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16話 『瑠衣! しっかりしろっ!』

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 目の前で嫌な笑みを浮かべるテッドに、瑠衣は眉を寄せて見つめた。 隣にいる優斗も嫌悪感を露わにしていた。 瑠衣と優斗、テッドの戦いは無言で始まった。 木刀を手に駆け出す優斗。 瑠衣は弓を構えた。

 テッドの黒い矢が放たれ、優斗の額に当たったように見えたが、黒い矢は何かに弾かれ霧散した。 テッドの笑みが一瞬消え、舌打ちが零れると、直ぐにまた嫌な笑みを浮かべる。

 「ふん、エルフの血かっ!」

 テッドはそう言うと持っていた弓を、背中に背負っている剣に持ち替えた。 優斗とテッド、木刀と剣の打ち合う音が鈍く響く。 優斗の攻撃がかわされ、テッドが背後を取り、剣を振り上げる。

 しかし、瑠衣の矢がテッドの背中に飛び、命中した。

 一瞬だけチラリと瑠衣を見たテッドの身体が歪み、瑠衣の複数の矢がテッドの身体をすり抜けた。 テッドの身体を矢がすり抜けた時、隙間から優斗の顔がチラリと見えた。 瑠衣の背中に冷や汗が流れ、優斗の名前を叫んだ。

 「優斗!!」

 瑠衣の矢は優斗の背後にある砂の壁に中り、砂が流れて落ちていった。 瑠衣は砂が流れる様子を、眉を顰めて見つめた。 優斗は寸前で、砂地に伏せて難を逃れていた。 優斗の無事を確認すると、ホッと安堵した。

 ――『篠原瑠衣の援護の矢が飛んできます。 地面に伏せて下さい』
 
 監視スキルの声が優斗の頭の中で響く。 目の前のテッドの身体を切りつけると、身体が歪んで木刀がすり抜けていく。 すり抜けた隙間から、瑠衣の援護の矢の先が光った。 瑠衣の必死な声が響く。

 「優斗!!」

 『援護の矢の直撃まで、カウント・3・2・1』

 監視スキルの『ゼロ』の声と同時に地面に伏せながら、背後の砂壁を見て全身から冷や汗が噴き出た。 フィルも小さく悲鳴を上げて、優斗のそばで羽根を閉じて小さくなった。 瑠衣の放った矢を見て、優斗は気づいた。

 (あ、危なっ! 瑠衣の奴っ、普通に強化しただけの矢を放ったのかっ。 あいつ、テッドとまともに戦えないんじゃないか? 勇者の力だったら、もっとヤバかったかっ。 やばいなっ)

 瑠衣の表情を見て、優斗は眉を寄せて親友の心情を察した。 再び、監視スキルの声が響く。

 『篠原瑠衣は、見た目よりも情に熱い所がありますからね。 5歳で闇落ちした魔族を慮ってるのでしょう』

 (だろうな。 でも、それを言われると、俺に情けがない様に聞こえるなっ)

 『小鳥遊優斗は、意外と冷たい所があると思いますよ。 小鳥遊優斗の第一優先は、花咲華ですから』

 『全否定できない所が悲しいよ』と優斗は目を細めて苦笑を零したが、一応、親友を想う気持ちもちゃんと持ち合わせている。 チラリと瑠衣を見て、1人で魔族を相手にする事を確信して木刀を構えた。

 考え事をしていると、優斗から距離を取っていたテッドが、再び黒い矢を優斗に放つ。 しかし、黒い矢は優斗へ中る前に、瑠衣の矢が落とした。 瑠衣の表情は暗かった。

 「瑠衣っ」

 離れた場所で見ていた華たちも心配そうにこちらの戦況を見ている。 場合によっては、加勢する気でいる様だ。 優斗は出来れば、じっとしていて欲しいなと思っていた。

 背後の砂壁が土砂崩れを起こす音が、洞窟内に大きく響いた。 優斗の足元まで小さい土砂が流れつき、踵で砂の波が割れる。 鈍く砂の擦れる様な感触があり、足が少し砂地に沈んだ。 改めて、砂の洞窟を眺めまわした。

 (所々、崩れてきてるっ! これっ、やばいんじゃないかっ!)

 『ダンジョンが崩れるまで、まだ時間はあります』

 (もっと、早く言ってっ!!)

 「ルイ! まぞくにどうじょうしてたら、やられるよっ!!」
 「瑠衣! しっかりしろっ! 洞窟も、もうそろそろ持たないぞっ!」

 優斗の頭の上に戻ったフィルから、瑠衣に厳しい声が飛び、優斗も洞窟の状況を叫んで知らせた。 急ごしらえで出来た地中ダンジョンは強度が弱く、今にも崩れそうになっていた。 所々土砂崩れが起き、流れ落ちて来た土砂が砂山を作っていた。 テッドの嫌な笑いが洞窟内に響く。

 「やっぱり、思った通りだ。 お人好しだね、ルイさん」

 テッドの言葉と共に、瑠衣に複数の黒い矢を放つと砂地を蹴った。 瑠衣に放たれた複数の黒い矢を、浄化魔法弾で溶かす。 瑠衣が黒い矢に気を取られている間に、テッドは弓から剣に持ち替えて砂地を蹴った。

