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28話 『もう手を止めない』
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「じゃ、やろうか。 僕と、ルイさんとユウトさんで、魔王争奪戦を!」
「ベネディクトの時も思ったけど、俺、魔王になりたいとか思ってないんだけどっ」
優斗のセリフに、瑠衣から乾いた笑い声が漏れる。 テッドとの闘いが始まった。 テッドは余裕なのか、以前、不敵な笑みを浮かべている。 黒い弓を取り出したテッドは、全身から黒いオーラが染みだし、瞳も妖しい光を宿らせていた。
瑠衣は優斗と視線を合せると頷き合い、いつもの様に優斗は飛び出して行った。 瑠衣も続いてサポートの為に、優斗と動きを合わせる。 優斗が飛び出してきたタイミングで、テッドが黒い風を纏った矢を放つ。
瑠衣の目の前で、優斗は木刀で難なく、黒い風を纏った矢を真っ二つにした。 直ぐ後に、優斗から逸れて瑠衣の方に、もう一発、黒いオーラが飛んでくる。
既に弓を構えていた瑠衣。 射ち落す為に、風の矢を放つ。 風の矢と黒い風の矢が正面衝突し、両方とも霧散した。 瑠衣の左目の前に魔法陣が光る。 テッドの黒い心臓を確認した。
「優斗! 黒い心臓は左胸だ!」
「了解っ!」
優斗がテッドに向かって氷を纏った木刀を突き出す、テッドは優斗の突きをかわして後方に飛んだ。 黒い鎌を創り出し、複数の黒い刃を放って来た。 優斗は左右に避けながら、白いマントをはためかせ、テッドまで駆け抜けていく。 瑠衣の方にも飛んできた黒い刃を風の矢で消し飛ばしていった。
風圧が、壊れた建物が瓦礫となって転がるスラム街を吹き抜けていった。 更にテッドと間合いを詰めた優斗は、左胸の黒い心臓を狙って突きを繰り出す。
しかし、テッドの身体は歪んで優斗の攻撃を難なくかわした。 瑠衣は複数の風の矢をテッドに向けて飛ばしたが、風の矢もテッドの身体を通り抜けていった。
優斗と瑠衣から距離を取ったテッドが大きく黒い鎌を振ると、巨大な黒い刃を創り出した。 何かに気づいた優斗がハッとして瑠衣を振り返った。
「瑠衣! 離れろっ! 華、結界を強化しろっ!」
優斗が同じくらいの氷の刃を創り出し、優斗とテッドは同時に氷の刃と黒い刃を相手に飛ばした。 優斗の指示に華の結界がキラキラと輝き、強化されていく。
巨大な氷の刃と黒い刃は衝突し、火花を散らしながら力の押し合いをした後、弾けて霧散した。 衝撃で空気が震える。 周囲に霧散した煙が大量に舞い、壊れたスラム街に広がり、視界が悪くなった。
「デカすぎて脆すぎたかっ!」
「優斗、伏せろっ!」
煙が立ち込めている向こう側から、何かキラリと、複数が光る。 何かは直ぐに分かった。 複数の黒い刃が瑠衣と優斗に向かって飛んできたのだ。 フィルの緊迫した声が飛ぶ。
「ルイ! くろいやいばにあたったら、だめだよっ! ユウトはエルフのちをのんでるから、やみにおちないけど、ルイはなんとかよけてっ!」
瑠衣は『エルフの血』という言葉に眉を顰めた。
「エルフの血?」
飛んできた黒い刃を複数の風の矢で消し飛ばし、瑠衣は呟いた。 瑠衣の疑問の呟きが聞こえたのか、優斗が苦笑を零した。
「その話は、テッドの件が片付いたらなっ!」
降り注ぐ黒い刃に、瑠衣と優斗は『まじかっ』と慌てて応戦した。 黒い刃を避けながら、瑠衣は3年前の事を思い出していた。
