【本編完結】異世界転移したら……。~瑠衣はこういう奴である~

伊織愁

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27話 『魔王争奪戦、再び?!』

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 テッドの従魔であるロイとの闘いが始まった。 ロイが吠えると、何処からともなく下僕が廃墟の床から沸いて出て来た。 少し広いホールの様な部屋、壁の1つが一面ガラス張りになっている。

 ダンスなどのレッスンが出来そうな部屋に、下僕たちがひしめき合う。 下僕たちは、仁奈と華、フィンに向かって攻撃を仕掛けて来た。 華の結界が強化され、キラキラと輝く。 下僕たちは結界に触れると、消し飛んでいった。

 (ちっ! 狭くはないけど、これだけの大人数が闘うには、狭すぎるっ)

 ロイが口を開けて、黒いオーラの球体を口腔内で作り出す。 黒いオーラが放たれ、結界にぶち当たり、稲光が走り、火花が散った。 結界の防御力の限界なのか、振動して悲鳴を上げている。 何とか結界が防ぎ、黒いオーラは弾け飛んで霧散した。

 「瑠衣っ! あの黒いオーラを何発も撃たれたら、結界が持たないっ! 撃たせないようにするぞっ!」
 「了解っ! しかし、なんか武器があればっ」
 「瑠衣くんっ」
 
 華が鞄に手を突っ込むと、瑠衣の弓とそっくりな武器を取り出した。
 
 「これってっ」
 「レプリカなの。 前にレプリカを作った事あったでしょ? 壊されたけど。 もしかしたら、必要になる事もあるかもって思って、また作っておいたの。 でも、レプリカだから、普通の弓と変わらない。 勇者の力に耐えられるか分からないよ」
 「いや、充分っ! すっごい助かるよ。 ありがとう、華ちゃん」

 瑠衣は華から弓を受け取ると、優斗と一緒に結界を飛び出した。 2人の白いマントがはためく。 飛び出した瑠衣と優斗は、沸いて来る下僕を難なく倒して行った。

 隣で優斗が木刀に氷を纏わせ、打ち下ろすと、氷の棘が下僕に降り注ぐ。 下僕たちは氷の棘が突き刺さり、凍結していく。 瑠衣は弓を構え、複数の矢を下僕に向けて放った。

 ロイの黒いオーラの球体が再び作り出される。 優斗が氷の刃を創り出すと、放たれた黒いオーラに氷の刃をぶつけた。 黒いオーラと氷の刃は火花を散らしながら、どちらも引かずに押し合っている。

 「くっ」

 優斗の小さく呻く声が聞こえた。 瑠衣は弓を構え、魔力を流すと、弓は少し軋んだ音を出した。 瑠衣の眉間に皺が寄る。 矢の先にユリを模した魔法陣が展開され、瑠衣の周囲に暴風が起こる。

 軋ませた音を鳴らしながら、矢に風が纏っていく。 白いマントがはためく中、瑠衣は心の中で引き金を引いた。

 『黒いオーラを切り刻めっ!!』

 瑠衣の風の矢が、優斗の氷の刃に命中し、氷の刃を押し込む。 そして、黒いオーラが氷の刃で真っ2つに割れた後、瑠衣の風の矢が黒いオーラを切り刻んだ。

 黒いオーラは散り散りになって霧散した。 闘いの振動で、砂埃が舞う。 瑠衣のレプリカの弓は、小刻みに震えていた。 後、何発、耐えられるか分からない。

 その間にも、下僕はわらわらと沸いて来る。 仁奈が槍を振り回し、下僕を薙ぎ倒していく。 華とフィンも魔道具を発動させて、魔法弾で応戦していた。 瑠衣と優斗は、仁奈たちを眺めると、頷き合った。

 下僕たちは仁奈たちに任せて、瑠衣と優斗はロイに向き合った。 これ以上、黒いオーラを打たせる訳に行かない。 廃墟もこれだけの戦闘で崩れかけている様だ。 天井のあちらこちらで、砂埃が舞っている。

