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22話 『ハニートラップは、忘れた頃にやって来た』
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「「「「「「いただきます!!」」」」」」
胸の前で手を合わせ、朝食を作った人と、自然の恵に感謝の意を表す。 フィルとフィンも、いつも瑠衣たちが食べる前にする習慣には慣れた様で、元気に声を合わせた。 『いただきます』と言った後、朝食当番の瑠衣と優斗が残りの面々に返事を返した。
「「どうぞ、召し上がれ」」
いつもの様に、隠れ家の食堂テーブルに朝食が並ぶ。 メインメニューであるふわふわのオムレツは、自身で言うのもなんだが、思いの外上手く出来たと、瑠衣は一口頬張り笑みを零した。
そして、毎朝の恒例であるミーティングを始めた。 店を始めてからは仕事の進み具合や、素材集めの為の情報交換をし、それぞれの意見も話し合っている。
仁奈には、英美理の事で情けない所を見せているので、今後はしっかりしないと、と瑠衣は気を引き締めていた。 今日の予定表を見て、瑠衣が予定を読み上げる。
「えと、今日はバルドさんの紹介で、午前中に防具のオーダーメイドの打ち合わせが入っているから。 華ちゃんと、」
瑠衣はチラリと向かいに座り、オムレツを美味しそうに咀嚼している優斗を見た。
「優斗も同席するのか?」
オムレツを飲み込んだ優斗が笑いかけて来る。
「勿論。 華はトリップすると、人の話が聞こえなくなるからな。 妄想が飛び過ぎて、途中でトリップされたら相手が困るだろう?」
「うっ、すみませんっ」
優斗は当然という顔をして宣った。 優斗とフィルを挟んで座っている華が申し訳なそうな表情をしている。 瑠衣は華の様子を見てから、それが無ければな、と『優斗、過保護すぎ』という言葉を飲み込んだ。
「分かった。 優斗はその後、カウンターで薬湯当番よろしくな。 華ちゃんは、引き続きオーダー商品の制作よろしく。 後は、昼にオーダー商品を受け取りに来るお客様が3件あるから、それは俺が準備と対応しとくわ。 それと月末だから、帳簿の確認で俺は午前中、2階に籠るな。 仁奈は優斗が戻るまでカウンター対応、1人になるけど大丈夫か?」
「うん、任せて。 フィルとフィンも居るしね」
フィンを挟んで座っている仁奈が明るく返事をした。 最近は吹っ切れたのか、仁奈は前と同じように元気だ。 やっぱり、仁奈には明るい笑顔が似合うな、と今更ながら仁奈の笑顔に見惚れた。
「あ、瑠衣、そろそろ在庫整理しないと。 期限切れが残ってる」
優斗が今、思い出したのか『まずいな』という表情をした。
「ああ、そうか。 それは、午後からにしようぜ。 廃棄するの結構、面倒だから」
「そうだな」
瑠衣の話で廃棄する時の事を思い出したのか、優斗たちが表情を曇らせた。
「という事は、午後からは店番が仁奈だけになるけど、フィルとフィンも居るから大丈夫だよな?」
「大丈夫だって、今までだってちゃんと出来てたんだから」
優斗がニヤリと瑠衣を見て『瑠衣も意外と、心配性だよな』と黒い笑みを向けて来た。 優斗の意地悪な笑みに『優斗ほどじゃないよ』と黒い笑みで返した。
フィルとフィンは、食べる事に夢中で話には入って来ない。 いつもはロスが出ない様に作り置きするのだが、テッドの件や、素材集めの為にダンジョンへ潜ったり、ブレアの依頼やらで今月は店を閉める事が多かった為、薬湯が売れ残って来ているのだ。
「じゃ、そういう事で。 お昼もちゃんと順番に摂ってくれな。 では、今日もよろしくお願いします」
瑠衣がミーティングを閉めると、優斗たちから『よろしくお願いします』と返事が返って来た。 瑠衣たちは朝食を済ませ、店の開店準備の為に急いで優斗の転送魔法で転送した。
