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第一章

五ノ巻ー作戦会議①

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 兄上は戻ってきた私を見て目を見張った。

「夕月。こんな時間に外をうろつくなんて危ないと言っているだろ。連絡をくれたら私が行くのでお前は動くな」

「大丈夫ですよ」

「大丈夫じゃない。今までとは訳が違う。お前、自分の姿がどれほど変わっているか認識していないようだな。晴孝が来て心配していたが……兄の目にもお前は美しいぞ。晴孝の心配は大げさじゃなかったようだ」

 嘘でしょう……兄上が褒めた?恥ずかしい。兄上から美しいなんて言われたのは初めてだ。

「さてと……それでは急いで楓姫から聞いてきたことを話してくれ。早速作戦会議だ」

 ひと通り話すと、目をつむって聞いていた兄上は遠くを見て、何か考えている。

 兄上が手を叩いた。白藤と権太と旭丸、鈴が兄上の前に膝を突いて現れた。鈴は兄上に命じられ、ここで私を待っていたらしい。作戦会議のためだ。

「夕月」

「はい」

「正式に東宮殿入内の際は、このまま権太を下男として連れて行け」

「……え?」「……は?」

 権太がかぶりを振った。

「いやですよ、兼近様。俺がおしろい臭いところ嫌いなのを知っていてそんなことを言うんですかい?おしろいが大好きな白藤に行かせた方がいい」

 大きなお腹をポンポンと叩きながら顔をしかめる。もってりとした体格以上に顔周りの黒髭が彼をたくましく見せている。

「……あちきは兼近様のおそば以外にはどこへも行く気はござんせん」

 ぷいと横を向いたつり目の真っ白な美人が白藤。まあ、そうだろう。白藤は兄に片想い中。彼女は兄にあやかしを代表して嫁入りしたいというのだ。そのため、常に兄の側に控えている。

 他の狐のあやかし達に色々言われているらしいが、力も強いので文句を言う奴は彼女の幻術で夢をみたままになってしまう。

 兄がそんな権太を見ながら、手元の杯を上げて言った。

「権太。皇子のところでは仕える者達もうまいものがたらふく食えるぞ。酒もうちにあるものより、ずっと良いものがあるからな」

 権太の目が輝きだした。私は顔を覆った。ああ……この一言は何より権太の心を揺さぶる。彼は何を置いてもついてくるだろう。酒と食べ物のためなら何でもする。

「……わかりました。しょうがないですね、鈴だけじゃ何の役にも立たないでしょうし、おいらが夕月さんを助けやしょう」

 ポン、ポンといい鼓の音がする。そう、権太のお腹を叩いた音だ。すると、鈴が尻尾を立てて、毛を逆立てた。

「権太!は誰よりも夕月を大事にしている。それに、お前と違ってどんな人間の膝にも乗れる。情報を取るのはいつも我だよ。食い物や……邪な恋心しかない、お前達とは全く違う」

 最後のひと言は余計だった。白藤がつり目をもっとつり上げ、鈴に向き直った。

「猫の分際であちきに意見するたあ、いい度胸ざんすね。恋心の意味も知らない子猫の分際でいい気になるんじゃあないよ!」

「そうだ、お前なんてひとひねりだ!」

 立ち上がった権太の後に尻尾が見えた。茶色のふさふさとした立派な尻尾だ。怒りで変化が崩れ、尻尾を出してしまった。横の白藤には黒髪の間から、白い耳が少し覗いている。横の旭丸は呆れて知らんふりしていた。

 あやかし達は兄の前だからという甘えもあるのだろう。少し感情的になると本来の姿が見えてくる。するといつもは笑って見ている兄の様子が今日は違った。

 すぐに右手の人差し指と中指をたてて何か呟いた。ピクッと三匹は動きが止まった。金縛りになっている。兄の術だ。

「お前達……ふざけている場合ではない。夕月はもちろん、静姫に命の危険もある。お前達がそんなことでは……他のものをつかうしかないな」

 兄がゆっくり指を下げた途端、三匹は動けるようになった。すぐに並んで静かに頭を下げてひざまずいた。

「おいらが行きやす!」

「あちきも何でもします!」

「にゃあ!(やるにきまってる)」

 兄が私を向いて言う。

「入内予定の東宮殿の東の対には調度品を先に入れてもらい、数日後私が事前に偵察へ入る。何か仕込まれる可能性があるからだ。それと、朱雀皇子の側近とその娘は探りが必要だろう……鈴」

「にゃ(はい)」

「お前の一族から何匹か朱雀皇子の侍従とその娘へつかせるようにせよ。情報を集めろ」

「にゃあ(わかりました)」

「白藤」

「あい」

「侍従の娘のところに女房として入れ。晴孝に言って中宮殿から入るということにさせる……白藤、お前の美貌が役に立つぞ」

 白藤は目をキラキラとさせて真っ赤になった頬を両手で抑えている。ああ、これを手玉に取ると言うんだ。兄は本当にたちが悪い。

「あい、わかりました。でも、そうしたらあちきの一番大切な兼近様の側にいるものがいなくなります。やっぱりあちきは残って、他の狐族より美人を選んでその娘に仕えさせましょう」

 ちろりと目を上げた兄が言う。

「わたしなら大丈夫だ。犬の旭丸もいるし、式神もいざとなれば使う。お前の入る場所は南の対だ。静姫の入るところと真向かいの対だろう。何かあれば直接駆けつけて夕月を守ってくれ。おそらく最初のターゲットは夕月だ」

「え?」

 私が驚いて兄を見つめると、ため息をついている。

「楓姫のところで聞いてきただろう。以前も絹という一番大切にしていた女房に手を出された。そういう女房を手玉に出来れば姫を言うなりに出来るという考えだろう」

「でも……私が古部の娘とわかっいて手を出すとは思えません」

「そうだな。私が……お前の後にいるのだからね。普通わかっているなら絶対に仕掛けてはこない」

「つまり、わかっていないということですか?」

「あやかし達から忠信、桔梗親子についての情報は入ってきていなかった。あちらで呪術を使ったとして、あやかしを遣えるようなものはいないということだ」

「なるほど」

「つまり、私の本当の力を知らない。私をただの暦師だと思っているかもしれない。ある意味侮っている可能性もある。私は今まで父上の遺言もあって権力へ近寄らないようにしてきたのだ」

「兄上……」

「今思えば、隠密で動いてきたことが役に立ちそうだ。左大臣様と父は親友だった。そして私もその息子の晴孝と親友。気持ちはどうしても左大臣様寄りになる。だが、左大臣様は父のためうちの秘密についてはずっと口をつぐんで下さっている。帝にも推挙なさらない」

「なるほど。あちらは古部の力を知らないということですね」

「まずはあの忠信の後にいる術師が誰かを見極めねばならない。まあ、何か部屋から見つければ、そこからたぐることも可能だ」

「兄上って本当にすごいですね」

「馬鹿め。お前ももう少し修行しておけばよかったのだ。すぐに修行から逃げ出していたから、肝心な時に困るのだ」

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