 瑠衣はちらりと英美理似の女性を見た。 女性も瑠衣を見たが、視線が合わない。

 (もう、自我がないのかっ? 何とか、気絶とかさせられないかっ)

 瑠衣は甘いとは思うが、流石に女性を殴れないと、どうしよかと隣で木刀を構えている優斗を見た。 優斗も瑠衣をチラリと盗み見て来た。 考えている事は同じだなと瑠衣は悟った。

 (結城なら、殴れそうなんだけどなっ)

 意思の無さそうな英美理似の女性をどうするかだが、無言で始まった闘いの中で、女性は驚く行動に出た。 瑠衣の弓を構え、矢を向けて来たのだ。 瑠衣は目を見開いて凝視した。

 「ちょっ、」

 瑠衣が制止の声を上げる前に、矢が飛んできた。 女性は弓を射った事が無く、矢は瑠衣に中らず外れ、廃墟の床に突き刺さった。 矢が振動して鈍い音が響く。

 女性の顔は青ざめており、自身の意志で弓を引いている様には見えなかった。 また、ロイが黒いオーラを創り出そうと、口を開けた。 隣で優斗が飛び出す気配を感じた。

 廃墟の床を蹴る音が聞こえる。 一瞬でロイと間合いを詰めた優斗の面が、ロイの眉間に打ち下ろされた。 石頭なのか、もの凄い音が鳴ったが、あまり効いていない様だった。 フィルの声が飛ぶ。

 「ユウト! こいつも、くろいしんぞうをつらぬかないとっ!」
『ちっ』と優斗から舌打ちが鳴らされた。
 「優斗っ! 俺が黒い心臓の位置を特定するから、お前は攻撃に集中しろ!」
 「分かったっ!」

 瑠衣の左目の前に魔法陣が展開される。 瞳にロイの弱点である黒い心臓の位置が示された。 しかし、次の瞬間、女性が放った矢で遮られた。 瑠衣の目の前を複数の矢が空を切り、横切った。

 いつの間にか、死角に入っていたらしい。 全く思わぬ方向から矢が飛んできた。 女性の弓が素人で良かった、と瑠衣は心から思った。

 (あっぶなっ! いつの間に死角に?! 素人だと思って油断してた。 優斗がロイの相手をしている間に、先に弓を取り上げないとっ。 仕方ないっ)

 瑠衣はレプリカの弓を背負うと、女性との間合いを詰めた。 一瞬だった為、咄嗟に動けなかった女性は身体を大きく跳ねさせた。 瑠衣は腹に1発入れると、女性は小さい呻き声を上げて気絶した。 そして、弓を取り戻した瑠衣は、ポテポテを呼んだ。 華の鞄から1体のポテポテが這い出て、瑠衣の側にやって来た。

 「この子を安全な場所にっ!」
 『ギギッ、了解っ、しましたっ、ギギッ』

 ついでにレプリカの弓もポテポテに渡した。 瑠衣の指示に従い、気絶した女性を飲み込むと、腹の中に収め、ポテポテは華の元に駆けていく。

 そして、レプリカの弓を持って華の鞄の中に戻って行った。 後はテッドを倒して、テッドの呪縛から解放するだけだ。 魔族の呪縛から解放された者は、精神が壊れて抜け殻になってしまうが。

 (どうするかは、ブレアさんへ委ねる事になるけどっ。 今は、テッドとロイを倒す事だけを考える)

 瑠衣は周囲を見回し、状況を確認する。 仁奈たちは大量の下僕たちの応戦をしている。 優斗は、ロイに突きを入れようとしたが、避けられてしまった。 瑠衣は優斗のサポートをする為にロイと向き合った。

 ――戦況を別の部屋で見ていたテッドから溜め息が零れた。
 
 1階上に居るテッドの部屋に、階下の騒音が響いていた。 黒いオーラに映し出された映像をテッドは面白くなさそうに口を尖らせた。 最初は年齢にそぐわない大人っぽさを見せていたが、徐々に本来の性格が出て来たようだ。

