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31話 『新しい王さまとの謁見』

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 数日後、ギルドで預かってもらっていたブレアの遠縁で、英美理似の女性をブレアの家に送って行く事になった。 彼女の本当の名はエミリアだと、故郷のギルドカード情報で分かった。 英美理と一字違いである。

 彼女は、心が幼子の様になっていた。 保養所か修道院に預けるかと話し合っていたが、ブレアが預かると申し出て来たのだ。 自分たちの面倒を見ると言ってくれたのが、エミリアしか居なかったからだ。

 「少しでもこの子の気持ちに報いてあげたいんだ。 わしらも年だし、短い期間だけだろうけどな」

 少なからず、魔族に操られ、心を失くす者が出る事は、この世界では常識だ。 魔族と人間、魔族同士の戦いで下僕にされ、魔族が死ぬと下僕は魔族の呪縛から解放される。 しかし、解放された下僕は、心が壊れる。

 不幸な事故だと、ブレアは寂しそうに言った。 保護した子供で年長たちの子が、自分たちも一緒にエミリアを送るとついて来ていた。 そして、今後もブレアを手伝うと名乗り出た。

 ブレアはその子たちも『農場を継ぐ子が出来て助かる』と快く受け入れた。 成人近い子たちなので、自分たちで働く場所を探していたんだろうと思う。 それにテッドに捕まっていた間、エミリアにとても優しくして貰ったのだそうだ。

 「俺たちも近くに住んでるし、いつでも会えるよ」
 
 子供たちの頭を撫でると、嬉しそうに頷いた。
 
 「うん、またね、お兄ちゃんたち! ありがとう」

 手を振ってブレアたちと別れた瑠衣たちは、いつもの日常に戻っていた。 店の裏庭には、相変わらず保護した子供たちが、瑠衣たちを手伝いながら暮らしている。 スラム街の整備にまだ王家は着手していなかった。

 瑠衣たちは明日、王宮へ褒賞を貰いに、王都へ行く事になっていた。

 ――隠れ家では、華が作った服を着た等身大の立体映像を見つめている面々がいた。
 
 3体の立体映像は、煌びやかな舞踏会で貴族が着る様な衣装を身に纏い、モデル立ちしている。 瑠衣たちは、眉を顰めて自身の立体映像を見つめた。 瑠衣と優斗の衣装は、フロックコートの袖口と襟元にレースが使われ、ひらひらしたクラバットを見つめてげんなりしている。

 優斗の衣装は、銀色を基調としているが、差し色に桃色が使われていた。 瑠衣の衣装は黒色に赤と、クールに仕上がっている。 仁奈の衣装は、いつもの様にスリットが入った足を出したセクシーな物ではなかった。

 流石に王さまと謁見する事を考え、肩は出ているが、エーラインのドレス全体に刺繍が施されている。 腰のベルトは瑠衣の色と合わせた黒を使っていた。 立体映像は、瑠衣があげたネックレスをしていないが、合わせるといい感じになるだろうなと思われた。 瑠衣はチラリと優斗の方を見た。

 「華、どうしてもこれを着ないと駄目なのか?」

 自身の立体映像を見た優斗は、ひらひらした衣装を着た自身を想像したのか、青ざめていた。 優斗が華を振り返って目を見開く。 華はもう既にドレスを身に纏っていた。

 レース編みの生地をふんだんに使い、桃色のふんわりとしたドレスを身に纏っている。 耳元に差した髪飾りも似合っていて可愛いらしい。 優斗の刺し色と同じ色だ。 華の腰に巻いているリボンは、優斗と同じ色の銀色だった。

 「あ、もしかして、俺と華の衣装、色を合わせてる?」
 「うん。 フィンに合わせた方がいいって言われて、そうしたの。 瑠衣くんと仁奈の色も合わせてるよ」

 側で話を聞いていた瑠衣は、自身の立体映像と仁奈の立体映像を見比べて納得した。

 「そうだな。 こっちの方がカップルに見えるよな。 貴族とかって自分の髪の色とか、瞳の色のドレスを相手に着せるんだろう?」
 「うん、そうみたい。 私たちはそれ出来ないけどね。 同じ色だから」

