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12話 いざ! アンバーさんの家へ

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 主さまの手紙にはこう書かれていた。

 『勇者の力と、世界樹の武器を無事に手に入れられた事、大変喜ばしく思う。 君たちにもう1つ頼みがある。 まだ、勇者の力が眠っている場所がある。 そこへ行き、力を手に入れて欲しい。 問題はその場所を私が忘れてしまったという事だ。 フィルたちに情報を送っておく。 では、検討を祈る』

 という内容だった。 皆で『主さま、結構、いい加減だな』とツッコミを入れる。 フィルが気絶から目を覚ますと、出発する準備を始めた。 フィルが銀色の少年から本来のスライムの姿に変わり、いつものように優斗の頭の上へ飛び乗る。

 フィルは優斗の頭の上が気に入ったようで、何回、振り払っても乗って来る。 フィルとの不毛な争いの末、優斗が折れた。 変身を見ていて疑問がわいた優斗は、フィルに訊いてみた。

 「マントと繋ぎはどうなったんだ? 中に取り込めるとかなのか?」
 「ううん、ちがうよ。 マントとふくは、ぼくと『どうか』しているから、からだのいちぶになっているんだ」
 「ふ~ん」

 訊いておいてなんだが、優斗は気のない返事を返した。 瑠衣の出発するか、の声で、優斗たちは岩場を後にした。

 ――いざ! アンバーさんの家へ。
 
 ぽよ~ん、ぷみゅ。 ぽよ~ん、ぷみゅ。 恐らくはこんな擬音が当てはまるであろうスライムの歩み。 優斗は『カエルみたいだな』と小さく呟いた。

 そんな事を言うと、喜んで遊び半分でカエルに変身そうだと、優斗は含み笑いをする。 前には華が乗っており、2メートル級のスライムに変身したフィンの背中か、頭か分からない肉をガシッと掴んでいる。 華はまだフィンに乗る事が慣れないようで、顔が強ばっている。 優斗から小さく笑いが漏れる。 絶叫マシーンでの華の怯えようを思い出したのだ。

 優斗の零れた笑い声が聞こえたのか、華は振り返って優斗を見ると、ムぅと唇を尖らせた。 隣では瑠衣が風神に騎乗して、己の手足のように操って並走している。 優斗たちの様子を見ていた瑠衣は、2人が随分と仲が良いように見えて、自然と微笑んでいた。

 仁奈はというと、優斗たちの先頭を切って、怪我をしているのが嘘のように、迫りくる魔物を狩っている。 じっとしているのは性に合わないと、皆の言う事を聞かずに飛び出して行ったのだ。

 「あいつ何であんなに動けるんだ? 本当に怪我してるのか?」
 「鈴木。 猿だな」
 「仁奈、元気になってよかった!」

 華の何処かズレた感覚に、優斗と瑠衣は元気過ぎるくらいだと呆れた。 今、槍が魔物の心臓を貫いて、魔物が地面へ落ちていった。 目の前では、仁奈が空中にユリを模した魔法陣で足場を作り、アクロバティックな空中戦を披露している。 雷神が仁奈の上を飛んでいて、目で合図を送り合っている様だ。

 後ろに飛ばされて来た魔物を、瑠衣が弓で射ち落としていく。 瑠衣の左目の前にユリを模した魔法陣が浮き出ていた。 仁奈の狩り漏れた魔物が、フィンごと包んでいた結界に当たって弾け飛ばされていく。 結界が移動するのを見た時から、出来るんじゃないかと思っていた優斗だが、実際に結界が範囲を拡げた時は驚いた。

 「それ、いいな。 俺も入れて欲しいな」

 瑠衣がニヤつきながら、意地悪な要求をしてくる。 何処まで範囲が拡がるか未知な上に、華次第ではいつ切れるか分からない。

 「ごめんね、篠原くん。 この結界、私が掛けてるんじゃなくて、小鳥遊くんが掛けてるから。 だよね?」
 
 華が振り返って優斗に問いかけてくる。 優斗の背中に、タラリと冷や汗が流れた。
 
 「あ、ああ、うん、そうともいうかな? うん」
 (今の所、俺自身が掛けられるかどうかは、分からないな)
 