(そう言えば、優斗が悪魔に自身を取りつかせた時に、エルフの血がどうとかって言ってたな。 あの時は緊急だったし、何も突っ込んで聞かなかったけど。 そんな事、すっかり忘れてたっ)
「後で絶対に教えろよ!」
「ああ」
(今は、テッドを倒す事に集中しないとっ)
――スラム街の騒音は、魔道具の街中に轟いていた。
魔道具の街にあるギルドでは、スラム街へ偵察にいったギルド職員から、バルドが現状の報告を受けていた。 バルドが待機しているのは、ギルドの客室だ。 客室は、中央に応接セットがあるだけだった。
「何人かで偵察に行ってきました。 魔族と魔族の長と思われる少年と、ユウトたち、『羽根飛び団』のメンバーが交戦している様です。 スラム街ですが、どちらの仕業かは分かりません。 闘いの最中で崩壊された模様です。 しかし、我々が行っても邪魔になるかと」
バルドが厳しい瞳で報告したギルド職員を睨みつけた。
「それでも行かないと駄目だろう。 ユウトたちだけに任せる事は出来ん。 討伐隊を編成するぞ。 レベルの高い冒険者たちを集めてくれ」
「はい。 あ、それと魔族の中に見知った冒険者と魔道具の住人が居たと、報告がありました」
バルドの目が見開いた後、目を細めて呟いた。
「そうかっ。 分かった、編成を急げ」
ギルド職員がバルドに一礼すると、直ぐに部屋を出て行った。 一緒に連れてこられたボルドは、顔を青ざめさせてソファーに座っている。 いつもの明るい様子がない。 自身の情けない息子の様子に、バルドは小さく息を吐いた。
「ボルド、お前も準備しておけ。 編成が整い次第行くぞ」
ボルドは青ざめながら、厳しい父の指示に決然とした表情で大きく頷いた。
(まぁ、今から行っても間に合わないだろうがな。 また一つ、ユウト達への褒賞が増えたな)
バルドは、窓辺によりスラム街がある方向を見て、深い溜め息を吐いた。 ボルドも父に習い窓の外に目をやる。 ボルドの瞳に友人2人を心配する色が滲んでいた。
――瑠衣と優斗は、黒い刃が降り注ぐ中をかいくぐっていた。
左右、上下と身体を思いっきり使って、黒い刃を避けていた。 テッドは瑠衣と優斗に、攻撃させないようにしているらしい。 しかし、いつかは魔力切れを起こす前に辞めるだろうと思い、2人はじっと機会を伺っていた。 後方では、仁奈たちが下僕たちを相手にしている騒音が響いている。
(くそっ! 攻撃が止まないなっ。 どんだけ魔力があるんだよっ!)
「優斗! このままじゃまずいっ!」
「ああ、あれをやる。 瑠衣、援護してくれっ!」
「分かった!」
優斗が動きを止め、木刀を地面に突き刺した。 瑠衣は優斗の前に立ちふさがり、降り注ぐ黒い刃に矢を向けた。 矢の周囲に風を纏った矢が複数を出現し、黒い刃に向かって放たれた。
瑠衣の魔法で起きた暴風にサラサラの髪が揺れ、白いマントが煽られる。 瑠衣の瞳に魔力が宿る。
『黒い刃を全て射ち落とせ!!』
複数の風の矢が放たれた。 複数の黒い刃を射ち落とした後、続けざまにテッドへ向けて風の矢を放った。 背後で優斗の深い息遣いが耳に届く。 テッドが優斗に気づき、眉を顰めた。
優斗から冷気が漂った後、桜の花びらが舞い、マントがはためく。 凍結魔法が放たれ、スラム街が氷の世界に変わった。
