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3話 2人の秘密
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『【花咲華を守る】スキルを発動します』
(ん? なんだ、そのスキル? ってか、スキルって何?)
優斗の頭の上に、クエスチョンマークが何個も浮かんでいて、問いに答えるかのように、再び先ほどの声が頭の中で響く。
『スキルの概要を説明いたします。 こちらのスキルは、パッシブスキルです。 常に自動で発動されます。 次にスキルの内容を説明します。 このスキルは、花咲華にのみ有効です』
(えっ?)
『[位置情報:確認、検索、透視、傍聴、追跡]「危険察知:警報、虫除け(結界)、転送] 自動で発動されますが、オンオフの切り替えも出来ます。 尚、虫除け(結界)は、本人が拒絶した場合にのみ、発動されます』
優斗の脳内で、分かりやすくイラスト付きで説明された。 監視スキルが発動され、頭の中で地図が広がる。 『現在地』と吹き出しが刺さっている場所に、2つの青い点が点滅していた。
1つは『小鳥遊優斗』と自身の名前の吹き出しが点に刺さっている。 横にあるもう1つは『花咲華』の名前の吹き出しが刺さっていた。 監視スキルが華の状況を優斗に報告してくる。
『花咲華の周囲には、危険はありません。 安全区域内です』
次いで、優斗の頭の中で映像が流れてくる。 華は大木に触れて目を見開いて驚いていた。 華の瞳は大木を映しているようで映していない。 華の方を肉眼では見ていないので、全て優斗の脳内で起こっている事だ。
(これって、めっちゃ監視システムじゃないか? まじかっ! 傍聴って、声も聞こえるって事か? しかも虫除けってなんだよ! ってか、こんな監視スキル。 これじゃまるで、ストーカーじゃないか!)
優斗は地面に膝をついて愕然とした。 『花咲華を守る』スキルは、華を完璧に監視するシステムだった。 今も優斗の頭の中では、華の映像が途切れることなく流れている。 華も優斗が視た映像を視ているのか、華が息を呑む音も、優斗の頭の中で聞こえた。 ふと、想像してしまった。
ストーカーのような監視スキルが華にバレて、冷たい視線で優斗を見つめる華の姿を。 ぶるりと身体を震わせて、寒気が全身を襲う。
(こんな監視スキル、絶対に花咲には知られたくない! バレたら嫌われる。 振られる未来しか想像できないじゃないか! ただでさえ、避けられてるのにっ)
優斗は頭を抱えて項垂れるしかなかった。 華だけでなく、幼馴染の瑠衣にも、他の誰にも言えない。 瑠衣は絶対に面白がって、揶揄ってくる事は間違いない。 瑠衣たちが見つかっても、監視スキルの事は黙っていよう、と心に決める優斗だった。
後に瑠衣たちと会えるのだが、優斗が瑠衣に隠し事が出来る訳もなく、色々な事を洗いざらい吐かされる事など、今の優斗には想像が出来なかった。
――華は、優斗が青ざめて項垂れる様子を黙って見ていた。
(小鳥遊くんの様子がおかしい。 大木に触れてからずっとあんな感じだけど、何かあったのかな?)
