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アクシデント1

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 昨日金曜日の夜。出張から戻ってきたと玖生さんからメールがあった。

 お疲れ様とねぎらい、週末はゆっくり休んでくださいと言うと、色々予定がありそうもいかないと返事があった。

 おそらくは、今日土曜日のパーティーも予定のひとつだろう。親友の中田さんのホテルのお祝いだ。

 彼も来るはずと言っていた。遭遇したらどうしよう。中田さんにはくれぐれも言わないようにいわれたので黙っていた。

 ツインスターホテルへ午前八時には入り、準備をして二時間で仕上げる。

 大体の花の配置や色合いなどはパソコンで作って先に渡しているので、その予定通りに作っていく。

 この仕事となると私は集中するので、側にいる人も話しかけてこない。話しかけづらい雰囲気を出しているのかもしれないが、そのくらいの没頭ぶりなんだと思う。

 予定通り終わった。できあがりを下がって確認していた。

 するとパーティーに来た人達がエントランスに集まりはじめた。

 受付の邪魔になるといけないので、控え室へ下がろうとしたときだった。

 「由花?」

 聞き覚えのあるテノール。振り向くと茶髪におしゃれな眼鏡をかけた神田ホテルグループ総帥の神田藤吾その人だった。

 「……藤吾」

 すぐにこちらへ近づいて来た。私は一歩下がった。すると駆け寄って来て、腕を捕まれた。

 「!」

 「……逃げないでくれ。あのときは悪かった。俺もこんなことになるとは思っていなかったんだ」

 嘘をついている目ではない。でも今まで連絡がなかった。それが答えだろう。

 「もういいです。婚約されたと聞いています。おめでとうござ……」

 「やめてくれ。父達にはめられたんだ。お前と約束していた日に呼び出されて……。本当にすまない。俺は今でもおまえを……」

 うしろから、強い女性物の香水の香りがした。

 「お待たせ。どうしたの、藤吾さん」

 振り向くと、レースの黒いドレスを着こなした忘れられない女性がこちらを睨むように見ている。

 「……いや」

 彼が私から手を離した。私が会釈をして下がろうとしたその時、彼女が言った。

 「あら、あなた。以前、彼のホテルにいた子よね。今度はツインスターで花を活けてるの?良かったわね」

 彼女はせせら笑うように私を見て言う。わざとらしい。私と彼のことを知らないはずはない。あのとき私を辞めさせるため啖呵を切ったのは彼女だ。ただ私を貶めたいだけ。

 「やめろ、加奈子!由花をこれ以上傷つけたらお前でも許さないぞ」

 彼女は顔色を変えた。そして、私を指さすと言い放った。

 「何を言っているの?あの子はもう過去。私があなたの婚約者なのよ。こんなところで恥をかかせないでちょうだい」

 彼女のいきり立つ声に、周りに集まってきていたパーティ出席者が振り向いた。

 すると、後ろからグイッと引かれて、誰かの背中に庇われた。

 背中を見て驚いた。玖生さんだったのだ。

 「……久しぶりだな、神田君。元気だったか?」

 「え?……清家さん。お久しぶりです。あ、あの彼女とは……」

 「ああ、彼女は今俺のところで働いているんだ。今日は鷹也に頼まれて仕事を受けたようだが……そうだろ?」

 振り向いた玖生さんは私の目を覗くように尋ねた。

 「あ、ええ、そうです。オーナーからご依頼を頂きました」
 
 彼は藤吾に話しかけた。
 
 「神田君は婚約されたそうだね。おめでとう。でもその女性がお相手かい?君にしては随分騒々しい人を選んだものだね。学生時代から女性との噂に事欠かない君が何もこんな女性でなくてもいただろうに……」

 藤吾はその言葉に顔色を変えた。
 私も挑発するような玖生さんの台詞に驚いた。

 「な、なんですってえ?!」

 彼女が顔を赤くして玖生さんを睨み付けた。

 藤吾はそんな彼女の腕をつかんで、ひとにらみすると前に出た。

 「清家さん。由花は今あなたのところで働いているというのは本当ですか?」

 「そう。君に心配してもらわなくても彼女は守るから安心してくれ。ただ、先ほどの物言いを見ていると、そちらの彼女をまずきちんとしつける必要がありそうだな。由花のためにもそうしてくれ」

 藤吾は私をじっと見つめて彼女を引っ張って、下がっていった。

 見ると周りに人が集まって遠巻きに見られていた。

 私は恥ずかしくて泣きたくなったが、すぐに中田さんがホテルスタッフを連れてきて間に入り、皆さんを案内していく。

 中田さんが玖生さんに目配せした。玖生さんは、青い顔をした私の腕を取ったまま、ひきづるようにしてエレベーターへ向かっていく。

 すぐにボタンを押すとエレベーターが来て扉が開いた。

 私は彼にそこへ押し込まれた。

 扉が閉じると同時に彼がカードキーを照合し、階数を押した。振り向くと私をエレベーターの壁に押しつけ、両腕で囲った。

 「驚かせるなよ……はあ、間に合ってよかった。いったい、どうして……大丈夫だったか?」

 そう言って、大きなため息をつきながら、私の肩に顔を埋めてしまった。

 「あ、あの、助けてくれてありがとう。そして、ごめんなさい」

 「由花。何故今日のこと黙っていた。絡まれている君を見て俺がどれだけ驚いたかわかるか?鷹也の奴の差し金だな。全く……」

 頭を上げて私のことをじっと見ている。

 「……どうした?何かされた?」

 「何もないわ……助けてくれたからもう大丈夫」

 「あれが、頭取の娘?どこの銀行だ?まあ、いい。あとで鷹也に調べさせればすぐにわかる」

 ポーンという音がして、扉が開いた。ここどこ?私の控え室に戻らないと。

 「あ、玖生さんはパーティーへ行ってちょうだい。私は自分の控え室に戻るわ」

 玖生さんが私の腕を引いて廊下を歩き始めた。

 「何言ってるんだ。あんな衆目の的になって今更パーティーなど出なくてもいい。とりあえず、鷹也のために顔を見せただけだからもう十分だ」

 「で、でも」

 一番奥の部屋へ着くと、カードを当てて部屋のロックを外し、扉を開けた。
 広い。おそらくエグゼクティブフロアのセミスイート。他のホテルで働いていたからなんとなくわかる。

 「入れ」

 有無を言わさぬ目がこちらを見ている。おずおずと中へ入った。

 「すてきな部屋ね」

 「ああ。ここは俺がこのホテルでいつも使う部屋だ。ここに来るときは必ずここを鷹也が押さえてくれるんだ」

 広い眺望。都立公園が真下に見えるせいで、とても開放感がある。

 「いいわね。うらやましいわ」

 「これからはいつでも泊まりたい時は言ってくれたら、予約する」

 「そんな……でもせっかくだから、そうね、何かあったらお願いしてもいい?」

 私は助けてくれた玖生さんに、何か心を許してしまい、小首をかしげて甘えてみた。
 すると、彼は私を見て固まった。そして後ろを向いた。

 「どうしたの?」

 「……いや。珍しく素直で可愛いなと思って……いつもなら、そんなのいいとか言うじゃないか」

 もごもごと言う。

 「そうね。今日は助けてもらったせいで、なんとなく玖生さんになら甘えてもいいかなと思っちゃったの……」

 玖生さんはこちらを振り向いて嬉しそうに言う。

 「ああ、いつでも甘えてくれ。楽しみにしてる」

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