 瑠衣の質問に、華が笑顔で答える。 優斗の『駄目なのか?』と言う問いに誰も答えなかったので、フィルが優斗を諭していた。

 「ユウト、大人しく着なよ。 王さまに会うのでしょ? ちゃんとした格好をした方がいいんじゃない? それに、謁見の後の舞踏会にも出るんでしょ? それくらいの衣装は来た方がいいね。 ぼくたちはこっそりと舞踏会にお邪魔するね」
 
 フィンが両手を合わせてうっとりと瞳を潤ませた。
 
 「絶対にすっごい美味しものが出るわ! 楽しみっ! あ、それとお城は帯剣、武器の持ち込みは禁止されてるわよ」

 そう言うフィルとフィンも、貴族の子供が着るような衣装を着ていた。 フィンとフィルの話に瑠衣たちは、深い溜め息を吐いた。 2人の目当ては、舞踏会に出る食事らしい。

 正直、着慣れない服は気恥ずかしいが、瑠衣は自身の立体映像に近づき、服の袖を引っ張った。 すると、立体映像が着ていた服が瑠衣の手に落ちて来る。 瑠衣の立体映像は、Tシャツと短パンだけになっても、モデル立ちしていた。

 「優斗、しょうがないだろう。 大人しく着るぞ。 今日一日の事だしな。 それも数時間だ」

 瑠衣は着替える為にリビングを出る時、華に近づいて耳元で囁いた。 優斗も目ざとく、瑠衣の様子に気づいた。 華に近づくと、優斗が瑠衣の背後に立つ。 長身の2人に近寄られ、華は圧に頬を引き攣らせていた。

 「華ちゃん、例のアレ出来た?」
 
 瑠衣の話の内容に、華は高速で頷いた。
 
 「バッチリよっ! 楽しみだねっ、瑠衣くん!」

 華が一番楽しみしている様子に瑠衣が怯んだ。 2人の様子に何かを企んでいるのかと、優斗が眉を顰めたのが分かった。 優斗の不穏な空気が瑠衣の背中に突き刺さる。

 「華、瑠衣。 何を企んでるんだ?」
 「「内緒だっ」」
 
 瑠衣と華の声が揃い、優斗が分かりやすく嫉妬する。
 
 「妬くなよ、優斗。 変な事は頼んでないからっ」

 優斗は『本当か』と疑わしい目で瑠衣を見てくる。 仁奈とフィル、フィンは3人がコソコソと話している様子を不思議そうに首を傾げて見ていた。 身支度を整えると、瑠衣たちは風神が牽く馬車で王宮まで向かう事にした。 今回、雷神はお留守番だ。

 ――優斗たちは、王都の近くの街まで転送魔法陣で移動し、そこから風神が牽く馬車で王城に向かった。
 
 馬車から降りた仁奈たちは、王城が元通りになっている事に感嘆の声を上げた。 仁奈の後に、優斗の手を借りて降りて来た華の顔色が悪い。

 「華? 大丈夫?」

 顔を青ざめさせた華は力なく微笑んだ。 華の肩を抱いて支えていた優斗が心配そうに顔を覗き込んでいる。

 「華、もう帰るか?」
 「大丈夫、ちょっと馬車酔いしただけだからっ。 少し休めば治るから」
 「私らちょっと、お手洗いに行って来るから」
 「分かった。 無理そうなら、今日は帰ろう」

 瑠衣の指示に仁奈は頷いた。 お手洗いに入ると、華は直ぐに個室に駆け込んだ。 吐いている様だ。 今日はもう帰るしかないかと思ったが、個室から出て来た華はスッキリした表情をしていた。 フィンが華の様子を見るとホッと安堵した。