華は、優斗は暫くそっとしておいた方がいいだろうと結論づけ、自分自身も頭の中を整理したいと考えていた。 大木に触れた瞬間、頭の中に流れてきた映像と、自分に授かった力の事を考えたかったのだ。
苦手な絶叫マシーンに我慢して乗り、異世界まで来てしまった事に、華の心臓は高鳴っていた。 気絶から目を覚ましたら、目の前に優斗の顔があった。 心配そうに華を見つめる瞳に鼓動が速くなる。 華を見つめる瞳の色が、いつもと違う事に直ぐに気がついた。
(なんで、髪と瞳の色が変わってるの? めっちゃ似合ってるけど、更に王子さま感が上がってる。 キラキラだ)
優斗も華を見つめて、目を見開いて驚いているので、華自身も変わっている事に気が付いた。 優斗の瞳は色が変わっても、とても綺麗だった。 優斗に見つめられると、いつも囚われそうになる錯覚を覚える。
以前から、優斗の視線を感じていた。 華と目が合うと、優斗はいつもとても柔らかくて、優しい笑みを向けてくるのだ。 しかし、華は視線の意味を考えない様にしていた。 優斗を受け止められる勇気と、自信もないからだ。 『もしかして、私の事をっ』などと、イタイ勘違いをしない様に、考えないようにしていた。
(あぁ、やっぱり小鳥遊くんの瞳は綺麗だ。 また、いつもの妄想が広がってしまう。 きっとあの衣装が似合う)
華にはちょっと変わった趣味がある。 美男美女をネタに、ファンタジーな衣装を妄想し、精巧なフィギアを制作する事だ。 芸能人ではなく、身近で出会った美男美女である。 華の部屋には、趣味で作ったフィギアが所狭しと飾ってあり、1番見られたくない物は押し入れに大事に仕舞ってある。 勿論(でいいのか?)、 優斗のフィギアもあったりする。 優斗のフィギアは、華の最近の1押しである。 絶対に優斗には知られたくない趣味ではあるが、実際に着て欲しいと切に願っている。 そんな華の切なる願いが、今回叶った。
(でもこんな事を妄想してるなんて。 小鳥遊くんに知られたら、絶対に引かれるよね。 でも、私の妄想した衣装を着て欲しいっ!)
――大木に触れた途端、華の足元で魔法陣が広がる。
魔法陣から突風が吹き上がり、黒縁の白いスカートが舞い上がる。 下着が見えそうになり、慌てて裾を抑えた。 隣をチラリと伺う。 優斗も突風に煽られ、目を硬く瞑っていてこちらを見ていない。 華はホッと安堵の息を吐いた。 頭の中で、優斗と同じ映像が駆け巡り、老人の声が響く。
優斗の力になって欲しいと言われ、会いたくない人の姿も見え、華の心に不安が拡がった。
沢山の魔法陣が頭の中のファイルに収まり、付箋でファイリングされていく。 1番最初のファイルが取り出され、ページが捲られていく。 開いたページには、華のパーソナルデーターが載っていた。 データーによると、華は錬金術を授かったらしい。 薬草から、衣服、武器、防具、家や家具まで制作出来る。 という事は。
(小鳥遊くんの防具が作れる! 着てもらえるかもしれない!)
華の瞳がキラキラと輝きだした。 胸が高鳴り、嬉しさが隠せないでいる。 嬉しさで、異世界に来てしまったかもしれないという考えが、何処かに吹っ飛んでいってしまった。 華の想いを受けてか、頭の中のファイルのページが再び捲られる。
開いたページに[小鳥遊優斗の進化武器]という項目が現れた。 魔法陣と桜柄の木刀が描かれている。 描かれた木刀を見た華は、仰け反って驚いた。 現実は思わぬ所で突きつけてくる。
(?! この武器っ! 私が作った小鳥遊くんのフィギアに持たせてるやつだ! なんで?!)
