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第一章

六ノ巻ー敵陣へ➁

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「札を今帝にお見せしてもよかったのですよ。そうせずにあなたへお返ししたのには理由があります」

「……な、何?」

 震えている。立場が逆転した。古部を最初から侮って、呪い札を平気で使うあなたが間違っている。

「私達が望むものは同じだと思いませんか?静姫と朱雀皇子とのご縁はいいものとは思えません」

「……!」

「……絹……」

 桔梗は扇を取り落とした。よほど驚いたのだろう。顔色が青くなった。

「……あなた……どこまで一体……」

「朱雀皇子の心はまだそこにあるんでしょう?通っているようですね」

 兄上によると、絹の宿下がり先へ朱雀皇子が物忌みや方違えなどを利用して定期的に通っていたことがわかった。

 つまり、二人はまだ続いている。逆に、東宮殿を出たことで絹に会いやすくなったのだろう。

 しかも、またも子が出来てつわりがひどいとわかった。

 桔梗は知っているはずだ。だが、皇子の手前さすがに二度も手を下すことは出来ない。子が出来るということは朱雀皇子が彼女を望んでいるということに他ならない。

 桔梗は諦めたのだろう。大きなため息が聞こえた。

「たいしたものね……そこまで知っているとは驚いた」

「絹はあなたが仕向けたのに、まさか朱雀皇子が本気になってしまうとは残念でしたね」

「……まさか、朱雀様があそこまであの女に入れ込むとは思ってもいなかった……」

「朱雀皇子と絹のことは、静姫入内を阻止するために内密で利用させて頂きます」

「!」

「大丈夫です。あなたには何も被害が出ないようにするという意味で、札をお返ししたのですから……では、失礼致します」

 彼女は私を睨んでいたが、白藤が御簾の側にいたので、私はすぐに退出した。兄には白藤のほうから連絡がいくだろう。
 

* * *
 

「夕月。志津に聞いて驚いたわ。南の対に行っていたって本当なの?」

 私は志津さんを見つけて睨んだ。ごめんなさいと手を合わせている。まあ、彼女は静姫から頼まれると何も断れない。

 しょうがない。嘘ついて行って姫に何かあったときに困るから、本当のことを志津さんにだけ言ったのが裏目に出たわね。

「にゃにゃにゃ(無事で良かったよ)」

 鈴が歩いてきて、私の前で顔を上げて鳴く。頷いて見せた。私の膝に乗るかと手を出してあげたのに、くるりと後を向いて姫の膝へまっしぐら……。

 鈴、あんたね……たまには大仕事をした元の飼い主を癒やしたらどうなのよ。にゃにゃにゃのひと言で済むと思うなよ。実家へ戻ったら見てなさいよ。

「朱雀皇子は知らせによればあと5日ほどで戻られるそうです。ですから、早めに片付けねばなりません」

 私は心配をかけたくなくて、姫には詳細を伏せている。だが、それも無理そう。睨んでる。

「夕月。私はあなたの兄上様よりあなたをお借りしているのです。何かあったらどうしたらいいの?しかも何をしているのか教えてくれない。ねえ、呪い札が道具箱の下にあったというのは本当なの?」

 志津さんったら。私がお団子の下に札を入れているところを見られてしまったのよね。全く、個室がないから困るわ。

「それはその……もう終わりましたからご安心ください」

「……夕月!」

「はい!」

「お願いだから、教えてちょうだい。わたくしには知る権利があると思うのよ。それに、予想していたから怯えたりしないわ。あなたの兄上様がそういうことに詳しいし、心配はしていないの」

「そうですか。札は兄上が見つけてくれて、排除しました。そして、その札は持ち主というか、企んだ人にお返し致しました。つい先ほど……」

「……桔梗だったのね」

「そうともいえますが、おそらくは彼女の父上からの指図と思われます」

「朱雀皇子の侍従である忠信ね」

「はい」

「それで?」

 興味津々の姫は目を爛々と輝かせて聞いている。はあ。困ったな。

「忠信は官位を授かり従八位になったとか。いずれ、皇子が東宮として揺るぎない地位へ正式にお付きになれば、おそらくは従五位辺りまで上がり、正式に貴族の仲間入りをする可能性もあります」

「……」

「つまり、その娘である桔梗もそうすると……」

「そういうことだったのね。だから、皇太后は私に……」

「そうでしょう。どう考えても正室でいずれ皇后になる方は楓姫か静姫でないと困るのですよ。帝もそう思われているのではないでしょうか。でも、朱雀皇子の執務能力や性格を考えて今は忠信をそのままにされているんだと思います」

「それで、桔梗はなんと?」

 絹のことを言うのははばかられる。どうしよう。でも……。

「札のことは認めました。ここに手を出すことはないと信じたいです。兄上の存在も気づいたはず……でも、大変な秘密を私達が握っていることに忠信が気づけば何をしてくるかわかりません。姫は絶対にここを離れないで下さい。白藤」

「あい」

 白藤が御簾の前にいる。連れてきたのだ。

「几帳の隣に入りなさい」

 彼女が入ってきた。静姫に紹介する。護衛させるためだ。鈴だけでは危ないかもしれない。

「……この者は?」

「白藤と申します。兄上のところから来ていた女房で、中宮様の紹介ということで南の対におりましたが、先ほど連れて戻りました。彼女は色んな術が使えますので何かあれば私に代わりお側で姫をお守りします」

「わかりました」

 実は幽斎というお坊さんが右大臣についていたが、彼を攻略するのに兄上が苦労されている。あの札が幽斎のものだということはわかったが、どうして忠信の後にいるのか、最初から右大臣を騙していたのかそこがわからない。

 正直、兄上が負けるとは思ったこともないが、静姫だけは何がなんでもお守りしないといけないのだ。


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