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第三章 愛と迷い
彼女の為に~賢人side~ー1
しおりを挟む「賢人、大丈夫か?」
朝から陽樹に心配された。昨日、社長へ会いに行って縁談を正式にお断りしたいと伝えた。半年ほど前から、陽樹の妹である瞳さんと婚約しないかと言われていた。毎回断ってもはぐらかされる。昨日も結局返事がもらえなかった。
実際問題、俺にとって彼女は親友の妹でかなりのわがまま娘という印象しかない。どうやったら恋愛感情を抱けるのか教えて欲しいくらいだ。
逆に瞳さんには片想いの相手がいる。しかし、その人に長年の恋人がいて婚約したと聞かされても全く意に介さない。結果、社長の心配の種となっていた。
片想いの相手もいずれ社長になろうかという人物。うまくいくならいいが、氷室家の遠縁にあたる一族の人でこじらせると公私ともにまずい。社長が彼女をその人から引き離したいという気持ちはわからないでもない。
だからといって何故俺なんだ?もう少し他にいたろう。ため息を吐いた。
「……悪いな。瞳のことはお前を巻き込むことではないと父には言ったんだけどな。要するにお前を息子にしたいんだよ、結局それにつきる」
「……諦めが悪いのは娘だけでなく、父親も同じでしたね」
陽樹が驚いた顔をしてこちらを見た。
「お前言うようになったな。というか、腹に据えかねたのか?」
「正直、この会社を去ろうかと本気で悩みはじめました」
陽樹が音を立てて立ち上がった。
「わかった。任せろ。それだけはダメだ。俺が父に説教してやる。お前を失うくらいなら息子にするのを諦められるだろう」
「……頼みますよ」
「悪いな、賢人。お前にそんな顔させているのが心苦しいのは入社させたときから変わらない。お前ほどの人間を縛り付けているという気持ちもずっとある。いずれお前のやりたいことをさせるから……」
それはどうだろう?陽樹が社長になったら、余計に俺はここから出られなくなるんじゃないだろうか?判断を迫られる事項が多くなるに決まっている。
ノックの音がした。秘書で彼の妻である京子さんが入ってきた。長い黒髪がトレードマークのクールビューティーだ。陽樹は彼女を秘書として気に入ったらすぐに手を出してものにした。
「そろそろ、時間です。よろしいですか?」
「ああ、そうだったな。賢人じゃあ、後でまた……」
「はい」
陽樹は書類を彼女から受け取ると会議へ出て行った。残された京子さんは俺を見て言った。
「鈴村さん。瞳さんのことは私からも言っておきます。秘書室の後輩から聞いたんですけど。財団の会計部に友人がいて、どうやら鈴村さんのことを聞かれて少しあなたのことを話したみたいよ」
俺はビクッとして京子さんを見た。嫌な予感がする。彼女は出来る女だ。
「鈴村さん、会計部で変装していたの?すごいひどい格好だったらしいわね。何か、却って悪目立ちしたんでしょ?面白すぎる」
ああ、そのことか。
「そうですね。一応、畑中専務もいることですし、面が割れてもと思いましてね。でもおそらくばれてたんでしょう、すぐに警戒し出しましたから……」
京子さんは俺をじっと見て、呟いた。
「何かあったでしょ?瞳さんのことは今までも言われ続けてきて結構放置してたじゃない。それが戻ってきたら急に社長と面会してお断りをするなんて……」
彼女はこれだから嫌なんだよ。陽樹とは別な目を持っている。まあ、だからいいコンビだと結婚を聞いたときは祝福したんだけどな。
目の前でにやにやと笑っている。
「瞳さんのことはそろそろ頃合いだと思って、社長に今度こそ本気でお断りしたんです」
「鈴村さんって社長から勘違いされてもしょうがないくらい、最近特定の彼女はいなかったわよね」
「……まあね」
「つまり、瞳さんのことをきちんとしないといけない相手が現れた。そういうことでしょ?」
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