いつの間にか突風も止み、目の前には大木が鎮座していた。 早速、武器を作ろうと思ったが、材料が[世界樹の枝]と書いてあった。 高揚していた気持ちが一気に萎んで、谷底に突き落とされた気がした。
(そんな高尚な武器になっちゃたんだ。 何か、ちょっと寂しい。 世界樹の枝なんて、何処にあるのよ! これ、無理なんじゃ)
華が諦めかけた時、目の前の大木の葉が風に吹かれて大きく鳴った。 髪とスカートが風になびくと、大木の一枝が目の前に落ちてきた。 花が付いている枝葉を拾うと『世界樹の枝』と吹き出しが出た。 華の目がびっくり仰天する。
(ふ、吹き出しが出た! この大木、世界樹だったんだ。 チートだな)
チートだと思った華だったが、間違いだった。 全然チートでも、なんでもなかった。 いざ作ってみると、魔力の込め方が難しくて、上手くいかない。 世界樹の枝を武器に変えるのは中々、骨だった。
――優斗は、華が放った光で我に返った。
頭の中の映像で、華の手元が光っている事に気づいた。 次いで同時に背後からも、光が放たれているのを感じ、振り返った。 優斗の目に映ったのは、華の両掌に桜を模した魔法陣が現れ、両手の間に枝が空中に浮かんでいる様子だった。
マジックショーでよくある杖を浮かすネタみたいだ。 浮かんでいる枝の端にも同じ桜を模した魔法陣が出来ていた。 魔法陣の中心部分を枝が通り抜けていき、徐々に先端部分に向かっていく。
魔法陣が通り抜けた部分を見ると、木刀に変化していた。 華は大分扱い難いのか、額に大粒の汗を掻いていた。 魔法陣が枝の先端まで通り抜けた後、木刀全体が光を放つ。 光が収まった後、華の手に桜柄の木刀が握られていた。 桜柄がキラキラと陽射しに反射して、光っている。
華はポケットからハンカチを取り出して、額の汗を拭いていた。 華はキラキラとした瞳で木刀をまじまじと見つめていた。
「花咲、その木刀」
顔を上げた華は、優斗にキラキラした瞳で嬉しそうに、木刀を差し出して来た。
「小鳥遊くん! 見て! やっと出来たの! 小鳥遊くんの武器だよ。 我ながら上手く出来たと思うんだよね。 魔力の込め方が難しくて、中々一定にならなくて」
華はいつもより、饒舌になっている事に気づいていない。 優斗が監視スキルに悩んでいる間に、随分とこの世界に馴染んだようだ。 家族と引き離された悲観さがみじんもない。
「花咲、もう、この世界に順応してるんだなっ」
華は優斗の言葉に、口をぽかんと開けて数秒間黙った後、咳払いをして優斗に説明を続けた。
「おほん。 えっと、色々と報告はあるんだけど。 私が授かった魔法陣のファイルに[小鳥遊優斗の進化武器]って項目があって、それを見て作ってみました。 どうぞ、お納めを」
華は木刀を大袈裟に掲げ持ち、優斗に渡して来た。 少し優斗はたじろいだが、木刀を受け取った。
「えっ! 花咲のファイル? ちょっと、何言ってるか意味が分からないんだけど。 でもこの木刀、さっき渡されたのと同じだ。 俺にそっくりな男が出て来て、これと同じ木刀を差し出して来たんだ」
「えっ!」
華は目を見開いて驚いている。 暫く考え込んだ華は、頬を徐々に赤く染まらせていく。 遂には、真っ赤になって俯いてしまった。 華の照れる様子はとても可愛いと思うも、何故、真っ赤になっているのか分からずに、優斗は首を傾げた。
(なんで花咲、あんな恥ずかしがってるんだ? 可愛いけど、さっきの会話になんか照れる要素があったか?)
