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13話 セレンティナアンナ・グラディアス

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 『安全区域を確認、危険は感知されませんでした。 入室しても大丈夫です』

 優斗の頭の中で監視スキルの声が響く。 優斗たちは、アンバーの見た目とは裏腹に、可愛らしいログハウスを見上げていた。 セレンティナアンナに案内されてログハウスへ入った優斗たちは更に驚いた。 入って直ぐの部屋はリビングで、玄関の正面の壁側には暖炉があり、暖炉の前にはソファーセットが置いてある。

 左側には大きな両開きの窓が2つあった。 窓の外にはウッドデッキが敷いてあり、ウッドデッキの先は中庭につながっていた。

 中庭の池には魚が泳いでいて、池の水面が陽射しでキラキラと光っていた。 雷神が魚を狙って飛び込んでいくのが見えた。 仁奈が慌てて口笛を吹くと、スィーっと飛んできて仁奈の肩に止まる。

 「ご、ごめんなさいっ! 雷神、離しなさいっ!」

 雷神は自慢げに捕まえた魚をドヤ顔で仁奈に見せていて、仁奈は平謝りしていた。 エルフの2人は微笑ましそうに見えていたが、頬が引き攣っていたのが分かる。 雷神には、まだまだ躾が必要のようだ。 風神は中庭の草を食んでいた。 リビングの窓付近で、優斗たちは中庭を眺めていた。

 「森の入り口は薄暗くて気味が悪かったけど、中は長閑だな。 また、中学の修学旅行を思い出すよ」
 「うん、田舎に来た感覚だ。 風神と雷神も楽しそうだ」
 「程よく、魔力が充満してるからだね。 ぼくたち従魔には心地いいんだ」

 暖炉の左横には扉がある。 扉の向こうは食堂で、奥は4畳半くらいのキッチンになっている。 キッチンの裏口から裏庭に出られるようで、裏庭には10人くらいが1度で入れそうなデカい岩風呂が作ってあった。

 そして、リビングの右側に2階へ続く階段があった。 外観はどう見ても1階建てだったのに、中は2階建てになっている様だ。 因みにトイレは別棟で、中庭の隅に目立たない様に建ててあった。

 2階は客間を入れて5部屋あり、どうみても2階は1階よりも広い。 何故か、トイレの位置や、キッチン、部屋の間取りなどが優斗の頭の中で『アンバーさんのお部屋を紹介』とテレビ番組のような映像が流れてくる。

 最後にキッチンが映し出され、華とアンバーが楽しそうにお茶の準備をしていた。

 『花咲華の周囲に危険はありません。 安全です』
 『お茶請けをお皿に盛ってもらえますか?』
 『はい。 わっ! スコーン美味しそうです♪』

 優斗の脳内で、監視スキルの声と、華とアンバーの楽しそうな会話が響いている。 アンバーの顔の腫れはもう引いており、元の超絶美人に戻っていた。 華の瞳がアンバーを見て、キラキラと輝くと、優斗の胸に嫉妬の炎が宿る。 隣で並んで立っていた瑠衣が面白がって笑っている様子に、優斗は不機嫌な顔でじろりと瑠衣を見た。

 アンバーに、仁奈の切り傷を診てもらったが、もうほとんど治りかけていて、念の為に化膿止めの薬を貰って終わりだった。

 ――お茶の準備が整うと、エルフの女性が話を切り出した。
 
 暖炉の前にある1人用のソファーにエルフの女性が座ると、隣に背もたれのない丸い椅子を魔法で出したアンバーが座る。 優斗たちは、ローテーブルを挟んでおいてある3人掛けのソファーに、男子と女子に分れて座った。 ローテーブルには、華とアンバーが用意した紅茶とスコーンが並ぶ。

 彼女は、紅茶を一口飲むと、優斗たちにお願いがあると言った。

 「私の名前はセレンティナアンナ・グラディアスよ。 好きなように呼んで頂戴。 どうせ、24時間後にはあの世に旅立たないといけないし。 そうね、セレンでいいわ」

 (この世界に来てからお願い事をされてばっかりだな)

 セレンはにっこり笑って『この後、出かけなきゃいけないの』というように軽い調子で天国へ行くと宣った。 隣でアンバーがこめかみを押さえて眉間に皺を寄せていて、アンバーの心労が痛いほど伝わって来た。

