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第四章 新天地
最終日の不安ー3
しおりを挟む「ダーリンでしたかー?」
「やめてよ、北村さん。なんなのその言い方」
「だって、結婚前提なんだから、ダーリンでしょ」
「そうだけど。やっと終わったらしい。一緒に帰ろうって言ってるんだけど、いい?」
「どーぞ、どーぞ。丁度いいタイミングだったね」
「そちらのダーリンはどうしちゃったのよ?」
「彼はおそらくすごく遅くなると思う。なんか、本社の機構改正もあるらしくてお忙しいそうでーす」
最後のお酒を彼女と乾杯して一気飲み。あー美味しかった。
あ、関根課長が窓の外で手を振ってる。私はレシートを持って彼女の背を押した。
「今日はおごるから、先に行きなよ」
「うそ。ごめん。向こう行って、落ち着いたらまた飲もうね。そのときは私奢るから……」
「うん。よろしくー」
「もう、北村さん、酔ってるでしょ?大丈夫なの?一人で帰れる?」
「はーい、大丈夫でーす」
右手を高く上げてお返事して、彼女を帰した。確かに少し飲み過ぎた。ふらふらしてる。まずい。
店を出て、駅へ向かって歩き出した。しばらくすると、携帯が鳴った。見ると、彼だ。
「はーい」
「店出て駅へ向かって歩いているか?それともタクシー?」
「……ん?なんで知ってるのー?」
「関根君から連絡もらった。お前が酔っ払ってるって斉藤さんから聞いたらしくて連絡くれたんだ。本当だったな」
「お仕事終わったのー?」
「遅くなるかもしれないと思って車で来ている。拾ってやるから隣のコンビニにいろ」
「それはもう過ぎました。もうすぐ駅なのでーす」
「馬鹿。かなり飲んだな。おかしいぞ、しゃべり方。そこにいろ。じゃあ、駅に近いコンビニにいろ」
「じゃあ、そこのバス停に座ってるね」
「馬鹿。バス停に車は止められない」
「ざんねーん。もう座ってしまいましたー」
「……はー、どれだけ飲んだんだよ。寝るなよ。車見えたらこっちに来い」
しばらくすると、車が見えてきた。路肩に止めて、私を迎えに来た。
「わあ、早かったねえ」
「どうしてこんなに飲んだんだ?弱いくせに何やってんだよ」
手を引かれて車に乗った。
「明日から本社だし、今日はお前の家にそのまま帰してやる」
「……」
「里沙?」
「……私。どこの部署に行くの?」
「里沙、お前……」
「不安なの。だから、つい飲んじゃった。斉藤さんも同じくらい不安で飲んでたけど、彼女強いねえー全然平気なんだよ」
赤信号でハンドルに彼が突っ伏している。
「どーしたの?」
「しょうがないな。あがらないつもりだったが、お前の所に少しあがって話をしていく」
「うん」
にっこり笑う私を見て、ため息をついている。
「なに笑ってんだよ。これでも我慢しようとしているのに。車に着替えやスーツも一式入っているし、お前の所から明日出社する」
「へ?」
あっという間にうちのアパートの近くの駐車場へ車を入れると私の手を取ってまるで自分の家のように帰って行く。ドアの前で手を出した。
「鍵」
「あ、はい」
鍵を開けながら入ると彼は言った。
「合鍵よこせ。一応何かあったときのために……」
私は素直に部屋から合鍵を持って来ると彼に渡した。
「はい、どーぞ」
にこにこする私を見てまた頭を抱えている。
「いつもなら、あげないとか言うくせに、飲むと恐ろしいくらい素直になるんだよな。これから俺の前以外で深酒禁止。マジでまずい。今までこれで誰かに食われたりしなかったのか?あり得ないだろ」
実は、食われた経験が……いや、食われそうになった経験がある。否定できないところが悲しい。
私は彼がブツブツ言うのを無視して、先にシャワーを浴びて出た。水を飲んで歯を磨いている間に彼もシャワーを浴びて出てきた。
「里沙」
「うん」
「あまり考えすぎるな。本社には俺がいる。大丈夫だ」
「……あのね」
「なんだ?」
彼は水をラッパ飲みしている。
「……私って、賢人のところだよね?文也さんのところじゃないよね?」
「どういう意味だそれ?まさか文也に何か聞いたのか?」
「私はおそらくどっちかだろう的なことを言われた」
「……あいつ」
「まさか、私を文也さんにあげたりしないよね?私がスパイに不向きなのはわかったと思うんだけど……」
彼は私の所へ来るとそっと後ろから抱き寄せて耳元で言った。
「文也のところには行かせない。大丈夫だ、安心しろ」
「……良かった。信じていたけど、不安だった。じゃあ、寝る」
彼の手を外して、ベッドへ行こうとしたら抱き寄せられてキスされた。
「……ん……んっ!」
「さあて、素直な里沙をいただくとするか。今日は特別に加減してやる。さすがに明日は俺も早めに出ないといけないからな。里沙も乗せていってやるから早起きしないとな」
「……好き、賢人……」
私は酔いに任せて自分から彼に抱きついた。ベッドへ私を下ろした彼は顔を覆っている。
「酔っ払うと里沙は素直になる。そういうお前は恐ろしく可愛いんだよ。どうしたらいいんだ、俺……」
彼の首に手を回して抱きついている私を見ながら彼は呟いた。ところが、私はそのまま眠りに落ちた。
「おい、里沙。それはないだろ?勘弁してくれよ……」
横で何か言っている彼の声はもう聞こえなかった。配属への不安は彼により拭い去られ、私に残ったのはお酒による眠気だけだったのだ。
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