華が恥ずかしがっていたのは、自分の全てが世界樹にバレているのではないかと考えたからだが、優斗には分かるはずもなかった。 華の視線が木刀に向き、優斗も改めて木刀をじっくりと眺める。
軽く持ち上げてみて、初めて木刀がもの凄く軽い事に気が付いた。
(軽いな。 木刀って、普通はもっと重いんだけどな。 握りやすいし、桜柄は派手だけど)
軽く素振りをしてみると、綺麗な空気を裂く音が鳴った。 桜柄が光り、花びらが舞う。 身体の内側から何かが抜け、木刀に流れていったのが分かった。 何処からか、桜の香りも漂っている。
優斗は固まったまま動かなくなった。
(なんだ、今の。 木刀が光った。 なんか吸い取られたような感覚があったけど)
優斗はまじまじと、木刀を見た。 突き刺す様な視線を感じて華の方を見ると、瞳をキラキラさせてじっと優斗を見つめる華の姿があった。 華の瞳は、優斗を映しているようで映していない。
華はたまに、何処を見ているのか分からない視線を優斗に投げてくる。 華と合わない視線に切なくて、優斗の胸が小さく軋んだ。
「花咲?」
(俺を見ながら、何処、見てるんだよ)
華の視線の先は、妄想するファンタジックな優斗の姿だ。 今は、自身の部屋に飾ってある桜柄の木刀を持っている優斗のフィギアに想いを馳せている。 きっと、フィギアが着ている服を作る妄想をしているに違いない。
そんな事とは知らない優斗は、トリップして中々戻って来ない華の名前を呼んだ。 優斗に名前を呼ばれ、ハッとして妄想から戻って来た華は、優斗の強い視線にたじろぎながらも説明を続けた。
「あ、えっと。 その木刀、魔法剣なんだって。 もしかしたら、勇者の力が宿ってたりして」
「魔法剣? 木刀なのに? う~ん、さっき光ったしな。 なんか吸い取られた感じもあったし」
(それに、監視スキルも授かってしまったしな。 勇者の力とは関係なさそうだけど)
優斗は、世界樹らしい大木を見上げ、表情を曇らせた。 さっきの映像が思い出され、脳内を駆け巡る。 優斗と華が授かった力を思うと、異世界に来てしまった事に、間違いないと思うしかない。
「どうやら俺たち、異世界転移ってやつをしたみたいだな」
「みたいだね。 私たち、元の世界に帰れるのかな?」
「ダンジョンを攻略したら、ここから出られるみたいだし。 瑠衣たちの事も気になるし、帰れるかは出てから考えよう」
「うん、先ずはここから出ないとだよね」
華が優斗の意見に大きく頷いた。 優斗と華は、まだ分かっていなかった。 見た目が変わった意味も、もう元の世界には戻れない事も、この世界で、生きていかなければならない現実も。
(ん? なんだ、そのスキル? ってか、スキルって何?)
優斗の頭の上に、クエスチョンマークが何個も浮かんでいて、問いに答えるかのように、再び先ほどの声が頭の中で響く。
『スキルの概要を説明いたします。 こちらのスキルは、パッシブスキルです。 常に自動で発動されます。 次にスキルの内容を説明します。 このスキルは、花咲華にのみ有効です』
(えっ?)
『[位置情報:確認、検索、透視、傍聴、追跡]「危険察知:警報、虫除け(結界)、転送] 自動で発動されますが、オンオフの切り替えも出来ます。 尚、虫除け(結界)は、本人が拒絶した場合にのみ、発動されます』
優斗の脳内で、分かりやすくイラスト付きで説明された。 監視スキルが発動され、頭の中で地図が広がる。 『現在地』と吹き出しが刺さっている場所に、2つの青い点が点滅していた。
1つは『小鳥遊優斗』と自身の名前の吹き出しが点に刺さっている。 横にあるもう1つは『花咲華』の名前の吹き出しが刺さっていた。 監視スキルが華の状況を優斗に報告してくる。
『花咲華の周囲には、危険はありません。 安全区域内です』
次いで、優斗の頭の中で映像が流れてくる。 華は大木に触れて目を見開いて驚いていた。 華の瞳は大木を映しているようで映していない。 華の方を肉眼では見ていないので、全て優斗の脳内で起こっている事だ。
(これって、めっちゃ監視システムじゃないか? まじかっ! 傍聴って、声も聞こえるって事か? しかも虫除けってなんだよ! ってか、こんな監視スキル。 これじゃまるで、ストーカーじゃないか!)
