へ行け! 俺が凍結魔法で足止めする! すぐに追いつくから」
瑠衣が逡巡したのち、華と仁奈を引っ張って風神へ乗せて駆け出して行った。 フィンはスライムになって華の膝へ飛び乗る。
「絶対に直ぐ来いよ! お前が来るまで華ちゃんは俺らで守っとくから!」
瑠衣に親指を立てて合図を送った後、瑠衣たちの後ろ姿が洞窟の奥へと消えた。 優斗は勇者御一行の大勢の足音を聞きながら木刀を構えて迎え打つ。 緊張感が張りつめた中、雷神が優斗の肩に止まった。
「何だ雷神、瑠衣たちと一緒に行かなかったのか?」
「きっと、ニーナがおいていったんだよ。 でんれいように」
「そうか。 お勤めご苦労さまだな」
『勇者御一行がすぐそこまで来ています』
監視スキルの声にお喋りを止めて前を見据えると、勇者御一行の姿が見えてきた。 優斗は深呼吸をすると、全身に魔力を纏わせていく。 桜の花びらが舞うと、木刀が音を立てて氷を纏っていった。
木刀から冷気を漂わせながら薙ぎ払う。 洞窟の壁が凍りついていき、優斗と勇者御一行の間に氷の壁が形成されていく。 勇者御一行たちは、氷の壁に足止めを喰らい、どよめいて寒さに白い息を吐いていた。 勇者御一行の中で、威勢のいい声が洞窟内に響き渡る。
「お前はっ! ダンジョン内の様子で先に誰かが入ってるのは分かってたが、お前だったとはな! 小鳥遊優斗!」
優斗は自分の名前を呼ばれ、眉を少し歪めた。 氷の壁に阻まれている為、相手の声が籠っていてはっきりとは聞こえなかったが、言っている事は分かった。 頭上からフィルの声が落ちてくる。
「ユウト、しってるひと?」
フィルに問われたが、優斗は氷の壁を挟んで、目の前に立っている同年代の少年に覚えが無く、顔を傾げた。 目の前の少年は短髪細目で、とても偉そうな上に、ニヤついた表情がとても軽薄そうに見えた。 雷神が首を傾げて問う仕草がとても可愛い。 雷神の瞳が『だ~れ?』と言っている。
雷神の左の瞳の奥には、仁奈の従魔の印が刻まれていた。
「いや、誰だっけ?」
優斗の小さい呟きが何故か、覚えのない男の耳に届き、こめかみがピクリと動いた。 威勢のいい男が動くよりも早く、隣の端正な顔をした少年が先に動いた。 少年は確か『春樹』と呼ばれていたなと優斗は思い出した。
春樹の剣がいとも簡単に氷の壁を切り崩した。 氷の崩れる音が洞窟内に響く。 軽く床を蹴る音を鳴らし、春樹が素早い動きで跳躍すると、威勢のいい男に声を掛ける。 春樹は軽々と、身長178cmある優斗を飛び越えて行った。
「桜! 後、頼んだぞ! 俺は先に行ってる」
頭上からフィルの驚きの声が降りてくる。
「ユウト! あのこがもってるけん、せかいじゅのぶきだ! やっぱりおうこくがわも、せかいじゅのぶきをもってたんだ! あれは、おおむかしのけん?」
優斗の眉が寄り、走る春樹の後ろ姿を追って、持っている剣を見る。 春樹の剣と優斗の木刀が共鳴したのか、一瞬だけ光を放ったように見えた。
『花咲華が虫除け結界を発動させました。 中級魔物を弾き飛ばしながら進んでいます』
華たちが風神に乗って駆けている映像が脳内に流れてくる。 結界が魔物を弾け飛ばし、光って球体の形がよくわかる。 瑠衣の声が脳内で響く。
『大丈夫だ! これくらいの魔物なら楽勝だ!』
華の結界が発動されて、監視スキルから優斗に報告が行くと分かっての瑠衣の言葉だった。 合図の為の親指まで立てている。
『次の攻撃が来ます』
「ユウト!」
監視スキルとフィルの声に、優斗たちを追って来た桜の剣が背後から襲って来る。 優斗の背中に打ち下ろされた桜の剣を振り向きざまに木刀で受け止める。 木刀を中段に構えて強化すると、花びらが舞い、木刀が魔力を纏って鋭く尖っていく。 桜も優斗の様子に、一緒に追って来た背後の王国騎士団に手を出すなと合図を送る。
