7 / 46
7話 回復薬は、〇△□※で。
しおりを挟む
(えっ! 今、好きって聞こえたような。 聞き間違えだよね)
優斗は華をがっちりホールドして離れない。 顔を覗き見ると、青ざめて息も荒くなってきている。 声を掛けても返事が無い事で、華は初めて優斗が意識を失っている事に気づいた。
「小鳥遊くん、大丈夫? 起きて! 小鳥遊くん!」
(どうしよう。 段々、顔色が悪くなってる)
頭の上から小さい男の子の声が降ってきた。 華が顔を上げて男の子を見ると、目を見開いて息を呑んだ。
「いつまで、イチャイチャしてんのさ。 早く彼に回復薬を飲ませないと死ぬよ」
華は口をぽか~んと開けて男の子をじっと見つめた。 目の前で、全身銀色の美少年が華を見つめてくる。 銀色の髪に、銀色の瞳。 男の子が顔を傾げると、おかっぱの髪がさらりと揺れて、鈴のような音を奏でた。 銀色の美少年は、銀色の膝丈の繋ぎを着ていた。 美少年が眉を顰める。
「ねぇ、聞こえてる? 彼に早く回復薬を飲まさないと死ぬけど、いいの?」
華はなんとか声を絞り出した。
「小鳥遊くん、離してくれなくて」
銀色の少年は溜め息を吐いて、華の横に学生鞄を置いた。 優斗の肩を掴むと、べりっと華から引き離して軽々と担いだ。 そして、華を置いてスタスタと1人で先へ歩く。
「仕方ないな。 彼は、ぼくが連れて行くよ。 下の階は安全だから、ぼくについて来て」
呆然と銀色の少年の後ろ姿を見つめていると、少年が華を振り返った。
「ねぇ、来るの? ついて来ないの?」
華はハッとして学生鞄を肩にかけ、優斗の木刀を持つと、急いで少年の後を追った。 優斗を担いでいるというのに、少年の歩くスピードが速い。 華は走って追いかけた。 銀色の少年は見た目とは裏腹に、力持ちで中々に口が悪そうだった。
――安全区域は、長閑な川辺だった。
川のせせらぎが聞こえ、川岸の森の向こうに山の稜線が見えた。 森からは鳥や動物の声が聞こえ、魔物がいるダンジョン内とはとても思えず、長閑で平和な緑地に感じた。
優斗を木陰で寝かせてネクタイを外すと、銀色の少年の手を借りてジャケットを脱がす。 制服の白いジャケットは、大蛇の血や泥なので汚れていて、洗っても着られそうになかった。 マントを毛布代わりに掛け、学生鞄からお弁当と水筒を取り出す。 代わりに華のマントを詰めて枕代わりにした。
ハンカチを川で濡らし、汚れた顔や手、首元を拭う。 薄汚れていても、優斗の美貌は全く損なわれていない。 キラキラした優斗に、先程の事もあり、華の心臓は高鳴る一方だ。
優斗の世話をしていると、背後から小さい女の子の声が聞こえ、振り返った華の目が最大限に開く。 次いで大量の草が地面に落ちる音が華の耳に届いた。
「よいっしょっと、薬草、取って来たわよ。 これだけあれば大丈夫でしょ」
華は再び口をぽか~んと開けて、銀色の美少女を見つめて固まった。 ふわふわの銀色の髪は、綿菓子の様だ。 腰まである髪に、銀色の瞳を縁取るまつ毛はとても長い。
(うおぉ、シャラシャラと鈴が鳴るようなおかっぱの美少年の次は、ふわふわの髪でバッサバッサな銀色の長い睫毛の美少女っ! なんで銀色に光ってるの? なんで、ちょっと透き通ってるの?)
