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14話 血を繋ぐ儀式
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『【花咲華を守る】スキル、【透視】【傍聴】スキルを開始します。 花咲華の位置を確認、安全を確認、就寝中の危険はありませんでした。 今朝の花咲華の映像を送ります』
優斗の頭の中で、監視スキルの声が響く。 寝ぼけ眼に陽射しが差し、眩しさに瞼を硬く閉じる。 優斗は陽射しを避けて寝返りをうった。 異世界に来て初めての夜が明けた。 優斗がボケっとしてる間に、華の寝顔が脳内に流れてくる。
気持ちよさそうな寝顔に、良く眠れたんだな、と安堵すると同時に罪悪感で胸がいっぱいになった。 きっと、女子として一番見られたくない姿だろうと思い、優斗の頬が羞恥で染まる。
華の無防備な寝姿が、脳内を占領していく。 優斗は枕に顔を埋め、うつ伏せになってジタバタと両足を動かした。 そして、頭の中だけで叫んだ。
(停止! 停止! 【透視】スキル停止! 今度から映像を流す前に訊いてくれ! 花咲に申し訳なさすぎるっ)
規則正しい華の寝息が脳内で流れ、優斗は再び頭の中で叫んだ。
(ぼ、【傍聴】スキルも停止してくれ~~!)
『【透視】【傍聴】スキルを停止します』
華の無防備な寝姿の映像がプツリと消えた。 少し寂しさを覚えながら、優斗はまた寝返りをうつ。 刺す様な視線に瞼を開けると、瑠衣と目線がバチッとあった。
アンバー宅の2階の客室の1室を借り、瑠衣と優斗は同部屋で休んだ。 華と仁奈は、隣の客室を使っている。 向かいの2部屋は、アンバーの私室と寝室があるらしい。
隣のベッドに座り、瑠衣がニヤニヤした顔で優斗を眺めている。 いつの間にか起きていた瑠衣が、優斗の一連の姿を全て見ていたらしい。 ダラダラと背中に冷や汗が流れ、優斗の全身と思考も固まった。 優斗に近づいて来た瑠衣は、『何、見たんだよ』と詰め寄ってきた。
何を見たか、大体の予想がついている様子の瑠衣は、完全に優斗で遊んでいる。
「な、何も見てないって! 俺、ちょっと走って来る!」
「えっ! 走るってどこを?」
「庭!」
瑠衣を押しのけて優斗は部屋を出ていった。 後に残された瑠衣は、『朝から元気だな』とボソッと呟いた後、笑いを堪えられなくなり吹き出した。 客間の廊下を速足で歩いている優斗の背中に、瑠衣の笑い声が突き刺さった。
――庭に出てきた優斗は、走り込みする場所がない事に、今更ながら気がついた。
(俺、めちゃかっこ悪い。 瑠衣に遊ばれる事は分かってただろ! だから言いたくなかったのに! 俺の馬鹿! 何で洗いざらい吐いてしまったんだっ)
走り込みするのを諦め、素振り面打ちを始めた優斗。 中庭に木刀が空気を切る綺麗な音が鳴る。 アンバーのログハウスは、ログハウスを守るように森が広がっていて、風が木の葉を揺らす心地いい音を聞きながら、素振り面打ちを続ける。 優斗の柔らかい髪を揺らし、少し垂れた瞳が真剣な眼差しへと変わっていく。
素振り面打ちを暫く続けると、シャツと額にじんわりと汗が滲む。 一昨日の朝ぶりの素振りに、優斗は気持ちが落ち着いていくのを感じた。 昨日の朝はレクリエーションの為、優斗たちの学年は朝練がなかった。
何て事を考えていると、後方で土を踏む足音が聞こえてきた。 足音に微かな殺気を感じさせる。 優斗の瞳が鋭く光る。 人が近づく気配を感じて素振り面打ちから、後方に振り返りながら木刀を振り仰ぎ、振り向くと同時に木刀を振り下ろして、中段に構えた。
殺気を出している相手を睨みつけると、優斗は目を見開いて間抜け顔よろしく口を開けて驚いた。 対峙した先にいたのは、剣を持ったアンバーだった。 アンバーは剣を構えずに、だらりと腕を下ろしており、打ち込んでくる気配を全く感じない。
暫くお互いに無言で見つめ合う。 アンバーはただ、立っているだけだったが、全く打ち込む隙が無かった。 優斗は喉を鳴らし、こめかみには冷や汗が流れていくのを肌で感じた。 アンバーの雰囲気に呑まれ、逃げ出したい気持ちでいっぱいだった。
昨日で、優斗がセレンを騙した男だという誤解は解けたはずだと、優斗は内心で困惑していた。 アンバーの雰囲気はいつでも切って捨てる事が出来ると、オーラが染みだしている様に見える。
(なんで、この人こんなに殺気立ってるんだ!? まさか、まだ変な勘繰りされてる?)