「本当に覚えてないみたいだな。 何度も竹刀を合わせたのに、剣を合わせれば思い出すか」
桜が優斗の頭を狙って切り込んでくると、優斗が木刀で受けて、打ち払って剣を弾く。 面を取りに来る桜の連打の攻撃を、優斗は木刀で受け止め、防戦一方になる。 桜の調子が上がって来る。
木刀と剣の打ち合う音が洞窟内で響き、王国騎士団の息を呑む気配が伝わって来た。 鍔迫り合いの末、互いが後方へ飛んで距離をとる。
桜の飛び込み面を掬い上げると、隙をついて、腹に木刀を打ち込む、が優斗は手首で胴を止めた。
(こいつを殺したいわけじゃない。 でも、試合をしていても駄目だ! 気絶させるしかないか。 こいつは、俺を剣道で倒したいみたいだな。 こいつからは闘志は見えるけど、殺気は見えない)
優斗の隙をついて、桜の面打ちがくる。 後方へ飛んで面をかわすと、優斗は屈んで地面に手をついて、後方へ滑って行った。 桜を見据えて優斗はどうすればいいか考えていた。 花びらが舞うと、木刀の切っ先が丸く強化された。 優斗と桜は同時に動く。 優斗は銀色の足跡踏んで踏み込むと、互いに喉元を狙って突きを繰り出した。
優斗は上半身を捻って桜の突きをかわし、突きから小手に変え、桜の剣を持つ手を打って剣を落とし、桜の喉元に片手突きを入れた。 桜は後方へ吹っ飛んでいき、洞窟の壁に激突したが、気絶まではさせれなかった。
桜は優斗を睨みつけると、自身の事を全く思い出さない事にもイラついているらしく、桜の身体から黒いオーラが染みだして来た。 桜の黒いオーラに優斗は目を見開いて凝視した。
頭上からフィルの声が落ちてくる。
「ユウト! かれは、まぞくにあやつられてる!」
「えっ! こいつ悪魔に魅入られてるのか?」
「ううん、あくまにみいられたまぞくに、あやつられてるんだよ! おうこくがわのだれかが、まぞくなんだよ!」
『花咲華がボス部屋へ突入しました。 虫除け結界が強化されます。 ボス戦、開始されました』
優斗の脳内で監視スキルの声が響き、華の映像が流れてくる。
『瑠衣! 援護、お願い!』
『任せろ! 華ちゃん、もっと離れて!』
『大丈夫! 私も一緒に戦う!』
『ハナ!』
仁奈がボスへ突っ込んで行き、瑠衣が弓矢で援護している映像が流れてきた。 華の伸ばした手が見えて、魔道具の桜を模した魔法陣が展開していくのが映し出された。 瑠衣たちの映像は、華が見ている映像だと推測される。 桜が動く気配に、優斗は桜に目を遣った。 桜が苦々しい表情で優斗を睨んでいる。
「この状況で考え事か? 覚えのない俺なんて、まともに相手にするつもりもないってか」
桜の軽口には答えずに、優斗は木刀へ魔力を流す。 木刀から冷気が漂うと、桜の花びらが舞う。 優斗と桜の間に、複数の氷の棘が生成された。 桜から出ている黒いオーラが、より濃く染みだしてきて辺りに漂う。
「ユウト! やばいよ、かれのやみがふかくなってく」
桜が動くよりも早く、優斗は木刀を振り下ろした。 氷の棘が、桜目掛けて飛んでいき、着ている騎士服に突き刺さり、桜を地面に縫い留めた。 騎士服が一瞬で、音を立てて凍りついていく。
桜は凍り付いた騎士服に動きを封じられて、優斗を鋭い瞳で睨みつけてくる。 どよめく王国騎士団に向かってもう一度、木刀を振り下ろすと、氷の棘が王国騎士団に降り注ぎ、騎士たちの服も凍りついていった。 桜と王国騎士たちの怒号と悲鳴を背に、優斗は華たちの元へと駆け出して行った。
『ボスに攻撃が入らず、苦戦しているようです』
監視スキルの声に、銀色の足跡を踏んで跳躍しながら、華の映像を確かめる。 まだ、先に行かせてしまった春樹という少年は、華たちに追いついていない。 ボス戦に苦戦している様子が映像で流れてきた。 春樹も魔族に操られていたらと思うと、優斗は気持ちが焦ってしまう。
(あの、転送魔法が使えれば、すぐにでも華たちの所に行けるのに!)