 優斗の曖昧な返事に、瑠衣が何かを察したのか、にっこりと黒い笑みを向けてきた。
 
 「そうか。 俺には掛けてくれないんだな、優斗。 残念だ」

 瑠衣の黒い笑みに優斗も黒い笑みで返す。 優斗の黒い笑みは『余計な事を訊くな』と訴え。 瑠衣の笑顔は『勿論、後で説明してくれるよな』と圧力を掛け、優斗と瑠衣は黒い笑みで無言の応酬をしていた。

 華は2人を交互に見て、不思議そうに顔を傾げていた。 フィルとフィンは口を挿まないで、成り行きを見守っている。 そんなこんなで、仁奈を先頭にアンバーの家を目指して、魔物を無双しながら森の中を駆け抜けていった。

 鬱蒼とした森の奥深く、ログハウスのテラスで読書に耽っている1人のエルフ。 風が森の木の葉を揺らして、不意に顔を上げた。 エルフは森の様子を見て『今日は森が騒がしいな』と呟いた。

 ――辿り着いた先は、鬱蒼と生い茂った森の入り口だった。

 「このもりのおくに、アンバーさんのいえがあるはずだよ。 ここからは、ブレスレットがないとはいれないんだ」

 森の入り口はどんよりとして、人を寄せ付けない雰囲気を醸し出しており、空気が重い。 真っすぐに伸びた道は闇が広がり、先が見えない。 優斗たちは喉を鳴らして1歩、後退した。

 優斗の不安を感じ取り、監視スキルの声が頭の中で響く。
 
 『魔物の気配はありません。 安全です』

 深呼吸して振り返り頷くと、華たちも頷き返して来た。 フィンを先頭に華と仁奈が続き、優斗と瑠衣が続く。 一番後ろで、風神が蹄の足音を鳴らしてついて来る。 フィルは相変わらず、優斗の頭の上で、興味深々で周囲を見回している。

 雷神は仁奈の肩に乗っているが、行く先は真っ暗闇で、前を歩く華たちの姿も見えない。 当然だが、優斗の脳内に流れてくる映像も真っ暗だった。

 優斗が、灯りが欲しいと思っていると、先頭を歩いているフィンの全身が銀色に光り出した。 優斗たちの周囲が照らされると、前を歩く華の背中が見えた。

 優斗が腕にしているエルフのブレスレットが鈍く光った事に、誰も気付かなかった。 隣で歩く瑠衣が思わずという風に笑いを零すと、優斗は瑠衣を見て訝し気に首を傾げた。

 「不謹慎だけど、何か肝試しみたいだな。 中学の修学旅行でやったよな。 優斗、覚えてるか?」
 「ああ、そう言えばやったな。 その時、見張りの先生が女の幽霊に『今、何時ですか?』って訊かれたわって言ってたっけ? それ聞いて、皆ビビってたな」
 「まぁ、良くある話だよな。 出たりして」
 (あの時、確か複数の先生が見たし、同じこと訊かれたって話してたよな? 瑠衣は俺を怖がらせようとしてるんだろうけど)
 「残念だったな瑠衣。 俺は幽霊なんて怖くない」
 「うん、知ってる」

 瑠衣はにっこりと人の悪い笑みを浮かべて、前を指さす。 瑠衣が指さした先に居るのは、当然だが華の背中だ。 マントのフードが跳ねていて、付いている羽根の先が揺れている。

 華は仁奈の腕に自身の腕を絡めて、ピッタリと引っ付いて歩いていた。 優斗は少し仁奈が羨ましく思ったが、心なしか華の背中が小刻みに震えている事に気が付いた。 優斗は瑠衣の人の悪さに嘆息して、大蛇が出た洞窟での事を思い出した。

