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お互いの転機2
しおりを挟む「では、出発まで急いで国内の仕事を片付けます。失礼します」
そう言って、部屋を出た。
夕方に仕事を片付けて由花に連絡したかったが、終わらなかった。夜半になって、彼女へメールをした。
在宅しているとわかったので、会いたいというと驚かれた。すでに二十時近くだった。
「いいわよ。うちでよければどうぞ」
「すぐに行く。何か食べるものがあるか?」
「何も食べてないの?」
「ああ、本当は夕方までに仕事を終えて、お前に連絡したかったんだが、終わらなかったから……」
「いいわよ。残り物で何か作るわ。清家の御曹司のお口に合うかどうかわからないけど。庶民の食べ物でもいいかしら?」
「ああ、由花の手料理ならなんでも食べる」
「苦手や食べられないものはないの?」
「ピーマンが嫌いだ」
「ええ?小学生みたいね。まあ、いいわ。ピーマンはないから心配しないでね」
「ああ。三十分で行く」
「はい。気をつけて来て下さい」
由花は急いで冷蔵庫の中にあるものを見た。
家にいることの多い祖母は何かすぐに作れるように冷凍していたり、野菜などは常に買ってあった。
由花は時間も遅いので、小鍋に鍋焼きうどんを作って待っていた。
駐車場前の砂利道に車の入ってきた音がした。
急いで玄関へ迎えに出た。
スーツを着こなした玖生が車から降りてきた。
夜目で見てもやはり美男だ。切れ長の目がこちらを見て、微笑んだ。私は微笑んで手を振った。
運転手さんがこちらを見て微笑んだ。
私も会釈すると、車をバックさせて戻っていった。
「お疲れ様」
「ああ。急にすまないな」
「いいわよ。どうぞ」
彼を家に上げた。初めてだった。キョロキョロと見ている。
「古い家なのよ。今後この家をどうするかも問題なのよね」
「……」
何も返事をしない彼を振り返った。こちらをじっと見ている。様子が変だ。とりあえず、リビングへ通して座ってもらった。
「時間も遅いし、消化にいいものと思って、鍋焼きうどんにしたの。食べられるかしら?」
彼の前に小鍋を置いた。漬物も添える。
「ああ、ありがとう。今日は少し寒かったからこれは身体が温まりそうだな」
「はいどうぞ」
蓋を取ると湯気が出た。
「ああ、美味しそうだ。頂くよ」
彼が食べ出したので、お茶を出した。
ひたすら黙って食べている。
「ねえ?大丈夫、口に合った?」
「ああ、美味しい。優しい、懐かしい味だ。由花らしいよ」
「どういう意味よ。おばあちゃん子だから、懐かしい味ってこと?」
「そんな顔するな。素直にとれよ。褒めてるんだ」
彼の食べる仕草は前も見たけどとても綺麗。比べるのも変だが、同じ御曹司の藤吾よりも食べている姿に品がある。さすがに清家の御曹司だ。
「ごちそうさま」
「お粗末様でした」
お茶を飲んだ彼が私をまたじっと見た。
「ねえ、何かあったでしょ?」
「え?」
「様子が変よ」
「いや、ちょっと疲れたせいだろ。おばあさまはその後どうだった?」
話をすり替えられた。
「手術しないですみそうなの。とりあえず、投薬で経過観察。でも生活習慣を変えて療養が必要らしいわ」
「そうか。それは良かった。二週間くらいで退院できるか?」
「え?そうね、多分まだ詳しくは聞いてないけど、おそらく大丈夫じゃないかしら。そんなにかからないで退院出来ると思うわ」
玖生さんは良かったなと言いながらお茶を飲み終わると席を立った。
「そうだ、家元継承の件はそういったことに詳しい人をそのうち会わせるように手配している。もう少し待ってくれ」
「それも大丈夫。こちらでも動いているから。ねえ、玖生さん、疲れてるでしょ?今日はわざわざ私の顔を見に来てくれたの?無理しないでいいのよ。忙しいお仕事なのに……メールで大丈夫だから、これからはそうしてね」
そう言った私の顔を彼はまたじっと見た。そして、急に手を引かれ彼の腕の中に抱きしめられた。
玖生さんの香水に包まれた。何度か抱きしめられたせいで、驚きもない。この香りで安心するようになってしまった。
「どうしたの?ねえ……」
「少しだけこのままで……疲れが取れるんだ」
「何それ?私ってそんな力があるの?じゃあ……どうぞ」
私は彼の身体に腕を回して抱き返してあげた。
すると、彼はビクッとして私をぎゅっと抱きしめ、私の首筋に温かい感触を残した。
「……あっ」
「ごめん。許してくれ。君に抱きしめられて理性が飛んだ」
首筋に彼が唇を押し当てたのに気付いたが、突き放したい気持ちにはなれなかった。私も彼を意識しはじめているのはわかっていた。
彼はそっと私から身体を離すと携帯で運転手に連絡をした。
「由花。戸締まりきちんとしろよ。大丈夫だろうな?」
「うん。気をつけてる」
「よし。それと、家元の仕事で忙しいならエントランスの花のほうもしばらくやめていいぞ」
「ううん。それは絶対やりたい。時間をずらして早めに行ってもやりたいの。できれば受付の同僚にも会いたいし、あのエントランスはとてもいいの。活けるのが楽しくて。やらせて下さい」
「わかった。金曜日だったよな。時間わかったら連絡くれ。迎えをやる」
「うん。ありがとう」
車のライトが見える。玖生さんはわたしの頭を撫でると帰って行った。
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