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18話 『新しい依頼者は、異世界なのに、瑠衣の元カノにそっくり?!』
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魔道具の街にある自分たちの店に転送魔法で移動した優斗は、街に放ったポテポテを探した。 店に到着すると、優斗の頭の中で監視スキルの声が響く。
『花咲華はまだ隠れ家に居ます。 周囲にも魔族の気配はありません。 安全です。 魔道具の街に放っているポテポテの位置を表示します』
優斗の頭の中で、倉庫で道具を探している華たちの姿が映し出された。 ポテポテは呼べば来るだろうが、わらわらと大量のポテポテが歩き回ると、要らぬ問題が起きる。
優斗の頭の中で地図が拡がると、ポテポテの位置が点滅された。 優斗の地図は華の位置しか表示されないはずだが、ポテポテは華の魔力で作られている。
監視スキルはポテポテではなく、華の魔力を感じ取っていた。 華と区別をつける為、ポテポテと吹き出しが指しているだけの事である。 頭の上に乗っていたフィルが銀色の姿に変わりながら床に降りる。 優斗を見ると不思議そうに問いかけて来た。
「ユウト、ポテポテに何が聞きたいの?」
「ん? いつもの情報収集だよ」
「そう、テッドの事を聞くのかと思ってた」
「それもあるけどな。 魔族の気配を消せるってのは、思っているよりも厄介だよな。 もっと、第六感を鍛えないと駄目だな」
優斗は店を出て、魔道具の街に足を踏み出した。 頭の中の地図を辿り、ポテポテを指している場所へと足を向ける。 そして、市場で潜伏しているポテポテを見つけた。 優斗はポテポテを抱えて路地に入った。
『ギギッ、ユウトさまっ、定期、報告っ、ギギッ、しますっ! 冒険者っ、のみならず。 ギギッ、何故か、若い娘っ、がっ。 ギギッ、行方不明っ、ですっ!』
優斗とフィルは瑠衣の言う通りだな、と異様に語尾に力が入っているポテポテの報告に、頬を引き攣らせた。
「そうか、分かった、ありがとう。 他にはあるか?」
ポテポテはギギッと顔を震わせ、何もないと報告して来た。
「よし、じゃ、引き続きこの辺の調査を頼んだよ」
ポテポテは『あい』と手を挙げて走り出すと、路地を抜けて人に紛れて姿を消した。 優斗とフィルは、数体のポテポテの話を聞き、魔道具の街を後にして隠れ家へと戻った。
隠れ家に戻った優斗は、華たちと合流してブレアの農場まで転送魔法で移動する事にした。 華たちは庭にある池の前で、倉庫から出した魔道具が正常に動くか確認していた。
転送魔法陣で庭へ降り立った優斗に気づいた華が声を掛けて来た。 フィルが優斗の頭の上から降りると、銀色の少年に変わる。
「優斗くん、フィル、お帰りなさい。 何か新しい情報あった?」
華は倉庫に居ながらも、優斗が情報収集の為に魔道具の街まで行った事に気づいていた。 華の迎えの挨拶に返事をしてから質問に答えた。
「華、ただいま。 うん、行方不明になっている人が冒険者だけじゃなく、若い女性もいるって報告を受けた」
フィルは元気よく挨拶した。
「ただいまっ!」
魔道具をフィンのお腹に入れるのを手伝っていた仁奈が、優斗の話を聞いて不安気に顔を上げた。
「それも、テッドの仕業なの?」
仁奈の疑問には、フィルが答えた。
「まぁ、人攫いもいるから。 全てってわけではないだろうけど、恐らくね。 ニーナだって、知ってるでしょ? 魔族は魔王となる為に、多くの下僕を集めて従えてるって」
「うん、そうだけど。 あの可愛いテッドがっ?!って思うとね」
「ニーナが会ったテッドはいないと思ってた方がいいわよ」
魔道具を仕舞い終わったフィンが、銀色の少女の姿に変わった。 そして、フィンの脳内を占めているのは、ソーセージ1年分だった。
「テッドの居所も分からないし、今は情報収集して何かあやしい事件があれば調べるしかないわね。 でも、今は食費のためにも、ブレアさんとこの闘牛探しに行きましょう」