華が息を呑んで見つめていると、銀色のワンピースを着た美少女は、気が強うそうな笑みを華へ向けた。 気が強そうな笑みは、彼女にとても似合っていて、性格が伺える。
「さぁ、やるわよ。 回復薬作り」
「君がやるんじゃなくて、彼女がやるんだよ」
「分かってるわよ。 さぁ、ぼっけとしてたら彼、魔力切れに体力切れで死ぬわよ」
銀色の少年少女の会話で、華は慌てて脳内で魔法陣のファイルを捲る。 回復薬の項目は直ぐに見つかった。 桜を模した魔法陣を展開させ、銀色の少年少女の指導の下、回復薬制作が始まった。
しかし、武器制作同様、中々上手くいかなかった。 銀色の少女と話していて、気づいた事がある。 華が触れれば『薬草』と吹き出しが出るが、種類までは表示されない。 今まで上手くいかなかった理由が判明した華は、中途半端な鑑定能力に力なく項垂れた。
そして彼らは、甘くはなかった。 彼等の指導は、毒舌なスパルタだった。
「これじゃ、ダメね。 ちょっとしか回復出来ないわ。 青臭いし、色が澄んでない」
「こっちも味がまずい。 ドロッとしてるし、後味も悪いっ。 色がドス黒いし」
「いい回復薬は、色が澄んでてキラキラと光るの。 さぁ、気を取り直して、もう1回!」
2人の厳しい意見に華はめげそうになったが、優斗の事を思うと逃げ出すわけにはいかないと、涙目になりながら頑張った。 結果、失敗の連続の理由は、極基本的な事だった。
薬草のあく抜きをしていなかったからだ。 料理の基本である。 華も冷静に見えていたが、行き成り異世界に飛ばされ、魔物との闘いにテンパり、随分心に余裕が無かったようだ。
初めて成功した回復薬は、彼らの言う通り澄んだ色をしていて、キラキラと輝いていた。 問題なく優斗に飲ませられると、彼らのお墨付きを頂いた。 急いで優斗に飲ませる為、そばに駆け寄った後、華は固まった。 何かに思い至ったのか、振り向いた華の顔はヒクヒクと引き攣っている。
銀色の少年少女に、引き攣ったまま華は問いかけた。
「意識ない人には、どうやって薬を飲ませればいいの?」
華の喉が鳴る。 隣にいる銀色の少年少女に視線を投げると『早く、やれ』、と2人の瞳は言っていた。 優斗の呻き声に目をやると、顔色がさっきよりも悪化している。 一刻も早く、回復薬を飲ませないと手遅れになると、華は覚悟を決めた。
「ごめんね、小鳥遊くん」
回復薬を口に含むんで覆いかぶさると、優斗は喉を鳴らして回復薬を飲み込んだ。 効果は、直ぐに現れた。 頬に赤みが差して、荒かった息も落ち着いている。 優斗は微かに瞼を開けたが、朦朧としていて、焦点があっていないように見えた。 銀色の少女から、魔力回復薬を手渡され、同じように飲ませる。
優斗の目が見開いて身体が、硬直したような気がした。 だが、華には気にする余裕が全然なかった。 優斗は回復薬を飲んだ後、また眠りの中へ落ちていった。 華の心臓は痛いくらい鳴り響いていて、暫くは治まりそうになかった。
――華は、自己嫌悪で頭がいっぱいになっていた。
(小鳥遊くんに、く、く〇△□※、してしまったっ。 穴があったら入りたいっ!。 ファンクラブに知られたら、絶対に殺される!)