優斗は地面に膝をついて愕然とした。 『花咲華を守る』スキルは、華を完璧に監視するシステムだった。 今も優斗の頭の中では、華の映像が途切れることなく流れている。 華も優斗が視た映像を視ているのか、華が息を呑む音も、優斗の頭の中で聞こえた。 ふと、想像してしまった。
ストーカーのような監視スキルが華にバレて、冷たい視線で優斗を見つめる華の姿を。 ぶるりと身体を震わせて、寒気が全身を襲う。
(こんな監視スキル、絶対に花咲には知られたくない! バレたら嫌われる。 振られる未来しか想像できないじゃないか! ただでさえ、避けられてるのにっ)
優斗は頭を抱えて項垂れるしかなかった。 華だけでなく、幼馴染の瑠衣にも、他の誰にも言えない。 瑠衣は絶対に面白がって、揶揄ってくる事は間違いない。 瑠衣たちが見つかっても、監視スキルの事は黙っていよう、と心に決める優斗だった。
後に瑠衣たちと会えるのだが、優斗が瑠衣に隠し事が出来る訳もなく、色々な事を洗いざらい吐かされる事など、今の優斗には想像が出来なかった。
――華は、優斗が青ざめて項垂れる様子を黙って見ていた。
(小鳥遊くんの様子がおかしい。 大木に触れてからずっとあんな感じだけど、何かあったのかな?)
華は、優斗は暫くそっとしておいた方がいいだろうと結論づけ、自分自身も頭の中を整理したいと考えていた。 大木に触れた瞬間、頭の中に流れてきた映像と、自分に授かった力の事を考えたかったのだ。
苦手な絶叫マシーンに我慢して乗り、異世界まで来てしまった事に、華の心臓は高鳴っていた。 気絶から目を覚ましたら、目の前に優斗の顔があった。 心配そうに華を見つめる瞳に鼓動が速くなる。 華を見つめる瞳の色が、いつもと違う事に直ぐに気がついた。
(なんで、髪と瞳の色が変わってるの? めっちゃ似合ってるけど、更に王子さま感が上がってる。 キラキラだ)
優斗も華を見つめて、目を見開いて驚いているので、華自身も変わっている事に気が付いた。 優斗の瞳は色が変わっても、とても綺麗だった。 優斗に見つめられると、いつも囚われそうになる錯覚を覚える。
以前から、優斗の視線を感じていた。 華と目が合うと、優斗はいつもとても柔らかくて、優しい笑みを向けてくるのだ。 しかし、華は視線の意味を考えない様にしていた。 優斗を受け止められる勇気と、自信もないからだ。 『もしかして、私の事をっ』などと、イタイ勘違いをしない様に、考えないようにしていた。
(あぁ、やっぱり小鳥遊くんの瞳は綺麗だ。 また、いつもの妄想が広がってしまう。 きっとあの衣装が似合う)
華にはちょっと変わった趣味がある。 美男美女をネタに、ファンタジーな衣装を妄想し、精巧なフィギアを制作する事だ。 芸能人ではなく、身近で出会った美男美女である。 華の部屋には、趣味で作ったフィギアが所狭しと飾ってあり、1番見られたくない物は押し入れに大事に仕舞ってある。 勿論(でいいのか?)、 優斗のフィギアもあったりする。 優斗のフィギアは、華の最近の1押しである。 絶対に優斗には知られたくない趣味ではあるが、実際に着て欲しいと切に願っている。 そんな華の切なる願いが、今回叶った。
(でもこんな事を妄想してるなんて。 小鳥遊くんに知られたら、絶対に引かれるよね。 でも、私の妄想した衣装を着て欲しいっ!)