湧き出ていた下僕たちは全て、身体から氷の棘を突き出して凍りついた。 そして、1本の氷柱が従魔の背に乗ったテッドを追いかけていく。 テッドは寸前で凍結魔法に気づき、ロイを呼んだのだ。 氷柱は、テッドが放った黒い刃に壊されてしまった。 瑠衣と優斗は悔しそうに舌打ちをした。
「くそっ! 無理だったかっ!」
「でも、下僕はもう打ち止めだ! 全員、凍りついたみたいだぞ」
チラリと仁奈たちの方を見ると、優斗も瑠衣に倣い、仁奈たちの方を見た。 仁奈と華、フィンは荒い息を吐いて闘いを止めていた。
「華、そこから動くなっ!」
「皆は結界の中にいてくれっ! こっちにくんなよっ!」
ロイの背から降りたテッドは、顔を青ざめさせていた。 先程まで浮かべていた余裕の笑みがない。 黒い刃を使い過ぎたのか、まだ幼い身体には厳しかった様だ。 それでも、テッドは攻撃の手を緩めなかった。
優斗の瞳が光る。 一気にテッドと間合いを詰めた。 テッドの黒い心臓を狙って突きが繰り出されるが、再びテッドの身体が歪み、優斗の突きがすり抜けたと思った。 しかし、優斗の突きはテッドの脇腹を掠った。
テッドから叫び声が上がる。 優斗の手が止まった。 魔族だと言っても、子供の叫び声は攻撃の手を躊躇ってしまう。 瑠衣も構えていた弓を下ろした。 後方で仁奈たちが息を呑む音が耳に届く。
次の瞬間、黒い矢が優斗の横を横切って放たれた。 腕を下ろした瑠衣の心臓に向けて、飛んでくる。
「瑠衣っ!」
仁奈の叫ぶ声が響く。 誰もが瑠衣が射たれたと思った。 瑠衣はテッドの叫び声に動けなくなり、黒い矢が自分に向かって飛んできた情景をスローモーションで見ていた。 テッドがニヤリと笑みを浮かべた後、『ちっ』と舌打ちをした。
瑠衣もやられたと思ったが、横合いから蹄の足音が耳に届いた後、風神に突き飛ばされた。 瑠衣は凍った地面を滑り、壊されたスラム街の瓦礫の側に転がった。 起き上がって風神を見ると、腹に黒い矢が突き刺さっていた。
「風神っ!」
風神が痛そうに顔を歪めている。 瑠衣は風神に駆け寄り、黒い矢が煙の様に消えた後、傷口を見た。 傷は思ったよりも深くなかった。 しかし、風神は身体を振って瑠衣を推しとどめる。
「お前っ、大丈夫なのか?! 闇にっ」
『大丈夫だっ、我は主さまの使いだからな。 主さまの加護がある。 主、気を緩めるでないっ! あやつはもう、子供ではない。 魔王候補の魔族だっ!』
風神に叱咤されて、瑠衣は瞳に力を宿らせた。 仁奈たちを振り返ると、言わなくても分かった様で、仁奈が駆け寄って来た。
「大丈夫、風神の手当は任せて! ちゃんとこっちで看てるから」
「頼んだっ!」
優斗はフィルに叱咤されて再びテッドと向き合っていた。 駆け寄った優斗の表情は硬かった。
「風神は大丈夫だったか?」
「ああ、大丈夫だ。 意識もあったし、傷もそんなに深くなかった」
「そうか、良かった」
優斗の上からフィルの声が降りて来た。
「ルイ、ユウト。 テッドはこのあとも、さっきみたいなことをしてくるとおもう」
瑠衣と優斗はフィルの声に大きく頷いた。
「ああ、分かってるよ。 フィル」
「そうだな。 さっきはまじで死ぬかと思った。 でも、もう大丈夫だ。 もう手を止めない」
瑠衣と優斗の目の前には、今までとは違う容貌のテッドがいた。 テッドの意志よりも、悪魔の意志の方が前に出て来たようだ。 身体と精神も幼いテッドの中に、悪魔を留める事は難しい様だった。
「もうそろそろ、勇者の力を渡してもらおうか」