――瑠衣たちのお店に、フィルとフィンの元気な声がこだましている。
銀色の美少年と美少女は、瑠衣たちの店『Flying Feather』では看板店員だ。 3年前から開店し、フィルとフィンは年も取らず、成長もしていないのだが、常連客などは全く気にしていなかった。
従魔の印がフィルとフィンの銀色の服に散っているので、魔物だと知られている様だが問題ないみたいだ。
「「ありがとうございました。 また、お越し下さい」」
フィルとフィンの声が2階の休憩室まで聞こえてくる。 1階から聞こえてくる元気な声に、瑠衣から自然と笑みが零れた。 収入と支出を睨めっこして帳簿の確認を終えた瑠衣は、今月も無事に家賃が払えそうでホッと安堵していた。
長時間の事務仕事で硬くなった身体を、腕を伸ばして解した。 そこで、昼から受け取りの客が来る事を思い出した。
(あ、やばっ。 商品の準備しないとっ。 時計がないからなっ。 鐘、鳴ったっけ? 全く耳に入って来なかったっ)
この世界には、時計が無い。 時間を知らせる鐘が1時間毎になる。 鐘は魔道具で出来ており、街の中心部にある鐘の塔から鳴らされていて、魔道具の街中の隅々まで聞こえる仕様になっていた。 瑠衣は急いで、隣の在庫置き場に向かった。
◇
「ありがとうございました。 何かありましたら、お越し下さい」
瑠衣は、オーダー商品の受け取りに来た客へ丁寧に説明してからお辞儀をした。
「また、来るよ」
客が機嫌よく帰って行き、瑠衣は3件の受け取り対応を終え、小さく息を吐く。 後は期限切れ間近の薬湯の廃棄を、優斗と2人で午後から店の裏庭で行えば、今日の主だった仕事が終わる。 その前にお昼を摂ろうと仁奈の方を見ると、接客中だった。
(ふむ、どうするか)
瑠衣は応接室の扉に目を遣った。 優斗と華はまだ話が纏まらないのか、開店して直ぐにやって来たバルドと依頼者は、応接室から出て来ない。
逡巡したのち、瑠衣はフィルを連れて外へ出る事にした。 カウンターのショーケースに、新たな薬湯を並べているフィルに声を掛ける。
「フィル、お昼に行くぞ」
瑠衣のお誘いに、フィルの瞳がぱぁと輝く。
「うん、行く!!」
瑠衣はカウンターの奥に行くと、白いマントを羽織り、弓を背負う。 フィルはもう、店の入り口で待っていて、早く行きたくて仕方がない様子で、ぴょこぴょこしていた。
瑠衣は目線だけで仁奈に『後は任せた』と合図を送り、店を出て行った。 仁奈も瑠衣の視線を受け、笑顔で手を振って送り出した。
――瑠衣とフィルが出て行った後、応接室から優斗たちが出て来た。
バルドと依頼者は、話し合いが満足いったのか、にこやかな表情だった。 半面、優斗と華は物凄く疲れた表情をしていた。 午前中だけで、まだ20歳だというのに、一気に老け込んでいた。
「それじゃ、ユウト、ハナ。 頼んだぞ」
「「はい、善処しますっ」」
バルドと依頼者はご機嫌で店を出て行った。 伸びをした優斗は、瑠衣とフィルがいない事に気づいた。 店の中を見回して、仁奈に問いかけた。 もし、薬湯の廃棄をしているなら、自分も手伝わないと、と思ってだ。
「鈴木、瑠衣とフィルは? もしかして、もう薬湯の廃棄してる?」
優斗の声に顔を上げた仁奈が顔を横に振った。 そして、優斗の質問に答えのはフィンだ。 接客を終えた2人は、フィルが中断したショーケースの薬湯の追加を並べる作業をしていた。
「ううん、ルイとフィルはお昼に行ったわよ」
「ああ、もうそんな時間かっ。 じゃ、俺が店番してるから、華たちも行ってきなよ」
「あら、いいの?」
フィンは、瑠衣とフィルが戻ってからにしようと思っていた様だ。
「ああ、申し訳ないけど、華がトリップする前に連れて行ってくれる?」
華はずっと優斗の隣でブツブツと何か言っていた。 このまま放置すれば、作業場に直行して、何も食べず、そのまま制作作業に没頭しそうだった。 仁奈とフィンは華を見ると、苦笑を零した。