――瑠衣たちはゴーレムの硬い装甲に苦戦を強いられていた。
瑠衣の左目側にユリを模した魔法陣が描かれていく。 瑠衣の視界には、ボスに標準があたり、吹き出しが出る。 吹き出しには『弱点無し』の文字が点滅していて、瑠衣は舌打ちをして、弓を持つ手を下ろした。
(くそっ! 優斗に来るまでもたせるなんて言ったのに、いざとなって役に立たないなんて、格好つかないだろう)
洞窟の奥から誰かが走って来る足音が聞こえてきた。 瑠衣たちが、優斗の登場に期待で膨らみ、背後を振り返った。 優斗の姿が見えると誰もが思ったが、息せき切って姿を見せたのは、勇者御一行の中心人物と思われる春樹という少年だった。 春樹が1歩、ボス部屋に足を踏み入れた途端、華の結界が範囲を拡げ、ボス部屋全体を包んだ。 すると春樹は、軽く弾け飛ばされ、壁に背中を打ち付けて痛みに呻いていた。
「あれ? ゴーレムも結界に入った?!」
(よっしゃ! 春樹って奴は結界内に入れないみたいだ。 棚ぼた!)
「これでいい! 勇者御一行に邪魔されないし、優斗は入れるだろう。 仁奈、華ちゃん。 今のうちにボス倒すぞ!」
「了解! 華は無理しないようにね」
「うん! 大丈夫、私も頑張るから!」
ゴーレムの機械のような唸り声に向き直ると、ゴーレムの背後にある祭壇の上に置いてある薬瓶を見つめる。 中身がキラキラと光り輝き、瑠衣たちの動向を見守っているように見えた。
瑠衣たちは薬瓶が2本あるのを確認して、目で合図を送ると大きく頷いた。 祭壇の下の足元にも1本、薬瓶が落ちている事に、瑠衣たちも、監視スキルで覗いている優斗も、全く気付いていなかった。
「せーのっ!」
優斗たちが移動した先は、洞窟だった。 今度は4人と4匹全員が同じ場所へ出た。 優斗の脳内で監視スキルの声が響く。 脳内で地図が拡がると、洞窟内の見取り図が開かれ、優斗と華の現在地が表示された。 周囲に魔物の赤い点も、ボスの赤い点も表示されていない。
『花咲華の安全を確認、周囲に危険はありません。 【花咲華を守る】全スキルは正常に始動しています。 花咲華の映像を送ります』
優斗の脳内に華の映像が送られ、背後にいる華がこちらを見た時、優斗は華と『視線が合った』ような気がした。 隣で瑠衣が笑ったような気配に、優斗は瑠衣に目を遣った。 瑠衣は笑っていた事を隠す事もしないでしっれと黒い笑みで宣った。 優斗も負けじと瑠衣に黒い笑みを向けた。
「今度は皆、同じ場所に出たな。 やっぱ皆と一緒だと、安心するな。 なぁ! 優斗」
「そうだな。 方向感覚が狂う魔法も掛ってないみたいだし、この先にボスの部屋があるだろうな。 気を緩めるなよ、瑠衣」
「そうだ! みんなに、いっておくことがあるんだ」
優斗と瑠衣の黒い笑みの応酬を他所に、頭上からフィルの声が落ちてくる。
「ここにゆうしゃのちからがあるとおもう。 だからちからをみつけたら、ためらわずにのんでほしいんだ!」
((ん? 飲む? また何か血を飲めとか言うんじゃないだろうな!))