 砂地を鳴らし、テッドの振りかぶった剣が瑠衣を襲う。 砂地に銀色の足跡が輝く、足跡を踏むと跳躍して、優斗は瑠衣とテッドの間合いに飛び込んだ。 テッドは、歪んだ笑みを浮かべていた。

 木刀と剣の打ち合う音が大きく鳴り響く。 何処か離れた場所で、砂壁が土砂となって崩れ落ちた。

 「瑠衣っ! 援護しろ~っ!」

 テッドの剣を払いのけると、優斗は踏み込んで面を打ちにいく。 胴を打ち込み、桜の花びらを撒き散らせながら、木刀に氷を纏わせる。 テッドの身体は歪んで木刀をすり抜けた。 テッドは嗤いながら後ろに飛んだ。

 優斗は余裕なテッドを見ると、口を引き結んだ。 背後の瑠衣がゆっくりと起き上がると、しゃんと顔を上げた。 瑠衣の様子に、優斗はホッと小さく息を吐いた。 監視スキルの声が脳内に響く。

 『地中ダンジョンの崩壊まで、もうあまり時間がありません』

 (分かった!)

 優斗は瑠衣を横目で見ると、声を掛けた。
 
 「瑠衣、集中しろよっ! 地中ダンジョンももう崩壊する。 何とかここから抜け出すぞっ!」
 
 瑠衣が優斗の声に深呼吸し、瞳に力を宿らせたのが分かった。
 
 「分かった。 悪い、優斗」
 「行くぞ!」

 ――瑠衣と優斗が駆け出して行った後ろ姿を、仁奈たちは心配そうに見つめていた。
 
 仁奈は周囲を見回し、大量の砂が落ちて来るのを見ていた。 少し考え込むと、テッドが開けた穴を見つめる。 開いた穴の付近を従魔の雷神が飛んでいた。

 (雷神! そっちはどうなってるの?)

 『主、上はほとんど崩れてますぜ。 このままだと我らは、仲良く地中に埋まりますな』

 (そうっ。 雷神と従魔契約して3年経つけど。 雷神の話し方、全然慣れないんだけどっ)

 後ろに居た華が、仁奈が難しそうな顔をしているのを見て、心配そうにしている事に気づいた。 仁奈は華を振り返り、励まそうと思ったが、嘘を吐いても仕方ないと思い、正直に状況を話した。

 「ダンジョンの上はもう、崩れてるって。 テッドが開けた穴は崩れて塞がっていて、上からは出られない状態みたい」
 「ええっ! じゃ、どうすればいいの?!」

 フィンが仁奈と華を吐き出すと、銀色の少女の姿に変わった。 仁奈たちを守るように前を陣取っている風神の身体が小さく跳ねた。

 「ルイに天井を吹き飛ばしてもらうしかないわね。 ユウトの凍結魔法では穴は開かないだろうし。 それよりも、2人苦戦してるわね。 何とか援護が出来ないかしら」
 
 ハッと顔を上げた華が仁奈を見た。
 
 「仁奈、見つからない様に足場を作れない?」
 「えっ、出来るけど。 どうするの?」

 仁奈とフィン、聞き耳を立てていた風神は嫌な予感がした。 きっと優斗に見つからない様になんて、華が動ける訳ないが、華も言い出したら聞かない事を知っている。

 数分後、洞窟の天井付近に仁奈の魔法陣の足場が咲いた。 風神の幻影魔法で姿と足音を消し、駆け抜けてテッドまで近づいた。 下では、瑠衣と優斗が苦戦をしいられていた。

 ――瑠衣は風神から報告を受けて、顔から表情が抜けていた。
 
 相変わらず、優斗の氷の棘も、瑠衣の風を纏った矢も、テッドの身体をすり抜けていく。 小さく息を吐いた瑠衣は、木刀を構えている優斗を盗み見た。

 (おいおいっ。 仁奈も、華ちゃんも、何考えてるんだよっ)

 『ハナに何か考えがあるらしい。 それと、もう上は崩れていて、後は生き埋めになるだけだぞ、主』

 風神の報告を聞き、瑠衣は大きく溜息を吐いた。 瑠衣は弓を構え、テッドに標準を合わせる。 テッドの黒い心臓は、人と同じ場所にあった。

 (風神はこのまま、仁奈たちと一緒に居てくれっ)
 『承知した』

 「華、何をっ」
 「優斗、華ちゃんなら大丈夫だってっ! テッドの黒い心臓は人と同じ、左胸だ。 ベネディクトみたいに移動するかもしれないっ! 左胸にあるうちに行けっ!」
 「つっ、了解! 瑠衣、援護を頼む。 フィル、魔力制御っ!」
 「りょうかいっ!」

 優斗がテッドに突っ込んで行く。 テッドは黒い鎌を掌から作り出し、一振りした。 砂地から、黒いオーラが染みだし、優斗の身体に纏わりつく。 瑠衣は優斗に標準を合わせ、強化魔法を放った。