一方アンバーは、昨晩セレンに言われた通り、寝ずに一晩で薬を作った。 どうすれば疑われないよう、優斗に薬を飲ませられるかを考えていた。 真面目なアンバーは、勝手な願いの為に黙って薬を飲ませる事に、罪悪感を覚えて葛藤していた。
考え込んでいるうちに、自然と表情が強ばって殺気立っている様に見えている事に、本人は全く気づいていない。 目の下に出来た隈が、より一層殺気が増しているように見えていた。
「アンバー」
声がした方向を見ると、いつの間に居たのか、ウッドデッキの手すりに手を置いてもたれかかっているセレンが、2人を見つめていた。 アンバーを見たセレンは、自身の首を親指で切る仕草をした。
まさしくそれは『殺れ』の合図である。 正しくは『薬を飲ませろ』の合図なのだが、理由を知らない優斗は、セレンの合図に青ざめて驚愕した。 何かを決意した後、にっこり笑ったアンバーが動く、優斗の意思は無視され、闘いのゴングは鳴らされた。
(な、なんでだ! なんでこんな事に!?)
優斗が狼狽えている間に、一気に間合いを詰められ、大振りで薙ぎ払ってくる。 速くて重い剣を、半身を避けてかわした。 アンバーから後ろに飛んで距離を取ると、木刀を構えて魔力を注ぐ。
「もっと魔力を全身に駆け巡らせた方がいいですよ。 己の魔力を全身に纏うんです、その方が速く動ける」
アンバーがそう言うと、全身に魔力を帯びていくのが分かった。 頭の中で、監視スキルの声が響く。
『高い魔力を感知、攻撃が来ます』
監視スキルの声に身構えるが、またあっという間に間合いを詰められ、腹に剣を受けて吹っ飛ばされた。 直ぐに立ち上がって言われた通り、魔力を全身に纏う。 切り掛かってくるアンバーの攻撃に、今度は素早く反応して、ギリギリで避けられた。 アンバーがにっこり微笑む。
「中々、呑み込みが早いですね」
(ギリギリだったけど、さっきよりも速く動けたっ。 全身を魔力で撫でられてる感じだ)
――庭に木刀と剣が、打ち合う音が鳴り響く。
池で休んでいた野鳥たちが、一斉に飛び立っていく。 鍔が合わさり、せめぎ合う。 同時に押し合い、距離を取って離れた。 草地に銀色の足跡が輝くと、同時に踏み込んで、相手よりも少しでも早く動いて面を取りに行く。 全身に魔力を纏ってからは、簡単に鋳なされてはいるが、何とかアンバーの動きについて行っている。
面は軽くかわされ、がら空きの腹を打たれると、優斗は簡単に吹っ飛んでいった。 背中を池の岩に打ち付け、呻き声が零れて息が詰まる。 アンバーの手に魔力が集まっていくのが分かる。
『攻撃が来ます。 避けてください』
身体に力を入れて立ち上がり、アンバーが打って来た剣を払い上げる。 その隙をついて、銀色の足跡を踏んで間合いを詰めると、首元に突きを入れた。 今までで、1番早く突けたのに、ギリギリでかわされた。
首筋の皮が切れて傷がつき、アンバーの首から、つぅーと血が一筋流れた。 今ので力尽きた優斗は、全身から力が抜け、纏っていた魔力も消えた。 使い慣れない魔力の使い方に、魔力切れを起こして、気が遠くなっていく。
(くそっ、結局、1発も入られなかったっ)
気を失いかけて、初めて遠くの方で華の声が聞こえた。 中庭に華がいる事に気づいた。 いつの間にか皆が、優斗とアンバーの試合を観戦していたらしい。
瑠衣と仁奈の会話の声も聞こえる。 フィルが跳ねながら飛んでくる音が聞こえて、優斗は瞼を閉じた。 【透視】スキルが開始されていたのか、華とセレンの様子が映像で流れてきた。