 「お前はいつもそうだ! 馬鹿な人間の男に騙されて、挙句に死んでしまうとはっ!」
 「まぁまぁ、それも人生よ。 時間がないから、ササッと説明するわ。 私のお願いっていうのはね。 このブレスレットには私の血液が入ってるの。 私の血液には、グラディアス家の秘術を封印しているのよ。 それを貴方たちの誰かに受け継いで欲しいの。 受け継ぐには私の血液を飲むしかないんだけど」

 全員が息を呑む中、セレンが優斗たち4人をじろりと眺めると、良く見えるようにブレスレットを掲げ持った。 ブレスレットの中でドロリと血液らしき物が揺れたように見えた。 灯りに照らされた血液が不気味に光る。 血液が不気味に光った瞬間、優斗たち4人は青ざめて思いっきり首を横に振った。

 (忘れてたけど、前にフィンからブレスレットを見せられた時、監視スキルがそんな事を言ってたな。 他人の血を飲むってっ、嫌悪感しかないだろ! 無理だ!)

 想像しただけで嗚咽が喉元まで上がってくる。 優斗たちは不快感で顔を歪めた。 嫌悪感でいっぱいの中、優斗の頭の中で監視スキルの声が響く。

 『エルフの血液は、品質保持の魔法をかけられています。 鮮度は保たれてますので、採れたて新鮮です』

 「だからどうした」

 優斗が無意識に呟いた声は、小さすぎて皆には聞こえていなかった。

 (新鮮だから、飲んでも大丈夫だって言いたいのか! 絶対に無理だ!)

 フィルは銀色の少年の姿で我関せずと、お茶請けのスコーンを頬張っている。 呆れた様子で優斗たちを見てから、安心させるように言った。
 
 「真剣に受け止めてるみたいだけど、本当に飲むわけじゃないよ」
 「ふっ、くっ、もう、ダメ。 ふっはぁ、あはははははははっ」

 セレンの方向から笑い声がして、声のする方を見ると、セレンが肩を震わせて笑っている。 セレンも中々な性格をしているらしい。

 「ごめん、つい」
 「セレンティナアンナ」

 アンバーがセレンを名前だけで諫める。 セレンはアンバーの声を無視して、涙を拭うと、優斗たちに向き合った。

 「ごめんね。 血液を飲むんじゃなくて、親指に傷をつけて、私の血液を垂らして混ぜるのよ。 そしたら全身に私の血と混ざった血液が駆け巡るわ。 来る日まで、秘術を貴方たちの誰かの身体の中で保存出来るのよ。 私は子供を産む前に死んでしまってね。 グラディアス家の跡取りだから、血が受け継がれないと困るのよ」

 (それでもまだ、嫌悪感は拭えないな。 全身を駆け巡るってっ。 大体、秘術ってなんだ?)

 「秘術というのは? どんな物なんですか?」
 
 瑠衣が疑問に思っていた事を訊いてくれた。
 
 「う~ん、色々あるんだけど。 1番有名なのは、不老不死の妙薬かしらね。 あんまりお勧めしないけど、なんせ製作者の生命力が必要だから」

 セレンの答えに優斗たちが驚愕の表情で固まった。
 
 (ふ、不老不死……そんな物、作れるかもしれない可能性を秘めてたら、色んな奴に狙われるだろ。 余計なトラブルが増えるだけだ! それでなくても、王国の事とか、主さまの依頼とかもあるのに。 はっきり言って要らん!)

 「それは、俺たちには過ぎたる物のように思います。 アンバーさんが血を受け継いで、子供を授かる方がいいのでは? 同じエルフですし」
 
 優斗はチラリとアンバーを見た。 瑠衣たちも優斗の意見に同意して大きく何度も頷く。
 
 「私はもう、800歳近くてね。 高齢ですし、子供は望めません」
 
 行き成りアンバーから、優斗たちへ爆弾を投入された。 驚愕の事実である。
 
 「「「「ええええええええええ」」」」

 (800歳! 見えない! どう見ても30代くらいなのに)