テッドはニヤリと作った様な笑みを浮かべて宣った。 瑠衣と優斗、フィルはテッドの様子に嫌な予感がしてならなかった。 そして、次の攻撃で決着をつけると、合図を送り合った。
「ベネディクトの時も思ったけど、俺、魔王になりたいとか思ってないんだけどっ」
優斗のセリフに、瑠衣から乾いた笑い声が漏れる。 テッドとの闘いが始まった。 テッドは余裕なのか、以前、不敵な笑みを浮かべている。 黒い弓を取り出したテッドは、全身から黒いオーラが染みだし、瞳も妖しい光を宿らせていた。
瑠衣は優斗と視線を合せると頷き合い、いつもの様に優斗は飛び出して行った。 瑠衣も続いてサポートの為に、優斗と動きを合わせる。 優斗が飛び出してきたタイミングで、テッドが黒い風を纏った矢を放つ。
瑠衣の目の前で、優斗は木刀で難なく、黒い風を纏った矢を真っ二つにした。 直ぐ後に、優斗から逸れて瑠衣の方に、もう一発、黒いオーラが飛んでくる。
既に弓を構えていた瑠衣。 射ち落す為に、風の矢を放つ。 風の矢と黒い風の矢が正面衝突し、両方とも霧散した。 瑠衣の左目の前に魔法陣が光る。 テッドの黒い心臓を確認した。
「優斗! 黒い心臓は左胸だ!」
「了解っ!」
優斗がテッドに向かって氷を纏った木刀を突き出す、テッドは優斗の突きをかわして後方に飛んだ。 黒い鎌を創り出し、複数の黒い刃を放って来た。 優斗は左右に避けながら、白いマントをはためかせ、テッドまで駆け抜けていく。 瑠衣の方にも飛んできた黒い刃を風の矢で消し飛ばしていった。
風圧が、壊れた建物が瓦礫となって転がるスラム街を吹き抜けていった。 更にテッドと間合いを詰めた優斗は、左胸の黒い心臓を狙って突きを繰り出す。
しかし、テッドの身体は歪んで優斗の攻撃を難なくかわした。 瑠衣は複数の風の矢をテッドに向けて飛ばしたが、風の矢もテッドの身体を通り抜けていった。
優斗と瑠衣から距離を取ったテッドが大きく黒い鎌を振ると、巨大な黒い刃を創り出した。 何かに気づいた優斗がハッとして瑠衣を振り返った。
「瑠衣! 離れろっ! 華、結界を強化しろっ!」
優斗が同じくらいの氷の刃を創り出し、優斗とテッドは同時に氷の刃と黒い刃を相手に飛ばした。 優斗の指示に華の結界がキラキラと輝き、強化されていく。
巨大な氷の刃と黒い刃は衝突し、火花を散らしながら力の押し合いをした後、弾けて霧散した。 衝撃で空気が震える。 周囲に霧散した煙が大量に舞い、壊れたスラム街に広がり、視界が悪くなった。
「デカすぎて脆すぎたかっ!」
「優斗、伏せろっ!」
煙が立ち込めている向こう側から、何かキラリと、複数が光る。 何かは直ぐに分かった。 複数の黒い刃が瑠衣と優斗に向かって飛んできたのだ。 フィルの緊迫した声が飛ぶ。
「ルイ! くろいやいばにあたったら、だめだよっ! ユウトはエルフのちをのんでるから、やみにおちないけど、ルイはなんとかよけてっ!」
瑠衣は『エルフの血』という言葉に眉を顰めた。
「エルフの血?」
飛んできた黒い刃を複数の風の矢で消し飛ばし、瑠衣は呟いた。 瑠衣の疑問の呟きが聞こえたのか、優斗が苦笑を零した。
「その話は、テッドの件が片付いたらなっ!」
降り注ぐ黒い刃に、瑠衣と優斗は『まじかっ』と慌てて応戦した。 黒い刃を避けながら、瑠衣は3年前の事を思い出していた。
(そう言えば、優斗が悪魔に自身を取りつかせた時に、エルフの血がどうとかって言ってたな。 あの時は緊急だったし、何も突っ込んで聞かなかったけど。 そんな事、すっかり忘れてたっ)