華たちも白いマントを羽織り、仁奈は槍を背中に差した。
「じゃ、お言葉に甘えてお昼にするわ。 ほら、華、行くよ」
「あ、うん」
「ハナ、ちゃんと前を見てっ」
仁奈は、まだボヤっとしている華と、呆れた様子で華を見ているフィンを連れて店を出て行った。 優斗もいつもの様に、皆がお昼から帰って来るのを店番をしながら待つ事にした。
そして、バルドは防具のオーダー以外の話も持ってきていた。 手に持った書簡をじっとと眺めた。 オーダーはだしで、バルドの本題はそちらの様だった。
「どうするかなっ。 でも、今更なぁ、3年前の報酬を貰ってもな。 皆、受け取らないよな。 華はトリップしてたから聞いてなかっただろうなっ」
『素直に受け取っておけばいいのでは? 今までの事を考えれば、妥当な報酬だと思いますが』
「そういう問題じゃないんだよ。 それに、嫌な予感がするんだよ。 王城に褒賞を取りに来いなんて」
優斗は監視スキルの声に苦言を呈した。 頭の中で華がお昼に向かう映像が流れて来る。 華たちは、お気に入りのカフェに入って行った。 優斗は瑠衣が戻ったら自身も行こうと笑みを零した。
いつもの平和な日常に、『羽根飛び団』の面々は気が緩んでいた。 主さまが言っていたハニートラップが、直ぐそこまで来ていた。 すっかり忘れていた瑠衣たちは『何故、気づかなかった!!』と、とても後悔した。
――先に出ていた瑠衣とフィルは、市場で屋台を物色していた。
相変わらず、市場の屋台の試食を腕一杯に抱え、食欲魔人のフィルを呆れた表情で眺めた。 フィルの食べっぷりを見ていた瑠衣は、背後から近づく人の気配に気づかなかった。 軽く肩を叩かれ、振り向いた瑠衣は、無意識に眉を歪めた。
「ルイさん。 あれ? もしかして、私ってルイさんに嫌われてます?」
声を掛けてきたのは、エミリーだった。 瑠衣の不快そうな表情に、悲し気に眉を下げている。
「いや、申し訳ないっ! そういう訳じゃないんだけどねっ」
瑠衣は、分かりやすく『困ったな』と眉尻を下げた。
(まさか、酷い目に遭わされた元カノと似ているから話しかけないで、なんて言えないよなっ。 まだ、気にしてるのかって思われるのも嫌だし)
エミリーはにこやかに微笑むと、瑠衣をランチに誘って来た。 胸の前で手を合わせて話すエミリーに、英美理の面影が差す。 瑠衣の胸と、腕に痛みが刺した。
「そうだ! 一緒にお昼、ご一緒しませんか? 私、魔道具の街にまだ慣れてなくて。 ルイさんのおすすめのお店に、連れて行ってくれませんか?」
フィルが隣に居るというのに、エミリーにはフィルが映っていない様だ。
「いや、悪いけど。 長居も出来ないし、交代で昼休憩してるから、もう戻らないと。 ごめんね」
瑠衣は胡散臭い笑顔を浮かべると、エミリーの瞳に妖しい光りが宿った。 そして、また瑠衣の腕が痛みを訴えて来た。 腕の痛みに眉を顰める。 フィルは、冷静な目で2人の様子を眺めていた。
「ルイさん、少しだけでいいのでっ。 お願いしますっ」
エミリーが上目遣いで瞳を潤ませて訴えて来る仕草に、瑠衣は怯んだ。
「えっとっ、でもね」
(くそっ! 英美理に似てなければなっ。 こんな顔されても平気なんだけどっ)
瑠衣は『仕方ない』と深く溜め息を吐くと、きつい眼差しでエミリーを眺めた。
「分かったよ。 でも、今日だけだからね」
「ありがとうございます!」
瑠衣はフィルの方に顔を向けた。 際どい男女の駆け引きを見せるのも気が引けるので、フィルを先に、帰す事にした。
「フィル、悪いけど、先に店へ戻っていてくれ」
「うん、分かった。 気を付けてね、ルイ」
フィルの警戒の言葉に瑠衣は苦笑を零した。 フィルの頭を撫でて、『すぐ戻る』と手を挙げてエミリーと人混みに消えた。
