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第三章 氷室商事へ

俊樹side

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「俊樹さん。おはようございます。ああ、お帰りなさい」

 来るたびに思うが取締役の割にはとても広い部屋を使っている。そして東側のいい部屋だから朝日がきれいに入っている。

 まあ、会長の秘蔵っ子だということは皆も知るところだ。

 他の取締役が気の毒だが、いずれ役職をいくつか飛ばして社長就任もありうるので、こんないい部屋をすでに使っていることに異論が出ない。

 手で座るように示されて、ソファにかけた。

「何か飲みます?」

「いや、いい。忙しいから挨拶だけだ」

「嫌みを言いにきたんでしょ」

「いや。世話になったな。面倒な茶番に付き合わせて、君も忙しいのに悪かった。菱沼さんをもらえたのは正直ありがたかった。彼のおかげでいつもより三日も早く帰れた。他の奴だったら絶対無理だったろう」

「大したものですね。森川さんの意図は少し空回りしました。でも、彼女にとっても、俊樹さんにとっても、うちの会社にとっても利益があったようなのでいいとしましょう。会長だけが不便だったようですけれどね」

「そうだろうな。あれほどの人に何年も任せっきりだといないときに本当に困るだろうな。自分では何もできなくなるだろう」

「まあ、いい薬になったと思います。会長もあぐらをかいていたけど、今まですべてお膳立てされていた事実に気づけたことでしょう」

「達也君。君は相変わらず口が悪いな。僕も人のことは言えないが、そこまでではない」

「あはは。俊樹さんに言われるとは光栄です」

「今回の取引の件、目をつむってくれてありがとう。氷室と関係があることはわかっていただろ」

「俊樹さんが……戻るんですからそれはしょうがない。うちの社長は氷室社長や陽樹専務からも釘を刺されたようですし、今までやっていただいた恩を返す意味でも当たり前のことです」

「もちろん、ミツハシフードサービスのためになるような取引だから安心してくれ」

「俊樹さんが私のいない間、社長と会長を助けてくれました。私もいずれ氷室には恩を返す時があると思います。それにはもう少し待ってください」

「ああ、お前が上に立つ時を待ってるよ。でも、背中から襲い掛かることだけはやるなよ。うちの兄貴は明るいが根に持つタイプだ、気を付けたほうがいいぞ」

「そのようですね。俊樹さんは僕には腹の内を見せてくれるが、陽樹さんの腹の内は別な人が握ってる。あの鈴村さんとやらが一番の難関なんでしょ。氷室社長も娘婿に考えておられたくらいだ」

「どこが中心か知っているなら何も言わん。まあ、気を付けるんだな。調子に乗ってやりすぎないことだ。僕も戻るんだからな」

「はー。わかってますよ。あなた方を味方にしておくことがこの会社にとってどれほど重要か。兄弟がいるというのはうらやましいです」

「それと、菜摘のことだ……彼女を引き抜いたのは秘書にしたときからミツハシには申し訳ないと思っていた。だが、どうしても連れていきたい。ある意味、管理職にしてもいいほどの逸材だ。秘書にしておくのはもったいないからな」

「そうですよ。当時の業務部長は本当に後悔してました。彼女をあなたに預けてしまって、まさかこうなると知っていたなら絶対渡さなかったと言ってました。結婚して子供ができたら氷室の仕事もあるし、もうミツハシのことは考えている余裕もなくなるでしょう。退職したと思いますからいいですよ」

「そうか」

「まあ、彼女があなたの弱みです。彼女の弱みはミツハシを急にやめたこと。それを握っていると思えば安いものです」

「……達也、お前懲りないな」

「これくらい言わないと、僕だって彼女をさらわれたんですよ。反省してください。おかげで苦労したんです」

「ざまあみろ」

「本当に口が悪いですね、俊樹さん……」

 時計を見て立ち上がった。

「とにかく、世話になった。あと一か月だが、よろしくお願いします」

 頭を下げた。

「これだから、俊樹さんにはかなわない。僕相手に礼儀をわきまえておられる。俊樹さん、こちらこそ最後までどうぞよろしくお願いします」

 目の前の達也も頭を下げた。俺はドアに向かって歩いた。

「俊樹さん。結婚式楽しみにしてますよ。そうだ、僕のほうも結婚が早まりそうです。彼女のほうが頷いてくれたんでね。うちもご招待しますからね」

「そうか。聞いてるぞ。うちの瞳をここへ来させる原因になった彼女だな。そうだ、妹のことも面倒だろうが頼む」

「はい。彼女に任せますのでご安心を」

「君の大切な彼女に会えるのを楽しみにしているよ。じゃあね」

「はい」


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