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19話 『結城真由を敵認定します』
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「おはよう、優斗」
「おはよう、瑠衣」
多目的道場に入って直ぐ右側の奥に、簡易シャワールームがある。 瑠衣と優斗は更衣室でかち合い、挨拶を交わした。 先程まで2人共、道場で汗を流していた。 朝練をしている時は、お互いに声を掛けない。 今朝、初めて声を掛け合った。 勇者御一行とダンジョンでニアミスしてから、今日で4日が経っている。 異世界へ落とされて13日目だ。
数え間違えていなければ、優斗は明日で17歳の誕生日を迎える。 こちらの世界では16歳で成人を迎える。 ギルドでは、立派な大人として扱われる。 優斗たちには成人の自覚もなく、ギルド職員たちや街の人達から、当然のように大人扱いされて戸惑うばかりだ。
優斗と瑠衣は、今日の朝食当番なので、簡単に素早くシャワーを浴びると、ラフな部屋着に着替えてキッチンへ向かった。 多目的道場には、シャワー室や更衣室の他に筋トレできる部屋もある。
更には、洗濯室まで作ってあった。 隠れ家を守っている森にも、ランニングコースが作られ、隠れ家は3人の部活人間の要望により、ちょっとしたスポーツ施設へと生まれ変わっていた。
因みに、皆の道着と部屋着は、華が創作魔法で制作している。
――男2人でキッチンに立つと、瑠衣が調理器具を出しながら優斗に声を掛けた。
「優斗、冷蔵庫から使う材料出してくれ」
「了解! 瑠衣、メニュー何にする?」
「ふふん、今日はオムレツに挑戦する」
キッチンの一番奥の壁に、天井まである両開きの扉を開けると、ひんやりとした冷気が吐き出され、優斗の肌を冷えた空気が撫でる。 魔道具の冷蔵庫の中には、大量の食糧品が所狭しと並べられている。 大食漢の2匹と部活人間が3人、文科系人間が1人、雷神と風神は森の草木や虫が主食なので、数に入れない。 これだけあっても足りないかもしれないと、大食漢の2匹の顔を思い浮かべ、優斗は深い溜め息を吐いた。
隠れ家で生活するに至って、皆が快適に過ごせるようにと、優斗たちは話し合った。 食事は朝夕当番制、昼は街での食事がほとんどだ。 共有場所の掃除も当番制、各自の部屋の掃除と洗濯は、自身で行うことに決めた。
今朝のメニューの材料を取り出し、朝食の準備を始める。 今朝のメニューは、オムレツとサラダに野菜スープだ。 後は、バターロールパン。 優斗たちは、パンまで焼けるようになっていた。
フィルとフィンが森から果物を毎朝、新鮮な物を選んで採って来てくれる。 果物を絞ってジュースにするのだ。 瑠衣が器用にオムレツを巻いていく、中身は玉ねぎとミンチ肉。 優斗は瑠衣の手元を見て感心した。
「瑠衣、上手いな」
「まぁな、大分、料理も慣れて来たよ」
(花咲、こういうの好きかな)
オムレツに、トマトソースが入っている瓶から、スプーンでトマトソースを掬い、華の好きそうな柄を描いていく。 不意に、優斗の頭の中で監視スキルの声が響く。
『花咲華が起床しました。 今、着替えをしています』
「あぁっ!」
監視スキルの声で手元が狂い、オムレツにトマトソースをぶちまけてしまった。 人数分のオムレツを皿へ盛っていた瑠衣が、オムレツの惨状を見て顔を引き攣らせる。
(き、着替えとか言わなくていいからっ!)
