【本編完結】異世界転移したら……。~瑠衣はこういう奴である~

伊織愁

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33話 『サプライズウエディング』

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 優斗が華をお姫様抱っこして、颯爽と大広間を駆け抜けた事は、瑠衣と仁奈の元にも伝わった。 2人はフィルとフィンを連れ、華が休んでいる客室に向かった。 客室の扉を開けると、すぐさま華の元に駆け寄った。

 「華、大丈夫なの?! 何があったの? 朝は馬車酔いするしっ」
 「うん、あのね」
 
 華はしどろもどろになり、真っ赤になりながら言った。
 
 「全然、気づかなくて。 えと、出来たみたいです」

 仁奈は意味が分からず、『ん?』と首を傾げた。 反対に瑠衣は直ぐにピンときて、優斗の方をチラリと見た。 そして、少し頬を赤らめている優斗を見ると、自然と笑みが零れた。

 「おめでとう、優斗、華ちゃん」

 優斗と華は少し照れていたが、瑠衣の祝福の言葉にとても嬉しそうな笑みを浮かべた。 医者によると、華は妊娠2か月と聞き、やっと仁奈は合点がいったという様な顔をした。 フィルとフィンも理解し、大騒ぎになった。

 「おめでとう、華、小鳥遊」
 「おめでとう! ユウト、ハナ!」
 「帰ったらお祝いね! おめでとう、ハナ、ユウト!」

 ――華の妊娠発覚から少し経った頃。
 
 隠れ家にある華の作業部屋では、3人の人間と2匹のスライムがコソコソと話し合っていた。 窓が一つもなく、天井から垂れ下がる灯りの下、ソファーと椅子もなく、部屋の真ん中の床に、ふかふかのクッションが何個か置かれている。 それぞれがクッションの上に腰を下ろした。

 華が座ったクッションの周りには、沢山のクッションと毛布が置いてある。 全部、心配性の優斗が揃えたものだ。 優斗は生まれて来る子供を楽しみしていて、ずっとご機嫌だ。 かく言う瑠衣たちも楽しみなのだが、我が親友が更に過保護になる姿はあまり見たくない。

 (本当に華ちゃん至上主義だよな、優斗は。 まぁ、お腹が冷えるのは良くないし、ささっと終わらせますか)

 王との謁見で取り決めたスラム街の整備は、順調に進んでいる。 半年もしたら、保護している子供たちをそちらへ移す事になっていた。 そして、華が安定期に入ったら、いよいよ瑠衣のサプライズが決行される。

 優斗の表情から『瑠衣ってサプライズが好きだよな』と思っているのが、ありありと出ていた。 そんな優斗を目を細めて眺めてから、瑠衣は話を進めた。 サプライズとは、瑠衣と仁奈の結婚式である。

 「えと、ウエディングドレスは出来てるんだよね?」
 「うん、出来てるよ。 見る?!」
 
 華はそう言うと立ち上がり、瞳を輝かせて瑠衣を見てきた。
 
 「華、行き成り立ち上がるなっ! そっと動かないとっ」

 華は優斗の制止の声を無視し、仁奈の立体映像の側まで行った。 仁奈の立体映像には、布が掛けられており、目隠しされていた。 華がするりと布を外すと、上品な純白なドレスを着た仁奈の立体映像が露わにされた。 ウエディングドレスを着た仁奈の立体映像と視線が合い、瑠衣の心臓が小さく跳ねる。

 (はっ! いや、これは立体映像で本物じゃないっ! 一瞬、見惚れてしまったっ。 流石は華ちゃん、良い出来だよ)

 「わぁ、いいじゃない! ニーナに似合ってる」
 「ルイのタキシードもいいね」
 「でしょう。 やっぱりウエディングドレスは着たいよね」
 「うん、鈴木らしいね。 いいんじゃない」

 皆がそれぞれ意見を言う中、瑠衣は深呼吸してから、もう一度、仁奈の立体映像を眺めた。 自然と瑠衣から笑みが零れる。 楽しみだなっと、瑠衣の表情に現れていた。

 仁奈がどんな顔して驚くのだろうと。 そして自身があげた『一生、外れない』ネックレスをして、ウエディングドレスを着た仁奈の姿を思い浮かべ、益々笑みが広がった。

 ――瑠衣のサプライズの朝、隠れ家はバタバタしていた。
 
 華も安定期に入り、流産の心配も無くなったある日、それは決行された。 華の隠れ家にある作業部屋で眠っていた仁奈の立体映像がリビングでお披露目される。

 毎朝の日課である朝練を終わらせて、リビングに入った仁奈はあんぐりと口を開けた。 立体映像は、両肩を出したマーメイドラインの純白のドレスを纏っていた。

 (これって、ウエディングドレスよね?)