華は青くなって心配そうにこっちを見ている。 【傍聴】スキルが働いて、優斗の脳内で2人の会話が流れてきた。
『ねぇ、彼の事、好きなの? 彼は貴方の事、好きみたいだけど』
『わ、分かりません』
『そう、とても心配そうな顔で見守ってたから、好きなように見えたの。 変な事、訊いてごめんね』
すぐそばでアンバーが『口を開けろ』と、声を掛けてくる。 優斗は呻きながら、口を無理やり開けさせられた。 アンバーが懐から出した薬瓶を、無理やり口に押し込まれる。 慌てて喉に流れてくる薬瓶の中身を飲み込んだ。 薬は無理やり突っ込まれたわりには、喉を詰まらせる事無く、すんなりと飲み込めた。
薬瓶の中身は青臭くてとても不味く、優斗は咽せて咳き込んだ。 咳き込んだ優斗に気づいた華が、駆け寄ってくる映像が流れてくる。
さっきの華の言葉が頭の中で再生される。 優斗を好きなのか訊かれて『分かりません』と答えた華の顔が真っ赤に染まっている。 心配そうに駆け寄って来る華の顔を見て、不謹慎だが、満更でもないのかな、と自分の都合のいいように考えた。
落ちる寸前に、アンバーとセレンの親指を立て合う合図を見て、違和感を感じた。 優斗の頭の中で、監視スキルの声が響く。
『採れたて新鮮ですので、安全です』
『何が安全なんだ!? 採れたてって何が!?』、と優斗は青臭い味が口腔内に拡がっていくのを感じて、『薬草のことか?』そうであって欲しいと思い、今度こそ意識が落ちた。
後で、アンバーから行き成り襲った事への謝罪がなされた。 もっと後に、この出来事の事を語られる日が来るのだが、それはまだ先の話である。
――血を繋ぐ儀式。
全員が中庭へ出ていた。 優斗たちは華を見守る位置で、アンバーはセレンの直ぐ後ろに立っている。 血を繋ぐ儀式は庭で厳かに行われた。 中庭に描かれた魔法陣の中で、華とセレンが向かい合う。 華が喉を鳴らして息を詰め、セレンに渡された薬瓶を見つめていた。 心なしか、自身が飲んだ薬に似ているのではないかと思い、優斗も緊張していた。 緊張が張りつめる中、優斗の脳内で監視スキルの声が響く。
『危険は感知されませでした。 飲んでも安全です』
フィルが優斗の頭の上で、『あんぜんだから、だいじょうぶみたいだよ』と華に伝えると、安堵した顔をした華が頷いた。 覚悟を決めたのか、一気に薬瓶を飲み干した。
直後、華の顔が薬の不味さに表情が歪んだ。 優斗は直感で分かった、自身と飲まされた薬と同じだと。 倒れそうな華を他所に、儀式は淡々と続く。 華の親指に傷をつけ、セレンの血が垂らされる。 魔法陣から光が放たれ、華の周囲を回った。 目を見開いて何かを感じてるようだった。
華の瞳が何処を見ているのか分からない。 何処か一点を見つめている。 優斗は華が心配で駆け寄りたくて仕方がない。 口を引き結び、拳を強く握っていた。
瑠衣が横から『過保護すぎ』、と呟いた言葉も優斗の耳には届いていなかった。 反対側では、仁奈も優斗の様子を見て苦笑していた。 血を繋ぐ儀式は滞りなく行われ、無事に終わった。
夕方には、セレンが旅立つ。 セレンは最後の晩餐に、バーベキューを所望したので、皆で準備する事にした。
――夕方、セレンの最後の晩餐。
ログハウスのウッドデッキには、バーベキューコンロが設置されていた。 2人掛けのベンチが2脚、L字型に置いてあり、優斗たち4人が座る。 丸いテーブルセットには、セレンが座り、コンロ周りは、アンバーとフィルが陣取っていた。 勿論、アンバーは焼き専門で、フィルは食べる専門だ。