優斗のファンクラブに知られる事はない上に、元の世界には戻れないのだから、ファンクラブの事を気にしても仕方がないのだが、華はかなり落ち込んでいた。 川辺で体育座りをし、地面に指で『の』の字を繰り返し書いていた。 仁奈に知られたら、きっと面白おかしく揶揄われるだろうと、ここに居ない仁奈へ想いを馳せて、華は現実逃避していた。
華から少し離れた場所で、銀色の少年少女がコソコソと話している声が聞こえてきたが、耳を通り過ぎていき、華の脳には突き刺さらなかった。
「ねぇ、あれどうするのさ。 すごい落ち込んでない?」
「そうね。 でも、あの場合、ああするしかなかったし」
「でも、意識ない人用のぶっかける回復薬なかったっけ?」
「あれは、基本的な回復薬の応用編だしね。 基礎が出来てないのに、応用編は教えられないでしょ? 身体の中から吸収されるのと、皮膚から吸収されるのでは、回復薬の濃度とかも変わるし」
「まぁ、基本であれだけ苦戦してたしね。 もう少し出来るのが遅かったら、彼、危なかったし」
銀色の少女が、どう見ても10歳位の少女なのに、妖しく笑う。 とても艶めいた笑みは、彼女に凄く似合っていた。 銀色の少年は、少女の考えを察して、半眼になって見つめた。
「それに、これをきっかけに、なんてね」
「あんまり年寄りがはっ! みぞうちに入ったよ!」
少女からのみぞうちへのボディブローに、銀色の少年はお腹を押さえて屈みこんだ。 銀色の少女は鼻息も荒く、腕を組んで少年を睨んでいる。 銀色の少女の瞳は『乙女の年齢をバラすなんて、許すまじ』と言っていた。
銀色の少年少女の会話を他所に、華は回復薬の改善をする為に、魔法陣のファイルを頭の中で捲っていた。 暫く捲っていくと、創作魔法陣の項目を見つけて『ふっ、ふっ、ふっ』と華は怪しい笑みを浮かべた。
華の怪しい笑い声を聞き、銀色の少年少女は、1歩、また1歩と後退して華から距離を取った。
――優斗は夢うつつの中にいた。
華の泣きだしそうな顔が近づいて来て『ごめんね、小鳥遊くん』と謝っている。 『謝らなくていい』と、紡ごうとしたが、言葉にならなかった。 優斗の唇に柔らかい感触がして、口を塞がれたからだ。 体が小さく跳ねて硬直する。 喉の奥に何かの液体を流し込まれ、たまらず飲み込んだ優斗は華を凝視した。
(身体がだるい、これは現実か? 今、まさかとは思うけど、俺、花咲とっ)
華は真っ赤になって、瞳が涙で潤んでいた。 優斗の心臓が痛いほど鼓動して、体の芯が熱を持つ。 液体の影響か、余程疲れているのか、強烈な眠気が優斗を襲い、急激に眠りに落ちていった。
液体はほのかに暖かくて、野菜ジュースと青汁の味がした。 朦朧とした頭で、泣きだしそうな華の顔が浮かんで、優斗は囁く。
(花咲、泣くな。 俺は大丈夫だから)
華と銀色の少年少女の騒がしい声に、優斗はゆっくりと覚醒した。 寝ぼけた脳内に監視スキルの声が響く。
『花咲華の周辺に危険はありません。 安全区域です。 花咲華の最新画像を送ります』
華が銀色の少年と少女と思わしき人物(?)と楽しそうに話している映像が送られてきた。 話し声も頭の中で響き、外からも華たちの声が優斗の耳に入ってきた。
(違和感が半端ない)
「本当に、これがいいの? ぼくなら絶対に着ない!」
「わたしも、無理かな」
銀色の少年少女の呆れた声が優斗の耳に届く。
(聴いた事ある声だな。 何処だっけ? 思い出せない)
完全に目を覚ました優斗は、上半身を起こして周囲を見回してみる。 いつの間にかマントが掛けられていて、ネクタイが外され、制服のジャケットも脱がされていた。 多分、華が世話をしてくれたのだと思うと、優斗の頬がほんのり赤く染まった。 立ち上がろうと草地に手をついた瞬間、手が空き瓶に当たってしまい、空き瓶を転がしてしまった。 草地に空き瓶の転がる音が手元で小さく鳴る。 空き瓶が視界に入った瞬間、脳裏にあらぬ映像が駆け巡り、優斗は音を立てて固まった。
口内に、野菜ジュースと青汁の混ざった様な後味が残っていて、ちょっと気持ちが悪い。 口内に残っている回復薬の味が、先ほど脳裏を駆け巡った映像が真実だと語っている。 信じられない気持ちでいる優斗の脳内に、監視スキルの声が響いた。
『先ほど、眠りにつく前の映像を再生しますか?』
(えっ?)