エミリーと女性に人気のカフェに入り、食事をした所まで覚えていたが。 その後の記憶がなく、瑠衣は気づけば、両手両足を縛られ、廃墟の様な場所で硬いベッドに寝かされていた。
胸の前で手を合わせ、朝食を作った人と、自然の恵に感謝の意を表す。 フィルとフィンも、いつも瑠衣たちが食べる前にする習慣には慣れた様で、元気に声を合わせた。 『いただきます』と言った後、朝食当番の瑠衣と優斗が残りの面々に返事を返した。
「「どうぞ、召し上がれ」」
いつもの様に、隠れ家の食堂テーブルに朝食が並ぶ。 メインメニューであるふわふわのオムレツは、自身で言うのもなんだが、思いの外上手く出来たと、瑠衣は一口頬張り笑みを零した。
そして、毎朝の恒例であるミーティングを始めた。 店を始めてからは仕事の進み具合や、素材集めの為の情報交換をし、それぞれの意見も話し合っている。
仁奈には、英美理の事で情けない所を見せているので、今後はしっかりしないと、と瑠衣は気を引き締めていた。 今日の予定表を見て、瑠衣が予定を読み上げる。
「えと、今日はバルドさんの紹介で、午前中に防具のオーダーメイドの打ち合わせが入っているから。 華ちゃんと、」
瑠衣はチラリと向かいに座り、オムレツを美味しそうに咀嚼している優斗を見た。
「優斗も同席するのか?」
オムレツを飲み込んだ優斗が笑いかけて来る。
「勿論。 華はトリップすると、人の話が聞こえなくなるからな。 妄想が飛び過ぎて、途中でトリップされたら相手が困るだろう?」
「うっ、すみませんっ」
優斗は当然という顔をして宣った。 優斗とフィルを挟んで座っている華が申し訳なそうな表情をしている。 瑠衣は華の様子を見てから、それが無ければな、と『優斗、過保護すぎ』という言葉を飲み込んだ。
「分かった。 優斗はその後、カウンターで薬湯当番よろしくな。 華ちゃんは、引き続きオーダー商品の制作よろしく。 後は、昼にオーダー商品を受け取りに来るお客様が3件あるから、それは俺が準備と対応しとくわ。 それと月末だから、帳簿の確認で俺は午前中、2階に籠るな。 仁奈は優斗が戻るまでカウンター対応、1人になるけど大丈夫か?」
「うん、任せて。 フィルとフィンも居るしね」
フィンを挟んで座っている仁奈が明るく返事をした。 最近は吹っ切れたのか、仁奈は前と同じように元気だ。 やっぱり、仁奈には明るい笑顔が似合うな、と今更ながら仁奈の笑顔に見惚れた。
「あ、瑠衣、そろそろ在庫整理しないと。 期限切れが残ってる」
優斗が今、思い出したのか『まずいな』という表情をした。
「ああ、そうか。 それは、午後からにしようぜ。 廃棄するの結構、面倒だから」
「そうだな」
瑠衣の話で廃棄する時の事を思い出したのか、優斗たちが表情を曇らせた。
「という事は、午後からは店番が仁奈だけになるけど、フィルとフィンも居るから大丈夫だよな?」
「大丈夫だって、今までだってちゃんと出来てたんだから」
優斗がニヤリと瑠衣を見て『瑠衣も意外と、心配性だよな』と黒い笑みを向けて来た。 優斗の意地悪な笑みに『優斗ほどじゃないよ』と黒い笑みで返した。
フィルとフィンは、食べる事に夢中で話には入って来ない。 いつもはロスが出ない様に作り置きするのだが、テッドの件や、素材集めの為にダンジョンへ潜ったり、ブレアの依頼やらで今月は店を閉める事が多かった為、薬湯が売れ残って来ているのだ。
「じゃ、そういう事で。 お昼もちゃんと順番に摂ってくれな。 では、今日もよろしくお願いします」
瑠衣がミーティングを閉めると、優斗たちから『よろしくお願いします』と返事が返って来た。 瑠衣たちは朝食を済ませ、店の開店準備の為に急いで優斗の転送魔法で転送した。
――瑠衣たちのお店に、フィルとフィンの元気な声がこだましている。
銀色の美少年と美少女は、瑠衣たちの店『Flying Feather』では看板店員だ。 3年前から開店し、フィルとフィンは年も取らず、成長もしていないのだが、常連客などは全く気にしていなかった。