「これ、フィンに残してあげて」
フィルは口いっぱいに肉を頬張りながら、右手は新な肉へ手を伸ばしている。
「ちゃんとフィンの分は別に取ってあるから」
「良かった」
にっこり笑ったフィルは、華の言葉に安堵した様に笑った。 フィルは銀色の少年の姿で大人たちに負けじと、肉を次々と胃袋に収めている。 小さい身体の何処にそんなに入るのか、とても摩訶不思議だ。 楽しい時間は光の速さで過ぎていく。 セレンの旅立つ時間が来た。
「そうだ! この家、貴方たちにあげるわ。 私のお願いを聞いてくれたお礼に。 この屋敷は魔道具になってるから、持ち運びも出来るし便利よ。 守ってくれる森もあるし、警備員もいるしね。 それに、町の宿代って結構高いのよ」
「警備員?」
優斗の質問にアンバーが答える。
「君たちを襲って来た魔物がいたでしょ? 彼らの事ですよ。 正体はゴーレムで、幻影魔法で姿を変えてるんですよ」
「魔道具だから、ハナちゃんの方が扱いやすいだろうし、管理者をハナちゃんに変えておくわね。 使い方はアンバーに訊いて。 じゃ、そろそろね。 あ、そうだ。 ハナちゃん、このブレスレット持っていて。 微量な私の血が残ってるから、1回くらいは魔族避けになるわよ」
「分かりました。 大事に持ってます」
華がにっこり笑ってブレスレットを受け取り離れる。 直ぐに、セレンの身体が光り出した。
「アンバー、後は頼んだわよ」
「ああ」
アンバーがセレンに近づいて、お互いのおでこを合わせる。
「きっと、またすぐに会えるわ」
「ああ、約束だからな。 必ず、君を見つける」
2人の様子を見て、優斗たちの目に涙が浮かぶ。 華は鼻を啜って泣いていた。 セレンが微笑んだ後、フィンから抜け出し、光の粒になって空へ舞い上がり、跡形もなく夕方の空に消えた。
フィンは眠っているようで、フィンを抱き上げたアンバーの背中は、とても寂しそうだった。
アンバーは、直ぐにでもエルフの里へ帰ると言い。 部屋の荷物を整理して明日には旅立つと言う。
「この事を村長に報告しないといけないのでね。 ちゃんと君たちの事も言っておきます。 暫くは何も言って来ないと思いますけど、もしエルフが来ても相手にしない様に」
「「「「はい」」」」
「さて、私は荷造りしてますから、君たちはごゆっくりどうぞ」
アンバーはそれだけ言うと部屋へ戻って行った。 フィンが目覚めたようで、大量の肉を目の前に、感嘆の声を上げて瞳を輝かせていた。 優斗たちは、フィンに今までの事を話しながらバーベキューの続きをした。
見上げた空が綺麗な夕焼けに染まっていく。 異世界へ落とされて、2日目の夜が静かに更けていった。
優斗の頭の中で、監視スキルの声が響く。 寝ぼけ眼に陽射しが差し、眩しさに瞼を硬く閉じる。 優斗は陽射しを避けて寝返りをうった。 異世界に来て初めての夜が明けた。 優斗がボケっとしてる間に、華の寝顔が脳内に流れてくる。
気持ちよさそうな寝顔に、良く眠れたんだな、と安堵すると同時に罪悪感で胸がいっぱいになった。 きっと、女子として一番見られたくない姿だろうと思い、優斗の頬が羞恥で染まる。
華の無防備な寝姿が、脳内を占領していく。 優斗は枕に顔を埋め、うつ伏せになってジタバタと両足を動かした。 そして、頭の中だけで叫んだ。
(停止! 停止! 【透視】スキル停止! 今度から映像を流す前に訊いてくれ! 花咲に申し訳なさすぎるっ)
規則正しい華の寝息が脳内で流れ、優斗は再び頭の中で叫んだ。
(ぼ、【傍聴】スキルも停止してくれ~~!)