 テッドは黒いオーラを消すと、立ち上がり、窓に足を掛けた。 そして、下僕たちとポテポテたちが戦っている最中に、テッドは飛び降りた。

 2階から軽々と飛び降りたテッドは、ニヤリと嫌な笑みを浮かべた。 掌を上に掲げると、黒いオーラを染みださせた。 上空で地上の様子を見ていた雷神が一声鳴くと、廃墟の周辺に雷神の鳴き声が響き渡った。 次の瞬間、一斉にポテポテたちがテッドの周囲から蜘蛛の子を散らすように、散り散りに散った。

 掌の上に黒いオーラの球体を創り出したテッドは、地面に投げつけた。 スラム街に地響きが鳴り、黒いオーラが地中ではぜた。 スラム街の地面が揺れ、地割れした隙間から、黒いオーラが飛び出してきた。

 ――雷神の鳴き声は、瑠衣たちの耳にも届いていた。
 
 瑠衣たちは突然の地響きと、建物が崩れる騒音で攻撃の手を止めていた。 ロイは瑠衣たちが動きを止めた隙を付いて、外に飛び出した。

 「やばいっ! 廃墟が崩れるぞっ! 急いで出ろっ!」

 優斗が叫ぶと、瑠衣と優斗はロイの後を追う。 仁奈たちも下僕たちを華の結界で吹き飛ばしながら後に続いた。 瑠衣たちが外に出ると、廃れていたスラム街が、ほぼ壊されていた光景が拡がっていた。 瑠衣たちは、スラム街の人達はどうしたのだろうと、心配そうに顔を歪めた。

 「スラム街の人達は、皆、テッドの下僕に落ちてるから。 正気の人はここにはいないっ!」
 
 仁奈が顔を歪めながら、報告して来た。
 
 「そうかっ」

 そばにある瓦礫の下敷きなったのか、人の足だけが出ていた。 きっと、もっと多くの下僕が犠牲になっていると思われる。 魔道具の街までは壊されていない様で、少しホッとした様に瑠衣たちは息を吐いた。

 テッドが手を振ると、再び下僕がわらわらと沸いて出て来た。 再び仁奈たちが下僕の相手をする事に。 仁奈と華、フィンは直ぐに戦闘態勢に入った。

 「華! 結界から出るなよっ! 鈴木、フィン! そっちは任せたっ!」
 「仁奈、気を付けろよっ! ポテポテ! 後、頼んだっ!」
 
 瑠衣の指示にポテポテたちは、声を合わせて『あい』と手を挙げた。
 
 「了解っ!」
 「ハナの事は任せて」
 「私も頑張るよっ」
 
 瑠衣と優斗と向き合ったテッドから、つまらなそうな声が零れた。 テッドの様子は、いつもとは違い、小さい子供の様だった。 言葉使いも変わっていた。

 「あ~あ、つまらなないな。 簡単に世界樹の武器を取り返したよ。 しかも、気絶させるなんてつまらない方法でさ。 黒い心臓を狙って、どうやって殺すのか見たかったのに。 まぁ、彼女は戦闘が全く出来なかったから仕方ないか。 下僕にしても、利用した後、餌にするつもりだったしね」

 瑠衣と優斗は、テッドの言いように反吐が出そうだった。 5歳で闇に落ちたテッドは、まともな教育が施されているとは考えにくい。 しかも、3年間は身体の再生の為に、魔の森にいたのだ。 今更、常識を解いても聞かないだろうし、理解も出来ないだろう。

 「じゃ、やろうか。 僕と、ルイさんとユウトさんで、魔王争奪戦を!」

 テッドの一人称が僕に変わっていた。 そして、ベネディクトのセリフをそのまま瑠衣と優斗に言い放った。 しかし、ベネディクトの時と違うのは、瑠衣たちが魔族になっていない事だ。

 「ベネディクトの時も思ったけど、俺、魔王になりたいとか思ってないんだけどっ」

 優斗の呟きに瑠衣は内心で苦笑を零した。 しかし、ベネディクトとの闘いで違う事がある。
 
 (あの時は、優斗だけがベネディクトと闘えたけど、今は違う。 優斗だけに魔族との闘いを背負わせないっ!)
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