 「ハナ、もう大丈夫みたいね」
 「うん、心配かけてごめん。 吐いたらスッキリした」
 「本当に大丈夫?」
 「うん」

 にっこり微笑む華は、本当に大丈夫の様だ。 お手洗いを出ると、仁奈たちは呆然と固まった。 どちらから来たのか分からなくなったからだ。 廊下は延々と同じ景色で、左右どちらも伸びている。

 (う~ん、どっちから来たっけ?! 分からないっ)
 「ニーナ、ハナ。 これは迷子になちゃったわね」
 「ごめん」
 「私も気持ち悪くて下向いてたし、道見てなかった」
 (瑠衣に連絡取るかなっ)

 どうするか迷っていた仁奈たちの背中に、偉そうな声が突き刺さった。

 「おい、お前ら。 廊下を塞ぐな。 邪魔だろう」

 言われた事は、当然の事なのだが、声に途轍もなく厭味が入っている。 振り返った仁奈たちは、声の主を見て目を見開いた。 仁奈たちの視線の先に居たのは、金髪碧眼の美貌の貴公子だった。

 (うわっ! すっごい美形っ!)

 身なりの良い服装から、どこぞの貴族だと思われる。 チラリと隣の華を見ると、ぽか~んと口を開けて美貌の貴公子を見つめている。 何も言わない仁奈たちを見て、美貌の貴公子はぼそりと呟いた。

 「お前ら、私の事が誰なのか、分からないのか」
 「えっ」
 
 仁奈は何処かで会ったかなと首を傾げた。 華とフィンも言われた事に心当たりが無い様だった。
 
 「あの私たち道に迷ってしまって、謁見の間の待合室はどちらですか?」

 何かを察したのか美貌の貴公子は、仁奈たちを上から下まで眺めまわした。 その視線に仁奈たちは、内心で小さく悲鳴を上げた。 更に、美貌の貴公子は嫌な笑みを浮かべた。

 「謁見の間なら、こちら側を真っ直ぐ行って右へ折れろ。 その先にある」

 美貌の貴公子は背後を指さすと、親切にも教えてくれた。 しかし、親切に教えてくれはしたが、貴公子の態度はとても偉そうだった。 美貌の貴公子はそれだけ言うと、もう仁奈たちには見向きをしないでさっさと行ってしまった。

 「また、後でね。 羽根飛び団の方たち」

 美貌の貴公子が呟いた言葉は、仁奈たちには聞こえなかった。 仁奈たちは、貴公子に教えてもらった方向を歩いて行った。

 ――仁奈たちは瑠衣たちと無事に合流した。
 
 優斗は、華がスッキリした表情で戻って来て、心底ホッとした様だった。 待合室では少し待たされたが、王との謁見が始まった。 仁奈たちは、謁見の間の扉の前で、固唾を飲んで自分たちが呼ばれるのを待っていた。 緊張が走る中、王宮付きの侍従が羽根飛び団を呼び出す声が、謁見の間に響く。

 「次の謁見者は、魔道具の街のギルド所属、冒険者パーティー『羽根飛び団』です」
 
 侍従の後に、王さまの重々しい声が響く。
 
 「通せ」

 王の入室の許可の後、謁見の間の扉が重厚な音を立てて開かれる。 仁奈たちは入り口で一礼すると、瑠衣と優斗が先に前へ進む。 その後ろを、仁奈と華が続いた。 フィルとフィンの2人は、待合室で待つ事にした。

 瑠衣と優斗が歩く姿に集まっていた貴族たちから、ほうっという溜め息が零れる。 銅色の髪に薄茶色の瞳、平民の色だというのに、王子の様なキラキラとした容姿。 貴公子の様な雰囲気に、立ち並ぶ令嬢から熱い眼差しを受けていた。 そして、後ろを歩く仁奈と華には、令嬢から厳しい瞳が刺す。

 (まぁ、こうなるかな、とは思ってたけどね。 それにしても露骨)