『【透視】【傍聴】スキルを停止します』
華の無防備な寝姿の映像がプツリと消えた。 少し寂しさを覚えながら、優斗はまた寝返りをうつ。 刺す様な視線に瞼を開けると、瑠衣と目線がバチッとあった。
アンバー宅の2階の客室の1室を借り、瑠衣と優斗は同部屋で休んだ。 華と仁奈は、隣の客室を使っている。 向かいの2部屋は、アンバーの私室と寝室があるらしい。
隣のベッドに座り、瑠衣がニヤニヤした顔で優斗を眺めている。 いつの間にか起きていた瑠衣が、優斗の一連の姿を全て見ていたらしい。 ダラダラと背中に冷や汗が流れ、優斗の全身と思考も固まった。 優斗に近づいて来た瑠衣は、『何、見たんだよ』と詰め寄ってきた。
何を見たか、大体の予想がついている様子の瑠衣は、完全に優斗で遊んでいる。
「な、何も見てないって! 俺、ちょっと走って来る!」
「えっ! 走るってどこを?」
「庭!」
瑠衣を押しのけて優斗は部屋を出ていった。 後に残された瑠衣は、『朝から元気だな』とボソッと呟いた後、笑いを堪えられなくなり吹き出した。 客間の廊下を速足で歩いている優斗の背中に、瑠衣の笑い声が突き刺さった。
――庭に出てきた優斗は、走り込みする場所がない事に、今更ながら気がついた。
(俺、めちゃかっこ悪い。 瑠衣に遊ばれる事は分かってただろ! だから言いたくなかったのに! 俺の馬鹿! 何で洗いざらい吐いてしまったんだっ)
走り込みするのを諦め、素振り面打ちを始めた優斗。 中庭に木刀が空気を切る綺麗な音が鳴る。 アンバーのログハウスは、ログハウスを守るように森が広がっていて、風が木の葉を揺らす心地いい音を聞きながら、素振り面打ちを続ける。 優斗の柔らかい髪を揺らし、少し垂れた瞳が真剣な眼差しへと変わっていく。
素振り面打ちを暫く続けると、シャツと額にじんわりと汗が滲む。 一昨日の朝ぶりの素振りに、優斗は気持ちが落ち着いていくのを感じた。 昨日の朝はレクリエーションの為、優斗たちの学年は朝練がなかった。
何て事を考えていると、後方で土を踏む足音が聞こえてきた。 足音に微かな殺気を感じさせる。 優斗の瞳が鋭く光る。 人が近づく気配を感じて素振り面打ちから、後方に振り返りながら木刀を振り仰ぎ、振り向くと同時に木刀を振り下ろして、中段に構えた。
殺気を出している相手を睨みつけると、優斗は目を見開いて間抜け顔よろしく口を開けて驚いた。 対峙した先にいたのは、剣を持ったアンバーだった。 アンバーは剣を構えずに、だらりと腕を下ろしており、打ち込んでくる気配を全く感じない。
暫くお互いに無言で見つめ合う。 アンバーはただ、立っているだけだったが、全く打ち込む隙が無かった。 優斗は喉を鳴らし、こめかみには冷や汗が流れていくのを肌で感じた。 アンバーの雰囲気に呑まれ、逃げ出したい気持ちでいっぱいだった。
昨日で、優斗がセレンを騙した男だという誤解は解けたはずだと、優斗は内心で困惑していた。 アンバーの雰囲気はいつでも切って捨てる事が出来ると、オーラが染みだしている様に見える。
(なんで、この人こんなに殺気立ってるんだ!? まさか、まだ変な勘繰りされてる?)
