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23話 『エミリーは、テッド?!』

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 瑠衣は硬いマットの上で目を覚ました。 初めて見る天井に、瑠衣は眉を顰めた。 寝かされている部屋の周囲を見ると、廃墟になる前は豪奢な部屋だったんだろうな、と思わせる雰囲気が漂っていた。 所々に名残が残っている。

 ボロボロの壁紙と絨毯、家具も修繕すれば高く売れそうだ。 奥に衣裳部屋があるのか、両開きの扉が開け放たれ、黄ばんだドレスが見えた。

 起き上がろうしたが、腕を縛られていて身動きが出来なかった。 何故、縛られてこんな場所に閉じ込められているのか分からずに、瑠衣は益々顔を顰めた。

 (ここ何処だ? 俺は確か、エミリーさんとカフェに入ったはずっ。 昼だし、直ぐに戻るつもりだったから酒も飲んでないはずだ。 そうだっ、エミリーさんはどうしたっ。 もしかして、別の部屋に閉じ込められてるっ?! それか、まさかっ)

 周囲にはエミリーの姿は無く、静まり返っていた。 遠くの方で何か物音と呻き声が聞こえ、不気味な雰囲気を漂わせていた。 いつも背負っている弓の感触が無い事で、瑠衣は自身の弓が無くなっている事に気づいた。

 (やばいっ! 武器が無くなってるっ! くそっ、取られたかっ。 どうするっ? どうにかして逃げる方法を考えるんだっ)

 瑠衣が攫われる理由など、勇者の力を奪う為しか思いつかない。 という事は、攫った相手は1人しか思いつかなかった。 瑠衣が考え込んでいた間に、閉じ込められた部屋の扉が開けられ、1人の人物が入って来た。

 入って来た人物を見て、目を瞠り瑠衣はきつく睨みつけた。 瑠衣の視線の先には、妖しい笑みを浮かべるエミリーがいた。 エミリーの手には、瑠衣の弓が握られていた。

 (ちっ! エミリーの姿のままなのかっ!)

 ――瑠衣と別れたフィルは、急いで店に戻った。
 
 店の扉を勢いよく開けると、激しく呼び鈴が鳴り響く。 優斗がカウンターで、1人で店番をしている姿が瞳に映った。 勢いよく開けられた扉の音と、呼び鈴の音で、客が入店して来たと思った優斗が営業スマイルで振り返る。

 「いらっしゃいませ」

 優斗は入って来た相手がフィルだと分かると、一瞬で営業スマイルをひっこめ、瞳を細めて優し気に微笑んだ。

 「おかえり、フィル。 あれ? 瑠衣は? 一緒じゃないのか?」
 
 フィルは、一瞬で営業スマイルをひっこめた優斗を、目を細めて眺めた。
 
 「ルイなら、エミリーさんにお昼へ誘われて2人でカフェに行ったよ。 ニーナには内緒にしなきゃ」
 「えっ、まじで! そっか、あいつどういうつもりでっ」

 優斗は『仕方ないな』と眉を下げた後、親友を慮るような表情をした。 親友だとしても、2人は全てを分かり合っている訳ではないんだな、とフィルは内心で思った。 先程のエミリーを思い出し、どうしようもない不安を感じた事を思い出し、優斗に話した。

 「ユウト。 エミリーさん、ちょっとおかしかったような気がするんだよね。 何処がって訊かれても、上手く説明できないんだけど。 まぁ、ルイに媚びてる様子は気持ち悪かったけど」
 「フィル。 お前の口から、そんな言葉を聞くとはっ」

 一応、フィルはフェミニストで通っている。 女性の悪口を聞いた事がない。 優斗はフィルの『気持ち悪かった』という言葉に反応した様だ。 困惑している優斗を他所に、フィルは見上げると、眉を顰めた。

 優斗は178cm程あり、正直、140cmも無いフィルからすると、目線を合せてしゃがんでくれないと首が疲れる。 フィルは手を上下に振って、優斗に屈めと促した。 素直な優斗は、直ぐに目線を合せて屈んでくれる。 フィルは、淡々と自身の意見を述べた。

 「ただ、エミリーさんの妖しい雰囲気の後、ルイが腕を擦っている様子がちょっとだけ気になって。 魔族の気配はなかったけど、なんか嫌な予感がするんだ。 後を追いたかったんだけど、直ぐに人に紛れてしまって」
 