優斗の様子に瑠衣が顔を傾げたが、直ぐに察して意地悪な笑みを浮かべた。 気づいた優斗は、瑠衣が言葉を発する前に、顔を横に激しく振って否定した。
「本当に隠れ家に居る時は【透視】と【傍聴】スキルは切ってるんだ! ただ、監視スキルが勝手に、実況中継してくるんだよ!」
優斗の必死な様子に、瑠衣がたまらず腹を抱えて笑いだす。
「それって、お前が常に華ちゃんの事、考えてるってことだな。 じゃないと実況中継しないだろう」
「ぐっ」
瑠衣の言葉で、羞恥に顔を赤く染めた。 知ってか知らずか、監視スキルの実況中継が脳内で響く。
『花咲華が部屋を出て、食堂へ降りてきます』
優斗は未だ笑いが止まらない瑠衣を急かし、朝食の準備を急いだ。 因みに、絶対に華が嫌だろうと思われるお風呂やその他諸々は、当たり前だが実況中継されない。
――次の日、優斗たちは街へ出て、市場へ買い出しに来ていた。
市場はとても活気づいていて、大勢の人の賑やかな声が飛び交っている。 お店には見た事がないような野菜や果物が山積みにされており、売り子の小母さんの声が辺りに響いていた。
買い物客も大勢行きかっていて、気を抜くと、逸れそうな賑わいだ。 背後を歩く華の様子を、優斗は脳内に流れてくる映像で注意深く見ていた。
華はちょっと方向音痴の所がある。 キョロキョロと周囲を物珍しそうに眺めていて、迷子になりそうで心配だったからだ。 ふと、華が優斗の方へ視線を向けた。 華は眉を顰めて優斗の背中を見つめている。
何故か、華と視線が合ったような気がして、優斗の胸に不安が過ぎる。 不安を隠すように振り返り、華に問いかけた。 反応を見て監視スキルがバレてるのか確認したかったのだ。
「どうした? 俺の背中に何かついてる?」
「へっ? いや、な、何もついてないよ」
優斗が振り向くとは思っていなかったようで、華は凄く驚いて顔を振った。
「そうか。 いや、背中に視線を感じたから」
慌てて優斗は言い訳して、気にしない様にと軽く手を振った。 瑠衣は兎も角、優斗は周囲の女子から熱い眼差しを向けられている事に、全く気付いていなかった。
優斗たちのキラキラした集団は、老若男女の視線を集め、とても目立っていた。 市場のお店を覗きながら、買い物をあらかた終わらせる。 買い忘れがないかと、優斗たちは市場の邪魔にならいない端っこへ寄った。
ここでもフィルとフィンは、色々なお店や屋台で試食しまくっていた。 優斗たちは2人の姿に呆れるしかない。 他に何か要るものがないかと話し合っていると、前方で何やら騒がしい声がする。
端に居る優斗たちの所にまで、騒ぎの声が届いてきた。
「なんだ? 何を騒いでるんだ?」
「さぁ」
優斗と瑠衣は首を傾げた。 よく見てみると、狭い市場の道をでかい馬車が通り抜けようとしているらしい。 少女の甲高い声が聞こえ、何ともはた迷惑な事だと、優斗たちは眉を顰めた。
「ちょっと、何ぐずぐずしてるのよ! 早く出発させなさいよ!」
如何にも我儘なお嬢様的な口調だった。 貴族のお嬢様がお忍びで来ているのか、馬車に家紋は描かれていなかった。 馬車から叱咤していたのは、優斗たちと同級生の『結城真由』なのだが、優斗の監視スキルが『結城真由』を敵認定していなかったため、真由に気づけなかった。
だから、優斗は油断していた。 よく聞けば、聞き覚えのある声だったというのに。 横を通り過ぎた時、馬車に乗っていた『結城真由』と優斗たちの視線が合った。
優斗たちと真由の目が見開かれ、おまけに口もぽか~んと空けられている。 一瞬の逡巡の後、優斗たちはダッシュして馬車から離れ、優斗は背後で歩いていた華の手を取って駆け出していた。
初めて握った華の手は、とても小さく感じられ、非常事態だというのに不謹慎だが、優斗は高鳴る鼓動を止められなかった。
白いマントを羽織った優斗たちの集団は目立つのか、真由の馬車は優斗たちを見失う事なく追いかけて来る。 馬車はお店の品物を蹴散らしながら、優斗たちを追って来た。
