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第二章 恋しい人
後始末ー1
しおりを挟む彼は翌日の退院日、夕方迎えに来てくれた。斉藤さんも関根課長が迎えに来て帰って行った。落ち着いたら皆でゆっくり会おうと約束した。
彼は私をマンションへ送ると急いで戻って行った。事件が解決したが後始末に忙しいと言っていた。本社へそのまま報告に行くと言っていたのだ。
「里沙。しばらくは出社せず休むようにと伝言だ。今週は畑中専務のこともあって、君の部屋は本社のほうで監査が入る。休んでいた方がいいだろう。体調不良ということになっている。何かあれば部長が連絡してくるから返事してやってくれ」
「わかったわ。斉藤さんも今週は休むって言っていた。彼女のところも峰山さん達のことで監査が入るんでしょ?」
「そうだろうな」
「あの……あなたは財団にいつまでいるの?」
じっと彼を見つめて聞いた。もう、問題は解決に向かっている。
「おそらく、今週いっぱいだ。君が出社したときにはいないだろう」
「……そう。じゃあ、もう会えないのね」
「里沙、俺は……最初の約束通り、きちんと話す。向こうへ帰る前に連絡する」
「……わかった。待ってる」
彼は私をそっと抱き寄せ、そのまま消えた。
その週の金曜日の夜、彼に文也さんの店へ呼び出された。奥へ案内されるとそこは立派な応接室だった。
行ってみると、関根課長と斉藤さんも来ていた。私は彼とふたりじゃなかったということもあって少し落胆した。彼は今日限りで財団を辞めて本社へ戻ると言っていたからだ。
四人で向き合い、彼が私に向かって話し出した。
「俺の素性を関根課長は知っていた。というか、俺が話す前から薄々気付いていたんだ」
「まあ、彼の見た目はちょっと記憶があってね。いや、この眼鏡やよれよれの猫背じゃなくて、筋肉質なところや背の高さ、あと目の鋭いところとかね」
「どういうことですか?」
私が関根課長に聞くと、彼は答えた。
「僕は本社の役員に同級生で親しい人がいるんだけど、その人のお兄さんと一緒にいつもいるのが彼なんだよ。だから見たことがあったんだ」
斉藤さんはすでに知っているんだろう、笑いながら聞いている。私だけ知らないって事?……悲しかった。
「里沙。俺はこういうものだ」
名刺を渡された。
『氷室商事株式会社 役員企画室 室長 鈴村 賢人』
「……役員企画室?」
「秘書室とは違う、担当役員を実務から支える仕事だ。俺は氷室専務の担当だ。彼は御曹司で長男。氷室商事の次期社長になる」
そうだったんだ。会社の中枢にいるエリートだったのね。名刺を見たまま顔も上げず、何も言わない私に関根課長が言った。
「御曹司を支えて、次代の氷室商事を作っていくブレーンですよね。裏の役員ってところですね。氷室の屋台骨だ」
「ヨレヨレの格好してたのに、エリートだったんですね」
斉藤さんも笑いながら言う。
「変装もいまいちだったかもしれないな。関根課長に気づかれたし、畑中専務は本社で何か言われて気づいたんだろう」
三人で笑っている。私は笑う気になれなかった。
その後、事件のことがどうなったか、彼と関根課長が説明してくれた。
あの日彼らが私達に薬を使った事実は、病院の検査で証明された。だが、周りには私達の事件の詳細は伏せられた。暴行は未遂に終わったこともあり、私達もあのふたりや専務を調べていたことを知られたくなかった。
社長は関与を疑われて辞任し、畑中専務、営業二部の部長、長田さん、峰山さんは解雇。本社も担当役員の木下取締役が罷免させられて、会社を追われた。
うちの会社は会長が社長の代わりをしばらく務めるらしい。私は、担当役員がいなくなって、別な役員が来るまでは会計部の仕事へ戻ることとなるらしい。
営業二部は関根課長が部長職も兼務になるそうだ。斉藤さんが営業事務をしながら峰山さんのことに気付いたのが最初だったということで、彼女は本社で表彰ものだと内密だが高い評価が広がっているそうだ。
恥ずかしそうに顔を赤らめる彼女を優しく見つめている関根課長。なんだかいい雰囲気だ。
先ほどからなにも言わない私を見て、関根課長は彼に目配せすると、斉藤さんを連れて帰って行った。彼と私はその場に残された。
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