優斗の戸惑いを他所に、監視スキルは夢うつうだった時の映像を再生した。 再生している映像の横で、今、現在の華の映像も流れている。 1カメ・2カメ・3カメと、360度、華が優斗に口移しで回復薬を飲ませている映像が流れた。 優斗は真っ赤になって、両手で顔を覆った。
両手で顔を覆っても、脳内で流れる映像は防げない。
(やっぱり、夢じゃなかった! うわっ、花咲の顔、見られないじゃん。 でも、助けてもらったんだからお礼は言わないと。 あれ、なんか俺、他にも大事なこと忘れてるような)
『大事な事』が何か思い出せず、覚悟を決めて華の方を見ると、またもや優斗は音を立てて固まった。 華の向こうに等身大の『何か』があった。 等身大の『何か』は、モデル並みにポーズを決めている。 等身大の『何か』を見つめる華の瞳がキラキラと輝いていて、たまに華が優斗を見つめる時になる瞳だと気づいた。
(口移しの映像の方に気を取られていて、全然気が付かなかった。 これってっ)
『何か』は、ファンタジーな衣装を着た等身大の優斗の立体映像だった。 立体映像の足元には、魔法陣が描かれているので、華の魔法と思われる。 問題は、立体映像が着ている衣装だ。
紫紺の膝丈の皮鎧を着て、前合わせはベルトが何個も付いている。 パンツも同じ素材で出来ている様だ。 背中には立体的な桜吹雪が散っていて、キラキラと陽射しに反射して光を放っている。
桜柄の木刀を持てば、あら不思議『どこの特攻服だ』と思わなくもない。 極めつけは、2頭の竜が腰に巻き付いて、後ろから両肩に頭を乗せていた。 立体映像の優斗は、どこか誇らしげにポーズを決めて佇んでいた。
口移しの事など、頭から吹っ飛んでいく勢いだ。 華は立体映像をうっとりと見つめていて、優斗が起きた事など全く気付いていない。 華の立体映像を見つめる瞳に、優斗はある事実に気づいた。
(そうか。 花咲が俺を通して見てたのは『こいつ』か! なんだそれ! 恋のライバルが、まさかの『あれ』なのか? いや、異性として見られてないのは分かってたけどっ! これってあんまりじゃないか! まさか、花咲が妄想する『あれ』に俺は負けてるのかっ!)
優斗は愕然として、草が生い茂る地面に膝をついた。 ショックを受ける優斗を他所に、華たちは盛り上がり、きゃきゃうふふと騒いでいる様子が脳内に流れた。 楽し気な声が脳内に響き、外からも優斗の耳に届いた。
「絶対、小鳥遊くんが着たら似合うと思う。 桜柄の木刀がいい感じに衣装とハマってるよね」
「そうかな? うん、似合うとは、思うよ」
「似合う以前の問題だと思うわっ。 なんで、竜が巻き付いてるのよっ。 彼、絶対に引くわよ」
「ええぇ、そうかな? 着たら似合うと思うんだけど」
(花咲、めっちゃ期待してる。 俺がその特攻服モドキを着る事に! 正直、着たくない。 もっとシンプルなのがいい!)
