【本編完結】異世界転移したら……。~瑠衣はこういう奴である~

伊織愁

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25話 『スラム街の廃墟』

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 ユリの形をした魔法石を連ねた腕輪の魔道具に、魔力を流すと淡い光が放つ。 華が作った魔道具は、ノーコンの人間でも、必ず対象に当てられるという仕様になっている。

 浄化の魔法弾を取り込むと、掌にユリを模した魔法陣が展開される。 テッドに浄化の魔法弾が放たれる。 テッドは、余裕の笑みで魔法弾をかわした。

 「その魔法弾には当りませんよ。 同じ手は食いません。 ルイさん、大人しく勇者の力を渡してくださいよ」

 (くそっ! 今の所、使える武器が浄化の魔法弾だけとはっ。 もっと色々な種類の魔法弾を持っとけば良かったっ)

 瑠衣は防具の合わせの懐に手を入れて、残りの魔法弾の数を手探りで確認した。 残り少ない魔法弾にガクッと肩を落とした。 お昼に出かけるだけだった為、狩やダンジョンに潜る時の様に、重装備ではなかった。

 (何とか凌ぐとしても、魔族の力を使われたらお終いだなっ。 仕方ない、弾切れした後は素手で行くかっ)

 瑠衣は『風神! 早く、来てくれっ』と内心で呟き、テッドと対峙した。

 ――風神と合流する少し前。
 
 カフェの前で溜まっていた仁奈たちは、人気のない路地に移動していた。 ネックレスから聞こえてくるテッドの話で、エミリーの正体がテッドだと分かった。 仁奈たちの脳裏に浮かんだのは、ブレアたちの事だ。

 「ねぇ、エミリーさんがテッドだとしたら、ブレアさんたちは? 今、どうしてるの?」
 
 華が真っ青な顔をして呟いた。 そして、華の言葉に全員が固まった。
 
 「鈴木、雷神をブレアさんの所まで飛ばせないか? 念の為、ポテポテを連れて行って欲しいけど」
 「うん、ブレアさんとこなら何度も行ってるし、大丈夫だと思う。 雷神、行けるね」

 『任せなせぃ、主』

 そう言うと、仁奈の肩に乗っていた雷神が地面に飛び降り、そばに居た2体のポテポテが『あい』と同行を名乗り出て雷神の背に乗った。 翼を広げ、広い上空まで飛び上がり、雷神はブレアの家まで飛んでいった。

 「下僕が待ち伏せていても、ポテポテの能力なら大丈夫だろう。 後は、瑠衣が言っていた廃墟だけど。 何処か心当たりはあるか?」

 優斗の質問に、仁奈たちは顔を横に振る。 考えている間も仁奈のネックレスからは、瑠衣とテッドの会話が聞こえてくる。 廃墟と言われ、仁奈は頭を捻り、魔道具の街並みを思い浮かべる。

 「元は貴族の物だったらしい廃墟ね。 というか、廃墟とかって見かけた事ないんだけど」
 「貴族街には、廃墟は無かったわよね? 空き家も無かったんじゃないかしら」

 フィンも首を傾げている。 貴族街はどこも、煌びやかだった。 仁奈たちは路地の奥にあるスラム街には行った事がない。 一般人が気軽に行ける場所でもない上に、とても危険な所だ。 仁奈たちはスラム街に廃墟があるなんて知らない。 だから、誰も思いつかなかった。

 優斗の頭の上で、ハッとしたフィルが声を上げた。 そして、そばにいるポテポテへ視線を向ける。

 「ポテポテ、まどうぐのまちに、はいきょってある?」
 『ギギッ、廃墟なら、あります、ギギッ、ですっ!』

 フィルの質問にポテポテは直ぐに答えた。 相変わらず、語尾がおかしい。 顔を震わせて、怖い話方をする1体のポテポテが『あい』と手を挙げて、仁奈たちに報告して来た。 仁奈は直ぐに食いついた。

 「えっ! それ何処?!」

 ポテポテは顔を震わせて報告して来た。 報告された場所に、仁奈たちはスラム街など思いもつかなかったと、内心で呟いた。

 『ギギッ、スラム街っ、ですっ! ギギッ、我々もっ、あまり、ギギッ、近づきませんっ、ですっ!』

 瑠衣の話を聞きつけ、集まって来たポテポテは、数体で固まり『スラム街、怖いよね』と呟く声が仁奈の耳に届いた。 仁奈たちは、スラム街は魔物モドキでも怖いのか、と眉を顰めた。