従魔の印がフィルとフィンの銀色の服に散っているので、魔物だと知られている様だが問題ないみたいだ。
「「ありがとうございました。 また、お越し下さい」」
フィルとフィンの声が2階の休憩室まで聞こえてくる。 1階から聞こえてくる元気な声に、瑠衣から自然と笑みが零れた。 収入と支出を睨めっこして帳簿の確認を終えた瑠衣は、今月も無事に家賃が払えそうでホッと安堵していた。
長時間の事務仕事で硬くなった身体を、腕を伸ばして解した。 そこで、昼から受け取りの客が来る事を思い出した。
(あ、やばっ。 商品の準備しないとっ。 時計がないからなっ。 鐘、鳴ったっけ? 全く耳に入って来なかったっ)
この世界には、時計が無い。 時間を知らせる鐘が1時間毎になる。 鐘は魔道具で出来ており、街の中心部にある鐘の塔から鳴らされていて、魔道具の街中の隅々まで聞こえる仕様になっていた。 瑠衣は急いで、隣の在庫置き場に向かった。
◇
「ありがとうございました。 何かありましたら、お越し下さい」
瑠衣は、オーダー商品の受け取りに来た客へ丁寧に説明してからお辞儀をした。
「また、来るよ」
客が機嫌よく帰って行き、瑠衣は3件の受け取り対応を終え、小さく息を吐く。 後は期限切れ間近の薬湯の廃棄を、優斗と2人で午後から店の裏庭で行えば、今日の主だった仕事が終わる。 その前にお昼を摂ろうと仁奈の方を見ると、接客中だった。
(ふむ、どうするか)
瑠衣は応接室の扉に目を遣った。 優斗と華はまだ話が纏まらないのか、開店して直ぐにやって来たバルドと依頼者は、応接室から出て来ない。
逡巡したのち、瑠衣はフィルを連れて外へ出る事にした。 カウンターのショーケースに、新たな薬湯を並べているフィルに声を掛ける。
「フィル、お昼に行くぞ」
瑠衣のお誘いに、フィルの瞳がぱぁと輝く。
「うん、行く!!」
瑠衣はカウンターの奥に行くと、白いマントを羽織り、弓を背負う。 フィルはもう、店の入り口で待っていて、早く行きたくて仕方がない様子で、ぴょこぴょこしていた。
瑠衣は目線だけで仁奈に『後は任せた』と合図を送り、店を出て行った。 仁奈も瑠衣の視線を受け、笑顔で手を振って送り出した。
――瑠衣とフィルが出て行った後、応接室から優斗たちが出て来た。
バルドと依頼者は、話し合いが満足いったのか、にこやかな表情だった。 半面、優斗と華は物凄く疲れた表情をしていた。 午前中だけで、まだ20歳だというのに、一気に老け込んでいた。
「それじゃ、ユウト、ハナ。 頼んだぞ」
「「はい、善処しますっ」」
バルドと依頼者はご機嫌で店を出て行った。 伸びをした優斗は、瑠衣とフィルがいない事に気づいた。 店の中を見回して、仁奈に問いかけた。 もし、薬湯の廃棄をしているなら、自分も手伝わないと、と思ってだ。
「鈴木、瑠衣とフィルは? もしかして、もう薬湯の廃棄してる?」
優斗の声に顔を上げた仁奈が顔を横に振った。 そして、優斗の質問に答えのはフィンだ。 接客を終えた2人は、フィルが中断したショーケースの薬湯の追加を並べる作業をしていた。
「ううん、ルイとフィルはお昼に行ったわよ」
「ああ、もうそんな時間かっ。 じゃ、俺が店番してるから、華たちも行ってきなよ」
「あら、いいの?」
フィンは、瑠衣とフィルが戻ってからにしようと思っていた様だ。
「ああ、申し訳ないけど、華がトリップする前に連れて行ってくれる?」
華はずっと優斗の隣でブツブツと何か言っていた。 このまま放置すれば、作業場に直行して、何も食べず、そのまま制作作業に没頭しそうだった。 仁奈とフィンは華を見ると、苦笑を零した。
華たちも白いマントを羽織り、仁奈は槍を背中に差した。
「じゃ、お言葉に甘えてお昼にするわ。 ほら、華、行くよ」
「あ、うん」
「ハナ、ちゃんと前を見てっ」