((飲むって、勇者の力を手に入れるのに、何か飲まされるのっ))
優斗たちの様子に気づいたフィンが、意地悪な笑みを浮かべている。 フィンは銀色の少女に姿を変えていて、マントと従魔の印が散っているワンピースの裾を、くるっと回って翻した。
「そうよ。 主さまの血が入っているのよ!」
((((!!!!!))))
「主さまの血」
華が青ざめて怯んでいるのを他所に、華以外の優斗たち3人は、白けた表情を浮かべている。
「フィン」
フィルの表情は『しょうがない子だな』という目でフィンを見つめていた。 優斗たちがそんな遊びをしている頃、勇者御一行は優斗たちが野営していた石畳の迷路の出口に辿り着いていた。
火の始末をした跡と、噛みついた跡が残る木の実を見て、勇者御一行たちも優斗たちの後を追った。
――暫く進むと低級の魔物が集まって来た。
洞窟内にネズミの鳴き声と、優斗たちが繰り出す技の騒音が鳴り響いていた。 優斗の氷魔法の音と、瑠衣の矢が地面に突き刺さる音が続き、仁奈の槍の鉾が煌めく。 デカいネズミが空中に吹き飛ばされ、天井にぶつかって落ちてくる。 華はネズミが嫌いなのか、火の魔法弾で飛びかかってきたネズミを、凄い形相で燃やし尽くす映像が、優斗の脳内に流れて来た。
(……っ、華っ)
「優斗! そっち行った!」
「任せろ!」
優斗は瑠衣の声に振り向くと、デカいネズミが瞳を妖しく光らせて飛びかかってきた。 ネズミの攻撃を難なくかわし、腹を木刀で突き刺して凍らせていく。 凍り付いたネズミは砕けて、魔法石へと変わっていった。
1匹、1匹は弱いが、大量の群れで来られると、中々に厄介だ。 『切りが無いな』と呟いた優斗が、地面に木刀を突き刺し、花びらが舞うと、凍結魔法を放つ。 周囲から氷の棘が飛び出し、デカいネズミを突き刺して凍りついていった。 周囲のネズミを片付けると、優斗たちは洞窟の奥へと進んだ。 背後から視線を感じて振り向くと、華がじっと優斗を見つめている。
(ん? どうしたんだ? 華、もしかして、ネズミ燃やして欲しかったのか? さっき凄い顔してたしな)
「華、大丈夫か? どっか怪我でもしたか?!」
「あ、ううん。 何でもない!」
華は慌てて、顔を横に振っている。 優斗は華の様子が気になったが、脳内に監視スキルの声が響くと、地図を開いた。
『勇者御一行がダンジョン内に侵入、追ってきます』
優斗の地図上に、勇者御一行の青い点が後方で点滅しているのが表示された。 真っ直ぐに優斗たちへ向かって地図上を移動している。 優斗は皆に声をかけて駆け出した。
「やばい! 勇者御一行がくる! 走れ!」
「まじか! とうとう、追いついかれたかっ!」
優斗たちが駆け出した後に、大勢がの走る足音が洞窟内に響き渡る。 追って来る足音に、直ぐに追いつかれる事を悟り、優斗は足を止めた。
(このままじゃ、追いつかれる! ここは凍結魔法で足止めするしかない!)