 「エルフはある程度の年齢になったら老化が止まるのよ。 不死ではないから、皆、必ず死ぬけどね。 私の享年は500歳くらいかな」

 セレンはまた、何でもないことのように自分が死んだことを軽い調子で話す。
 
 「その秘術って、私たちは使えないんですか?」
 「残念ながら、秘術はエルフにしか使えないわ。 材料の1つである聖水をエルフにしか出せないしね。 でも、魔力水を使えば、モドキは出来ると思うわよ。 質は落ちるけどね。 例えば、大怪我を治したり、強化薬をつくれたり、貴方たちが持っている回復薬を改良出来たりするかもね」

 セレンは華をロックオンしたようだった。 華が何か考え込んでいる様子に、優斗は嫌な予感がした。 華が顔を上げた時には、何かを決意したようなを表情をしていた。 華は手を挙げて、強い眼差しで宣言した。

 「私がその血を受け継ぎます」
 「花咲、駄目だ! 色んな奴に狙われるかも知れないんだぞ!」
 
 優斗は立ち上がって華の意見に反対した。
 
 「華」
 「中々、思いっ切った選択だな」
 「ええええ、ダメだよ。 ハナ、フィンも絶対に反対するよ」

 セレンは真面目な表情で華と向き合った。
 
 「確かに、秘術を受け継いで、それが明るみに出たら、色んな人間やエルフにダークエルフ、魔族まで来るかもしれない。 貴方たちには迷惑でしかないと思う」
 「だったら! 他にっ」
 
 セレンが優斗の言葉に重ねてきた。
 
 「それでも! 私にはもう、他を探す時間がない。 だから、貴方たちに頼むしか道がないの。 お願い、ハナちゃん! 私の血を受け継いでください」

 セレンは立ち上がって深く頭を下げた。 華はセレンの手を取って大きく頷くと、にっこりと笑った。 華を抱きしめたセレンが忘れていた事を宣った。

 「ありがとう! これで肩の荷が下りたわ! ハナちゃんがエルフと結婚して子供を産んでくれたら、その子に秘術が受け継がれるから。 これで安心ね!」

 優斗が音を立てて固まった。 瑠衣と仁奈がチラリと優斗を見る。 フィルはあっけに取られていた。 硬直が解けた優斗は、にっこりと黒い笑みを見せてセレンに詰め寄る。 リビングに冷気が漂って室温が下がると、セレン以外の人間が身震いした。 華は優斗を見て更に震えた。

 「却下だ! 他を探せ」
 
 (花咲がエルフの男と結婚して子供を作るなんて許せるわけないだろ! 俺以外の男でも駄目だ!)

 優斗の黒い笑みが引き攣っている。 『花咲は俺のなんだよ!』と叫びたいのを優斗はぐっと我慢した。 現実は優斗のものではない。 セレンは優斗を不機嫌な顔で見つめると『分かったわよ。 貴方たちの子供か孫で許してあげるわ』と譲歩してきた。 華はセレンのセリフを聞いて真っ赤になって俯いた。

 セレン以外のリビングにいた人間は心底、疲れた顔をしていた。 話し合いの末、翌日の昼頃に『血を繋ぐ儀式』をする事になった。 因みにセレンはフィンの身体を一時的に借りていて、ずっとフィンの中で血を受け継いでくれる相手が現れるのを待っていたらしい。

 ――『かぽ~ん』
 
 鹿威しはないが、鹿威しの音が聞こえてきそうな雰囲気のある岩風呂が、アンバーの家の裏庭にある。 リビングでの話合いの後、優斗と瑠衣とフィルの3人は、旅の疲れを癒す為、岩風呂へ入っていた。 話し合いの結果、華が受け継ぐことになったが、優斗は全力で華を守ればいいかと心に決めた。

 先に女子が入っていたので、優斗は【透視】と【傍聴】スキルを停止させていたのだが、監視スキルは映像で華の様子を流せない代わりに、時折、実況中継のように華の様子を優斗に知らせてくる。

 『花咲華の周囲に危険はありません。 キッチンでアンバーと食事の準備をしています』

 優斗の脳内で地図が拡がり、ログハウスの見取り図が開かれ、華の位置を知らせてくる。 やはり、アンバーの点はない。 監視スキルがアンバーの敵認証を解いたようだ。 先程、華がアンバーをキラキラとした瞳で見ていた映像が思い出されて、優斗の胸に嫉妬の炎が灯る。