市場の中で追いかけっこしていたら、色々な店に多大な損害が被る。 優斗と瑠衣は互いに頷き合い、瑠衣は街の関所近くで待機していた風神を呼び、優斗は仁奈に華を連れて、雷神で先に隠れ家へ帰るように言った。 フィルは、優斗の頭の上へ飛び乗り、フィンに声を掛けた。
「フィン! ていきてきにれんらくしてきて!」
「ええ、分かったわ!」
「あんたたちはどうするの?!」
優斗と瑠衣は風神に飛び乗ると『俺たちは結城を撒いて来る!』、と華たちから離れて行った。 真由の乗った馬車が優斗たちを追いかけていく。 馬車を牽く蹄の音が辺りに響き、お店の商品を散らしながら、華たちの前を通り過ぎていった。
店員たちが、馬車を苦々しく睨みつけていたが、相手が貴族の馬車なので、大声で抗議が出来ないのだ。 通り過ぎる際、馬車の窓から真由が怒りの形相で華を睨んでいるのに気づき、華は真由から目を逸らしてしまった。
「ハナ! 早く乗って! ユウトたちなら心配しなくても大丈夫よ」
「うん」
華は仁奈とフィンの手を借りて雷神に飛び乗った。 華は、優斗たちが走って行った方向を不安気に、小さくなって見えなくなるまで見ていた。
(小鳥遊くん)
――真由の馬車は、思惑通り、優斗たちを追って来た。
『花咲華が市場を離れました。 隠れ家へ向かっています』
優斗の脳内に監視スキルの声が響く。 脳内の地図上で、華の青い点が移動して行く様子が表示され、華たちが雷神に乗って隠れ家の森へ向かっている映像が流れてきた。
映像を見て優斗は安堵の息を吐いた。 脳内の地図上には、真由の点はない。 どうやら真由は、監視スキルに敵認定されてないようだ。
何処からともなく、王国の兵士たちが優斗たちの追跡に加わっていく。 背後から追ってくる馬車の音と、真由の制止の声が聞こえてくる。 優斗と瑠衣が振り向き、背後の兵士の数に唖然とした。
(なんで、結城は敵認定されてないんだ? 勇者御一行とか敵認定してなかったっけ?)
『結城真由は、先日のダンジョン内にいませんでした』
(なるほど! 結城はある意味、1番の敵だから!)
『承知いたしました。 結城真由を敵認定します』
そう、真由はダンジョン攻略が面倒、というか真由が授かった能力は戦いに向いていない。 なので、王国の馬車で大人しく、皆の帰りを待っていたのだ。 優斗たちは勇者御一行に気を取られていたので、気づけなかった。 脳内の地図に『結城真由』の吹き出しが現れ、優斗の後方で新たに現れた青い点を指し、移動している表示がされた。
「風神! 何とか振り切れ!」
瑠衣の指示に風神の走るスピードが上がり、マントがはためく。 風神は狭い路地を左へ折れて市場を抜けた。 真っすぐに進むと袋小路に入ってしまうと、優斗の地図で分かった。
「瑠衣! このままだと行き止まりだぞ!」
「ちっ!」
しかし、瑠衣は真っ直ぐに行く事を選んだようだ。 優斗が背後を振り向く、馬車が無理やり路地へ入って来るのが見えた。 市場を抜ける際、角にあるお店の品物をぶちまけ、馬車が大きく揺れている。
「優斗、しっかり掴まれ!」
真由の乗った馬車が追いつき、逃げ道を塞ぐように止まった。 馬車と馬車の背後から、兵士が何処にいたのか、大勢出て来た。 真由もゆっくりと馬車から降りてきた。 今日の真由の装いは、お金持ちのお嬢様をイメージしているようだ。
真由が優斗を見て口を開いた瞬間、風神が飛び上がった。 建物のベランダに跳躍し、ジグザクにベランダ伝いで、建物の屋根まで上がっていく。 フィルの『ぎゃあああああ』と言う叫び声が路地にこだました。 兵士が射った矢を風神がかわすと、今まで居たベランダに、兵士たちの矢が音を立てて突き刺さっていく。
優斗は全身に魔力を纏い、片手で木刀を振り上げる。 氷を纏った木刀に魔力を流すと、桜の花びらが舞い、兵士たちの頭上に複数の氷の棘が生成される。