一方アンバーは、昨晩セレンに言われた通り、寝ずに一晩で薬を作った。 どうすれば疑われないよう、優斗に薬を飲ませられるかを考えていた。 真面目なアンバーは、勝手な願いの為に黙って薬を飲ませる事に、罪悪感を覚えて葛藤していた。
考え込んでいるうちに、自然と表情が強ばって殺気立っている様に見えている事に、本人は全く気づいていない。 目の下に出来た隈が、より一層殺気が増しているように見えていた。
「アンバー」
声がした方向を見ると、いつの間に居たのか、ウッドデッキの手すりに手を置いてもたれかかっているセレンが、2人を見つめていた。 アンバーを見たセレンは、自身の首を親指で切る仕草をした。
まさしくそれは『殺れ』の合図である。 正しくは『薬を飲ませろ』の合図なのだが、理由を知らない優斗は、セレンの合図に青ざめて驚愕した。 何かを決意した後、にっこり笑ったアンバーが動く、優斗の意思は無視され、闘いのゴングは鳴らされた。
(な、なんでだ! なんでこんな事に!?)
優斗が狼狽えている間に、一気に間合いを詰められ、大振りで薙ぎ払ってくる。 速くて重い剣を、半身を避けてかわした。 アンバーから後ろに飛んで距離を取ると、木刀を構えて魔力を注ぐ。
「もっと魔力を全身に駆け巡らせた方がいいですよ。 己の魔力を全身に纏うんです、その方が速く動ける」
アンバーがそう言うと、全身に魔力を帯びていくのが分かった。 頭の中で、監視スキルの声が響く。
『高い魔力を感知、攻撃が来ます』
監視スキルの声に身構えるが、またあっという間に間合いを詰められ、腹に剣を受けて吹っ飛ばされた。 直ぐに立ち上がって言われた通り、魔力を全身に纏う。 切り掛かってくるアンバーの攻撃に、今度は素早く反応して、ギリギリで避けられた。 アンバーがにっこり微笑む。
「中々、呑み込みが早いですね」
(ギリギリだったけど、さっきよりも速く動けたっ。 全身を魔力で撫でられてる感じだ)
――庭に木刀と剣が、打ち合う音が鳴り響く。
池で休んでいた野鳥たちが、一斉に飛び立っていく。 鍔が合わさり、せめぎ合う。 同時に押し合い、距離を取って離れた。 草地に銀色の足跡が輝くと、同時に踏み込んで、相手よりも少しでも早く動いて面を取りに行く。 全身に魔力を纏ってからは、簡単に鋳なされてはいるが、何とかアンバーの動きについて行っている。
面は軽くかわされ、がら空きの腹を打たれると、優斗は簡単に吹っ飛んでいった。 背中を池の岩に打ち付け、呻き声が零れて息が詰まる。 アンバーの手に魔力が集まっていくのが分かる。
『攻撃が来ます。 避けてください』
身体に力を入れて立ち上がり、アンバーが打って来た剣を払い上げる。 その隙をついて、銀色の足跡を踏んで間合いを詰めると、首元に突きを入れた。 今までで、1番早く突けたのに、ギリギリでかわされた。
首筋の皮が切れて傷がつき、アンバーの首から、つぅーと血が一筋流れた。 今ので力尽きた優斗は、全身から力が抜け、纏っていた魔力も消えた。 使い慣れない魔力の使い方に、魔力切れを起こして、気が遠くなっていく。
(くそっ、結局、1発も入られなかったっ)
気を失いかけて、初めて遠くの方で華の声が聞こえた。 中庭に華がいる事に気づいた。 いつの間にか皆が、優斗とアンバーの試合を観戦していたらしい。