 自身の立体映像がウエディングドレスを着て、モデル立ちしている姿を眺めていた。 仁奈がポケッとしていると、あれよあれよという間にウエディングドレスを着せられた。

 気づけば、行きつけのカフェで知人が集まる中、タキシードを着た瑠衣と並んで立っていた。 カフェは、華と優斗が結婚パーティーを行った所だ。

 この世界の平民の結婚式は、ほぼ人前式だ。 王侯貴族は協会で挙げたりするが、平民はカフェを貸し切りにしたり、ホームパーティーを開いて結婚の報告をするだけである。 ウエディングドレスとタキシードも、本来は着ない。 仁奈は着たがるだろうと思い、用意したのだ。

 「瑠衣、いつの間に計画してたの?」
 「うん? そうだな、華ちゃんの妊娠が分かる前だな。 本当ならもっと早くしたかったけど、華ちゃんが安定期に入るまで待ったんだ。 華ちゃんがいないと駄目だろう?」
 「そんな前からっ?! 瑠衣は結婚式とか、興味ないと思ってた」
 
 仁奈は暫く考えてぼそりと呟いた。
 
 「ありがとう。 とっても嬉しい」
 「うん」

 暫く知人に挨拶をした後、瑠衣は酔っぱらったボルドに引っ張って連れて行かれた。 そして、優斗と2人、皆の前に出され、ニヤニヤしたボルドからギターを渡されていた。 瑠衣と優斗は、視線を交わすと『しょうがないな』と苦笑を零した。

 皆から背を向けて、相談し合っている2人を眺めていると、意地悪な笑みを浮かべるボルドがやって来た。 何を企んでいるか知らないが、目を細めてボルドを見た。

 「ボルド、何を企んでるか知らないけど。 イケメンを舐めたらあかんで!」
 「えっ、ニーナの言っている意味が良く分からないんだけどっ」

 ボルドがとぼけた振りをしていると、瑠衣と優斗がギターを弾きながら歌い出した。 カフェに、瑠衣と優斗の奏でるギターの音と、甘い歌声が響く。

 タキシードを着た瑠衣と、スーツ姿の優斗の2人はキラキラと輝き、素敵度が割り増しされていた。 集まった老若男女が、聴いた事のない歌に盛り上がっていた。

 2人の歌う曲を聞いて仁奈は『懐かしい』と呟いた。 演奏している曲は、異世界へ飛ばされる前に、元の世界で流行っていた曲だ。 瑠衣と優斗は、文化祭でクラスメイトに出し物を押し付けられ、今の様に舞台にあがらされていた。

 「懐かしい。 これ、高1の文化祭でやってた曲だね」
 「うん、まだ弾けたんだ。 身体が覚えてるってやつだろうね。 もの凄い練習してたからなぁ」
 「うん、無理やりだったのにね」

 華が文化祭の時の事を思い出した様で、クスリと笑った。 今日の華はゆったりしたワンピースを着ていた。 華のお腹に目を遣る。 気持ち、お腹がふっくらして来たように見える。

 「あ、あいつら、どこまで男前なんだっ!」

 隣で項垂れているボルドに、仁奈と華は乾いた笑い声を上げた。 やっぱりボルドは何か企んでいた様だ。 そして、ボルドは見事に潰れた。 『ルイとユウトの裏切り者っ!!』と何故、裏切る事になるのか分からない独り言をむにゃむにゃと言っていた。

 瑠衣と優斗が舞台から戻って来た。 ボルドの荒れ方を見ると、2人は眉を下げて苦笑を零して、ボルドの顔を覗き込んだ。

 「あらら。 ボルド潰れたのか」
 「ボルドが歌えって言ったのに、全く聞いてなかったな。 こいつ」

 瑠衣はそう言うと、ボルドの肩を掴んだ。 今は別の人が、この国で最近流行っているという恋歌を歌っていた。 ボルドを長椅子の端に追いやり、瑠衣と優斗はそれぞれの嫁の隣に座った。

 フィルとフィンは、食べ物が置かれている場所から動かずに、ずっと手と口を動かしている。 美味しそうに口いっぱいに頬張っている姿に、皆の頬が若干引き攣っていたが、見なかった事にした。

 「久々に歌ったけど、覚えていて良かったわ」
 
 瑠衣の呟きに優斗も頷く。
 
 「ああ、覚えてるもんだな。 もう、3年? いや、4年前くらいか。 ミスしなくて良かったよ」

 優斗はそう言うと、スーツのジャケットを脱いで華のお腹にかけた。 優斗の仕草を見て、仁奈はある事を思い出した。 そう言えばセレンがそんな事を言っていた様な気がすると。

 (この様子だと、小鳥遊は子供にも過保護になりそう)

 「あ、思い出した。 そう言えば、セレンさんが言ってたよね。 華たちの子供をエルフと結婚とか。 もし女の子だと、いつかはエルフの所へ嫁に出すんだよね」

 仁奈はニヤリと面白がる様な笑みを浮かべた。 仁奈の本音は、優斗を揶揄う為の様だ。 優斗は『娘だったら、絶対に嫁には出さん』と平気でセレンとの約束を反故にする事を宣った。