こういう時のフィンの瞳はお金マークに光るのだが、今回はソーセージになっていた。 市場の特産品なのだが、加工品のソーセージは高いのだ。 特に、近くに海がないので、魚も高い。
「赤いウインナーとか、魚肉ソーセージとかあったらいいのにね」
華がポツリと呟いた。 優斗と仁奈も、華の呟きを聞いて懐かしそうな表情をした。 華が言った赤いウインナーと、魚肉ソーセージを思い浮かべた。 価格もお手頃で、庶民の味だ。 耳ざとく聞いていたフィルが、華に問いかけた。
「それって食べ物? おいしいの? ハナ、作れる?」
華はフィルの質問にギョッとして慌てて答えた。
「えっ?! 無理っ!」
フィルの猛攻撃に、優斗が助け舟を出した。
「そろそろ行こうか。 先行してる瑠衣がまだ来ないかのかって、イライラしながら待ってるぞ」
大騒ぎの後、優斗の号令で、一行は転送魔法陣を通り抜け、ブレア宅の農場まで移動した。
――優斗の転送魔法で移動した仁奈たちは、ブレアの農場に着いた。
仁奈は農場を囲っている壊れた柵を見て、少し驚いた。 優斗が入口に設置されている鐘を鳴らす。 何回か鳴らすと、ほどなくして瑠衣と、知らない誰かが風神に2人乗りしてやって来た。
2人は颯爽と風神から降りた。 瑠衣の隣に並んだ少女、白いシャツに茶色の皮パンツ、編み上げブーツを履いたカントリー風の少女に、皆の視線が注目した。
仁奈は少女を見て、口を開けて呆けた。 少女を見た優斗と華も、大きく瞳を開けて驚いていた。 皆が呆けている事に気づいた瑠衣が、片手を上げて少女を紹介してきた。
「ああ、彼女はエミリーと言って、ブレアさんの遠縁なんだって、成人したから農場を手伝いに来てるらしい」
瑠衣の紹介に、エミリーがはにかんだ笑みを浮かべ、お辞儀した。
「はじめまして、羽根飛び団の方々。 エミリーです。 ブレアおじいさんが腰を痛めてしまって、シンディーおばあさんが看護しているので、私が今回の依頼の説明をさせて頂きます」
人の良い笑顔を向けて来るエミリーに、仁奈は懐かしさを覚えていた。 それは優斗と華も同じようで、まだ呆けている。 エミリーは、仁奈たちが何故、呆けているのか知らない。 不思議そうに首を傾げていた。
(こんな事ってあるのっ?! こんな異世界で、瑠衣の元カノにそっくりな人と出会うなんて思わなかったっ!)
エミリーと名乗った少女は、銅色のふわふわの髪を後ろで1つに束ね。 少し垂れた瞳に、口元に1つ黒子がある。 口元の黒子の位置まで同じだ。 仁奈の脳裏に、瑠衣の元カノの面影が浮かぶ。
エミリーは可愛らしい容姿で、皆に愛される少女だろうと思われた。
「年齢が違うけど、英美理ちゃんに雰囲気と顔もそっくりっ」
後ろで華がぼそりと言った呟きが、仁奈の耳にはっきりと届いた。 仁奈の表情が暗くなる。 英美理ちゃんとは、仁奈たちが通っていた高校の音楽教諭だ。 そして、瑠衣の高1の時の彼女だ。
勿論、皆には秘密の間柄だ。 だから、優斗は兎も角、華は何も知らないはず。 英美理は既婚者だった為、瑠衣とは不倫関係にあった。 教師と生徒、不倫という禁断の関係に、当時の2人は盛り上がったに違いない。 ありがちな話だ。 英美理が妊娠し、学校を退職した事で瑠衣たちの関係は終わった。
何故、仁奈がその事を知っているのか。 この世界に召喚されるまで、あまり瑠衣とは接点がなかった。 優斗が一方的に華に迫って来ていて、付き添って来ていたのが、瑠衣だ。 なので、あまり話した事が無かった。
(まぁ、驚いたよね。 英美理ちゃんと瑠衣がキスしてる所を偶然に目撃してしまった時わ。 今は、その時よりもびっくりしてるけどね。 他人の空似にしては、似すぎてない?! しかも、異世界でっ!!)
皆が呆然としている様子に、瑠衣は何かを察しているのか、居心地悪そうにしている。 瑠衣の様子に、仁奈のこめかみが引きつく。 優斗も仁奈の様子に気づき、顔を青ざめさせていた。
(ちょっと、何、その態度っ! 英美理ちゃんとの事は秘密にしてたんだから、その態度だと英美理ちゃんと何かあったんじゃないかって思われるでしょ。 何にも詮索しないつもりでいたのにっ!)