「後で絶対に教えろよ!」
「ああ」
(今は、テッドを倒す事に集中しないとっ)
――スラム街の騒音は、魔道具の街中に轟いていた。
魔道具の街にあるギルドでは、スラム街へ偵察にいったギルド職員から、バルドが現状の報告を受けていた。 バルドが待機しているのは、ギルドの客室だ。 客室は、中央に応接セットがあるだけだった。
「何人かで偵察に行ってきました。 魔族と魔族の長と思われる少年と、ユウトたち、『羽根飛び団』のメンバーが交戦している様です。 スラム街ですが、どちらの仕業かは分かりません。 闘いの最中で崩壊された模様です。 しかし、我々が行っても邪魔になるかと」
バルドが厳しい瞳で報告したギルド職員を睨みつけた。
「それでも行かないと駄目だろう。 ユウトたちだけに任せる事は出来ん。 討伐隊を編成するぞ。 レベルの高い冒険者たちを集めてくれ」
「はい。 あ、それと魔族の中に見知った冒険者と魔道具の住人が居たと、報告がありました」
バルドの目が見開いた後、目を細めて呟いた。
「そうかっ。 分かった、編成を急げ」
ギルド職員がバルドに一礼すると、直ぐに部屋を出て行った。 一緒に連れてこられたボルドは、顔を青ざめさせてソファーに座っている。 いつもの明るい様子がない。 自身の情けない息子の様子に、バルドは小さく息を吐いた。
「ボルド、お前も準備しておけ。 編成が整い次第行くぞ」
ボルドは青ざめながら、厳しい父の指示に決然とした表情で大きく頷いた。
(まぁ、今から行っても間に合わないだろうがな。 また一つ、ユウト達への褒賞が増えたな)
バルドは、窓辺によりスラム街がある方向を見て、深い溜め息を吐いた。 ボルドも父に習い窓の外に目をやる。 ボルドの瞳に友人2人を心配する色が滲んでいた。
――瑠衣と優斗は、黒い刃が降り注ぐ中をかいくぐっていた。
左右、上下と身体を思いっきり使って、黒い刃を避けていた。 テッドは瑠衣と優斗に、攻撃させないようにしているらしい。 しかし、いつかは魔力切れを起こす前に辞めるだろうと思い、2人はじっと機会を伺っていた。 後方では、仁奈たちが下僕たちを相手にしている騒音が響いている。
(くそっ! 攻撃が止まないなっ。 どんだけ魔力があるんだよっ!)
「優斗! このままじゃまずいっ!」
「ああ、あれをやる。 瑠衣、援護してくれっ!」
「分かった!」
優斗が動きを止め、木刀を地面に突き刺した。 瑠衣は優斗の前に立ちふさがり、降り注ぐ黒い刃に矢を向けた。 矢の周囲に風を纏った矢が複数を出現し、黒い刃に向かって放たれた。
瑠衣の魔法で起きた暴風にサラサラの髪が揺れ、白いマントが煽られる。 瑠衣の瞳に魔力が宿る。
『黒い刃を全て射ち落とせ!!』
複数の風の矢が放たれた。 複数の黒い刃を射ち落とした後、続けざまにテッドへ向けて風の矢を放った。 背後で優斗の深い息遣いが耳に届く。 テッドが優斗に気づき、眉を顰めた。
優斗から冷気が漂った後、桜の花びらが舞い、マントがはためく。 凍結魔法が放たれ、スラム街が氷の世界に変わった。
湧き出ていた下僕たちは全て、身体から氷の棘を突き出して凍りついた。 そして、1本の氷柱が従魔の背に乗ったテッドを追いかけていく。 テッドは寸前で凍結魔法に気づき、ロイを呼んだのだ。 氷柱は、テッドが放った黒い刃に壊されてしまった。 瑠衣と優斗は悔しそうに舌打ちをした。
「くそっ! 無理だったかっ!」