――大木に触れた途端、華の足元で魔法陣が広がる。
魔法陣から突風が吹き上がり、黒縁の白いスカートが舞い上がる。 下着が見えそうになり、慌てて裾を抑えた。 隣をチラリと伺う。 優斗も突風に煽られ、目を硬く瞑っていてこちらを見ていない。 華はホッと安堵の息を吐いた。 頭の中で、優斗と同じ映像が駆け巡り、老人の声が響く。
優斗の力になって欲しいと言われ、会いたくない人の姿も見え、華の心に不安が拡がった。
沢山の魔法陣が頭の中のファイルに収まり、付箋でファイリングされていく。 1番最初のファイルが取り出され、ページが捲られていく。 開いたページには、華のパーソナルデーターが載っていた。 データーによると、華は錬金術を授かったらしい。 薬草から、衣服、武器、防具、家や家具まで制作出来る。 という事は。
(小鳥遊くんの防具が作れる! 着てもらえるかもしれない!)
華の瞳がキラキラと輝きだした。 胸が高鳴り、嬉しさが隠せないでいる。 嬉しさで、異世界に来てしまったかもしれないという考えが、何処かに吹っ飛んでいってしまった。 華の想いを受けてか、頭の中のファイルのページが再び捲られる。
開いたページに[小鳥遊優斗の進化武器]という項目が現れた。 魔法陣と桜柄の木刀が描かれている。 描かれた木刀を見た華は、仰け反って驚いた。 現実は思わぬ所で突きつけてくる。
(?! この武器っ! 私が作った小鳥遊くんのフィギアに持たせてるやつだ! なんで?!)
いつの間にか突風も止み、目の前には大木が鎮座していた。 早速、武器を作ろうと思ったが、材料が[世界樹の枝]と書いてあった。 高揚していた気持ちが一気に萎んで、谷底に突き落とされた気がした。
(そんな高尚な武器になっちゃたんだ。 何か、ちょっと寂しい。 世界樹の枝なんて、何処にあるのよ! これ、無理なんじゃ)
華が諦めかけた時、目の前の大木の葉が風に吹かれて大きく鳴った。 髪とスカートが風になびくと、大木の一枝が目の前に落ちてきた。 花が付いている枝葉を拾うと『世界樹の枝』と吹き出しが出た。 華の目がびっくり仰天する。
(ふ、吹き出しが出た! この大木、世界樹だったんだ。 チートだな)
チートだと思った華だったが、間違いだった。 全然チートでも、なんでもなかった。 いざ作ってみると、魔力の込め方が難しくて、上手くいかない。 世界樹の枝を武器に変えるのは中々、骨だった。
――優斗は、華が放った光で我に返った。
頭の中の映像で、華の手元が光っている事に気づいた。 次いで同時に背後からも、光が放たれているのを感じ、振り返った。 優斗の目に映ったのは、華の両掌に桜を模した魔法陣が現れ、両手の間に枝が空中に浮かんでいる様子だった。
マジックショーでよくある杖を浮かすネタみたいだ。 浮かんでいる枝の端にも同じ桜を模した魔法陣が出来ていた。 魔法陣の中心部分を枝が通り抜けていき、徐々に先端部分に向かっていく。
魔法陣が通り抜けた部分を見ると、木刀に変化していた。 華は大分扱い難いのか、額に大粒の汗を掻いていた。 魔法陣が枝の先端まで通り抜けた後、木刀全体が光を放つ。 光が収まった後、華の手に桜柄の木刀が握られていた。 桜柄がキラキラと陽射しに反射して、光っている。
華はポケットからハンカチを取り出して、額の汗を拭いていた。 華はキラキラとした瞳で木刀をまじまじと見つめていた。
「花咲、その木刀」
顔を上げた華は、優斗にキラキラした瞳で嬉しそうに、木刀を差し出して来た。
「小鳥遊くん! 見て! やっと出来たの! 小鳥遊くんの武器だよ。 我ながら上手く出来たと思うんだよね。 魔力の込め方が難しくて、中々一定にならなくて」
華はいつもより、饒舌になっている事に気づいていない。 優斗が監視スキルに悩んでいる間に、随分とこの世界に馴染んだようだ。 家族と引き離された悲観さがみじんもない。
「花咲、もう、この世界に順応してるんだなっ」
華は優斗の言葉に、口をぽかんと開けて数秒間黙った後、咳払いをして優斗に説明を続けた。
「おほん。 えっと、色々と報告はあるんだけど。 私が授かった魔法陣のファイルに[小鳥遊優斗の進化武器]って項目があって、それを見て作ってみました。 どうぞ、お納めを」
華は木刀を大袈裟に掲げ持ち、優斗に渡して来た。 少し優斗はたじろいだが、木刀を受け取った。
「えっ! 花咲のファイル? ちょっと、何言ってるか意味が分からないんだけど。 でもこの木刀、さっき渡されたのと同じだ。 俺にそっくりな男が出て来て、これと同じ木刀を差し出して来たんだ」
「えっ!」
華は目を見開いて驚いている。 暫く考え込んだ華は、頬を徐々に赤く染まらせていく。 遂には、真っ赤になって俯いてしまった。 華の照れる様子はとても可愛いと思うも、何故、真っ赤になっているのか分からずに、優斗は首を傾げた。
(なんで花咲、あんな恥ずかしがってるんだ? 可愛いけど、さっきの会話になんか照れる要素があったか?)