もう一度、瑠衣を見てみると、いつもはしれっと平然として本音を隠すのに、仁奈と視線を合せようとしない。
(そうだよね。 瑠衣は英美理ちゃんの事、本気そうだったもんね。 瑠衣もあんな顔するんだって、思ったもんだ)
誰にも気づかれない様に、仁奈は小さく息を吐いた。 ちょっとノスタルジーな気分に浸っていると、雷神の声が仁奈の頭の中で響いた。
『ほう、元カノにそっくりなんで? 今カノとして、締めやすかい?』
(締めないわよっ! 勝手に頭の中を覗かないでっ!)
『覗いていませんぜ。 聞こえて来たんですよ。 しかし、奴さんには、ちゃんと首輪をつけておいた方がいいですぜ』
(ぐっ、瑠衣に首輪ねぇ。 一番、嫌がりそう。 私にはついてるけどねっ!)
『うむ』
仁奈は自身の首にかかっている『一生、外れない』ネックレスの魔法石を掴んだ。 羽根飛び団のメンバーを紹介する瑠衣の声が耳に届く。 仁奈は、ハッとして雷神との会話を切り上げた。
「エミリー、こっちは俺の仲間で、優斗と華ちゃん。 2人は夫婦なんだ。 で、頭に乗ってるスライムと、華ちゃんが抱いているスライムが2人の従魔で、フィルとフィン。 それと、仁奈。 仁奈は俺の恋人なんだ。 肩に乗っているのが従魔の雷神だ。 皆、良い奴だし、闘牛捕まえるのも慣れてるからさ。 俺らに任せて大丈夫だよ」
瑠衣の紹介に羽根飛び団の面々は、よろしくと会釈した。 瑠衣が『エミリー』と呼び捨てした事に、仁奈のこめかみが引きついた。
(いやいや、こっちでは呼び捨ては当たり前だから、気にしたら駄目っ)
エミリーも笑顔で返した来た。
「皆さん、よろしくお願いします。 闘牛たちは裏の森に逃げてしまって。 魔物になってしまったらどうしようと思ってたんですけど。 ブレアおじいさんが、羽根飛び団の方に頼めば大丈夫だとおっしゃっていたので、遠慮なくお願いしてしまいました」
優斗が営業スマイルを浮かべ、請け負った。
「報酬もちゃんと頂きますし、仕事なので気にしなくても大丈夫ですよ。 ご近所さんですしね。 早速、闘牛探しに行きます。 エミリーさんは、他にやらなくてはならない仕事をしてください」
エミリーの表情がぱぁと輝き、明るい笑顔を浮かべた。
「ありがとうございます。 朝の仕事が終わらなくてっ。 では、遠慮なく。 後、お願いしますっ」
エミリーは、深々とお辞儀をして農場にある畑の方に駆け出して行った。 優斗が瑠衣の肩を掴み、仁奈たちから離れて行く。 華とフィルとフィンは、優斗の様子に不思議そうな表情を浮かべていた。
――優斗に引っ張られ、仁奈たちと少し離れた瑠衣。
優斗の真剣な顔が瑠衣に迫る。 優斗の真剣な様子に、瑠衣は息を呑んだ。 そして、後ろの2人に聞こえない様に話し出した。
「あのさ、鈴木のあの様子だと、英美理ちゃんが瑠衣の元カノって知ってるんじゃないか?」
優斗の話に瑠衣は眉を顰めた。
「ええっ! まさか、優斗以外は誰も知らないはずだけど。 しかも、それ知ってたら、仁奈は俺と付き合ってくれなかっただろう? あいつの家庭環境もあるし」
仁奈の家は両親ともが愛人を持ち、周囲にも隠す事もしなかった。 仁奈は仮面夫婦の両親に育てられたのだ。 週末になると両親は愛人の元に行ってしまう。 仁奈は何よりも不倫を嫌っていた。
そこまで考えて、瑠衣は言葉に詰まった。 だから、中々付き合ってくれなかったんじゃないかと。 2人の表情は、まさかと顔を青ざめさせた。 流石に昔に不倫してたなんて、誰にも知られたくない。 それが、好きな人だったなら余計にだ。
それなら、不倫などしなければ良かったのだろうが、当時の瑠衣は真剣に英美理に恋をしていたのだから仕方がない。 深く溜め息を吐いた瑠衣は、優斗を見た。
「まぁ、何とかなるっ!! それに昔々の話だしな。 お互い20歳を過ぎた大人だしな」
「瑠衣っ」
