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第一章

二の巻ー女房になる➁

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「鈴」

 猫の鈴を呼ぶと足下に来た。

「にゃにゃ、にゃあにゃ(わかってるよ。夕月がいない間、姫を守ればいいんだろ)」

「これから楓姫のところへ言ってくるわ。何かあればあなたの配下の猫を使って兄上に連絡してちょうだい」

「にゃあ、にゃにゃにゃあ(わかったよ。夕月こそ気をつけろよ)」

「あら、私のこと少しは気にしてくれるのね。すっかり静姫の猫になったかと思っていたわ」

「にゃ……にゃあにゃ、にゃあにゃー、にゃんにゃん(すねるなよ……これも任務だ。まあ彼女についていると美味しいものをたらふく食べられる)」

「……はあ」

 日和見の猫らしく、チリチリンと首輪についている小さい鈴の音がする。くるりと後を向いて尻尾を振りながらいなくなった。

 私は館の裏に行って外を見た。もう夕暮れだ。今日は兄に狸の権太ごんたを借りている。すぐに呼んだ。

「お願い。牛車を用意して」

「へい」

「権太ったら。もう少し大きめの衣装を着なさい。お腹を隠すように着なさいね」

 権太は狸のあやかしの棟梁。兄から言われて私の側に来ている。

 小姓の衣装を着ているのだが、お腹のところがもりあがっていて布が足りていない。下方の布がめくれている。

 権太は服を引っ張った。狸だからお腹はこれ以上引っ込められない。服をひっぱるしかない。

 女車に乗り込もうとしたところで、女房姿の萩野が乗り込んできた。

 降りなさいと言うと、絶対一緒に行くと言う。私の言うことをきかないのだ。

 萩野は私の乳母の子。年は一緒。だから萩野の母は乳母に選ばれた。生まれ月が半年違いで彼女の方がお姉さんだ。そのことを笠に着ていつも姉風情。

「もう、萩野は残りなさいって言ったでしょ」

「いやです。放っておくとお嬢様は無理をするんですよ。見張っていないとね。昔も、今もひとりで勝手に遠くまで行くんですよ。捜すこちらの身になってください。生きた心地がしない」

 つんとしてこちらを見る。

「萩野こそ、こんな時間から外に出て、何にもくせに何かあったら大変よ。必ず私の側にいなさい」

 萩野はあやかしが全く視えない、普通の女人だ。

 夕暮れから夜にかけてはあやかし達などの活躍する時間。外出は危険なのだ。萩野もそこそこの美人だし、狙われやすい。

 基本的にこんな時間は女君へ逢瀬に出かける男の人以外、あまり外出などしない。歩いている女がいるとしたら、それこそあやかしかもしれない。

「お嬢様の側にいれば大丈夫なんですよね?イヤと言われてもお側におりますれば、どうぞご安心下さい」

「……あなたね。何のために来たのよ?」

「お嬢様を守るためですけど……ほら見て下さいよ」

 萩野は胸元から細い紐と小瓶のようなものを出した。

「悪い奴を紐でくくって、ここに入っている塩を蒔きます」

「……あのねえ」

 内着をめくって力こぶを見せる。どういうことよ。

「力には自信があります。お任せ下さいませ」

「そんなものが効くなら誰も苦労しないわよ。全くもう……。結局守るのは私になりそうね」

 牛車はガタガタと揺れる。女車なので小さいのだ。私達はどこへ向かっているかというと右大臣邸。いわゆる敵地だが、目指す場所は本丸御殿ではない。離れに隔離されている楓姫のところだ。

 何をしに行くかと言えば……それはもちろん朱雀皇子のところで何があったかを知るため。いわゆる事情聴取のためだった。

 
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