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第二章 中宮殿
六ノ巻ー本質①
しおりを挟むその日はあちらにご機嫌伺いの遣いを出し、返事を待った。その間にこちらは香の準備をした。静姫は手土産の準備でお忙しそうだった。私達の訪問は明後日となった。
兄上は夜から中宮殿に入られて祈祷をされた。その夜は心配だった。兄上の祈祷の声も聞こえていたのだ。
翌日、兄上の遣いで白藤が来た。
「やはり吉野でした。調伏はまだ途中だそうです。ただ、兼近様の力が夕べの祈祷を通してあちらに漏れたので、どうなるかわからないから気をつけろとのご伝言です」
目の前には可愛い女童に化けた白藤が座っている。つやつやの振り分け髪の下に不釣り合いな光る眼。白藤が化けるとこうなるのね。
「わかったわ。ありがとう」
「明日はあちきも夕月さんとご一緒に参ります。鈴だけでは心配ですから……」
「にゃ、にゃー(お前は、いらない)」
鈴が立ち上がって、右手を振り回した。毛を逆立てた。
「ふふふ。それはどうかしらん」
可愛い女童がにっこりする。うーん。なんだか子供なのに無駄に色気があるのはなぜ?
「鈴ったら、喧嘩はよしてちょうだい。ここは団結するときよ。ありがとう、白藤。頼りにしてる。もちろん、鈴もね」
「あい。お任せくなんし」
「にゃ(ふんっ)」
兄上様が調伏に手間取るとはかなりだとわかった。これは明日の藤壺への訪問は気を入れないとまずい。
香もきちんと準備をしようと決めた。一部足りない材料があるが、実家へ取りに行かせよう。
静姫は藤壺への最初のご挨拶なので、率先して準備をしている。
姫は左大臣様の一の姫。父上様の顔を立てる意味もあるので、夏の衣に仕立てる高価な正絹を贈り物とするそうだ。
ご自身が差配して取り寄せている。こちらの威光を示すことで中宮様一派である左大臣家を侮らないようけん制する意味もある。
正直、中宮様相手に喧嘩をするなんて無理が過ぎると思う。身分的にもそうだが中宮様は尚侍に優しくしていたと話していた。
それなら、あちらは中宮様への恩もあるだろう。それに中宮様はとても良い方だ。さっぱりしたご性格で尚侍に嫉妬などもなさらなかったはず。
新しく寵愛を独占している彼女に嫉妬せず優しくしていた中宮様を害するなどおかしなことだ。弘徽殿のほうは藤壺様を目の敵にしていると聞く。どちらかといえば敵はあちらのはず。
特に、京極皇子の東宮宣旨が決まる前から中宮様は藤壺尚侍に優しくしていたはずだし、なぜ吉野のご実家が中宮様に呪詛をかけたのだろう。そこがわからない。
兄上様が内裏にいなかったから、力の強い陰陽師も見当たらず遮る力はないと過信があったのではないだろうか。
特に今回、御上に葵祭など祭祀の手伝いをしたいと奏上されたのも、御子ももうけた藤壺の勢力を広げたいという吉野の神官である藤壺尚侍の父上の考えかもしれない。
だとしたら、そのことに娘である尚侍ご自身がどこまで関わっているかを見るのが私の仕事だ。
「夕月。約束してほしい」
その夜寝る前のことだ。周囲に人がいないとき急に私の前に鈴がちょこんときれいに座った。
そして人の言葉で話し出した。鈴は、どうしても聞いてほしいときは人の言葉を使う。
「なにを?」
「明日は胸の中にいれている札を使って自分の力を開放するな」
驚いた。全部お見通しなのね。札を使って呪文を唱え戦う気だった。少しは修行したから前よりはいいと思うのに、信用してないのね。
「それは、その……必要がなければ使わないわ」
「言っておく。あちらで何か仕掛けてきたら、3体のあやかし猫が入ってきてお前を包囲し結界を作り守る。白藤と私、旭丸が盾となり攻撃する故お前は何もするな」
「鈴……」
「話していないが、兼近からも力を分けてもらっている。いざとなればそれもある」
「ありがとう。わかった。それでもだめなら戦うね」
「それでもだめなら……夕月の力などなんの役にも立たない。おそらく全員おわりだ」
「……鈴!」
「とにかく、明日は偵察だと兼近からも連絡が来た。戦うならばあちらも静姫のいるときを選びはしない。おそらく大丈夫だと思うが、あやかし同士で何かないように気を付けないといけないからあまり気負うな。あやかしはそういう好戦的な気配に敏感なのだ」
「そうね……。その通りだわ、ごめんなさい。私、前のことがあってどうも身構えてしまって……吉野の力が強いというのも白藤の報告からわかったものだから、つい……」
鈴は下を向いた私の膝に飛び乗ってきた。そしてゴロゴロと喉を鳴らすと私のほうを向いてにゃーと鳴いた。
「うん。ありがとう。私には鈴がいる。いつも一緒だよ」
鈴は返事の代わりに私へ身体を摺り寄せて甘えてきた。私は彼女を抱きしめた。ああ、温かい。これに癒されて私は大きくなった。
物心ついたときから側にいた鈴。私の身近な大事な姉妹。嬉しいや悲しいとき、怒ったとき、どんなときも側にいて見守ってくれた。
おそらく嫁ぐときにも彼女と離れることはないだろう。きっと連れていく。死ぬまで側にいてくれると約束したんだもんね。
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