優斗は、兵士たちが弓を射る前に木刀を振り下ろした。 氷の棘が兵士たちへ降り注ぎ、兵士の足やマントを地面に縫い留めていく。 兵士たちの足元が凍りつき、身動きが出来なくなってバランスを崩し転んでいく。
氷の棘を外してしまった兵士へ木刀を向ける。 今度は、切っ先に複数の氷の棘が生成された。
『打ち抜け!』
優斗が心の中で引き金を引くと、兵士たちへ向かって氷の棘が飛んでいった。 氷の棘が兵士の服や靴に刺さって地面に縫い留められ、氷の棘が刺さった場所から兵士たちは、凍りついていった。
兵士たちが怯んでいる隙に、狭い路地の建物を飛び越え、市場を抜け、街を囲っている塀を飛び越えた。 優斗たちは、無事に街を脱出する事に成功した。
「風神! 幻影魔法で姿を隠せ!」
瑠衣の指示の後、風神の魔力が優斗たちの周囲を漂い、幻影魔法が掛けられた。 手綱を握る瑠衣の背中が、薄っすらと透けて見える。 上手く、風神の幻影魔法が掛けられたようだ。
「これで誤魔化せればいいけど。 結城のことだから追跡してきてるかも」
「ホッ、ぶじにまちからだっしゅつできたね」
優斗の地図上では、後方には何もない。 頭上からフィルのホッとした声が降りてきた。 監視スキルの声が脳内で響く。
『追跡はされてません。 花咲華が隠れ家へ無事に到着しました』
華たちが隠れ家のキッチンに荷物を置いて、会話をしている映像が脳内に流れてきた。 優斗は安堵した後、遠くに見える街を一瞥すると、前を向く。 これで終わりではないだろう、と優斗は溜め息を吐くしかなかった。
――真由は驚きを隠せないでいた。
真由は、優斗たちが同じ世界にいる事を知り、優斗の能力を見て、目を見開いて固まっていた。 優斗たちが飛び越えていった建物を凝視し、真由の口が『まさか』と音もなく動いた。 真由の影から黒い影がズズッと出てくると、影が波打つ。 黒い影は真由にしか見えておらず、ゆらゆらと揺れていた。 真由は、黒い影にチラリと視線を送る。
「もう、2度と会えないって思ってたのにっ。 王子もこの世界に来てたなんて! 彼らを調べて、出来るだけ詳しくね。 髪と瞳の色が変わっている事も。 分かったらすぐに知らせて」
黒い影は何も言葉を発する事なく、ゆらゆらと揺れて煙りのように消えた。 真由の脳裏に優斗と瑠衣、そして仁奈と華の顔が順番に浮かぶ。 優斗と華が手を繋いで走る様子を思い出し、真由の顔が嫉妬で歪んだ。 拳を強く握り締めて口を引き結ぶ。
真由は歯ぎしりを鳴らしながら馬車へ乗り込み、御車に出すように指示を出した。 歯ぎしりは真由がイラつている時にする幼い頃からの癖だ。 真由に放って行かれた兵士たちは、呆然として馬車を見送るしかなかった。
「おはよう、瑠衣」
多目的道場に入って直ぐ右側の奥に、簡易シャワールームがある。 瑠衣と優斗は更衣室でかち合い、挨拶を交わした。 先程まで2人共、道場で汗を流していた。 朝練をしている時は、お互いに声を掛けない。 今朝、初めて声を掛け合った。 勇者御一行とダンジョンでニアミスしてから、今日で4日が経っている。 異世界へ落とされて13日目だ。
数え間違えていなければ、優斗は明日で17歳の誕生日を迎える。 こちらの世界では16歳で成人を迎える。 ギルドでは、立派な大人として扱われる。 優斗たちには成人の自覚もなく、ギルド職員たちや街の人達から、当然のように大人扱いされて戸惑うばかりだ。
優斗と瑠衣は、今日の朝食当番なので、簡単に素早くシャワーを浴びると、ラフな部屋着に着替えてキッチンへ向かった。 多目的道場には、シャワー室や更衣室の他に筋トレできる部屋もある。
更には、洗濯室まで作ってあった。 隠れ家を守っている森にも、ランニングコースが作られ、隠れ家は3人の部活人間の要望により、ちょっとしたスポーツ施設へと生まれ変わっていた。
因みに、皆の道着と部屋着は、華が創作魔法で制作している。
――男2人でキッチンに立つと、瑠衣が調理器具を出しながら優斗に声を掛けた。
「優斗、冷蔵庫から使う材料出してくれ」