 優斗がポテポテの前で膝まづいて真剣な瞳で問いかけた。 風神もポテポテたちと、瑠衣と連絡が取れた事を報告しに路地へやって来た。

 「廃墟の位置は分かるか?」

 ポテポテたちが怖いと言う場所に、瑠衣は今、囚われの身になっているのだ。 ポテポテは優斗の問いに『あい』と手を挙げた。 仁奈はじっとポテポテを盗み見た。

 (瑠衣の言う通り、大量のポテポテを放っていて良かった。 それにしても、スラム街の廃墟にポテポテって似合い過ぎっ)

 「よし、俺は跳躍して走る。 華たちは、風神に乗せてもらってくれ」

 優斗の指示に、仁奈たちは大人しく従った。 優斗の事だから、スラム街と聞いて華たちを置いて行こうとするんじゃないかと思っていたのだ。

 「分かった。 風神、お願いね」
 
 風神は仁奈に頷いて答えた。 華も置いて行かれないようで安心した様な顔をして呟いた。
 
 「置いて行かれないで良かったっ」
 
 (まぁ、王子の性格ではそう思うよね。 瑠衣、待っていて直ぐに行くからね)
 
 華の呟きが聞こえたのか、優斗が苦笑を零した。
 
 「もしかしたら、他にも罠があるかも知れないから。 華には目の届く所に居て欲しい。 廃墟に行っても離れるなよ」
 「うん、分かった」

 華は優斗に大きく頷いていた。 フィンとフィル、仁奈と風神は、華と優斗の様子を目を細めて見つめた。

 「ほら、行くよ。 早く行かないと瑠衣が危ない」

 先頭に廃墟の場所を知っているポテポテが走り、直ぐ後を優斗が銀色の足跡を踏んで跳躍して続く。 優斗の後ろを仁奈と華、フィンを乗せた風神が追った。 フィルは優斗の頭の上に銀色のスライムの姿で、器用にバランスを取って乗っている。

 「テッドが、ぼうけんしゃとおんなのひとを、つれさっているのはまちがいない。 だから、まえよりもつよくなってるかもっ。 それに、ずっとみかけないじゅうまもきになるっ」


 スラム街の外れにある廃墟へ辿り着くと、仁奈たちは周囲を警戒しながら玄関扉まで近づいた。 風神が瑠衣と連絡が取れ、間違いなくこの廃墟に瑠衣が捕まっている事が分かった。

 「ここに間違いないわね。 主さまの武器、世界樹の弓の気配がするわ。 だから、ルイもいるはずよ」
 
 フィンが真剣な顔をして皆を振り返った。
 
 「俺たちが来る事を見越して、下僕を張らせてると思ってたんだけどな。 下僕が見当たらないな。 直ぐにでも攻撃してきそうなもんなのに」
 
 優斗は静かすぎる廃墟に不穏な空気を感じている様だった。
 
 「中に入って探そうよ。 瑠衣を助けに行かないとっ」
 
 優斗が焦って廃墟へ突撃しそうになった仁奈を止めた。
 
 「待て待てっ、鈴木、慌てるな! 中に何人いるか確かめないと」

 優斗が監視スキルで中の様子を確かめている間に、風神は瑠衣と通信をしていた様だ。 安全を確認した優斗が、無言で仁奈たちに合図を送って来た。 優斗の頭の上から飛び降りて、銀色の少年の姿に変わったフィルが玄関の扉を開けた。

 仁奈たちは薄暗い玄関の中に足を踏み入れた。 しかし、ネックレスから聞こえてくる瑠衣とテッドの会話に、仁奈たちの表情が曇っていった。

 『えっ、おま、テッド、親から殺されそうになって、魔族になったのか?』
 『親だと言うそいつらは、魔族になって直ぐに殺してやりましたけどねっ』
 『そうか』

 テッドの吐き捨てるような声、瑠衣の何かを決意した様な声が、薄暗い玄関に暗い空気を落とす。 暗い空気を打ち消すように、フィンが手を打ち合わせて鳴らした軽い音が、廃墟の薄暗い玄関に響き渡った。

 「テッドの境遇には同情するわよ。 でもね、そんな事を言って躊躇していたら、こっちが殺されるわ。 過去2回、魔族候補と闘って分かってるでしょ。 死ぬ間際まで嫌な手を使って来たんだからっ」
 「ああ、分かってるよ」

 優斗が真剣な瞳で頷いた。 優斗の拳が強く握り込まれている様子を見て、仁奈たちも息を呑んだ。 フィンが言った嫌な手とは、魔王候補だったベネディクトが優斗たちに敗れて消滅される間際に、華を高い塔から突き飛ばし事を言っているのだ。