華の想いとは裏腹に、優斗はこのまま寝たふりをしようかと、項垂れるばかりである。 口移しの事はもう、優斗の頭の中からすっかり忘れ去られ、後々思い出しては赤面するのであった。
優斗は華をがっちりホールドして離れない。 顔を覗き見ると、青ざめて息も荒くなってきている。 声を掛けても返事が無い事で、華は初めて優斗が意識を失っている事に気づいた。
「小鳥遊くん、大丈夫? 起きて! 小鳥遊くん!」
(どうしよう。 段々、顔色が悪くなってる)
頭の上から小さい男の子の声が降ってきた。 華が顔を上げて男の子を見ると、目を見開いて息を呑んだ。
「いつまで、イチャイチャしてんのさ。 早く彼に回復薬を飲ませないと死ぬよ」
華は口をぽか~んと開けて男の子をじっと見つめた。 目の前で、全身銀色の美少年が華を見つめてくる。 銀色の髪に、銀色の瞳。 男の子が顔を傾げると、おかっぱの髪がさらりと揺れて、鈴のような音を奏でた。 銀色の美少年は、銀色の膝丈の繋ぎを着ていた。 美少年が眉を顰める。
「ねぇ、聞こえてる? 彼に早く回復薬を飲まさないと死ぬけど、いいの?」
華はなんとか声を絞り出した。
「小鳥遊くん、離してくれなくて」
銀色の少年は溜め息を吐いて、華の横に学生鞄を置いた。 優斗の肩を掴むと、べりっと華から引き離して軽々と担いだ。 そして、華を置いてスタスタと1人で先へ歩く。
「仕方ないな。 彼は、ぼくが連れて行くよ。 下の階は安全だから、ぼくについて来て」
呆然と銀色の少年の後ろ姿を見つめていると、少年が華を振り返った。
「ねぇ、来るの? ついて来ないの?」
華はハッとして学生鞄を肩にかけ、優斗の木刀を持つと、急いで少年の後を追った。 優斗を担いでいるというのに、少年の歩くスピードが速い。 華は走って追いかけた。 銀色の少年は見た目とは裏腹に、力持ちで中々に口が悪そうだった。
――安全区域は、長閑な川辺だった。
川のせせらぎが聞こえ、川岸の森の向こうに山の稜線が見えた。 森からは鳥や動物の声が聞こえ、魔物がいるダンジョン内とはとても思えず、長閑で平和な緑地に感じた。
優斗を木陰で寝かせてネクタイを外すと、銀色の少年の手を借りてジャケットを脱がす。 制服の白いジャケットは、大蛇の血や泥なので汚れていて、洗っても着られそうになかった。 マントを毛布代わりに掛け、学生鞄からお弁当と水筒を取り出す。 代わりに華のマントを詰めて枕代わりにした。
ハンカチを川で濡らし、汚れた顔や手、首元を拭う。 薄汚れていても、優斗の美貌は全く損なわれていない。 キラキラした優斗に、先程の事もあり、華の心臓は高鳴る一方だ。
優斗の世話をしていると、背後から小さい女の子の声が聞こえ、振り返った華の目が最大限に開く。 次いで大量の草が地面に落ちる音が華の耳に届いた。
「よいっしょっと、薬草、取って来たわよ。 これだけあれば大丈夫でしょ」
華は再び口をぽか~んと開けて、銀色の美少女を見つめて固まった。 ふわふわの銀色の髪は、綿菓子の様だ。 腰まである髪に、銀色の瞳を縁取るまつ毛はとても長い。
(うおぉ、シャラシャラと鈴が鳴るようなおかっぱの美少年の次は、ふわふわの髪でバッサバッサな銀色の長い睫毛の美少女っ! なんで銀色に光ってるの? なんで、ちょっと透き通ってるの?)