「了解! 瑠衣、メニュー何にする?」
「ふふん、今日はオムレツに挑戦する」
キッチンの一番奥の壁に、天井まである両開きの扉を開けると、ひんやりとした冷気が吐き出され、優斗の肌を冷えた空気が撫でる。 魔道具の冷蔵庫の中には、大量の食糧品が所狭しと並べられている。 大食漢の2匹と部活人間が3人、文科系人間が1人、雷神と風神は森の草木や虫が主食なので、数に入れない。 これだけあっても足りないかもしれないと、大食漢の2匹の顔を思い浮かべ、優斗は深い溜め息を吐いた。
隠れ家で生活するに至って、皆が快適に過ごせるようにと、優斗たちは話し合った。 食事は朝夕当番制、昼は街での食事がほとんどだ。 共有場所の掃除も当番制、各自の部屋の掃除と洗濯は、自身で行うことに決めた。
今朝のメニューの材料を取り出し、朝食の準備を始める。 今朝のメニューは、オムレツとサラダに野菜スープだ。 後は、バターロールパン。 優斗たちは、パンまで焼けるようになっていた。
フィルとフィンが森から果物を毎朝、新鮮な物を選んで採って来てくれる。 果物を絞ってジュースにするのだ。 瑠衣が器用にオムレツを巻いていく、中身は玉ねぎとミンチ肉。 優斗は瑠衣の手元を見て感心した。
「瑠衣、上手いな」
「まぁな、大分、料理も慣れて来たよ」
(花咲、こういうの好きかな)
オムレツに、トマトソースが入っている瓶から、スプーンでトマトソースを掬い、華の好きそうな柄を描いていく。 不意に、優斗の頭の中で監視スキルの声が響く。
『花咲華が起床しました。 今、着替えをしています』
「あぁっ!」
監視スキルの声で手元が狂い、オムレツにトマトソースをぶちまけてしまった。 人数分のオムレツを皿へ盛っていた瑠衣が、オムレツの惨状を見て顔を引き攣らせる。
(き、着替えとか言わなくていいからっ!)
優斗の様子に瑠衣が顔を傾げたが、直ぐに察して意地悪な笑みを浮かべた。 気づいた優斗は、瑠衣が言葉を発する前に、顔を横に激しく振って否定した。
「本当に隠れ家に居る時は【透視】と【傍聴】スキルは切ってるんだ! ただ、監視スキルが勝手に、実況中継してくるんだよ!」
優斗の必死な様子に、瑠衣がたまらず腹を抱えて笑いだす。
「それって、お前が常に華ちゃんの事、考えてるってことだな。 じゃないと実況中継しないだろう」
「ぐっ」
瑠衣の言葉で、羞恥に顔を赤く染めた。 知ってか知らずか、監視スキルの実況中継が脳内で響く。
『花咲華が部屋を出て、食堂へ降りてきます』
優斗は未だ笑いが止まらない瑠衣を急かし、朝食の準備を急いだ。 因みに、絶対に華が嫌だろうと思われるお風呂やその他諸々は、当たり前だが実況中継されない。
――次の日、優斗たちは街へ出て、市場へ買い出しに来ていた。
市場はとても活気づいていて、大勢の人の賑やかな声が飛び交っている。 お店には見た事がないような野菜や果物が山積みにされており、売り子の小母さんの声が辺りに響いていた。
買い物客も大勢行きかっていて、気を抜くと、逸れそうな賑わいだ。 背後を歩く華の様子を、優斗は脳内に流れてくる映像で注意深く見ていた。
華はちょっと方向音痴の所がある。 キョロキョロと周囲を物珍しそうに眺めていて、迷子になりそうで心配だったからだ。 ふと、華が優斗の方へ視線を向けた。 華は眉を顰めて優斗の背中を見つめている。
何故か、華と視線が合ったような気がして、優斗の胸に不安が過ぎる。 不安を隠すように振り返り、華に問いかけた。 反応を見て監視スキルがバレてるのか確認したかったのだ。
「どうした? 俺の背中に何かついてる?」
「へっ? いや、な、何もついてないよ」
優斗が振り向くとは思っていなかったようで、華は凄く驚いて顔を振った。
「そうか。 いや、背中に視線を感じたから」
慌てて優斗は言い訳して、気にしない様にと軽く手を振った。 瑠衣は兎も角、優斗は周囲の女子から熱い眼差しを向けられている事に、全く気付いていなかった。
