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第三章 氷室商事へ
彼の仕事
しおりを挟むあれから一週間と三日。
最初の一週間は氷室商事とはなんぞやについて、それぞれの部について、教えてもらった。取引先にどういうところがあり、どこのグループに所属してとか、大まかに案件別に教えてもらった。
そして、二週間目に入り、私は今日も本丸である営業三部について詳しい話を聞いている。
営業三部は元から俊樹さんがいたところ。俊樹さんが今現在やっている仕事と関連して動いているというのがよくわかった。
「それで、とりあえず俊樹さんが新しくミツハシで捜してくる給食会社にこのハラル対応の食品を特別に卸して……営業三部ではそちらのプロジェクトを始動する予定なんです」
「相模さん。それでこの今までやっていたグルテンフリーの食材なんかも別でやっているんですよね……」
「はい。とにかくそういう新しいことを取り入れてビジネスに繋げるのが三部の特徴なんです。でもそういうところを扱う食品工場を捜したり、卸先を捜すのが大変なんです。それをミツハシでの仕事をやりながら探って道筋をつけているのが俊樹さんご自身です」
マレーシアでハラル対応の食品を工場へ行って確認してくると言っていたが、そういうことだったのね。
氷室商事の取引先があちらにもあるんだろうし、京子さんが言っていた彼のミツハシフードサービスでの役割がようやく見えてきた。
企画室の相模さんが言うには、まだ氷室商事でも内密で勧めていることもあり、俊樹さんは自分で考えて柔軟に動いているはずだと言っていた。
「俊樹さんは、両社に利が出るよう考えて動いているようです。架け橋という言葉がぴったりですね」
「つまり、彼がこちらに戻ってきたらこれを全部新しいプロジェクトとして始めるってことですか?」
「そうです。そのために彼と綿密に連絡を取り合っているのが営業三部にいる数人の直属部下の人達です。彼らは俊樹さんが大学時代からのお友達で、自ら口説いて入社させたらしいのです」
「お友達……はあ、なるほど……」
「彼らが俊樹さんと協議準備をしておいて、あとは戻った俊樹さんがスイッチを押すだけなんです。専務もすごい人ですけど、なんというか俊樹さんはちょっと違うんです。うちの室長と似たタイプなんです。いつか室長とお会いになるとわかります」
「はあそうですか。まあ、その敏腕室長さんとは今回はお目にかかれなさそうですから、そのうちお会いできるのを楽しみにしております」
バタンというすごい音を立てて京子さんが入ってきた。
「やっぱりよ、菜摘さん」
「はい?」
「ミツハシから正式に連絡があった。俊樹さん、今日の便で戻ってくるそうよ。やっぱりあの連絡はそういうことだったわね」
「京子さんのおっしゃっていた通りでしたね。メールで匂わせたのは京子さんなら気づくとわかっていたからだったんでしょう。さすがです」
昨日の夜、彼から京子さんに仕事の確認でメールがあったそうなのだが、京子さんが仕事の状況を尋ねたら、どうやらもう終わりそうだと匂わせたそうなのだ。
それで彼女は、彼がもしかすると今日あたり帰ってくるかもしれないと教えてくれたのだ。
「俊樹さんが勝手にスケジュールを前倒しして仕事は完結したらしいの。例の会長秘書の作ったギチギチのスケジュールを自分で変更して、新しい取引先を獲得したんですって。すごいわよね。それで三橋社長も折れたらしいの。達也取締役も……」
すると、電話が入った。その達也取締役からだった。
「森川さん、俊樹さんがまた大型契約を取って急遽帰国が決まった。約束まであと三日だった。社長には頼んであったんだけど、会長が秘書の菱沼さんを取り戻したくてそっちからも圧力があったらしいんだ。こちらも君に謝るしかなくなった」
大型契約っておそらくは相模さんが言っていたハラルの取引だ。うまくいったのね。さすが俊樹さん。褒めてあげなくちゃ。ってそんなこといってる場合じゃなかった。
「そうですか。予定より早く切り上げるのは彼の場合いつものことです。私のこともあって、きっとそのうち来るんじゃないかと思ってはいました。いろいろとご協力いただきありがとうございました」
「そう?君も少しは研修できたようだね。お互いにここらが落としどころのようだ。じゃあね」
そういうと、ぶちっと電話が切れた。忙しいんだろう。
後から陽樹専務が顔を出した。周りが皆立ち上がった。
「ああ、みんなお疲れ様。海外出張中の俊樹が緊急帰国して、夕方にも顔を出すと営業三部の連中に連絡が来たそうだ。しかし、早かったな。俺はせいぜい頑張っても一日前くらいかと思っていた」
すると京子さんが笑いながら専務の横で話した。
「まあ……あなただって私が同じことしたら三日くらいは早く帰るって言ってたでしょ?まるきり同じで笑っちゃいました」
「相模、俊樹が来たらとにかく菜摘さんの事を口にしない方がいい。アイツは嫉妬深い。気をつけろよ」
相模さんがため息をついた。
「わかってます。どうせばれてると思いますけどね」
「まあばれてるだろうな。どこにもいないんだからここしかない」
「専務。皆さん。本当にありがとうございました。この数日、みなさんが丁寧に教えてくださったお陰で大分氷室商事について、そして営業三部について学ぶことができました」
すると陽樹専務がウインクした。かっこいいな、もう。
「じゃあ、たっぷり恩返ししてもらおうかな。一ヶ月後が楽しみだ」
「え?」
「先ほどミツハシへ社長の父と最終協議へ行ってきた。君らのことは一ヶ月後転籍させることで決まったよ。君も急いで向こうの仕事を引き継ぎしておいたほうがいい」
とうとう、転籍が決まったのね。ああ、なんかそう聞くと寂しい。業務部のみんなともとうとうお別れになる。梶原副室長が言う。
「俊樹さんがやっと戻ってこられるんですね。戻られたら当然役員待遇ですよね?専務は副社長に?」
「まあ、そうだな。しかしアイツが戻ってくるとまた賑やかになりそうだな」
京子さんもうなずいた。
「そうね。彼は女性陣に氷室の独身貴族として絶大な人気がありますからね。笑顔を振りまいて心は渡さない、氷室家のたちが悪い男のご帰還よ」
「俺を一緒にするな!」
「まあ、あなたは私のものですので、いくら笑顔を振りまこうとも私と差し違える覚悟のある人としかどうこうなりません」
すごすぎる。私が驚いて聞いていたら、梶原副室長や相模さんはツッコミもせず穏やかに見て笑っている。聞き慣れてるって事?
「さてと、菜摘さんは俊樹さんに怒られる覚悟をしてお迎えしてね。言っておきますけど、私達はあなたに頼まれただけですからね」
「えー!それはないですよ、京子さん……」
「はい、頑張ってね」
陽樹専務の背中を押して一緒に笑いながら出て行くご夫妻。何なのよ、もう……。覚悟なんて来る前からできてます。ご心配には及びません。
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