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11話 友人との再会(下)

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 狼を殲滅する少し前、驚いて瑠衣を見つめる華に、一角獣から飛び降りた瑠衣が華へ声を掛けた。

 「花咲、鈴木を頼む! 怪我したんだ!」
 「えっ!」
 「俺は優斗の加勢に行く!」

 それだけ言うと、瑠衣は弓を手に、優斗の所へ駆け出して行った。 華は、瑠衣が優斗の下へ走っていく背中を見送った。

 初めて魔道具で攻撃魔法を放った華は、呆然として優斗と瑠衣が狼の群れを倒す様子を眺めていた。 優斗の凍結の魔法が発動して、周囲が凍結していく。

 優斗を中心とした半径10メートル以上が凍結して、辺り一面が氷の世界へ変わる。 瑠衣の感嘆の声が小さく聞こえた。 凍った狼や草木が陽射しに反射してキラキラと光り輝いていた。

 華を守っていた結界も解除され、地面で描かれていた魔法陣も消えてなくなった。 背後から仁奈の呻き声がして、華は我に返って慌てて仁奈へ駆け寄る。 仁奈は綺麗な顔を苦痛で歪めていた。

 顔色も出血が酷いのか、蒼白になっている。 仁奈の様子を見ると、華は不安そうに瞳を揺らした。

 「くっ、華」
 「仁奈! 大丈夫? 怪我、見せてっ」

 仁奈の太ももに撒いてあるTシャツらしきものが血で真っ赤に染まっている。 新しい包帯を巻くため、Tシャツを外すと、傷口がパックリと開いていた。 血が止まらないのか、血が太ももを伝う。

 華は『うっ』と喉に込みあげてくる物があったが、えづくのを何とか耐えた。 仁奈にはお見通しで、華を見て苦笑している。

 「華、無理しなくてもいいよっ。 治療は街へ行ってからで大丈夫だからっ」
 「駄目だよ! 仁奈、無理してるでしょ! こんなの我慢、出来る訳ないじゃん! それに、仁奈の綺麗な足に傷が~~!」
 「華、嘆くとこそこなんだね。 私の足、好きだもんね、あんた」
 
 呆れた声を出した仁奈が華の肩をポンポンと優しく叩く。 嘆く華と、呆れた声を出す仁奈を無視して、フィンは淡々と診断を下した。
 
 「うわっ! 結構、ざっくりいちゃったわね。 診たところ、深く切っているだけで骨とか神経までは切ってないわよ。 ハナが出かけに作ってた薬で大丈夫よ。 傷薬、作ってたでしょ? でも、結構出血してるから造血薬はいるわね」

 「じゃ、手当できるのか?」
 
 いつの間にか華たちの側まで戻って来ていた優斗たちも会話に参加する。
 
 「ええ、応急処置だけど。 後はアンバーさんに診せて、治療魔法を掛けてもらいましょ。 エルフは多少なりとも治療魔法の知識があるし、それに血は止めないと駄目だわ」
 「じゃ、移動した方が良いね。 後ろ見て、倒した狼から瘴気が出てるでしょ? あれに魔物が寄って来る」
 「あ、待って止血だけはしてから移動させよう。 傷口を押さえるから、仁奈、ちょっとだけスカート捲るね。 小鳥遊くんたちは後ろ向いて」
 「「分かったっ!」」

 素直に優斗と瑠衣が後ろを向く。 優斗は若干、頬が赤い。 後ろを向くと『透視スキルをオフ』にした。 フィルも同じように後ろを向いているのを見た優斗と瑠衣が顔を傾げている。

 フィルは『ぼくも男の子だけど、子供扱いしないで!』とぷんぷん怒っていた。 優斗と瑠衣は内心で『いや、それ以前の問題だろ』と突っ込みを入れる。

 ――優斗たちが辿り着いたのは、川の岩場だ。
 
 優斗と瑠衣の背後では、仁奈の手当が続いている。 フィルはフィンに駆り出されて薬草を採りに行っている。 優斗は脳内で地図を拡げ、岩場一帯の安全を確認した。 現在地の吹き出しの横に優斗の青い点、少し離れた位置に華の青い点が点滅していた。 やはり瑠衣と仁奈の点は表示されなかった。 優斗の監視スキルは、華以外には適応されなくて、瑠衣たちと逸れたら探せない事を示していた。