 岩風呂の周囲に冷気が漂うと、直後に嫉妬の冷気が晴れていく。 優斗は一気に現実に引き戻された。 嫉妬の冷気を吹っ飛ばしたのは、フィルが寒さに耐えかね、岩風呂へ飛び込んで、お湯を優斗の顔にぶっかけたからだ。

 「フィル! 飛び込むな! 周りに迷惑だろ!」
 「お前の嫉妬の冷気もな」

 隣で瑠衣が白い目で優斗を見ている。 フィルはどこ吹く風か、初めての岩風呂体験に、優斗の声は届いていない。 フィルは笑いながらスライムの姿で、羽根を羽ばたかせながら水飛沫を上げた。

 岩風呂の水面を水上スキーのように滑っていく。 優斗の従魔の印である桜吹雪が、ほんのりと湯でピンク色に染まっている。 優斗の隣で湯に浸かっていた瑠衣も、漏れなくフィルの被害に遭った。 しかし原因は、優斗が出した嫉妬の冷気にある。 本来なら優斗は抗議できないのだ。

 「ははっ! 300歳以上生きてるわりには、行動が子供だな」

 フィルを面白そうに眺めた後、瑠衣がチラリと優斗を見つめてくる。 瑠衣は意味深な笑みを浮かべた。

 「さて、優斗が内緒にしている事を話してもらおうかな? 結界の事とか? 何でさっき嫉妬の冷気が漂ったのか。 一応、一緒に旅をする仲間なんだ。 お互いの戦闘能力は知っておかないとダメだろ? いざって時に困るからな」

 瑠衣の笑みは黒く、何処か面白がっているように見える。 無言の圧が『吐け』と言っている。 優斗は昔から、瑠衣には隠し事が出来ない。 瑠衣も優斗には、隠し事をしない。 優斗は諦めたように今ままでの事を全て瑠衣に吐いた。

 ――夜、アンバーの部屋では、セレンとアンバーが密談していた。
 
 アンバーは自室で荷造りをしていた。 儀式の後、エルフの里へ戻って現状報告をしなければいけないからだ。 アンバーの部屋の扉は開け放たれていて、中が丸見えになっていた。 部屋は沢山の本棚と、山積みになった本があちらこちらに置いてある。 セレンは扉の柱を叩いて、自分がいる事を知らせる。 扉の方を振り返ったアンバーが目を細めた。

 「セレンティナアンナか。 どうした?」
 「アンバーにお願いがあるの」
 「お前は、私にお願いしかしないな。 そして、私の願いは1つも叶えてくれなかった」
 
 真剣にアンバーを見つめるセレンの瞳に、諦めたように瞼を閉じる。
 
 「願いとはなんだ? さっさと言え」
 「私、あの2人のこと気に入ったわ。 だからね、あの薬を作って欲しいの。 薬にアンバーの血を混ぜて、彼に飲ませて欲しいのよ。 アンバーなら一晩で作れるでしょ?」
 「お前っ!」
 「お願い! アンバーが1番、願っていた事を叶えるわ」
 「しかし、確実に会えるとは限らんぞ。 それも何時になるか分からん。 何百年、何千年かかるか」
 「でも、確実に今、ハナちゃんがエルフに追いかけ回される事はなくなるでしょ? ちゃんと報告して、根回ししといてね。 あの子たちには、他にもやる事があるんだから」
 
 セレンが悪戯っぽい笑みを浮かべる。
 
 「無理やり、受け継がせたこと気にしてるんだな」
 「私の我儘ではあるけど、無理やりじゃないもん! 確実に秘術は受け継がれるし、文句はないはずよ!」
 「分かった。 作っておくし、彼にも飲ませる。 ちゃんと根回しもする。 約束だからな」

 セレンは大きく頷いた。 アンバーは溜め息を吐いて薬を作る為の準備を始めた。 優斗たちの長い長い1日が終わる。 監視スキルの『花咲華が就寝しました』と実況中継が聞こえて、優斗は瞼を閉じて眠りについた。 異世界に来て初めての夜が、それぞれが色々な思いを馳せて、夜が更けていく。
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