 仁奈と華にも、高位貴族の子息から熱い眼差しを浴びていた。 目ざとく気づいた瑠衣と優斗が、牽制の為に鋭い視線を送ると、怯んだ貴族子息が視線を逸らした。 令嬢方は、2人から流し目を受けたと勘違いした者もいたが、直ぐに冷たい視線を浴び、顔を引き攣らせている。

 前を歩く2人から不穏な空気が染みだしていた。 仁奈は呆れた様に息を吐くと、右側で並んで歩く華をチラリと見た。

 (もうちょっと穏便にしなさいよっ! まぁ、今日の華はとても可愛いもんね。 王子も気が気でないよね)

 考え事をしながら歩いていた仁奈の背中に悪寒が走った。 また、令嬢からの厳しい視線かと思ったが、違った。 ヌメリとした視線が刺した方向に目を遣ると、金髪碧眼の第一王子が仁奈を舐めるように見ていた。

 (ひぃっ! あ、あれ? あの人?! さっき、道を教えてくれた人! てっきり、どこぞのお貴族様かと思ってたっ)

 瑠衣も、仁奈への第一王子の視線に気づいたようで、王子に黒い笑みを向けた。 瑠衣の黒い笑みは『人の女、変態な目で見てんじゃねぇよ』と言っていた。 王子も瑠衣の視線を受け、不敵な笑みを浮かべた。

 (王さまの横に立ってるって事は、あの人、本物の王子さまなの?!)

 華も気づいたようで間抜けな顔で王子を眺めていた。 仁奈と華の様子で、瑠衣と優斗は『王子と顔見知りなのか』と視線で問うてきた。 仁奈と華は目を細めて顔を横に振った。

 (あ、何か途轍もなく嫌な予感がするっ)

 王の前まで進むと、4人は膝まづいた。 羽根飛び団のリーダーとして、優斗が王へ挨拶を述べる。 数日前から仁奈たちは、フィンに教えてもらい、ずっと練習を重ねていた。

 歩き方から、礼の仕方、スマートに一連の作法が出来るまで続き、フィンとフィルの特訓はスパルタだった。

 フィン曰く『これくらいちゃんと出来ないと、王侯貴族から馬鹿にされるわよ』と鼻息荒く言われ、フィルからは『貴族は基本、平民を馬鹿にしてるからね。 ちょっと出来るぐらじゃ駄目だよ』と問答無用で叩きこまれた。 フィルとフィンのスパルタな指導のお陰で、馬鹿にされている雰囲気はなかった。

 謁見の間に、優斗の少し低い声が響く。

 「お初にお目にかかります、カラブリア王。 並びに、第一王子殿下、侯爵様方。 皆様のご尊顔を拝し、至極恐悦に御座います。 此度は、先の功績を称えていただき、褒賞を賜れるとの事、身に余る光栄に御座います」
 「褒美が遅くなってしまってすまない。 この3年は立て込んでいてな、そちらに構えなかった。 改めて礼を言おう。 大儀であった」
 「お褒めのお言葉、ありがたく頂戴します。 ですが、褒賞の内容を確認致しましたところ、恐れ多くも受け取れぬものが御座います」
 
 優斗の言葉に王は『ほう』と呟くと、大臣をチラリと見た。
 
 「それはどれだ?」
 「はい、私たち4人は婚姻済みです。 私と華、瑠衣と仁奈は既に婚姻を結んでおります。 ですので、褒賞である侯爵位と爵位に相応しい花嫁を、恐れながら辞退致します。 勿論、華と仁奈が侯爵子息、伯爵子息に嫁ぐことも叶いませんので、こちらも辞退致します」
 「なるほど、それはこちらの調査不足だな。 分かった。 では、」
 「お待ちくださいっ! 陛下っ!」

 大臣が青ざめて王を止めに入った。 仁奈は優斗の言葉に信じられないと、呆気に取られていた。 俯いているので、誰にも気づかれてはいないが、仁奈は内心ではもの凄く狼狽えていた。

 (えっ! 何でそんなウソを! 私と瑠衣はまだ結婚してないよっ。 ってか、プロポーズもまだなんですけどっ)
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