華が息を呑んで見つめていると、銀色のワンピースを着た美少女は、気が強うそうな笑みを華へ向けた。 気が強そうな笑みは、彼女にとても似合っていて、性格が伺える。
「さぁ、やるわよ。 回復薬作り」
「君がやるんじゃなくて、彼女がやるんだよ」
「分かってるわよ。 さぁ、ぼっけとしてたら彼、魔力切れに体力切れで死ぬわよ」
銀色の少年少女の会話で、華は慌てて脳内で魔法陣のファイルを捲る。 回復薬の項目は直ぐに見つかった。 桜を模した魔法陣を展開させ、銀色の少年少女の指導の下、回復薬制作が始まった。
しかし、武器制作同様、中々上手くいかなかった。 銀色の少女と話していて、気づいた事がある。 華が触れれば『薬草』と吹き出しが出るが、種類までは表示されない。 今まで上手くいかなかった理由が判明した華は、中途半端な鑑定能力に力なく項垂れた。
そして彼らは、甘くはなかった。 彼等の指導は、毒舌なスパルタだった。
「これじゃ、ダメね。 ちょっとしか回復出来ないわ。 青臭いし、色が澄んでない」
「こっちも味がまずい。 ドロッとしてるし、後味も悪いっ。 色がドス黒いし」
「いい回復薬は、色が澄んでてキラキラと光るの。 さぁ、気を取り直して、もう1回!」
2人の厳しい意見に華はめげそうになったが、優斗の事を思うと逃げ出すわけにはいかないと、涙目になりながら頑張った。 結果、失敗の連続の理由は、極基本的な事だった。
薬草のあく抜きをしていなかったからだ。 料理の基本である。 華も冷静に見えていたが、行き成り異世界に飛ばされ、魔物との闘いにテンパり、随分心に余裕が無かったようだ。
初めて成功した回復薬は、彼らの言う通り澄んだ色をしていて、キラキラと輝いていた。 問題なく優斗に飲ませられると、彼らのお墨付きを頂いた。 急いで優斗に飲ませる為、そばに駆け寄った後、華は固まった。 何かに思い至ったのか、振り向いた華の顔はヒクヒクと引き攣っている。
銀色の少年少女に、引き攣ったまま華は問いかけた。
「意識ない人には、どうやって薬を飲ませればいいの?」
華の喉が鳴る。 隣にいる銀色の少年少女に視線を投げると『早く、やれ』、と2人の瞳は言っていた。 優斗の呻き声に目をやると、顔色がさっきよりも悪化している。 一刻も早く、回復薬を飲ませないと手遅れになると、華は覚悟を決めた。
「ごめんね、小鳥遊くん」
回復薬を口に含むんで覆いかぶさると、優斗は喉を鳴らして回復薬を飲み込んだ。 効果は、直ぐに現れた。 頬に赤みが差して、荒かった息も落ち着いている。 優斗は微かに瞼を開けたが、朦朧としていて、焦点があっていないように見えた。 銀色の少女から、魔力回復薬を手渡され、同じように飲ませる。
優斗の目が見開いて身体が、硬直したような気がした。 だが、華には気にする余裕が全然なかった。 優斗は回復薬を飲んだ後、また眠りの中へ落ちていった。 華の心臓は痛いくらい鳴り響いていて、暫くは治まりそうになかった。
――華は、自己嫌悪で頭がいっぱいになっていた。
(小鳥遊くんに、く、く〇△□※、してしまったっ。 穴があったら入りたいっ!。 ファンクラブに知られたら、絶対に殺される!)
優斗のファンクラブに知られる事はない上に、元の世界には戻れないのだから、ファンクラブの事を気にしても仕方がないのだが、華はかなり落ち込んでいた。 川辺で体育座りをし、地面に指で『の』の字を繰り返し書いていた。 仁奈に知られたら、きっと面白おかしく揶揄われるだろうと、ここに居ない仁奈へ想いを馳せて、華は現実逃避していた。
華から少し離れた場所で、銀色の少年少女がコソコソと話している声が聞こえてきたが、耳を通り過ぎていき、華の脳には突き刺さらなかった。