離れて行く瑠衣の後ろ姿を見て、優斗は瑠衣の楽観的な考えに、一抹の不安を感じて溜め息を吐いた。 優斗の溜め息が瑠衣の背中に突き刺さる。 瑠衣は気づいていなかった。 事はもう少し、深刻になっている事に。
『花咲華はまだ隠れ家に居ます。 周囲にも魔族の気配はありません。 安全です。 魔道具の街に放っているポテポテの位置を表示します』
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優斗の頭の中で地図が拡がると、ポテポテの位置が点滅された。 優斗の地図は華の位置しか表示されないはずだが、ポテポテは華の魔力で作られている。
監視スキルはポテポテではなく、華の魔力を感じ取っていた。 華と区別をつける為、ポテポテと吹き出しが指しているだけの事である。 頭の上に乗っていたフィルが銀色の姿に変わりながら床に降りる。 優斗を見ると不思議そうに問いかけて来た。
「ユウト、ポテポテに何が聞きたいの?」
「ん? いつもの情報収集だよ」
「そう、テッドの事を聞くのかと思ってた」
「それもあるけどな。 魔族の気配を消せるってのは、思っているよりも厄介だよな。 もっと、第六感を鍛えないと駄目だな」
優斗は店を出て、魔道具の街に足を踏み出した。 頭の中の地図を辿り、ポテポテを指している場所へと足を向ける。 そして、市場で潜伏しているポテポテを見つけた。 優斗はポテポテを抱えて路地に入った。
『ギギッ、ユウトさまっ、定期、報告っ、ギギッ、しますっ! 冒険者っ、のみならず。 ギギッ、何故か、若い娘っ、がっ。 ギギッ、行方不明っ、ですっ!』
優斗とフィルは瑠衣の言う通りだな、と異様に語尾に力が入っているポテポテの報告に、頬を引き攣らせた。
「そうか、分かった、ありがとう。 他にはあるか?」
ポテポテはギギッと顔を震わせ、何もないと報告して来た。
「よし、じゃ、引き続きこの辺の調査を頼んだよ」
ポテポテは『あい』と手を挙げて走り出すと、路地を抜けて人に紛れて姿を消した。 優斗とフィルは、数体のポテポテの話を聞き、魔道具の街を後にして隠れ家へと戻った。
隠れ家に戻った優斗は、華たちと合流してブレアの農場まで転送魔法で移動する事にした。 華たちは庭にある池の前で、倉庫から出した魔道具が正常に動くか確認していた。
転送魔法陣で庭へ降り立った優斗に気づいた華が声を掛けて来た。 フィルが優斗の頭の上から降りると、銀色の少年に変わる。
「優斗くん、フィル、お帰りなさい。 何か新しい情報あった?」
華は倉庫に居ながらも、優斗が情報収集の為に魔道具の街まで行った事に気づいていた。 華の迎えの挨拶に返事をしてから質問に答えた。
「華、ただいま。 うん、行方不明になっている人が冒険者だけじゃなく、若い女性もいるって報告を受けた」
フィルは元気よく挨拶した。
「ただいまっ!」
魔道具をフィンのお腹に入れるのを手伝っていた仁奈が、優斗の話を聞いて不安気に顔を上げた。
「それも、テッドの仕業なの?」
仁奈の疑問には、フィルが答えた。
「まぁ、人攫いもいるから。 全てってわけではないだろうけど、恐らくね。 ニーナだって、知ってるでしょ? 魔族は魔王となる為に、多くの下僕を集めて従えてるって」
「うん、そうだけど。 あの可愛いテッドがっ?!って思うとね」
「ニーナが会ったテッドはいないと思ってた方がいいわよ」
魔道具を仕舞い終わったフィンが、銀色の少女の姿に変わった。 そして、フィンの脳内を占めているのは、ソーセージ1年分だった。
「テッドの居所も分からないし、今は情報収集して何かあやしい事件があれば調べるしかないわね。 でも、今は食費のためにも、ブレアさんとこの闘牛探しに行きましょう」
こういう時のフィンの瞳はお金マークに光るのだが、今回はソーセージになっていた。 市場の特産品なのだが、加工品のソーセージは高いのだ。 特に、近くに海がないので、魚も高い。