「瑠衣! 華を連れて先へ行け! 俺が凍結魔法で足止めする! すぐに追いつくから」
瑠衣が逡巡したのち、華と仁奈を引っ張って風神へ乗せて駆け出して行った。 フィンはスライムになって華の膝へ飛び乗る。
「絶対に直ぐ来いよ! お前が来るまで華ちゃんは俺らで守っとくから!」
瑠衣に親指を立てて合図を送った後、瑠衣たちの後ろ姿が洞窟の奥へと消えた。 優斗は勇者御一行の大勢の足音を聞きながら木刀を構えて迎え打つ。 緊張感が張りつめた中、雷神が優斗の肩に止まった。
「何だ雷神、瑠衣たちと一緒に行かなかったのか?」
「きっと、ニーナがおいていったんだよ。 でんれいように」
「そうか。 お勤めご苦労さまだな」
『勇者御一行がすぐそこまで来ています』
監視スキルの声にお喋りを止めて前を見据えると、勇者御一行の姿が見えてきた。 優斗は深呼吸をすると、全身に魔力を纏わせていく。 桜の花びらが舞うと、木刀が音を立てて氷を纏っていった。
木刀から冷気を漂わせながら薙ぎ払う。 洞窟の壁が凍りついていき、優斗と勇者御一行の間に氷の壁が形成されていく。 勇者御一行たちは、氷の壁に足止めを喰らい、どよめいて寒さに白い息を吐いていた。 勇者御一行の中で、威勢のいい声が洞窟内に響き渡る。
「お前はっ! ダンジョン内の様子で先に誰かが入ってるのは分かってたが、お前だったとはな! 小鳥遊優斗!」
優斗は自分の名前を呼ばれ、眉を少し歪めた。 氷の壁に阻まれている為、相手の声が籠っていてはっきりとは聞こえなかったが、言っている事は分かった。 頭上からフィルの声が落ちてくる。
「ユウト、しってるひと?」
フィルに問われたが、優斗は氷の壁を挟んで、目の前に立っている同年代の少年に覚えが無く、顔を傾げた。 目の前の少年は短髪細目で、とても偉そうな上に、ニヤついた表情がとても軽薄そうに見えた。 雷神が首を傾げて問う仕草がとても可愛い。 雷神の瞳が『だ~れ?』と言っている。
雷神の左の瞳の奥には、仁奈の従魔の印が刻まれていた。
「いや、誰だっけ?」
優斗の小さい呟きが何故か、覚えのない男の耳に届き、こめかみがピクリと動いた。 威勢のいい男が動くよりも早く、隣の端正な顔をした少年が先に動いた。 少年は確か『春樹』と呼ばれていたなと優斗は思い出した。
春樹の剣がいとも簡単に氷の壁を切り崩した。 氷の崩れる音が洞窟内に響く。 軽く床を蹴る音を鳴らし、春樹が素早い動きで跳躍すると、威勢のいい男に声を掛ける。 春樹は軽々と、身長178cmある優斗を飛び越えて行った。
「桜! 後、頼んだぞ! 俺は先に行ってる」
頭上からフィルの驚きの声が降りてくる。
「ユウト! あのこがもってるけん、せかいじゅのぶきだ! やっぱりおうこくがわも、せかいじゅのぶきをもってたんだ! あれは、おおむかしのけん?」
優斗の眉が寄り、走る春樹の後ろ姿を追って、持っている剣を見る。 春樹の剣と優斗の木刀が共鳴したのか、一瞬だけ光を放ったように見えた。
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華たちが風神に乗って駆けている映像が脳内に流れてくる。 結界が魔物を弾け飛ばし、光って球体の形がよくわかる。 瑠衣の声が脳内で響く。
『大丈夫だ! これくらいの魔物なら楽勝だ!』
華の結界が発動されて、監視スキルから優斗に報告が行くと分かっての瑠衣の言葉だった。 合図の為の親指まで立てている。
『次の攻撃が来ます』
「ユウト!」
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「本当に覚えてないみたいだな。 何度も竹刀を合わせたのに、剣を合わせれば思い出すか」
桜が優斗の頭を狙って切り込んでくると、優斗が木刀で受けて、打ち払って剣を弾く。 面を取りに来る桜の連打の攻撃を、優斗は木刀で受け止め、防戦一方になる。 桜の調子が上がって来る。
木刀と剣の打ち合う音が洞窟内で響き、王国騎士団の息を呑む気配が伝わって来た。 鍔迫り合いの末、互いが後方へ飛んで距離をとる。
桜の飛び込み面を掬い上げると、隙をついて、腹に木刀を打ち込む、が優斗は手首で胴を止めた。