仁奈は、まだボヤっとしている華と、呆れた様子で華を見ているフィンを連れて店を出て行った。 優斗もいつもの様に、皆がお昼から帰って来るのを店番をしながら待つ事にした。
そして、バルドは防具のオーダー以外の話も持ってきていた。 手に持った書簡をじっとと眺めた。 オーダーはだしで、バルドの本題はそちらの様だった。
「どうするかなっ。 でも、今更なぁ、3年前の報酬を貰ってもな。 皆、受け取らないよな。 華はトリップしてたから聞いてなかっただろうなっ」
『素直に受け取っておけばいいのでは? 今までの事を考えれば、妥当な報酬だと思いますが』
「そういう問題じゃないんだよ。 それに、嫌な予感がするんだよ。 王城に褒賞を取りに来いなんて」
優斗は監視スキルの声に苦言を呈した。 頭の中で華がお昼に向かう映像が流れて来る。 華たちは、お気に入りのカフェに入って行った。 優斗は瑠衣が戻ったら自身も行こうと笑みを零した。
いつもの平和な日常に、『羽根飛び団』の面々は気が緩んでいた。 主さまが言っていたハニートラップが、直ぐそこまで来ていた。 すっかり忘れていた瑠衣たちは『何故、気づかなかった!!』と、とても後悔した。
――先に出ていた瑠衣とフィルは、市場で屋台を物色していた。
相変わらず、市場の屋台の試食を腕一杯に抱え、食欲魔人のフィルを呆れた表情で眺めた。 フィルの食べっぷりを見ていた瑠衣は、背後から近づく人の気配に気づかなかった。 軽く肩を叩かれ、振り向いた瑠衣は、無意識に眉を歪めた。
「ルイさん。 あれ? もしかして、私ってルイさんに嫌われてます?」
声を掛けてきたのは、エミリーだった。 瑠衣の不快そうな表情に、悲し気に眉を下げている。
「いや、申し訳ないっ! そういう訳じゃないんだけどねっ」
瑠衣は、分かりやすく『困ったな』と眉尻を下げた。
(まさか、酷い目に遭わされた元カノと似ているから話しかけないで、なんて言えないよなっ。 まだ、気にしてるのかって思われるのも嫌だし)
エミリーはにこやかに微笑むと、瑠衣をランチに誘って来た。 胸の前で手を合わせて話すエミリーに、英美理の面影が差す。 瑠衣の胸と、腕に痛みが刺した。
「そうだ! 一緒にお昼、ご一緒しませんか? 私、魔道具の街にまだ慣れてなくて。 ルイさんのおすすめのお店に、連れて行ってくれませんか?」
フィルが隣に居るというのに、エミリーにはフィルが映っていない様だ。
「いや、悪いけど。 長居も出来ないし、交代で昼休憩してるから、もう戻らないと。 ごめんね」
瑠衣は胡散臭い笑顔を浮かべると、エミリーの瞳に妖しい光りが宿った。 そして、また瑠衣の腕が痛みを訴えて来た。 腕の痛みに眉を顰める。 フィルは、冷静な目で2人の様子を眺めていた。
「ルイさん、少しだけでいいのでっ。 お願いしますっ」
エミリーが上目遣いで瞳を潤ませて訴えて来る仕草に、瑠衣は怯んだ。
「えっとっ、でもね」
(くそっ! 英美理に似てなければなっ。 こんな顔されても平気なんだけどっ)
瑠衣は『仕方ない』と深く溜め息を吐くと、きつい眼差しでエミリーを眺めた。
「分かったよ。 でも、今日だけだからね」
「ありがとうございます!」
瑠衣はフィルの方に顔を向けた。 際どい男女の駆け引きを見せるのも気が引けるので、フィルを先に、帰す事にした。
「フィル、悪いけど、先に店へ戻っていてくれ」
「うん、分かった。 気を付けてね、ルイ」
フィルの警戒の言葉に瑠衣は苦笑を零した。 フィルの頭を撫でて、『すぐ戻る』と手を挙げてエミリーと人混みに消えた。
エミリーと女性に人気のカフェに入り、食事をした所まで覚えていたが。 その後の記憶がなく、瑠衣は気づけば、両手両足を縛られ、廃墟の様な場所で硬いベッドに寝かされていた。
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