 思った通り子供に対しても、もの凄い過保護になりそうだ。 仁奈と瑠衣は呆れた表情で目を細めた。 そして、瑠衣が何かを思い出したのか、優斗に問いかけた。

 「優斗、お前、前にアンバーさんの血を飲んだとか、どうとか言ってなかったか?」
 「ああ、その事か。 そうなんだよ」

 『えっ』と華がとても驚いている。 華も聞いていなかったようだ。 優斗の話しを聞いた瑠衣たちは、口をあんぐり開けた。

 「お前、それ大丈夫なのかよ」
 「うん、監視スキルも危険な薬じゃないって言ってたからな。 2人の思惑は分からないけど、アンバーさんの血には、随分助けられたし」
 「そうか」

 瑠衣が何かを考え込んでいる様子に、仁奈は何故か不安に駆られた。 瑠衣が優斗をとても大事に思っている事を知っているから、瑠衣が何かをしでかさないか心配になった。

 ――瑠衣は優斗からアンバーの血を飲んだと聞き、少し調べていた。
 
 優斗はあっけらかんと宣った。 テッドとの闘いの後は色々とあって忘れていたが、華が妊娠してセレンとアンバーの話が出て思い出した。

 優斗はアンバーと試合した時に、何かの薬にアンバーの血を混ぜられて飲まされたのだと言っていた。 2人が何を考えているのか分からないけど、何かを企んでいるのは確かだ。

 隠れ家の倉庫には、アンバーが残して行った荷物がある。 瑠衣は改めて、本の類や何やら書き留めている羊皮紙の束を調べたが、何も分からなかった。 アンバーが置いて行ったものは、どれも知られてもいい物ばかりの様だった。

 (何も分からないか、でもなんか嫌な予感がするんだよな。 なんかこう、優斗が離れて行ってしまう様な。 大袈裟だけど、もう会えなくなるような不安が過ぎる。 なんでだっ)

 言いようのない不安に駆られていると、頭の中で風神の声が聞こえ、背後に今までなかった風神の気配に気づいた。 気配を感じた瑠衣は、羊皮紙から目を離した。

 『主、また調べものか?』
 (風神か、足音を消して近づくなよ)
 『主を驚かせようと思ってな』

 瑠衣は、溜め息を吐いた後、風神なら何か知ってるかと思い至った。 再び、別の羊皮紙を手に取る。

 (お前は知ってるか? エルフの血について)
 『エルフが里に籠ってから、もうどれくらい経つか分からないくらいだ。 エルフは全ての秘術を持って引き籠ってしまったからな。 我は何も知らない』
 (そうか。 主さまは、)
『教えてはくれぬだろうな』
 (だろうな)

 瑠衣はこれ以上倉庫を調べても分からないと悟り、必要な羊皮紙だけを持ち、部屋に戻って行った。 部屋に戻ってからも、羊皮紙に書いてある事を読み込んでも分からない。 瑠衣はいつの間にかベッドで眠っていた。


 今晩の夕食当番は、仁奈と華だ。 妊婦なので優斗がとても心配していたが、安定期に入っているのだから、少しくらい動かないと反対に身体には悪いと、優斗を説得していた。 2人の様子を楽しく眺めた後、仁奈は瑠衣を呼びに行った。 部屋の扉を開く音で、いつもは反応があるのに、何も反応がない。

 「瑠衣? ご飯だよ」

 ただ広い部屋に瑠衣の姿は無かった。 仁奈はベッドがあるロフトを見上げると、ロフトに足を向けた。 そして、ベッドで寝こけている瑠衣を発見した。

 「あらら。 ご飯も食べないで寝こけるなんて、子供みたい」

 気持ち良さそうに寝ている瑠衣の寝顔に、自然と笑みが零れる。 側に置いてあった羊皮紙の束を見つけ、仁奈は手に取った。 中身を読んだ仁奈の目が見開く。 窓が開け放たれていて、雷神が部屋に入って来ると、仁奈の肩に止まった。

 「これって、エルフの血について書いてあるものばっかりだ」
 『奴さん、ずっと調べてたみたいですぜ。 風神が心配してやした。 根詰め過ぎだってな』
 「そっか」

 優斗と華は何処かのほほんとしてて、なるようになるって感じで生きている。 瑠衣と仁奈は、2人の後ろを当たり前の様に歩いて来た。

 「瑠衣」

 (そうだよね。 瑠衣は胡散臭い笑みを浮かべて、他人と壁を作りがちだし。 小鳥遊しか、親友と呼べる人がいないから、心配だよね)
 「寝かせてあげよう」

 『しょうがない奴』と呟き、瑠衣に掛け布団をかけると、額にキスを落とす。 仁奈は瑠衣を起こさない様に、華たちが待つリビングに降りて行った。 肩に乗った雷神が顔を覗き込んで来る。

 『主、我も調べた方がいいですかい?』
 「ううん、分かっても私たちがする事は決まってるしね」

 エルフの血については何も分からないまま、4人は余生を過ごした。 瑠衣と仁奈は、優斗たちには言わないが、決意した事がある。 もし、優斗と華がエルフの血の事で困った事になれば、絶対に2人と離れない事を。
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