優斗たちのキラキラした集団は、老若男女の視線を集め、とても目立っていた。 市場のお店を覗きながら、買い物をあらかた終わらせる。 買い忘れがないかと、優斗たちは市場の邪魔にならいない端っこへ寄った。
ここでもフィルとフィンは、色々なお店や屋台で試食しまくっていた。 優斗たちは2人の姿に呆れるしかない。 他に何か要るものがないかと話し合っていると、前方で何やら騒がしい声がする。
端に居る優斗たちの所にまで、騒ぎの声が届いてきた。
「なんだ? 何を騒いでるんだ?」
「さぁ」
優斗と瑠衣は首を傾げた。 よく見てみると、狭い市場の道をでかい馬車が通り抜けようとしているらしい。 少女の甲高い声が聞こえ、何ともはた迷惑な事だと、優斗たちは眉を顰めた。
「ちょっと、何ぐずぐずしてるのよ! 早く出発させなさいよ!」
如何にも我儘なお嬢様的な口調だった。 貴族のお嬢様がお忍びで来ているのか、馬車に家紋は描かれていなかった。 馬車から叱咤していたのは、優斗たちと同級生の『結城真由』なのだが、優斗の監視スキルが『結城真由』を敵認定していなかったため、真由に気づけなかった。
だから、優斗は油断していた。 よく聞けば、聞き覚えのある声だったというのに。 横を通り過ぎた時、馬車に乗っていた『結城真由』と優斗たちの視線が合った。
優斗たちと真由の目が見開かれ、おまけに口もぽか~んと空けられている。 一瞬の逡巡の後、優斗たちはダッシュして馬車から離れ、優斗は背後で歩いていた華の手を取って駆け出していた。
初めて握った華の手は、とても小さく感じられ、非常事態だというのに不謹慎だが、優斗は高鳴る鼓動を止められなかった。
白いマントを羽織った優斗たちの集団は目立つのか、真由の馬車は優斗たちを見失う事なく追いかけて来る。 馬車はお店の品物を蹴散らしながら、優斗たちを追って来た。
市場の中で追いかけっこしていたら、色々な店に多大な損害が被る。 優斗と瑠衣は互いに頷き合い、瑠衣は街の関所近くで待機していた風神を呼び、優斗は仁奈に華を連れて、雷神で先に隠れ家へ帰るように言った。 フィルは、優斗の頭の上へ飛び乗り、フィンに声を掛けた。
「フィン! ていきてきにれんらくしてきて!」
「ええ、分かったわ!」
「あんたたちはどうするの?!」
優斗と瑠衣は風神に飛び乗ると『俺たちは結城を撒いて来る!』、と華たちから離れて行った。 真由の乗った馬車が優斗たちを追いかけていく。 馬車を牽く蹄の音が辺りに響き、お店の商品を散らしながら、華たちの前を通り過ぎていった。
店員たちが、馬車を苦々しく睨みつけていたが、相手が貴族の馬車なので、大声で抗議が出来ないのだ。 通り過ぎる際、馬車の窓から真由が怒りの形相で華を睨んでいるのに気づき、華は真由から目を逸らしてしまった。
「ハナ! 早く乗って! ユウトたちなら心配しなくても大丈夫よ」
「うん」
華は仁奈とフィンの手を借りて雷神に飛び乗った。 華は、優斗たちが走って行った方向を不安気に、小さくなって見えなくなるまで見ていた。
(小鳥遊くん)
――真由の馬車は、思惑通り、優斗たちを追って来た。
『花咲華が市場を離れました。 隠れ家へ向かっています』
優斗の脳内に監視スキルの声が響く。 脳内の地図上で、華の青い点が移動して行く様子が表示され、華たちが雷神に乗って隠れ家の森へ向かっている映像が流れてきた。
映像を見て優斗は安堵の息を吐いた。 脳内の地図上には、真由の点はない。 どうやら真由は、監視スキルに敵認定されてないようだ。
何処からともなく、王国の兵士たちが優斗たちの追跡に加わっていく。 背後から追ってくる馬車の音と、真由の制止の声が聞こえてくる。 優斗と瑠衣が振り向き、背後の兵士の数に唖然とした。
(なんで、結城は敵認定されてないんだ? 勇者御一行とか敵認定してなかったっけ?)
『結城真由は、先日のダンジョン内にいませんでした』
(なるほど! 結城はある意味、1番の敵だから!)