(こいつを殺したいわけじゃない。 でも、試合をしていても駄目だ! 気絶させるしかないか。 こいつは、俺を剣道で倒したいみたいだな。 こいつからは闘志は見えるけど、殺気は見えない)
優斗の隙をついて、桜の面打ちがくる。 後方へ飛んで面をかわすと、優斗は屈んで地面に手をついて、後方へ滑って行った。 桜を見据えて優斗はどうすればいいか考えていた。 花びらが舞うと、木刀の切っ先が丸く強化された。 優斗と桜は同時に動く。 優斗は銀色の足跡踏んで踏み込むと、互いに喉元を狙って突きを繰り出した。
優斗は上半身を捻って桜の突きをかわし、突きから小手に変え、桜の剣を持つ手を打って剣を落とし、桜の喉元に片手突きを入れた。 桜は後方へ吹っ飛んでいき、洞窟の壁に激突したが、気絶まではさせれなかった。
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頭上からフィルの声が落ちてくる。
「ユウト! かれは、まぞくにあやつられてる!」
「えっ! こいつ悪魔に魅入られてるのか?」
「ううん、あくまにみいられたまぞくに、あやつられてるんだよ! おうこくがわのだれかが、まぞくなんだよ!」
『花咲華がボス部屋へ突入しました。 虫除け結界が強化されます。 ボス戦、開始されました』
優斗の脳内で監視スキルの声が響き、華の映像が流れてくる。
『瑠衣! 援護、お願い!』
『任せろ! 華ちゃん、もっと離れて!』
『大丈夫! 私も一緒に戦う!』
『ハナ!』
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「ユウト! やばいよ、かれのやみがふかくなってく」
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桜は凍り付いた騎士服に動きを封じられて、優斗を鋭い瞳で睨みつけてくる。 どよめく王国騎士団に向かってもう一度、木刀を振り下ろすと、氷の棘が王国騎士団に降り注ぎ、騎士たちの服も凍りついていった。 桜と王国騎士たちの怒号と悲鳴を背に、優斗は華たちの元へと駆け出して行った。
『ボスに攻撃が入らず、苦戦しているようです』
監視スキルの声に、銀色の足跡を踏んで跳躍しながら、華の映像を確かめる。 まだ、先に行かせてしまった春樹という少年は、華たちに追いついていない。 ボス戦に苦戦している様子が映像で流れてきた。 春樹も魔族に操られていたらと思うと、優斗は気持ちが焦ってしまう。
(あの、転送魔法が使えれば、すぐにでも華たちの所に行けるのに!)
――瑠衣たちはゴーレムの硬い装甲に苦戦を強いられていた。
瑠衣の左目側にユリを模した魔法陣が描かれていく。 瑠衣の視界には、ボスに標準があたり、吹き出しが出る。 吹き出しには『弱点無し』の文字が点滅していて、瑠衣は舌打ちをして、弓を持つ手を下ろした。
(くそっ! 優斗に来るまでもたせるなんて言ったのに、いざとなって役に立たないなんて、格好つかないだろう)
洞窟の奥から誰かが走って来る足音が聞こえてきた。 瑠衣たちが、優斗の登場に期待で膨らみ、背後を振り返った。 優斗の姿が見えると誰もが思ったが、息せき切って姿を見せたのは、勇者御一行の中心人物と思われる春樹という少年だった。 春樹が1歩、ボス部屋に足を踏み入れた途端、華の結界が範囲を拡げ、ボス部屋全体を包んだ。 すると春樹は、軽く弾け飛ばされ、壁に背中を打ち付けて痛みに呻いていた。
「あれ? ゴーレムも結界に入った?!」
(よっしゃ! 春樹って奴は結界内に入れないみたいだ。 棚ぼた!)
「これでいい! 勇者御一行に邪魔されないし、優斗は入れるだろう。 仁奈、華ちゃん。 今のうちにボス倒すぞ!」
「了解! 華は無理しないようにね」
「うん! 大丈夫、私も頑張るから!」
ゴーレムの機械のような唸り声に向き直ると、ゴーレムの背後にある祭壇の上に置いてある薬瓶を見つめる。 中身がキラキラと光り輝き、瑠衣たちの動向を見守っているように見えた。
瑠衣たちは薬瓶が2本あるのを確認して、目で合図を送ると大きく頷いた。 祭壇の下の足元にも1本、薬瓶が落ちている事に、瑠衣たちも、監視スキルで覗いている優斗も、全く気付いていなかった。
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