「赤いウインナーとか、魚肉ソーセージとかあったらいいのにね」
華がポツリと呟いた。 優斗と仁奈も、華の呟きを聞いて懐かしそうな表情をした。 華が言った赤いウインナーと、魚肉ソーセージを思い浮かべた。 価格もお手頃で、庶民の味だ。 耳ざとく聞いていたフィルが、華に問いかけた。
「それって食べ物? おいしいの? ハナ、作れる?」
華はフィルの質問にギョッとして慌てて答えた。
「えっ?! 無理っ!」
フィルの猛攻撃に、優斗が助け舟を出した。
「そろそろ行こうか。 先行してる瑠衣がまだ来ないかのかって、イライラしながら待ってるぞ」
大騒ぎの後、優斗の号令で、一行は転送魔法陣を通り抜け、ブレア宅の農場まで移動した。
――優斗の転送魔法で移動した仁奈たちは、ブレアの農場に着いた。
仁奈は農場を囲っている壊れた柵を見て、少し驚いた。 優斗が入口に設置されている鐘を鳴らす。 何回か鳴らすと、ほどなくして瑠衣と、知らない誰かが風神に2人乗りしてやって来た。
2人は颯爽と風神から降りた。 瑠衣の隣に並んだ少女、白いシャツに茶色の皮パンツ、編み上げブーツを履いたカントリー風の少女に、皆の視線が注目した。
仁奈は少女を見て、口を開けて呆けた。 少女を見た優斗と華も、大きく瞳を開けて驚いていた。 皆が呆けている事に気づいた瑠衣が、片手を上げて少女を紹介してきた。
「ああ、彼女はエミリーと言って、ブレアさんの遠縁なんだって、成人したから農場を手伝いに来てるらしい」
瑠衣の紹介に、エミリーがはにかんだ笑みを浮かべ、お辞儀した。
「はじめまして、羽根飛び団の方々。 エミリーです。 ブレアおじいさんが腰を痛めてしまって、シンディーおばあさんが看護しているので、私が今回の依頼の説明をさせて頂きます」
人の良い笑顔を向けて来るエミリーに、仁奈は懐かしさを覚えていた。 それは優斗と華も同じようで、まだ呆けている。 エミリーは、仁奈たちが何故、呆けているのか知らない。 不思議そうに首を傾げていた。
(こんな事ってあるのっ?! こんな異世界で、瑠衣の元カノにそっくりな人と出会うなんて思わなかったっ!)
エミリーと名乗った少女は、銅色のふわふわの髪を後ろで1つに束ね。 少し垂れた瞳に、口元に1つ黒子がある。 口元の黒子の位置まで同じだ。 仁奈の脳裏に、瑠衣の元カノの面影が浮かぶ。
エミリーは可愛らしい容姿で、皆に愛される少女だろうと思われた。
「年齢が違うけど、英美理ちゃんに雰囲気と顔もそっくりっ」
後ろで華がぼそりと言った呟きが、仁奈の耳にはっきりと届いた。 仁奈の表情が暗くなる。 英美理ちゃんとは、仁奈たちが通っていた高校の音楽教諭だ。 そして、瑠衣の高1の時の彼女だ。
勿論、皆には秘密の間柄だ。 だから、優斗は兎も角、華は何も知らないはず。 英美理は既婚者だった為、瑠衣とは不倫関係にあった。 教師と生徒、不倫という禁断の関係に、当時の2人は盛り上がったに違いない。 ありがちな話だ。 英美理が妊娠し、学校を退職した事で瑠衣たちの関係は終わった。
何故、仁奈がその事を知っているのか。 この世界に召喚されるまで、あまり瑠衣とは接点がなかった。 優斗が一方的に華に迫って来ていて、付き添って来ていたのが、瑠衣だ。 なので、あまり話した事が無かった。
(まぁ、驚いたよね。 英美理ちゃんと瑠衣がキスしてる所を偶然に目撃してしまった時わ。 今は、その時よりもびっくりしてるけどね。 他人の空似にしては、似すぎてない?! しかも、異世界でっ!!)
皆が呆然としている様子に、瑠衣は何かを察しているのか、居心地悪そうにしている。 瑠衣の様子に、仁奈のこめかみが引きつく。 優斗も仁奈の様子に気づき、顔を青ざめさせていた。
(ちょっと、何、その態度っ! 英美理ちゃんとの事は秘密にしてたんだから、その態度だと英美理ちゃんと何かあったんじゃないかって思われるでしょ。 何にも詮索しないつもりでいたのにっ!)