 優斗は顎に手を当てて、暫く考えて答えを出して来た。
 
 「まぁ、瑠衣ももう子供でもないしな。 でも、フィルの勘も無視できないし。 万が一でも、魔族が関わっていたらまずい。 今からカフェに行ってるなら、1時間もしないうちに帰ってくるだろう。 何処のカフェに行くのか言っていたか?」
 
 フィルは優斗の話に顔を横に振って『ううん』と、返事をした。
 
 「そうか。 もし、瑠衣が昼を過ぎても戻らなくて、連絡が取れなかったら探すことにしよう」
 「うん」

 しかし、フィルの勘は的中した。 瑠衣は昼を過ぎても帰って来なかった。 優斗は店の扉に臨時休業の札を出し、裏庭にいる風神の元に向かった。 暫くして、風神を伴って戻って来た優斗は、暗い顔をしていた。 優斗の様子に、フィルが声を掛けた。

 「ユウト?」
 「フィル、風神が瑠衣と連絡が取れないんだと。 フィルの予感通り、瑠衣に何かあったかもしれない」
 「えっ!」
 (漠然とした不安だけだったのにっ。 ルイと連絡が取れなくなるなんてっ)
 「瑠衣の通信機にも返事がないんだ。 フィル、フィンと連絡を取って華たちにこの事を知らせてくれ。 俺は瑠衣が行きそうな店を書き出すから」
 
 フィルは、優斗の指示に大きく頷いた。
 
 「うん、分かった」
 (フィン、今、何処に居る?)
 『いつものカフェよ。 もう直ぐ食べ終るわ。 どうかしたの? 何かあった?』
 
 フィルの焦った様子から不安を感じ取ったのか、フィンの声が真剣な声に変わった。
 
 (ルイがエミリーさんとお昼に行ったまま戻って来ないんだっ! ルイと連絡も取れない)
 『ええっ! 何でそんな事になってるのっ?!』
 (兎に角、ぼくたちはルイを探しに行く。 エミリーさんの様子にちょっと違和感があったんだ。 もしかしたらエミリーさんは、魔族かもしれないっ!)
 『分かったわ。 わたしたちはどうすればいい?』
 (そのまま店に戻らず、潜伏してるポテポテから情報を訊き出して。 気を付けてね、フィン)
 『了解!! フィルも気を付けてね』

 フィンとの通信を終え、顔を上げると優斗に視線を向ける。 優斗はカウンターで瑠衣の行きそうな店をメモに書き出していた。 真剣な様子の優斗に声を掛ける。

 「ユウト、フィンに伝えたよ。 フィンもポテポテから情報を訊き出して、ルイを探してくれる」
 
 優斗は書き出したメモを手に、真っ直ぐに店の出口に向かった。
 
 「ありあがとう、フィル。 風神は、引き続き瑠衣と連絡を取ってくれ! 何か分かったらポテポテに知らせてくれっ」

 風神は真剣な瞳で頷き、返事を返して来た。 優斗の声に、何処からかポテポテが側に寄って来て『任された』と胸を叩く仕草をした。 ポテポテのやる気に、優斗とフィルは苦笑を零す。 優斗は白いマントを羽織ると、店の入り口に向かう。

 「じゃ、俺たちは瑠衣が行きそうなカフェを当たろう」
 「うん」

 フィルと優斗は店の戸締りをした後、瑠衣の行方を捜す為、魔道具の街に駆け出して行った。 最悪、魔族との闘いになるかもしれないと、フィルと優斗の瞳に警戒の色が滲んでいた。

 ――その頃、フィルから伝令を受けていたフィンが、仁奈と華に事のあらましを話した。
 
 フィルの話が本当だとすると、エミリーが魔族の可能性が出て来た。 仁奈は、瑠衣がエミリーとランチへ行った事に若干の不満を顔に表していた。

 瑠衣の軽率な行動により、こんな事態に陥ったのだから、自業自得だと内心で呟いたが、本音は瑠衣の事が心配でならない。 肩に乗っていた雷神の呟きが仁奈の頭の中で聞こえる。

 『こりゃ、主。 あの女、締めといた方が良かったですぜ』

 (主を姉御みたいに言うなっ! 締めないから!って思ってたけど。 エミリーさんが魔族ならっ、それも考えないとね)

