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第一章

七ノ巻ー戦い➁

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 あと三日で朱雀皇子が帰ってくる。準備で東の対も忙しくなった。

 桔梗のところへ行ってから二日経った。何事も起きない。

 深く考えすぎだったかと思って安心していたら、姫の側にずっといるはずの鈴が、先ほどから私の側にいる。

「何してるのよ、鈴。姫を守りなさいよ」

「にゃあ、にゃにゃあ、にゃー(白藤がいる、主が夕月を守れと言っている。気をつけろ)」

「珍しい。どうしちゃったの?」

 リンリンと鈴の音をさせて、私の裳を引っ張った。

「にゃにゃ(外に出るな)」

 すると、背が高い見たことのない女房が入ってきて、後に控えた。志津が言う。

「この人は晴乃という新入りです。口がきけないの。だから、あなたが一緒にいてあげてちょうだい。今日の仕事はもういいからね」

 すると、その女房が碁盤を出してきて私の前においた。一緒にやろうというのか、座れと指さされ、碁盤を前に二人で向かい合う。

 パチリと彼女が黒い石を置いた。実は私は碁が大好き。戦術を亡き父上から碁を通じて学んだりするのが好きで、実戦は兄上、私は軍師になるのが夢だった。

 盤上で碁が進む。おかしいな……。違和感というか、既視感がある。

 だって、この手は……何度か見たことがある。私は記憶力だけはいい。亡き父もそこだけはいつも褒めてくれた。

 試してみよう。ここに置くと、あの人なら……次はここに置くはず……だ。

 その人がぱちりと思ったところに石を置いた時だった。

 突如煙がもうもうと立ちこめて、息苦しくなった。その女房は立ち上がり、私を守るように前へ出て立ち塞がった。

 自分の口元をちぎった袖で巻き付けると、前を向いて、どこにあったのか腰元から剣を出した。

 これは見たことがある剣だ。私は煙を吸って意識がなくなりかけた。

 膝をついて咳をしていると、駆け寄って来た鈴が私の後に回った。何か呟いている。横にはいつの間にか旭丸と権太が立ちはだかっている。

 黒い塊がいくつか襲ってきた。これは……怨霊?私に乗り移ろうと次々飛んでくる。

 私の前後左右にいる者達が盾になって戦ってくれている。私の左右両脇にそれぞれ権太と旭丸が立ち塞がり、あやかしのオーラを出して防いでいる。

 目の前の、あの人は……剣で怨霊を次々と切っている。

 ゴーッ!というすごい音がして、周囲の几帳が倒れた。部屋の中に黒い雲が渦巻いている。

 だが、御簾内の出来事で、外には全く見えていないようだ。廊下を普通に女房達が歩いているのが見える。

「おのれ、まさかわしの……そんなはずはない、この娘に何が何でも取り憑いてくれる、お前自身にはそれほどの力はないはずだ」

 目の前に見たことのない僧侶が視える。ここにいるわけではない。どこかで念を送っているのだ。

 魂が離脱してここにいる。この怨霊達は何?わからない……頭がぼんやりする。

 すると、紅色のあやかしの色が強くなった。旭丸だ。左側で怨霊をはねのけている。右側の萌黄色の色も濃くなった。権太が大きな身体で立ちはだかっている。

 振り向くと薄い桃色のあやかしが後で揺れて視えた。これは鈴だ。総毛を逆立てている。鈴が本気モードの時だ。めったに見ない姿だ。

 これは……かなりまずい状況だとすぐに悟った。

 私は頭を振って、意識を保とうと胸元に常に護身用として入れてあった懐剣を抜いた。

 思いきって自分の左腕に突き立てた。頭が朦朧としていたせいでやり過ぎた。

 気づいた時にはもう血が噴き出てきた。だが、傷の痛みで意識が戻ってきた。幻術などに対応する最後の方法だ。

 やはりそうだった。目の前の剣を振るう彼はあやかしではない、人間だ。

 剣を振るって疲れたのだろう、身体が揺れている。

 彼をなんとしても助けないといけない、私は彼の直衣を避けて前に出ようとした。

「夕月、前に出るな!」

 刺すような厳しい彼の……大好きなあの人の声がした。やはり晴孝様だ……どうしてここにいるのだろう……。

 すると、急に浮かんで視えていた僧侶が喉元を抑えて苦しみだした。僧侶の陰が薄くなっていく。

「や、やめろ、やめてくれ……」

 うしろで何かを唱える声がする。

 これは……兄上の声だ。兄上が僧侶の実体のところへいるに違いない。

 そうか、もしかしてこの僧侶は幽斎?兄上は幽斎のところへ行って、術の発動を直接止めているのね。

「ああー、頭が痛い、やめろ、古部!やめてくれ!」

 怨霊の動きが弱まった。僧侶の姿が薄くなり消えていく。振り向いた彼が私を見て驚いた。

「夕月!どうしたんだ、その傷は何だ!腕が血だらけじゃないか!」

 焦る彼の姿を見て、返事をしたかったが私はふらりとそのまま倒れてしまった。

 晴孝様は私を抱き起こし、私の顔を見ながら何か叫んでいた……でも、何を言っているのかわからない。

 そのうち視界が暗くなり、その場で意識を失った。

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