 仁奈の脳裏には、出会った時のテッドの顔が浮かんだ。 従魔が逃げ出して泣きべそになっていた顔だ。

 (分かってる。 どういう状況だったとしても、人を殺めてはいけない。 ましてや、他人の未来を奪って下僕にして操るなんてっ。 テッドはそんな事も分からないうちに、魔族になってしまったんだっ)

 風神から瑠衣の話を聞いて、仁奈たちは瑠衣の弓を探す事にした。 丸腰で戦っている瑠衣の元に早く弓を届けないといけない。 先ずは1階から探す事にした。 フィルたちが主さまの気配を感じる方向に足を向けた。

 ――仁奈たちが瑠衣の弓を探している頃、瑠衣はとても苦戦していた。
 
 魔法弾などで凌いでいたが、それも尽きていた。 瑠衣は仁奈たちが来るのを待ってる場合ではない事を悟った。 切り付けて来たテッドの剣を部屋の端まで飛ばして、瑠衣は『しまった』と、顔を歪ませた。

 (これで、黒い鎌を出されたらまずいっ)

 反射的に瑠衣は飛ばした剣を取りに行った。 使い慣れないが、無いよりましだと、剣を構えた。 テッドはニヤリと笑い、掌から黒い鎌を創り出した。 瑠衣の眉間が深く刻まれる。

 (うげっ、俺、死ぬかもなっ)

 瑠衣はテッドを見据えると、黒い心臓を探した。 瑠衣の左目の前にユリを模した魔法陣が展開される。 テッドに標準を合わせると、テッドの黒い心臓の場所が映し出された。 黒い心臓は、前回と同じく左胸にあった。 テッドの心臓はベネディクトの様に移動しない様だ。

 (この剣では、黒い心臓は貫けないなっ)

 瑠衣の腕が、テッドが魔力を高める気配を感じ、痺れる様に痛み出した。 テッドは黒い鎌を振ると、黒い刃を瑠衣に放って来た。 テッドから黒いオーラが染みだし、廃墟の部屋に漂う。 瑠衣は深呼吸すると、全身に魔力を纏わせた。 剣に魔力を流したが、上手く纏わせられない。

 (流石に、優斗の様に上手くはいかないかっ。 ちっ、黒い刃に当たったらヤバイっ! それならっ)

 剣の刃に稲光が走り、魔力は弾かれた。 瑠衣は剣に力技で魔力を纏わせ、黒い刃に当たる前に剣を投げつけた。 瑠衣の魔力を纏わせた剣と黒い刃がぶつかる。 剣には大量のヒビが入り、ボロボロと砕け、廃れた絨毯の上に散らばった。 黒い刃のオーラも魔力との衝撃で霧散した。

 剣は黒い刃のオーラと、大量の瑠衣の魔力に耐えきれなかった様だ。 ボロボロに砕け散った剣を眺めて、瑠衣から『ちっ』と舌打ちが漏れる。

 (これは、かっこ悪いが敵前逃亡するしかないっ! 優斗たちはもう廃墟の中だっ。 俺も優斗たちと合流するしかないっ)

 瑠衣は身体に魔力を纏わせると、テッドと間合いを詰めて蹴りを繰り出す。 テッドが黒い鎌を消すと、素手での戦いが始まった。

 (よし、乗ってきたっ! 何とか隙を付いて、ここから逃げ出すっ! こんな所で死んでたまるかっ)

 流石にリーチの差で瑠衣の方に軍配が上がる。 テッドは素早く動く事で、リーチの差を埋めようとしてきた。 右ストレートを避けられたテッドが、素早くしゃがみ込んで瑠衣の足を払ってきた。 後ろに下がってテッドの蹴りを避けると、すぐさまテッドが瑠衣の腹を狙って間合いを詰めて来る。

 瑠衣は飛び込んで来るテッドの腹に強烈な蹴りを入れ、テッドをベッドの向こう側まで蹴り飛ばした。 この隙に、閉じ込められていた部屋から飛び出し、瑠衣は仁奈たちと合流する為に、廃墟の廊下を駆け抜けた。

 ベッドを蹴り飛ばして破壊したテッドは、ニヤリと笑い、瞳を怪しく光らせた。 防具についた埃を払うと、自身の従魔と通話を開始した。

 「ロイ、そっちに行ったよ。 手筈通りにね。 私も直ぐに行くから」
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