「ねぇ、あれどうするのさ。 すごい落ち込んでない?」
「そうね。 でも、あの場合、ああするしかなかったし」
「でも、意識ない人用のぶっかける回復薬なかったっけ?」
「あれは、基本的な回復薬の応用編だしね。 基礎が出来てないのに、応用編は教えられないでしょ? 身体の中から吸収されるのと、皮膚から吸収されるのでは、回復薬の濃度とかも変わるし」
「まぁ、基本であれだけ苦戦してたしね。 もう少し出来るのが遅かったら、彼、危なかったし」
銀色の少女が、どう見ても10歳位の少女なのに、妖しく笑う。 とても艶めいた笑みは、彼女に凄く似合っていた。 銀色の少年は、少女の考えを察して、半眼になって見つめた。
「それに、これをきっかけに、なんてね」
「あんまり年寄りがはっ! みぞうちに入ったよ!」
少女からのみぞうちへのボディブローに、銀色の少年はお腹を押さえて屈みこんだ。 銀色の少女は鼻息も荒く、腕を組んで少年を睨んでいる。 銀色の少女の瞳は『乙女の年齢をバラすなんて、許すまじ』と言っていた。
銀色の少年少女の会話を他所に、華は回復薬の改善をする為に、魔法陣のファイルを頭の中で捲っていた。 暫く捲っていくと、創作魔法陣の項目を見つけて『ふっ、ふっ、ふっ』と華は怪しい笑みを浮かべた。
華の怪しい笑い声を聞き、銀色の少年少女は、1歩、また1歩と後退して華から距離を取った。
――優斗は夢うつつの中にいた。
華の泣きだしそうな顔が近づいて来て『ごめんね、小鳥遊くん』と謝っている。 『謝らなくていい』と、紡ごうとしたが、言葉にならなかった。 優斗の唇に柔らかい感触がして、口を塞がれたからだ。 体が小さく跳ねて硬直する。 喉の奥に何かの液体を流し込まれ、たまらず飲み込んだ優斗は華を凝視した。
(身体がだるい、これは現実か? 今、まさかとは思うけど、俺、花咲とっ)
華は真っ赤になって、瞳が涙で潤んでいた。 優斗の心臓が痛いほど鼓動して、体の芯が熱を持つ。 液体の影響か、余程疲れているのか、強烈な眠気が優斗を襲い、急激に眠りに落ちていった。
液体はほのかに暖かくて、野菜ジュースと青汁の味がした。 朦朧とした頭で、泣きだしそうな華の顔が浮かんで、優斗は囁く。
(花咲、泣くな。 俺は大丈夫だから)
華と銀色の少年少女の騒がしい声に、優斗はゆっくりと覚醒した。 寝ぼけた脳内に監視スキルの声が響く。
『花咲華の周辺に危険はありません。 安全区域です。 花咲華の最新画像を送ります』
華が銀色の少年と少女と思わしき人物(?)と楽しそうに話している映像が送られてきた。 話し声も頭の中で響き、外からも華たちの声が優斗の耳に入ってきた。
(違和感が半端ない)
「本当に、これがいいの? ぼくなら絶対に着ない!」
「わたしも、無理かな」
銀色の少年少女の呆れた声が優斗の耳に届く。
(聴いた事ある声だな。 何処だっけ? 思い出せない)
完全に目を覚ました優斗は、上半身を起こして周囲を見回してみる。 いつの間にかマントが掛けられていて、ネクタイが外され、制服のジャケットも脱がされていた。 多分、華が世話をしてくれたのだと思うと、優斗の頬がほんのり赤く染まった。 立ち上がろうと草地に手をついた瞬間、手が空き瓶に当たってしまい、空き瓶を転がしてしまった。 草地に空き瓶の転がる音が手元で小さく鳴る。 空き瓶が視界に入った瞬間、脳裏にあらぬ映像が駆け巡り、優斗は音を立てて固まった。
口内に、野菜ジュースと青汁の混ざった様な後味が残っていて、ちょっと気持ちが悪い。 口内に残っている回復薬の味が、先ほど脳裏を駆け巡った映像が真実だと語っている。 信じられない気持ちでいる優斗の脳内に、監視スキルの声が響いた。
『先ほど、眠りにつく前の映像を再生しますか?』
(えっ?)