 (やっぱり、花咲専用のスキルなんだな、この監視スキル)

 優斗と瑠衣は、仁奈の手当が終わるまで岩場で釣りをする事にした。 仁奈が怪我をしたのも元々は腹を満たす為、魚を手づかみで採ろうとしたからだ。 無防備に川へ入った仁奈が魔物に襲われた事が原因だ。 自業自得である。 手当が終わったら『お腹空いた!』と、言いだすだろうと踏んで、落ちている材料で制作した手作りの釣り竿で、魚を釣っている。 不意に瑠衣が言いづらい事を優斗に訊いてきた。

 「優斗は花咲と何か、進展あったか?」
 「えっ」
 「だってこの半日、ずっと2人っきりだっただろ? 冒険と言う名の吊り橋効果もあっただろうし。 なんかあったかなって。 それに花咲、優斗と普通に話してるしな。 前はお前が近づくだけで挙動不審になってたじゃん」
 「……それは、前は結城たちと取り巻き連中が俺を見張ってたからな。 今は居ないから、普通に話してくれてるんだ」
 「ああ、なるほど。 で?」
 「……っ」

 瑠衣は黒い笑みを浮かべて『吐け』と言っている。 瑠衣をじっとと見ると、優斗は深い溜め息を吐いて片手で顔を覆う。 瑠衣に詰問されて、華の様子を思い出し、優斗は気づいた。

 「思わぬところで告ってしまって、その後の状況が状況だけに、綺麗さっぱりスルーされてる」
 「そうか、それは、残念だな」

 頭の端で、鍵付きの映像が鍵を鳴らして暴れているのを優斗は無視した。 『まぁ、ヘタレな優斗くんにしたら、上出来か』と瑠衣がニヤニヤとしている様子を見て、優斗の頬は引き攣った。

 そうこうしているうちに、人数分の魚が釣れて焚火の準備を始める。 戻って来たフィルが採って来た火属性の薬草を、枯れ木の上で擦り潰す。 すると、火花が散って枯れ木に火が付いた。

『おお』と優斗と瑠衣から声が上がった。 無事に火をおこし終えた頃、仁奈の手当が終わった。 優斗たちも簡単な魔法なら使えるらしいが、まだ試していない。

 仁奈は先程の体調不良が嘘だったかのように、顔色も良く、血も無事に止まったようだ。 瑠衣が予想した通り、仁奈は早速『お腹空いた!』と言いだした。 優斗たちと従魔を入れて4人と4匹は、自己紹介と近況報告会を含めた食事会を始めた。

 「俺たちは、武器を手に入れて欲しいって言われたんだよ」

 優斗と瑠衣が起こした焚火の周りで、釣った魚を落ちていた木でくぎ刺しにして焼き始めた。 瑠衣の隣で仁奈がうんうんと頷いている。 瑠衣が焚火を見つめながら、絶叫マシーンから落ちてからの事をぽつぽつと話だした。

 ――瑠衣と仁奈が落ちた場所は何処までも続く草原だった。
 
 絶叫マシーンから投げ出された後、光の中を落ちていった瑠衣と仁奈が現れたのは、何処までも続く草原の遥か上空だった。 遥か下に草原が拡がっているのを見た瑠衣は、顔を引き攣らせていた。

 パラシュートもない状態で地面に叩きつけられたら、確実に死ぬ未来が見えると。 しかし、瑠衣の心配は杞憂に終わった。

 突如、落ちるスピードがゆっくりになり、楽に呼吸が出来るようになった。 隣では仁奈が感嘆の声を上げて、とても楽しそうにしている。

 「ははっ、流石だな鈴木」
 「だって、楽しいじゃん! 華の事は心配だけど、先に下へ降りてるかも知れないし」
 「そうか、優斗なら紳士面して、花咲を守ってそうだな」
 「うんうん。 王子は華が大好きっ子だしね」
 「大好きっ子って。 まぁ、否定はしないけどな」