 (忘れてた! あの時もめっちゃ怖がってたな、花咲)
 「瑠衣」

 華の背中が目の前にあったにもかかわらず、優斗は華が恐怖で震えている事に気づかなかった。 不意に仁奈が不機嫌な顔で振り返った。

 「ちょっと、変な話しないでよ! 怖いでしょっ」
 「鈴木にも怖いものあるんだな。 知れてよかったよ」

 瑠衣が黒い笑みを仁奈へ向けると、仁奈の顔が嫌そうに歪んだ。 呆れた顔で瑠衣を眺めていると、優斗の頭の中で監視スキルの声が響く。

 『前方に多数の魔物を感知、危険度はMaxです』

 (まじか! 危険度Maxって初めてだな)

 優斗は頭の中で地図を拡げると、魔物の位置を確認した。 現在地の優斗たちの前方で、多数の赤い点が点滅している。 フィルも同化して、地図を覗き見て驚愕の声を上げた。

 「ブレスレットがあったら、まものにおそわれないって、きいてたのに!」
 「皆、止まれ! 魔物が来る!」

 優斗が木刀を構えて前方を見据えると、全員がそれぞれの武器を持って構えた。

 『高い魔力保持者を感知、前方の魔物を統率しているようです。 囲まれます』
 
 (高い魔力ってっ!)
 
 「とうそつしてるって、まぞくってこと?」

 フィルの顔が青ざめていく。 空気が緊張で張りつめ、優斗の心臓は痛いほど鳴っている。 地図を確認すると、魔族の表示はない。 多数の魔物の後方の位置で、高い魔力の青い点がある。

 吹き出しが無いので何かが分からない。 監視スキルは高い魔力を持っている何かを敵認識したようだ。

 「いや、地図上に魔族の表示はない。 青い点? 監視スキルも何者か分かってないみたいだ」

 前方の草叢から飛び出して来た魔物が、優斗たちを囲んでじりじりと距離を詰めてくる。 先程まで真っ暗だった森の中が夕日で赤く染まり、雑木林が視界に入って来る。

 魔物は、世界樹ダンジョンで華を襲った小鬼に似た魔物と類似していた。 小鬼の魔物を見た華の恐怖が頂点に達したのか、優斗の頭の中で監視スキルの声が響いた。

 『花咲華の拒絶を確認、虫除け(結界)を発動します。 範囲を拡げて結界を強化します』

 華を中心に優斗たちを結界が囲んでいく。 発動と同時に前方にいた魔物が消し飛んでいった。 優斗は『もう、結界と言ってくれないだろか』、と独り言ちる。 瑠衣が結界を見て『おお!』と感嘆の声を上げた。

 次から次へと結界に魔物たちが襲い掛かっては、次々と消し飛んでいく。 優斗は状況を見て眉を顰めた。 背後の瑠衣を振り返ると、瑠衣も同じ考えのようだった。

 結界の外はびっしりと魔物で埋まっている。 優斗たちは結界から出て戦う事が出来なくなっていた。 魔物はまだまだ増えるようだった。

 『上空から、高い魔力保持者が降りてきます。 エルフの様です。 虫除け結界が破られます。 強化は間に合いません』

 監視スキルの声で見上げると、人が結界の上へ落ちてくる所だった。 結界に人が落ちてきた音と振動がして、結界が揺れている。 エルフが剣を結界に突き刺す状況を、優斗は目を見開いて見ていた。 突き刺さった剣の先から、結界にヒビが音を立てて入っていく。

 優斗が息を呑む。 結界に入ったヒビは拡がっていき、ガラスが割れた様な音を鳴らして崩れていった。 優斗は信じられない面持ちで、結界が破られていく様子を、ただ黙って見ていた。 結界が破られる事など、優斗は考えもしなかったのだ。

 気づくと優斗の目の前には、超絶に美しいエルフの顔があった。 美しい顔は怒りで歪んでいて、瞳はギラギラと炎のように揺れていた。 怒りで歪んでいても、エルフの顔はこの世のものとは思えない程、綺麗だった。

 優斗はエルフに見惚れ、初めて男性を綺麗だと思った。 目の前の美しいエルフが長い髪を振り乱し、声を荒げている。

 「何故、あいつのブレスレットを持っている! ブレスレットは母の形見だと言っていた。 そんな大事な物を、人間のお前に渡すはずがない! あいつから奪ったのか! もしや、お前! あいつを殺したんじゃないだろうな!」

