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第二章 恋しい人
事件ー1
しおりを挟む「専務。どうされたんですか?」
フロアを凝視している畑中専務は、ため息をついてフロアへ出て行くとぐるっと見回した。そして、掲示板を見て戻ってきた。
「鈴木君という新しく入った人は午後休み?」
「あ、今日は本社へ行くというお話しでしたけど、何かご伝言でもあれば言っておきますけど……」
午前中彼からメールをもらい、捜査状況を伝えるため午後から本社へ行くので気をつけろと言われた。
「本社?彼は関連会社だったんだろ?」
まずい。私余計なことを言ったかもしれない。本当にドジ。
「そうですけど、監査前だから本社に用事があるんじゃないですか?部長に聞いてみたらどうでしょう?」
「部長も会議だ。北村さん、昨日頼んだ溶解書類は下にあるの?」
「え?ああ、はい。そうですね、昨日の便に乗せたはずです」
「ふーん。わかった」
まずいよ。なんとなく、まずい。専務が私をじっと見ている。
実は昨日彼と確認したが、箱の中身が全て重要書類だとわかり、回収に来る前もう一度応接室へ運び込んだ。全部コピーしないとまずいとわかったからだ。
専務が私に内緒で箱に詰めた内容は、本当に極秘の取引の領収書だったのだ。彼が夜までかけてコピーをして箱だけまた下へ戻したと聞いている。
「……あの、何か?」
「実はこちらの書類も昨日出し忘れてね。付箋のついているところだけ、外して出しておいてもらえる?」
「あ、はい」
「ほら、僕は今日午前中いっぱいかけて社長と打ち合わせだから、その間にやっておいてもらえるかな?」
え?急にそんな……。頼まれていた監査用のデータもパソコンに取り込んでまとめないといけないのに。
「ああ、例のデータなら、まだ手直しがいるのでまだやらないでいい」
「そうなんですか?」
「そうなんだよ。気にしないでとにかく廃棄書類の方を先に頼むね」
「……わかりました」
「じゃあ、打ち合わせに行きます」
「はい。行ってらっしゃいませ」
立ち上がり頭を下げる。
よくわからないけど、とにかく急いでやらないと確認しながらだと間に合わないかもしれない。預かったファイルはかなりある。
付箋のついているプリントを一枚抜いて見てみる。やっぱり……。大阪の美術館のもの。担当者は峰山さん。斉藤さんの判も見える。これは……え?今月の分だ。だから急に出てきたのね。金額は……200万円!嘘でしょ。
びっくりして電卓を出してどんどん計算していく。付箋のついたプリントだけを先に集めた。それだけで三十分くらいかかった。
急いで、内容を確認してみると、ほぼ例の大阪の美術館だが、他の美術館のものもあった。これも峰山さん。どうしよう。急いでまとめてコピーを取った。
この領収書を捨てるのはまずいかもしれない。鈴木さんに確認出来ないので自分の想像の範囲でやるしかない。
ばたばたしていたら、ノックの音がして専務が戻ってきた。私は急いで自分の机の下にプリントを落として椅子を引いて隠した。机の上がまずい。間に合わない。
「専務、どうされたんですか?」
「ちょっと忘れ物をしてね。どうしたんだい?慌ててるね」
「あ、いえ。急にお戻りになったのでびっくりして……」
こちらに近づいてくる。どうして。どうしよう。机の上をジロッと見ている。
「ああ、やってくれているんだね?……ふーん。ご苦労様」
じっと机の上を見た後、私の顔を見て、自分の部屋へ入った。
どうしよう。計算していたのとか見られたかな。わからないよね。ただ、コピーと本紙が混ざっているからそれが……。急いでコピーを隠した。専務がまた出てきた。大きなファイルを持っている。
「じゃあ、もう一度行ってきます」
「あ、はい。行ってらっしゃいませ」
「……北村さん」
「はい」
「……ただ、捨ててくれるだけでいいんだよ。頼むね」
じろりと私を見ていなくなった。私はびっくりしてなにも言えなかった。扉の閉まる音を聞きながら立ち尽くした。
もしかして、気づいた?どうしよう。でも、しょうがない。計算しないと気が済まない。全部やったらびっくりした。一千万円以上になっている。
急いで鈴木さんにメールだけする。計算した金額と美術館が複数に渡ること、今月分で証拠は私がコピーしておくと書いた。
急いで同じやり方で溶解の箱を詰め直して、階下へ運んだ。証拠は鍵のある応接室のパーテーションの裏。布を張って見えないようにしている。
人影を感じて後ろを見たが誰もいない。敏感になってしまっているのかもしれないと急いで戻った。
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