瑠衣と仁奈の会話の声も聞こえる。 フィルが跳ねながら飛んでくる音が聞こえて、優斗は瞼を閉じた。 【透視】スキルが開始されていたのか、華とセレンの様子が映像で流れてきた。
華は青くなって心配そうにこっちを見ている。 【傍聴】スキルが働いて、優斗の脳内で2人の会話が流れてきた。
『ねぇ、彼の事、好きなの? 彼は貴方の事、好きみたいだけど』
『わ、分かりません』
『そう、とても心配そうな顔で見守ってたから、好きなように見えたの。 変な事、訊いてごめんね』
すぐそばでアンバーが『口を開けろ』と、声を掛けてくる。 優斗は呻きながら、口を無理やり開けさせられた。 アンバーが懐から出した薬瓶を、無理やり口に押し込まれる。 慌てて喉に流れてくる薬瓶の中身を飲み込んだ。 薬は無理やり突っ込まれたわりには、喉を詰まらせる事無く、すんなりと飲み込めた。
薬瓶の中身は青臭くてとても不味く、優斗は咽せて咳き込んだ。 咳き込んだ優斗に気づいた華が、駆け寄ってくる映像が流れてくる。
さっきの華の言葉が頭の中で再生される。 優斗を好きなのか訊かれて『分かりません』と答えた華の顔が真っ赤に染まっている。 心配そうに駆け寄って来る華の顔を見て、不謹慎だが、満更でもないのかな、と自分の都合のいいように考えた。
落ちる寸前に、アンバーとセレンの親指を立て合う合図を見て、違和感を感じた。 優斗の頭の中で、監視スキルの声が響く。
『採れたて新鮮ですので、安全です』
『何が安全なんだ!? 採れたてって何が!?』、と優斗は青臭い味が口腔内に拡がっていくのを感じて、『薬草のことか?』そうであって欲しいと思い、今度こそ意識が落ちた。
後で、アンバーから行き成り襲った事への謝罪がなされた。 もっと後に、この出来事の事を語られる日が来るのだが、それはまだ先の話である。
――血を繋ぐ儀式。
全員が中庭へ出ていた。 優斗たちは華を見守る位置で、アンバーはセレンの直ぐ後ろに立っている。 血を繋ぐ儀式は庭で厳かに行われた。 中庭に描かれた魔法陣の中で、華とセレンが向かい合う。 華が喉を鳴らして息を詰め、セレンに渡された薬瓶を見つめていた。 心なしか、自身が飲んだ薬に似ているのではないかと思い、優斗も緊張していた。 緊張が張りつめる中、優斗の脳内で監視スキルの声が響く。
『危険は感知されませでした。 飲んでも安全です』
フィルが優斗の頭の上で、『あんぜんだから、だいじょうぶみたいだよ』と華に伝えると、安堵した顔をした華が頷いた。 覚悟を決めたのか、一気に薬瓶を飲み干した。
直後、華の顔が薬の不味さに表情が歪んだ。 優斗は直感で分かった、自身と飲まされた薬と同じだと。 倒れそうな華を他所に、儀式は淡々と続く。 華の親指に傷をつけ、セレンの血が垂らされる。 魔法陣から光が放たれ、華の周囲を回った。 目を見開いて何かを感じてるようだった。
華の瞳が何処を見ているのか分からない。 何処か一点を見つめている。 優斗は華が心配で駆け寄りたくて仕方がない。 口を引き結び、拳を強く握っていた。
瑠衣が横から『過保護すぎ』、と呟いた言葉も優斗の耳には届いていなかった。 反対側では、仁奈も優斗の様子を見て苦笑していた。 血を繋ぐ儀式は滞りなく行われ、無事に終わった。
夕方には、セレンが旅立つ。 セレンは最後の晩餐に、バーベキューを所望したので、皆で準備する事にした。
――夕方、セレンの最後の晩餐。