 優斗は息が出来なくなって初めて、自分が首を絞められている事に気づいた。 エルフに組み敷かれている事も。 突然の事に理解が追いつかない。 エルフの手に力が入ると、更に優斗の首が閉まった。

 『このままだと死ぬ』と感じた優斗は、エルフの腹を思いっきり蹴り上げた。 蹴り飛ばされたエルフは、自ら飛んでダメージを軽減して大袈裟に転がった。

 優斗は咳き込みながらも、状況を把握した。 全て一瞬の出来事だった。 エルフは結界を破ると同時に、瑠衣たちに金縛りの術を掛けて身体の自由を奪い、ブレスレットをしている優斗を組み敷いて首を絞めたのだ。

 (フィルたちは、どうしたんだ? 何処にも見当たらない。 監視スキルは、花咲の位置しか分からない。 あいつら無事なのか?)

 エルフが立ち上がる気配に、優斗が木刀を構えて背後にいる華たちを庇って、次の攻撃に備える。

 (正直、勝てる気がしない。 どうする? 何とか話を聞いてもらわないとっ)

 『攻撃がきます。 回避、間に合いません』

 エルフが一瞬で優斗との間合いを詰めてきた。 優斗のブレスレットをしている腕を掴み上げると、手首にエルフの剣がかかり、剣先がキラリと光った。 優斗の目が大きく見開くと、エルフの瞳が怪しい光を放つ。

 「あいつのブレスレット、返してもらうぞ」

 華の悲鳴が森に響き渡った直後、蹄の駆ける音が何処かから響き、皆の動きが止まる。 その名の通り風の様にエルフに近づいた風神は、後ろ脚で思いっきりエルフを蹴り飛ばした。

 風神から飛び降りたフィルが、銀色の少年の姿へ変わってエルフに飛びかかる。 フィルたちは、風神の幻影魔法で姿を消して、反撃の機会を伺っていたのだ。

 エルフが蹴り飛ばされた後、直ぐに優斗と華たちを囲んで結界が発動する。 優斗の腕が斬り落とされそうになった事で結界が発動したらしい。

 『花咲華の恐怖を感知、虫除け結界が発動されました。 最大に強化します』

 キラキラと光を放ち、結界が強化されていく。 エルフを押さえているフィルの何処にそんなに力があるのか、1人で地面に押さえつけていた。

 「フィン! 今だよ!」
 「了解!」

 2人が何をするのか分からないまま、優斗たちは、何も出来ずにじっと眺めていた。 フィンは既に銀色の少女に変わっており、更に変化していく。 身長が伸び、髪もふわふわのくせ毛から、真っ直ぐなストレートヘアーへと変わる。

 耳の先が尖っていき、顔は少女から大人の女性へと変化していった。 しかし、顔立ちはフィンのものではなかった。 フィンは、超絶美女のエルフの女性に姿を変えていた。 超絶美女のエルフが、押さえつけているエルフに近づくと、フィルが飛び退いた。 フィンが変身したエルフの姿を見た男性のエルフは、目を見開いて女性のエルフの名を呼んだ。

 「セレンティナアンナ」

 名を呼ばれた女性のエルフは、にっこり笑い、思いっきりエルフの男性を殴りつけた。 しかも、馬乗りになって。

 「アンバー! 何してくれてんのよ! 私の客人に失礼でしょ! 折角、私の遺品を届けてくれたのに!」

 それを聞いたエルフのアンバーは悟ったのか、『そうか』と呟いた。 安堵したのか、華たちの金縛りが解けて、結界も解除された。 アンバーの顔は大きく腫れており、超絶に美しい顔が原型も判らなくなっていた。

 アンバーがセレンティナアンナに促され、心からの謝罪してくれた。 アンバーの原型も留めていない腫れた顔を見て、かなり引いた優斗たちも謝罪を受け入れた。 いつの間にか、魔物の大群がいなくなっている事に、アンバーの家に着いてから気がついた。
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