 優斗が聞いていたら、慌てふためいて真っ赤になるだろうと想像したら、瑠衣は可笑しくて笑いが込み上げて来る。 瑠衣と仁奈はゆっくりと落ちていき、草原の草地にふわりと軟着陸した。

 見回す限りでは、優斗と華、2人の姿は見えない。 どころか、遠くに森もなく、家もなく、野生の動物も見えなかった。 誰一人としていない。 視界には地平線が続いており、延々と草原が続いていた。

 『来たな。 異世界の人間、お前たちは、世界樹の主に呼ばれたんだ』

 何処から来たのか、最初から居たのか、いつの間にか瑠衣と仁奈のそばで、一角獣が前を見据えて佇んでいた。 軽やかな足取りで2人に近づいて来る。

 一角獣を見た瑠衣と仁奈は、目を見開いて絶句した。 自分たちの目に映っている物が信じられなくて、言葉が出てこなかった。 想像上の動物が目の前を歩いていて、人間の言葉を喋っている。

 「世界樹の主?」

 瑠衣と仁奈の頭上には、クエスチョンマークが飛び交う。 理解が追いつかない瑠衣と仁奈を無視して、一角獣は淡々と話を続ける。 一角獣の言葉は、直接、頭の中に響いているようだった。

 (つまり要約すると、何処かの馬鹿な王さまが、勇者の力を手に入れる為、無理やり勇者召喚をした。 絶叫マシーンに乗ってた皆は、召喚に巻き込まれて今、この世界にいるらしい。 王さまを出し抜くために、召喚した勇者よりも先に世界樹の武器を手に入れて欲しい、か。 草原から出る為には、武器を見つけないと駄目なのか)

 瑠衣は延々に続く草原を見回して、無理難題に愕然とした。 隣で仁奈も唖然とした後、徐々に眉間に皺が寄っていった。

 (ってか、どうやって探すんだよっ! 草原しかない場所でっ!)

 『では、お前たちに主さまからの力を授けよう』

 一角獣の目が光ると、瑠衣と仁奈の足元で魔法陣が広がる。 魔法陣から突風が吹き上がり、瑠衣のサラサラの自慢の髪が風に煽られて乱れる。 隣では、1つに纏めた仁奈の長い髪と、制服のスカートが舞い上がっていた。

 (スカートの中が体パンっていうのは色気がないな)

 体パンというのは、体操服のショートパンツの事である。 瑠衣たちが通う学校では、下着見えを防止する為に、大抵の女子生徒たちが履いている。 そんな事を思っていると、左目に激しい痛みが襲う。

 左目の前に円周5cmくらいのユリを模した魔法陣が広がった。 視界には、一角獣を吹き出しが指していて、吹き出しの中に色々と一角獣の情報が出ていた。

 左目の魔法陣は、瑠衣が思う通りに動作した。 一角獣の次の言葉によって、瑠衣と仁奈は衝撃の事実を知る。 いつの間にか突風も止み、穏やかな風が吹き、草原が静かに波打っていた。

 『お前の左目は魔法石と呼ばれる物だ。 勇者召喚に巻き込まれた時、身体が破損している。 その時にお前の左目は潰れた。 大丈夫だ、主さまの力でお前たちを光の速さで治療した。 少し見た目も変えた。 その色はこの国の平民の色だ。 黒髪黒目だと、都合が悪いからな。 魔法を使えるように受容体も入っているから、この世界でも支障なく生活できるだろう。 酷な事を言うようだが、お前たちはもう元の世界には帰れない』

 瑠衣たちが落ちた世界は、魔法と剣の世界だ。 人々は皆、魔力を持っている。 家財道具は全て魔道具で出来ており、魔力が無いと使えない。 一角獣に言われ、改めて瑠衣と仁奈がお互いをじっくりと見た。 一角獣の言う通り、髪の色は銅色に、瞳は薄茶色に変わっていた。 ずいっと仁奈が瑠衣に近づいて、瑠衣の左目を覗き込んできた。