 仁奈の瞳が妖しく光ると、雷神の瞳も光を宿らせた。 仁奈たちは残りのデザートを喉に流し込み、急いでカフェを出た。 暫く市場の中をキョロキョロと見回し、仁奈は前を歩く華に声を掛けた。

 「華、ポテポテって何処に居るのか分かる?」
 
 華が隣でポテポテが潜伏しそうな場所を目指し、歩きながら返事を返して来た。
 
 「うん、大丈夫。 ポテポテ! 出て来て」

 肩掛けの学校指定の鞄のファスナーを開け、華が呼びかけるとポテポテが3体、鞄から這い出て来た。 そして指のない丸い手を『あい』と挙げて3体が横一列に並んだ。 そのタイミングで、仁奈たちも歩みを止める。

 「潜伏してるポテポテの所まで案内して。 えっと、瑠衣くんを見たって子の所に」
 
 するとポテポテは、ギギッと数回、顔を震わせて返事を返して来た。
 
 『ギギッ、はい、こちら、ギギッ、ですっ!』

 3体のポテポテが先頭を小走りで駆け、仁奈たちはポテポテの後を追った。 仁奈とフィンは、複雑な表情でポテポテの後ろ姿を眺めていた。 相変わらず、ポテポテは3等身の縫いぐるみで、顔と身体中に縫い痕のデザインが施され、顔には3つの歪な穴が開いている。

 そして、お揃いの桜とユリの形に加工をした魔法石の腕輪が、指のない丸い腕に光っていた。

 しかも、1体、1体、3つの歪な穴の形状が違うのだと。 華には個々で違いが判るらしいが、仁奈たちには違いが全く分からなかった。

 (相変わらず、『キモかわ』だなっ! 手を挙げる仕草だけは可愛いわっ!)

 ポテポテに案内された場所へ辿り着くと、1体のポテポテがカフェの路地に入っていった。 続いて路地に入ると、そこには優斗とフィルの姿があった。

 「華!」
 「優斗くん! フィルっ」
 「何、王子もここに行き当ったの?」

 仁奈が『王子』と呼ぶ声に、優斗は分かりやすく眉を顰める。 仁奈は優斗の様子に堪らず笑いを零した。

 (相変わらず、『王子』って呼ばれるの嫌がるね)
 
 「ああ、瑠衣の行きそうなカフェを回ってたら、5・6体のポテポテが集まってたから、話を聞いてた」
 
 優斗の足元を見ると、1体のポテポテが『あい』と手を挙げた。
 
 「ポテポテの話だと、ここに瑠衣が女子を伴って来たのは間違いない様だ。 でも、出て行った所は見てなんだと。 瑠衣が出て来たら挨拶しようと、待ち伏せしてたらしいけど」
 「そうなんだ」

 仁奈とフィン、フィルと優斗が何とも言えない様な微妙な表情をした。 しかし、華だけは、にこにこしていた。 時々、社交性のあるポテポテが街中を歩いていると、仁奈たちを見かければ寄ってくる子がいるのだ。

 仁奈たちの店にも遊びに来る子もたまにいる。 そんな時は、ポテポテの頭を撫でてあげると、とても喜ぶ。 ポテポテのそんな所は、とても可愛いと仁奈たちも思っている。

 そして、大量のポテポテが街中に放たれているのだが、魔道具の街の住人にポテポテが見つかった事は、1体もない。

 「じゃ、まだ瑠衣はカフェの中に居るの?」
 
 優斗は仁奈の疑問に、顔を横に振った。
 
 「いや、店の中を確認したし、店員にも訊いたんだけど。 もう、店を出ていて居ないんだよな。 瑠衣に通信も届かないみたいで、返事がないんだ」
 「あっ」

 仁奈は優斗の話を聞いて、自身のネックレスを思い出した。 何故か、首輪が付いてる事を忘れるな、と自身に呆れてネックレスの鎖を持ち上げた。 突如、持ち上げたネックレスから、瑠衣の声が漏れて来た。

 『お前は、誰だ? もしかして、そんな姿をしていて、テッドな訳?』

 瑠衣の声を聞いた仁奈たちは、ネックレスから聞こえて来た内容に、言葉を詰まらせた。 どうやら、フィルの嫌な予感は的中し、瑠衣が最悪の事態に陥っている事が分かった。
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