ログハウスのウッドデッキには、バーベキューコンロが設置されていた。 2人掛けのベンチが2脚、L字型に置いてあり、優斗たち4人が座る。 丸いテーブルセットには、セレンが座り、コンロ周りは、アンバーとフィルが陣取っていた。 勿論、アンバーは焼き専門で、フィルは食べる専門だ。
「これ、フィンに残してあげて」
フィルは口いっぱいに肉を頬張りながら、右手は新な肉へ手を伸ばしている。
「ちゃんとフィンの分は別に取ってあるから」
「良かった」
にっこり笑ったフィルは、華の言葉に安堵した様に笑った。 フィルは銀色の少年の姿で大人たちに負けじと、肉を次々と胃袋に収めている。 小さい身体の何処にそんなに入るのか、とても摩訶不思議だ。 楽しい時間は光の速さで過ぎていく。 セレンの旅立つ時間が来た。
「そうだ! この家、貴方たちにあげるわ。 私のお願いを聞いてくれたお礼に。 この屋敷は魔道具になってるから、持ち運びも出来るし便利よ。 守ってくれる森もあるし、警備員もいるしね。 それに、町の宿代って結構高いのよ」
「警備員?」
優斗の質問にアンバーが答える。
「君たちを襲って来た魔物がいたでしょ? 彼らの事ですよ。 正体はゴーレムで、幻影魔法で姿を変えてるんですよ」
「魔道具だから、ハナちゃんの方が扱いやすいだろうし、管理者をハナちゃんに変えておくわね。 使い方はアンバーに訊いて。 じゃ、そろそろね。 あ、そうだ。 ハナちゃん、このブレスレット持っていて。 微量な私の血が残ってるから、1回くらいは魔族避けになるわよ」
「分かりました。 大事に持ってます」
華がにっこり笑ってブレスレットを受け取り離れる。 直ぐに、セレンの身体が光り出した。
「アンバー、後は頼んだわよ」
「ああ」
アンバーがセレンに近づいて、お互いのおでこを合わせる。
「きっと、またすぐに会えるわ」
「ああ、約束だからな。 必ず、君を見つける」
2人の様子を見て、優斗たちの目に涙が浮かぶ。 華は鼻を啜って泣いていた。 セレンが微笑んだ後、フィンから抜け出し、光の粒になって空へ舞い上がり、跡形もなく夕方の空に消えた。
フィンは眠っているようで、フィンを抱き上げたアンバーの背中は、とても寂しそうだった。
アンバーは、直ぐにでもエルフの里へ帰ると言い。 部屋の荷物を整理して明日には旅立つと言う。
「この事を村長に報告しないといけないのでね。 ちゃんと君たちの事も言っておきます。 暫くは何も言って来ないと思いますけど、もしエルフが来ても相手にしない様に」
「「「「はい」」」」
「さて、私は荷造りしてますから、君たちはごゆっくりどうぞ」
アンバーはそれだけ言うと部屋へ戻って行った。 フィンが目覚めたようで、大量の肉を目の前に、感嘆の声を上げて瞳を輝かせていた。 優斗たちは、フィンに今までの事を話しながらバーベキューの続きをした。
見上げた空が綺麗な夕焼けに染まっていく。 異世界へ落とされて、2日目の夜が静かに更けていった。
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といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
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