華が恥ずかしがっていたのは、自分の全てが世界樹にバレているのではないかと考えたからだが、優斗には分かるはずもなかった。 華の視線が木刀に向き、優斗も改めて木刀をじっくりと眺める。
軽く持ち上げてみて、初めて木刀がもの凄く軽い事に気が付いた。
(軽いな。 木刀って、普通はもっと重いんだけどな。 握りやすいし、桜柄は派手だけど)
軽く素振りをしてみると、綺麗な空気を裂く音が鳴った。 桜柄が光り、花びらが舞う。 身体の内側から何かが抜け、木刀に流れていったのが分かった。 何処からか、桜の香りも漂っている。
優斗は固まったまま動かなくなった。
(なんだ、今の。 木刀が光った。 なんか吸い取られたような感覚があったけど)
優斗はまじまじと、木刀を見た。 突き刺す様な視線を感じて華の方を見ると、瞳をキラキラさせてじっと優斗を見つめる華の姿があった。 華の瞳は、優斗を映しているようで映していない。
華はたまに、何処を見ているのか分からない視線を優斗に投げてくる。 華と合わない視線に切なくて、優斗の胸が小さく軋んだ。
「花咲?」
(俺を見ながら、何処、見てるんだよ)
華の視線の先は、妄想するファンタジックな優斗の姿だ。 今は、自身の部屋に飾ってある桜柄の木刀を持っている優斗のフィギアに想いを馳せている。 きっと、フィギアが着ている服を作る妄想をしているに違いない。
そんな事とは知らない優斗は、トリップして中々戻って来ない華の名前を呼んだ。 優斗に名前を呼ばれ、ハッとして妄想から戻って来た華は、優斗の強い視線にたじろぎながらも説明を続けた。
「あ、えっと。 その木刀、魔法剣なんだって。 もしかしたら、勇者の力が宿ってたりして」
「魔法剣? 木刀なのに? う~ん、さっき光ったしな。 なんか吸い取られた感じもあったし」
(それに、監視スキルも授かってしまったしな。 勇者の力とは関係なさそうだけど)
優斗は、世界樹らしい大木を見上げ、表情を曇らせた。 さっきの映像が思い出され、脳内を駆け巡る。 優斗と華が授かった力を思うと、異世界に来てしまった事に、間違いないと思うしかない。
「どうやら俺たち、異世界転移ってやつをしたみたいだな」
「みたいだね。 私たち、元の世界に帰れるのかな?」
「ダンジョンを攻略したら、ここから出られるみたいだし。 瑠衣たちの事も気になるし、帰れるかは出てから考えよう」
「うん、先ずはここから出ないとだよね」
華が優斗の意見に大きく頷いた。 優斗と華は、まだ分かっていなかった。 見た目が変わった意味も、もう元の世界には戻れない事も、この世界で、生きていかなければならない現実も。
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