「でも、下僕はもう打ち止めだ! 全員、凍りついたみたいだぞ」
チラリと仁奈たちの方を見ると、優斗も瑠衣に倣い、仁奈たちの方を見た。 仁奈と華、フィンは荒い息を吐いて闘いを止めていた。
「華、そこから動くなっ!」
「皆は結界の中にいてくれっ! こっちにくんなよっ!」
ロイの背から降りたテッドは、顔を青ざめさせていた。 先程まで浮かべていた余裕の笑みがない。 黒い刃を使い過ぎたのか、まだ幼い身体には厳しかった様だ。 それでも、テッドは攻撃の手を緩めなかった。
優斗の瞳が光る。 一気にテッドと間合いを詰めた。 テッドの黒い心臓を狙って突きが繰り出されるが、再びテッドの身体が歪み、優斗の突きがすり抜けたと思った。 しかし、優斗の突きはテッドの脇腹を掠った。
テッドから叫び声が上がる。 優斗の手が止まった。 魔族だと言っても、子供の叫び声は攻撃の手を躊躇ってしまう。 瑠衣も構えていた弓を下ろした。 後方で仁奈たちが息を呑む音が耳に届く。
次の瞬間、黒い矢が優斗の横を横切って放たれた。 腕を下ろした瑠衣の心臓に向けて、飛んでくる。
「瑠衣っ!」
仁奈の叫ぶ声が響く。 誰もが瑠衣が射たれたと思った。 瑠衣はテッドの叫び声に動けなくなり、黒い矢が自分に向かって飛んできた情景をスローモーションで見ていた。 テッドがニヤリと笑みを浮かべた後、『ちっ』と舌打ちをした。
瑠衣もやられたと思ったが、横合いから蹄の足音が耳に届いた後、風神に突き飛ばされた。 瑠衣は凍った地面を滑り、壊されたスラム街の瓦礫の側に転がった。 起き上がって風神を見ると、腹に黒い矢が突き刺さっていた。
「風神っ!」
風神が痛そうに顔を歪めている。 瑠衣は風神に駆け寄り、黒い矢が煙の様に消えた後、傷口を見た。 傷は思ったよりも深くなかった。 しかし、風神は身体を振って瑠衣を推しとどめる。
「お前っ、大丈夫なのか?! 闇にっ」
『大丈夫だっ、我は主さまの使いだからな。 主さまの加護がある。 主、気を緩めるでないっ! あやつはもう、子供ではない。 魔王候補の魔族だっ!』
風神に叱咤されて、瑠衣は瞳に力を宿らせた。 仁奈たちを振り返ると、言わなくても分かった様で、仁奈が駆け寄って来た。
「大丈夫、風神の手当は任せて! ちゃんとこっちで看てるから」
「頼んだっ!」
優斗はフィルに叱咤されて再びテッドと向き合っていた。 駆け寄った優斗の表情は硬かった。
「風神は大丈夫だったか?」
「ああ、大丈夫だ。 意識もあったし、傷もそんなに深くなかった」
「そうか、良かった」
優斗の上からフィルの声が降りて来た。
「ルイ、ユウト。 テッドはこのあとも、さっきみたいなことをしてくるとおもう」
瑠衣と優斗はフィルの声に大きく頷いた。
「ああ、分かってるよ。 フィル」
「そうだな。 さっきはまじで死ぬかと思った。 でも、もう大丈夫だ。 もう手を止めない」
瑠衣と優斗の目の前には、今までとは違う容貌のテッドがいた。 テッドの意志よりも、悪魔の意志の方が前に出て来たようだ。 身体と精神も幼いテッドの中に、悪魔を留める事は難しい様だった。
「もうそろそろ、勇者の力を渡してもらおうか」
テッドはニヤリと作った様な笑みを浮かべて宣った。 瑠衣と優斗、フィルはテッドの様子に嫌な予感がしてならなかった。 そして、次の攻撃で決着をつけると、合図を送り合った。
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