『承知いたしました。 結城真由を敵認定します』
そう、真由はダンジョン攻略が面倒、というか真由が授かった能力は戦いに向いていない。 なので、王国の馬車で大人しく、皆の帰りを待っていたのだ。 優斗たちは勇者御一行に気を取られていたので、気づけなかった。 脳内の地図に『結城真由』の吹き出しが現れ、優斗の後方で新たに現れた青い点を指し、移動している表示がされた。
「風神! 何とか振り切れ!」
瑠衣の指示に風神の走るスピードが上がり、マントがはためく。 風神は狭い路地を左へ折れて市場を抜けた。 真っすぐに進むと袋小路に入ってしまうと、優斗の地図で分かった。
「瑠衣! このままだと行き止まりだぞ!」
「ちっ!」
しかし、瑠衣は真っ直ぐに行く事を選んだようだ。 優斗が背後を振り向く、馬車が無理やり路地へ入って来るのが見えた。 市場を抜ける際、角にあるお店の品物をぶちまけ、馬車が大きく揺れている。
「優斗、しっかり掴まれ!」
真由の乗った馬車が追いつき、逃げ道を塞ぐように止まった。 馬車と馬車の背後から、兵士が何処にいたのか、大勢出て来た。 真由もゆっくりと馬車から降りてきた。 今日の真由の装いは、お金持ちのお嬢様をイメージしているようだ。
真由が優斗を見て口を開いた瞬間、風神が飛び上がった。 建物のベランダに跳躍し、ジグザクにベランダ伝いで、建物の屋根まで上がっていく。 フィルの『ぎゃあああああ』と言う叫び声が路地にこだました。 兵士が射った矢を風神がかわすと、今まで居たベランダに、兵士たちの矢が音を立てて突き刺さっていく。
優斗は全身に魔力を纏い、片手で木刀を振り上げる。 氷を纏った木刀に魔力を流すと、桜の花びらが舞い、兵士たちの頭上に複数の氷の棘が生成される。
優斗は、兵士たちが弓を射る前に木刀を振り下ろした。 氷の棘が兵士たちへ降り注ぎ、兵士の足やマントを地面に縫い留めていく。 兵士たちの足元が凍りつき、身動きが出来なくなってバランスを崩し転んでいく。
氷の棘を外してしまった兵士へ木刀を向ける。 今度は、切っ先に複数の氷の棘が生成された。
『打ち抜け!』
優斗が心の中で引き金を引くと、兵士たちへ向かって氷の棘が飛んでいった。 氷の棘が兵士の服や靴に刺さって地面に縫い留められ、氷の棘が刺さった場所から兵士たちは、凍りついていった。
兵士たちが怯んでいる隙に、狭い路地の建物を飛び越え、市場を抜け、街を囲っている塀を飛び越えた。 優斗たちは、無事に街を脱出する事に成功した。
「風神! 幻影魔法で姿を隠せ!」
瑠衣の指示の後、風神の魔力が優斗たちの周囲を漂い、幻影魔法が掛けられた。 手綱を握る瑠衣の背中が、薄っすらと透けて見える。 上手く、風神の幻影魔法が掛けられたようだ。
「これで誤魔化せればいいけど。 結城のことだから追跡してきてるかも」
「ホッ、ぶじにまちからだっしゅつできたね」
優斗の地図上では、後方には何もない。 頭上からフィルのホッとした声が降りてきた。 監視スキルの声が脳内で響く。
『追跡はされてません。 花咲華が隠れ家へ無事に到着しました』
華たちが隠れ家のキッチンに荷物を置いて、会話をしている映像が脳内に流れてきた。 優斗は安堵した後、遠くに見える街を一瞥すると、前を向く。 これで終わりではないだろう、と優斗は溜め息を吐くしかなかった。
――真由は驚きを隠せないでいた。
真由は、優斗たちが同じ世界にいる事を知り、優斗の能力を見て、目を見開いて固まっていた。 優斗たちが飛び越えていった建物を凝視し、真由の口が『まさか』と音もなく動いた。 真由の影から黒い影がズズッと出てくると、影が波打つ。 黒い影は真由にしか見えておらず、ゆらゆらと揺れていた。 真由は、黒い影にチラリと視線を送る。
「もう、2度と会えないって思ってたのにっ。 王子もこの世界に来てたなんて! 彼らを調べて、出来るだけ詳しくね。 髪と瞳の色が変わっている事も。 分かったらすぐに知らせて」
黒い影は何も言葉を発する事なく、ゆらゆらと揺れて煙りのように消えた。 真由の脳裏に優斗と瑠衣、そして仁奈と華の顔が順番に浮かぶ。 優斗と華が手を繋いで走る様子を思い出し、真由の顔が嫉妬で歪んだ。 拳を強く握り締めて口を引き結ぶ。
真由は歯ぎしりを鳴らしながら馬車へ乗り込み、御車に出すように指示を出した。 歯ぎしりは真由がイラつている時にする幼い頃からの癖だ。 真由に放って行かれた兵士たちは、呆然として馬車を見送るしかなかった。
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長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
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特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった
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鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。
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第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。
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