彼は溺愛という鎖に繋いだ彼女を公私共に囲い込む

花里 美佐

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第一章 入社と出会い

俊樹の想い

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 俊樹は猛烈にイライラしていた。

 やっと手に入れた菜摘が、まさか男女の関係になってまでも仕事のことで自分に反旗を翻すとは想像していなかった。

 確かに自分が甘かったのかも知れない。恋愛経験のない彼女とそういう関係になればすぐに堕ちると軽く考えていた。

 だが、彼女は自分の目をしっかり見て先ほどプライベートと仕事は別だとハッキリ言った。彼女のどこが好きだったのか、今更気付いても遅い。

 そういう所が好きだったはずだ。並外れた能力。女を武器にせず自分をしっかり持っているところ。

 だが、譲れない。これだけは譲れないんだ。

 俊樹は手を握りしめる。

 以前から決めていることがある。兄もそうなのだが、公私共に愛する人とは一緒にいると決めているのだ。

 兄の秘書の京子も彼の妻だ。一日中ずっと一緒にいる。

 兄は言う。彼女のことで心配することがないし、俺の潔白も証明できる。手を伸ばせばいつでもキスできる。まあ、それはおいておくとしても、それがベストだと自分も思っていた。

 兄とは違うが、自分はテリトリーに入れる人間をかなり選ぶ。少数精鋭主義。あまり社交的でない自分をよく分かっているし、正直兄はいずれ社長だが、自分はそれを支える立場でしかない。

 仕事も今は他社へ父の意向もあって入り、秘密が多い。自分をさらけ出せる人が側にいないと疲れてしまう。

 家では自分を知り尽くし、自分が認める女としか、一緒にいたくないと思っていた。そして秘書は特にその色合いが濃い。自分の出自を隠すのも大変だからだ。

「やっと見つけたんだ。逃すかよ……」

 無意識で呟く俊樹は、ここまで彼女に深入りしている自分に初めて気付いて、どうやったら鎖で繋げるか真剣に考えはじめた。

 戻った俊樹は社長室へ寄った。

「俊樹、久しぶりだな。どうした?」

 いとこの彼は気さくにソファーを指し示した。座らせてもらう。

「春からのことですが、僕の担当部門に業務部をそのまま入れて頂けますか?」

「もう業務部のほうはいいんじゃなかったのか?」

「そうですね。本当は営業のほうをやるつもりでしたが、ちょっと事情があって。できれば担当役員にしてもらえませんか?」

「……まあ、まだ内定段階だから内定している役員に君を担当のままとすることを伝えて了承してもらえればだが……業務部は担当したいという役員が多いんだよ。会社の中枢だからね。説得に時間がかかる。理由を聞いていいか?」

「個人的な理由です。秘書がうるさくて……」

 社長は俊樹の顔を見て、笑い出した。

「はは、これは面白いものを見せてもらった。お前のそんな顔、いや、最高だ。なるほどね。そういや森川さんは業務部の宝だからねえ。彼女が嫌がってるんだな。役員室へ連れてくるって言ってたからな。俺もたいしたもんだと思っていたんだよ。やはり、彼女拒絶したんだな」

 俊樹は笑われるとは思っていなくて、顔をしかめた。

「わかったよ。面白かったから協力してやるよ。特別にいとことしてな。いとこの大切な人のためだ。で?付き合うことになったのか?」

「ああ。それはそうなんだが……」

「お前も面倒くさいなあ。どうせお前も陽樹さんみたいにしたいんだろ。俺なんて会社でも妻と一緒なんてまっぴらごめんだね。つまみ食いもできないだろ」

 冷たい目で社長を俊樹は見る。そういう考え自体が自分と違いすぎるのだ。氷室家は父も母一筋だ。浮気とか考えられない。だからこそ、相手にもその覚悟を求めるのだ。

「とにかく、お願いします。そのつもりで行動しますので、あとでダメとかなしですよ」

「わかったよ。社長権限でどうにかするよ」

「じゃあ。忙しいところすみませんでした」

 ひらひらと手を振る社長を後に、俊樹は自分の部屋へ足を向けた。

 俊樹は本部長室へ帰ると、すぐに仕事に取りかかった。菜摘が何故いないのかわからなかったが、外出先の案件を先に片付ける必要があった。

 すると、ノックの音がして菜摘が入ってきた。

 目が赤い。泣いたのか?俊樹は自分が冷たくしていたことに思い至り、驚いて立ち上がった。

「……どうした?」
 
 菜摘は赤い目で自分を見ると、頭を振った。
 
「いえ。お帰りなさい。お迎えもせずすみません。遅くなりました」

 そう言うと、書類を自分の前において、背中を向けた。

 俊樹は驚いて、彼女の腕をつかんだ。

「どうしたんだ?泣いたのか?俺のせいか?」
 
 確か、自分が外出中に新村と打ち合わせだったはず……だとすると、彼の前で泣いたのかも知れない。
 
 菜摘を大切にする彼がきっと慰めただろう。ほだされて、自分を捨てる気なのか?

 俊樹は怖くなった。菜摘が自分に背を向けて出て行くのではないかとおびえはじめた。

 急いで机を離れると、出て行こうとする彼女をうしろから羽交い締めにした。菜摘はされるがままだ。

「菜摘。すまない。大人げなかった。泣かせるつもりじゃなかったんだ。許してくれ」
 
 彼女の身体を自分のほうに向けると、顔をのぞき込む。菜摘はうつろな目で自分を見つめ、口を開いた。

「業務部の仕事を取れば、別れることになるんですね?」

 俊樹は驚いた。昏い目で自分を見ている。こんな目をさせるつもりはなかった。

「菜摘。変だぞ、どうしたんだ……」
 
「いいです。あとでお時間下さい。帰りにでもお話ししましょう」

 そう言って彼女は出て行った。あまりの衝撃で俊樹は何も言い返せなかった。

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