 『身体強化とスピード強化!!』

 優斗に瑠衣の矢が中ると、走るスピードが上がった。 テッドの黒い心臓を狙って片手突きを繰り出す。 次の瞬間に、色々な事が起こった。

 テッドの真上の天井が崩れ落ち、テッドの黒い心臓を貫いたと思われた優斗の突きは、テッドの身体をすり抜けた。 優斗は砂山で埋まる前に後ろへ飛んで避けた。 見上げた優斗は、顔を歪ませていた。 砂を落としたのは、仁奈たちの様だ。

 瑠衣と優斗たちが声を発する前に、テッド目掛けて大量の浄化の魔法弾が飛ぶ。 大量の浄化魔法弾が当たったテッドの身体は、あちこちから蒸気を出していた。 テッドはというと、少し顔を歪めただけだった。

 「つっ! 今のは少しびっくりしたかなっ」

 テッドが黒い鎌を振ると、風神の幻影魔法が破られ、仁奈たちの姿が露わになった。 テッドが華たちに向けて弓を構える。 見上げた優斗が叫ぶ。

 「華っ! 逃げろっ!」
 「風神、仁奈たちを連れて離れろっ!」

 もう、今、仁奈たちの側に行っても間に合わない。 華の結界が瞬時に強化されて張られる。 キラキラと球体が光るの光景が目の端に映った。 瑠衣は深呼吸すると、全身に魔力を纏わせる。

 矢に魔力を流すと、瑠衣の周囲に暴風が吹き荒れ、矢の先に魔法陣が拡がる。 サラサラの髪が揺れ、砂が巻き上がる。

 『全てを吹き飛ばせっ!!』

 瑠衣の魔法がテッド目掛けて、放たれる。 視界の端で、木刀が花びらを散らし、氷を纏っていく。 優斗の氷の刃が形成された。 テッドが黒い矢を放つ瞬間、テッドの身体が大きく震えた。

 テッドの黒い矢は放たれず、弦のはじかれる音が鈍く鳴った。 テッドは砂地に膝をつき、動けなくなっていた。

 瑠衣の放った魔法がテッド諸共にダンジョンの壁を抉ったが、地中なので、でかいトンネルが出来ただけだった。 そして優斗が放った氷の刃は、ブーメランの様に舞い、砂の天井を突き破って壊し、上空で霧散した。

 瑠衣の魔法がテッドを吹き飛ばしたので、途中で狙う場所を変えた様だ。 地中ダンジョンは、音を立てて崩れ、瑠衣が作り出したでかいトンネルも崩れた。 瑠衣たちの周囲には、砂山を幾つも作り出されていた。 気づけば瑠衣たちは、荒野の真ん中で砂山に囲まれていた。

 (優斗、何処までも成長していくなっ)

 「華! 大丈夫か?! 無茶するなよっ」
 
 華たちが仁奈の足場を使って降りて来た。 途中まで優斗が迎えに行っている。
 
 「ごめんなさい。 大量に浄化魔法弾を当てたら効くかもって思ってっ」
 
 瑠衣はハッと顔を上げた。
 
 「優斗、テッドは?! 倒せたのか?」
 
 優斗は、顔を横に振って苦い顔をした。
 
 「いや、逃げられた。 天井が崩れた時に紛れて逃げ出したいみたいだ。 あいつ、黒い矢を射つ時、おかしくなかったか?」
 「ああ、黒い矢を射とうとして、失敗した様に見えたな」
 
 フィルが銀色の少年の姿に変わりながら、疑問に答えた。
 
 「推測だけど、異例のスピードで魔王候補まで力を付けたから、悪魔と彼との間にズレが生じてるのかもしれない。 成長途中で、ちゃんと身体が出来てない事もあるかも。 ちゃんと調べてみないと分からないけど、もしかしたら暴走するかもっ」

 瑠衣はフィルの話に『そうか』と頷いただけだった。 瑠衣のいつもの帰還の号令に、優斗たちは頷き、嫌な空気が漂ったが、転送魔法で隠れ家に戻って行った。

 ――魔道具街にあるスラムの廃墟に戻って来たテッドは、暗い表情をしていた。
 
 あと1歩という所で、目的を達せられなかった。 何故あの時、黒い矢が射てなかったのか、テッドには分からなかった。 テッドの黒い心臓が大きく波打ち、身体の振るえが怖った。 テッドの頭の中で声が聞こえる。

 『勇者の力を奪え。 さすればお前は、魔王になれるだろう』

 悪魔のささやきに、テッドの瞳から意思が消えた様に見える。 そして、再び声が聞こえる。

 『奴の弱点を狙うのだ。 微量な黒いオーラを混ぜた魔力を奴に流せば、面白い物が視られるぞ』

 テッドは、瑠衣の弱点は何かと考えた。 思い浮かんだのは、仁奈の顔だ。 瑠衣はテッドから見ても、仁奈をとても大事にしている様に見えた。 瞳に怪しい光りが宿ると、テッドはまた別の姿に変わった。
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