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第二章 恋しい人
事件ー2
しおりを挟む午後、専務は戻ってきたが何も言わなかったので私はすっかり安心しきっていた。
「北村さん。今日は定時であがりたいから急いで残りの仕事を片付けよう」
私が書類を片付けている間に、夕方専務は席を外していた。しばらくして戻ってくると、私に向かって言った。
「そろそろ定時だよ。今日は一緒に食事しながらお酒でも飲みに行こう。日頃のお礼に奢らせてくれ」
急にじっと私を見て言う。一体何事なの?びっくりして専務を見ていると、いつもの笑顔を見せた。
「なんだい?用事でもあるの?」
「あ、いいえ……」
「じゃあ、いいだろ?片付けて下のロビーで待ちあわせだ。いいね?」
「……はい」
専務はお疲れ様と言ってあっという間にフロアへ出て行く。皆が専務に挨拶している。私も急いで片付けをはじめた。
鞄を持って出て行くと、部長から声をかけられた。
「どうしたの。今日は早いね。デート?」
「いえ」
私が硬い顔で答えたのを見て、部長が声色を変えた。
「何かあった?」
「専務から食事がてら飲みに行こうと誘われて……急にこんなこと初めてで、ちょっと……」
「そうなんだ……何かあったら連絡して。僕の携帯の番号知ってるよね?」
「はい」
「鈴村君はそろそろ本社から戻ると思うんだ」
「……お先に失礼します」
「ああ、お疲れ様。あまり飲まないでね」
部長の言いたいことはわかっている。飲み過ぎて余計なことを口走るなと言っているのだ。
「もちろんです」
そう言うと、下へ降りた。
専務が近くのホテルのバーを案内した。私は一度も来たことがなかったが、専務は常連だったようだ。
ボーイはすぐに畑中様と言うと、少し離れた六人掛け用のラウンドスタイルのソファ席に案内された。
「え?」
「ああ、いいんだよ。これから人がもう少し来る。でも、しばらくの間は僕らふたりだよ」
「……誰が来るんですか?」
私が立ったまま聞くと、専務は笑った。
「君も知っている社内の人間だ。でも今しばらくは邪魔をして欲しくないから来ないように言ってある……座りなさい」
最後のひと言は命令だった。躊躇しだした私の様子を見て、座るように指示した。
専務はボーイが差し出したカクテルのメニューを私に見せた。
「何がいい?」
ボーイを見ながら言った。
「柑橘系で少し甘めのアルコール度数低めのカクテルを」
ボーイが頷くと、専務はウイスキーのロックとサラダやピザを頼んだ。
「……さてと。正直に話して欲しいんだ」
やはり、あのことだ。こんな目初めて見た。でもこれがこの人の本当の姿だったのかもしれない。つばを飲んで答えた。
「何でしょうか?」
「君に頼んだ段ボールはどうして応接室に箱の中身を入れ替えられておいてあるのかな?」
「……え?!」
どうして知っているの?
「な、なんのことでしょう。私は地下に運びました」
カクテルが来た。専務は一口飲むと、私にも飲みなさいと命令した。
私は一口軽く口を付けた。ボーイがよろしいですか?と聞いている。
「はい、美味しいです」
笑顔のボーイが立ち去ると、専務の作り笑いが消えた。
「北村さん。君のこと秘書として大切にしてきたつもりだったけど、まさか裏切られるとはショックだ。誰の指示だ?」
「だから、知りません」
「君が先ほど箱を応接室運んでいるのを見ていた者がいる。僕は地下の書類が心配でね。実はこの間見に行ったら、中身が差し替えられていた。驚いたよ」
私は下を向いて、どう答えたらいいのかと頭をフル回転した。
「開けてみたら驚いたよ。上の数枚だけが本物で、下は全部シュレッダーゴミだったんだからな。それで今日は君が何をしているか見るためにわざと書類を預けて一旦戻った。廃棄書類をコピーして計算していただろ」
すごい声で威嚇する。
「部長か?そんなわけがない。あいつはそんなことできないだろう。細かいことを見ているが、度胸はない。聞いたところ、中途採用の鈴木が例の地下で君と一緒にいるところを見た者がいる」
「……あ、あの」
「なんだ?」
ここは鈴木さんを悪者にするしかない。
「鈴木さんが何をしているのかは知りませんが、監査のために今までの書類をさがしているそうで、廃棄される前に確認したいということで、部長も許可を……」
「……北村さん。早口になると嘘だ。すぐにわかる。僕もね、君を二年近く見てきたんだ。おかしいということくらいわかるんだよ」
「……」
どうしよう、どう言ったらいいの。部長に連絡しないと……。
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