 「ほんとだ! 左目だけ、なんか違う。 カメラのレンズっぽいのが見えるよ。 でも、似合ってるじゃん。 その色」

 仁奈が不意に無防備な笑顔を瑠衣に向けると、頬がほんのりと赤く染まる。 瑠衣は恥ずかしさから、仁奈の視線を逸らした。

 「そうか。 鈴木は何か、変化あるのか?」
 「ううん、何もない」

 仁奈は顔を横に振った。 この時は分からなかったが、仁奈の変化は世界樹の武器を手に入れてから判明した。

 『それと、どちらでもよいから。 私と従魔契約を結んでくれ。 私は主さまにお前たちの事を頼まれている。 お前たちが行く所へ死ぬまでついて行く所存だ』

 一角獣に思わぬことを言われて、瑠衣と仁奈がまたもや絶句して黙り込んだ。

 ((死にまでとか、すっごい重いんですけどっ))

 ――という訳で。

 「で、何とか武器を見つけて、ダンジョンを出たら、鈴木が無謀にも魔物がいる川へ入って怪我するしで。 治療の為に街へ向かおうと思ってたら、地響きがして振り返ったら、優斗が狼の群れに追いかけられてるわで。 優斗の後を追いかけて、今に至るって感じだな」
 「そうか、大変だったな。 草原だけの世界でどうやって見つけたんだ?」
 「まぁ、偶然だな。 鈴木が怪我した雛を見つけて、助ける為に駆け寄ったら、落とし穴に落ちてな。 落とし穴が地下にある洞窟と繋がっていて、奥に武器があったんだよ」

 瑠衣は偶然だと言っていたが、雛を助けなかったら武器を見つけられなかったと思われる。 それから、優斗と華の経緯も話した。 上空で鷹の鳴き声が優斗たちの所まで届いて、全員が一斉に空を見上げる。

 「あの子が怪我した雛よ。 私の従魔なんだ。 憧れてたんだよね、鷹匠。 名前は雷神っていうの」
 「鷹匠、ね。 雷神も主さまの使いなのか?」

 優斗の質問に瑠衣が焼き魚を齧りながら答える。 瑠衣は『塩かかってたらもっと美味いのに』とブツブツ言っていた。

 「いや、使いは風神、一角獣だけだ」
 「雷神、数時間前までは雛だったんだけどね」

 風神と言う名の一角獣を見ると、川の水を美味しそうに飲んでいた。 華はキラキラした瞳で、風神を眺めていた。 仁奈が遠い目をして、上空を飛んでいる雷神を見ている。 雷神はどう見ても成鳥に見えた。 それは数時間であそこまで成長した事を示唆していた。

 フィルとフィンは、自分たちの顔よりも倍近いあるデカい焼き魚を、美味しそうに頬張っている。 さっき3段の重箱を平らげたばかりだ。 これからの食費が危ぶまれる未来を見て、優斗の額からは冷や汗が流れた。

 『上空から強い魔力を感知、危険度は低。 何か落下します、回避してください』

 優斗の頭の中で監視スキルの声が響いた直後、フィルが正に齧ろうとしている焼き魚へ、魔力弾が落とされた。 優斗は咄嗟に、隣で腰掛けている華に覆いかぶさると、岩場の影に伏せた。

 魔力弾の騒音が響き渡り、衝撃で優斗と華以外の全員が仰向けで倒れ、何が起こったか分からずに無言で空を見つめている。

 真っ先に起き上がったフィンの甲高い叫び声で、フィル以外の全員が身体を起こした。 華だけは、皆より遅く起き上がり、顔は真っ赤に染まっていた。

 「あああああああああああああああああ! 主さまからだわ!」

 フィンの声で、未だ起きないフィルのそばにある魔力弾を落とされた焼き魚を、優斗たちは覗き込んだ。 見た事のない文字なのに、なぜ読めるのかと優斗たちは困惑した面持ちだ。 落ちてきたのは主さまからの手紙らしかった。 気絶しているフィルを見て、もっと穏便な方法なかったのかと、優斗たちは内心で嘆息した。
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