もう一度、瑠衣を見てみると、いつもはしれっと平然として本音を隠すのに、仁奈と視線を合せようとしない。
(そうだよね。 瑠衣は英美理ちゃんの事、本気そうだったもんね。 瑠衣もあんな顔するんだって、思ったもんだ)
誰にも気づかれない様に、仁奈は小さく息を吐いた。 ちょっとノスタルジーな気分に浸っていると、雷神の声が仁奈の頭の中で響いた。
『ほう、元カノにそっくりなんで? 今カノとして、締めやすかい?』
(締めないわよっ! 勝手に頭の中を覗かないでっ!)
『覗いていませんぜ。 聞こえて来たんですよ。 しかし、奴さんには、ちゃんと首輪をつけておいた方がいいですぜ』
(ぐっ、瑠衣に首輪ねぇ。 一番、嫌がりそう。 私にはついてるけどねっ!)
『うむ』
仁奈は自身の首にかかっている『一生、外れない』ネックレスの魔法石を掴んだ。 羽根飛び団のメンバーを紹介する瑠衣の声が耳に届く。 仁奈は、ハッとして雷神との会話を切り上げた。
「エミリー、こっちは俺の仲間で、優斗と華ちゃん。 2人は夫婦なんだ。 で、頭に乗ってるスライムと、華ちゃんが抱いているスライムが2人の従魔で、フィルとフィン。 それと、仁奈。 仁奈は俺の恋人なんだ。 肩に乗っているのが従魔の雷神だ。 皆、良い奴だし、闘牛捕まえるのも慣れてるからさ。 俺らに任せて大丈夫だよ」
瑠衣の紹介に羽根飛び団の面々は、よろしくと会釈した。 瑠衣が『エミリー』と呼び捨てした事に、仁奈のこめかみが引きついた。
(いやいや、こっちでは呼び捨ては当たり前だから、気にしたら駄目っ)
エミリーも笑顔で返した来た。
「皆さん、よろしくお願いします。 闘牛たちは裏の森に逃げてしまって。 魔物になってしまったらどうしようと思ってたんですけど。 ブレアおじいさんが、羽根飛び団の方に頼めば大丈夫だとおっしゃっていたので、遠慮なくお願いしてしまいました」
優斗が営業スマイルを浮かべ、請け負った。
「報酬もちゃんと頂きますし、仕事なので気にしなくても大丈夫ですよ。 ご近所さんですしね。 早速、闘牛探しに行きます。 エミリーさんは、他にやらなくてはならない仕事をしてください」
エミリーの表情がぱぁと輝き、明るい笑顔を浮かべた。
「ありがとうございます。 朝の仕事が終わらなくてっ。 では、遠慮なく。 後、お願いしますっ」
エミリーは、深々とお辞儀をして農場にある畑の方に駆け出して行った。 優斗が瑠衣の肩を掴み、仁奈たちから離れて行く。 華とフィルとフィンは、優斗の様子に不思議そうな表情を浮かべていた。
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「あのさ、鈴木のあの様子だと、英美理ちゃんが瑠衣の元カノって知ってるんじゃないか?」
優斗の話に瑠衣は眉を顰めた。
「ええっ! まさか、優斗以外は誰も知らないはずだけど。 しかも、それ知ってたら、仁奈は俺と付き合ってくれなかっただろう? あいつの家庭環境もあるし」
仁奈の家は両親ともが愛人を持ち、周囲にも隠す事もしなかった。 仁奈は仮面夫婦の両親に育てられたのだ。 週末になると両親は愛人の元に行ってしまう。 仁奈は何よりも不倫を嫌っていた。
そこまで考えて、瑠衣は言葉に詰まった。 だから、中々付き合ってくれなかったんじゃないかと。 2人の表情は、まさかと顔を青ざめさせた。 流石に昔に不倫してたなんて、誰にも知られたくない。 それが、好きな人だったなら余計にだ。
それなら、不倫などしなければ良かったのだろうが、当時の瑠衣は真剣に英美理に恋をしていたのだから仕方がない。 深く溜め息を吐いた瑠衣は、優斗を見た。
「まぁ、何とかなるっ!! それに昔々の話だしな。 お互い20歳を過ぎた大人だしな」
「瑠衣っ」
離れて行く瑠衣の後ろ姿を見て、優斗は瑠衣の楽観的な考えに、一抹の不安を感じて溜め息を吐いた。 優斗の溜め息が瑠衣の背中に突き刺さる。 瑠衣は気づいていなかった。 事はもう少し、深刻になっている事に。
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