優斗の戸惑いを他所に、監視スキルは夢うつうだった時の映像を再生した。 再生している映像の横で、今、現在の華の映像も流れている。 1カメ・2カメ・3カメと、360度、華が優斗に口移しで回復薬を飲ませている映像が流れた。 優斗は真っ赤になって、両手で顔を覆った。
両手で顔を覆っても、脳内で流れる映像は防げない。
(やっぱり、夢じゃなかった! うわっ、花咲の顔、見られないじゃん。 でも、助けてもらったんだからお礼は言わないと。 あれ、なんか俺、他にも大事なこと忘れてるような)
『大事な事』が何か思い出せず、覚悟を決めて華の方を見ると、またもや優斗は音を立てて固まった。 華の向こうに等身大の『何か』があった。 等身大の『何か』は、モデル並みにポーズを決めている。 等身大の『何か』を見つめる華の瞳がキラキラと輝いていて、たまに華が優斗を見つめる時になる瞳だと気づいた。
(口移しの映像の方に気を取られていて、全然気が付かなかった。 これってっ)
『何か』は、ファンタジーな衣装を着た等身大の優斗の立体映像だった。 立体映像の足元には、魔法陣が描かれているので、華の魔法と思われる。 問題は、立体映像が着ている衣装だ。
紫紺の膝丈の皮鎧を着て、前合わせはベルトが何個も付いている。 パンツも同じ素材で出来ている様だ。 背中には立体的な桜吹雪が散っていて、キラキラと陽射しに反射して光を放っている。
桜柄の木刀を持てば、あら不思議『どこの特攻服だ』と思わなくもない。 極めつけは、2頭の竜が腰に巻き付いて、後ろから両肩に頭を乗せていた。 立体映像の優斗は、どこか誇らしげにポーズを決めて佇んでいた。
口移しの事など、頭から吹っ飛んでいく勢いだ。 華は立体映像をうっとりと見つめていて、優斗が起きた事など全く気付いていない。 華の立体映像を見つめる瞳に、優斗はある事実に気づいた。
(そうか。 花咲が俺を通して見てたのは『こいつ』か! なんだそれ! 恋のライバルが、まさかの『あれ』なのか? いや、異性として見られてないのは分かってたけどっ! これってあんまりじゃないか! まさか、花咲が妄想する『あれ』に俺は負けてるのかっ!)
優斗は愕然として、草が生い茂る地面に膝をついた。 ショックを受ける優斗を他所に、華たちは盛り上がり、きゃきゃうふふと騒いでいる様子が脳内に流れた。 楽し気な声が脳内に響き、外からも優斗の耳に届いた。
「絶対、小鳥遊くんが着たら似合うと思う。 桜柄の木刀がいい感じに衣装とハマってるよね」
「そうかな? うん、似合うとは、思うよ」
「似合う以前の問題だと思うわっ。 なんで、竜が巻き付いてるのよっ。 彼、絶対に引くわよ」
「ええぇ、そうかな? 着たら似合うと思うんだけど」
(花咲、めっちゃ期待してる。 俺がその特攻服モドキを着る事に! 正直、着たくない。 もっとシンプルなのがいい!)
華の想いとは裏腹に、優斗はこのまま寝たふりをしようかと、項垂れるばかりである。 口移しの事はもう、優斗の頭の中からすっかり忘れ去られ、後々思い出しては赤面するのであった。
0
お気に入りに追加
29
あなたにおすすめの小説
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない
月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。
人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。
2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事)
。
誰も俺に気付いてはくれない。そう。
2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。
もう、全部どうでもよく感じた。
【本編完結】異世界転移したら……。~瑠衣はこういう奴である~
伊織愁
恋愛
こちらの作品は『[改訂版]異世界転移したら……。』の番外編です。 20歳以降の瑠衣が主人公のお話です。
自己満足な小説ですが、気に入って頂ければ幸いです。
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった
なるとし
ファンタジー
鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。
特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。
武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。
だけど、その母と娘二人は、
とおおおおんでもないヤンデレだった……
第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
異世界転移したら……。~色々あって、エルフに転生してしまった~
伊織愁
恋愛
前世で勇者召喚に巻き込まれ、友人たち共に異世界転移を果たした小鳥遊優斗。 友人たちと従魔と力を合わせ、魔王候補を倒し、魔王の覚醒を防いだ。 寿命を全うし、人生を終えた優斗だったが、前世で知らずに転生の薬を飲まされていて、エルフとして転生してしまった。 再び、主さまに呼ばれ、優斗の新たな人生が始まる。
『【改訂版】異世界転移したら……。』『【本編完結】異世界転移したら……。~瑠衣はこういう奴である~』を宜しければ、参照してくださいませ。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる