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第一章 すべてのはじまり
近づく距離ー2
しおりを挟む本当の彼はすごくイケメンだし、中身もおそらくハイスペックなんだろうな。どうせ聞いても教えてくれないのよね。
彼はすごい勢いで段ボールに書類を詰め替えて、蓋をすると持ち上げた。
「え、どこに持って行くの?」
「この間の箱と同じ場所」
「それって、どこなの?」
「秘密」
こちらを見てウインク。すごい色気……一体何なの?その見た目でウインク……だんだん化けの皮が剥がれつつある。
「……ねえ、いい加減にしてよ。私だってどこにあるか知らないと専務に何かばれたときまずいわ」
「……鍵がないと入れないところだ。そこは部長が知っている」
なるほどね。どこだか大体わかった。
「でもそこって畑中専務も入れるんじゃないの?ばれたらまずいわよ」
「確かにな。他でどこかあればいいんだが……」
「役員室で会長室とかはダメなの?専務より上の人の部屋だったら入れないでしょ?」
「……そこら辺もシロかはっきりしないと頼めない。とにかく、中身を入れ替えてすぐにこっちは溶解に運ぶんだ。この箱は俺がしまっておく」
「わかったけど、会長と社長もシロかわからないってこの財団大丈夫なの?」
「シロだと思いたい。その辺は更に上の方で確認中だ」
更に上の方……。
つまり、この会社にそれ以上の上の人はいない。いるのは、本社だけ。この人本社の役員なの?でも本社の役員の顔ってばれてるはず。だとしたら、こんなとこに来てもすぐに畑中専務とかにはばれちゃう。どういうことだろう?
黙って彼は荷物を持って出ていった。私は彼に言われたとおり、中身を入れ替えた溶解の箱をカートにおいてエレベーターホールへ行った。見ると隣のエレベーターが丁度下がっていくところだった。誰か乗ったのかな?
しばらく戻ってこないかもしれないと思って、深呼吸。
「里沙。久しぶりだな」
声をかけられて振り向くとそこには同期の神部悟。会計部に入り一年が終わるころ告白されて付き合いはじめた。だが、長続きしなかった。
秘書が決まった翌月。繁忙期だけ来ていた派遣の女子社員とキスているところをいつも私にキスしていた非常階段の一番上のところで偶然見かけてしまった。
そこは柱があって死角になっている。少し斜めに上って見ないと見えない。つい、いつもの癖で彼がいるかもしれないと覗いたのが悪かった。同じ部署だったが、丁度秘書としてフロアにいなくなることも多かったのでお互い大人の対応をした。
「悟。どこへ行くの?なんか疲れた顔してるわね……」
びっくりしたように私を見る。
「おまえ、相変わらず鋭いな。ちょっと一服したくて、下のコンビニへ買い物に行くところだ」
「今日は木村さん見ないけど来てないの?彼女、正社員になるかもしれないんでしょ?」
「……知らねえよ。あいつとはもう終わった」
「は?」
「まあ、いいだろ。どこ行くんだ?地下?」
エレベーターが来た。
「そう」
彼がエレベーターを開けてくれている。ガラガラとカートを引いて入れた。
「……聞かないんだな?どうして別れたかって」
「聞いて欲しいの?悪いけど、興味ない」
「冷たいな。まあ、自業自得だから何も言えないけどな。しつこく木村に言い寄られてさ。悪かったよ、後悔しまくりだ」
「……」
私が何も答えないので雰囲気が悪くなったところでチンという音がして丁度一階に着いた。おつかれさまと言い合って彼は出て行った。
軽い人だったんだと気付いた瞬間のものすごい悲しさは今でも忘れられない。仕事は出来るけど、それ以上のことは正直飲み会でしか素顔がわからず、猛アプローチに落ちて付き合ってしまった。
大学時代とかなら授業以外はお互いが素の状態で相手をわかることも可能なんだけどね。
今度は絶対よく確かめようなどと考えたが、社内恋愛は大変だ。周りも四年目に入り、結構大変な状況になっている。私のように付き合って別れたり。不倫がいたり。本当に、笑えない。
やっぱり、社内恋愛はうまくいけばいいけど、別れると結局大変だ。
地下についた。エレベーターを降りる。
ガラガラとカートを引いて歩いていたら、前から歩いてくる人がいる。ここで大体において営業の人しかも新人ではない人とすれ違うこと自体が珍しい。つい誰だろうという目で見たら、あちらも睨んでいる。どうして睨まれなきゃならないのと負けることなく顔を見たら声が出てしまった。
「あ!」
まずい。あの二人だ、峰山さんと長田さん。どんぴしゃりで声が出ちゃった。
「なんだ?」
すれ違ったふたりが止まって後ろを振り向いた。
「……い、いえ。なんでもありません」
「あんた、誰?営業にいない顔だな」
長田さんが話した。
「……会計部です」
「ふーん。君美人だね。何年目?」
峰山さんがそう言うと、長田さんが鼻で笑っている。何なのこの顔。最低だ。やることも、言うことも最低な人達なのね。私は無視して歩き出した。すると腕を引かれた。
「おい、無視するとかいい度胸だな」
私の腕を引っ張ったまま、首から提げている社員証を手にして名前を見ている。
「会計部秘書 北村里沙か。ふーん、さすが秘書さま。気が強いね。顔が綺麗なのもそういうことか……ん?会計部秘書?あんた、畑中さんの秘書か?」
「……そうですけど、何か?」
二人は、目を見合わせてじっと私を見た。峰山さんが言う。
「いや。ひとりでそれを運ぶのか?重くて大変だろ。手伝おうか?」
急にネコ撫で声に変わった。どういうこと?
「いいえ。これは自分でやらないといけない仕事なんです。他人にやってもらったらいけなくて……」
「他人?俺たち他人なのか?何だよ、冷たいなあ。手伝ってやるよ、遠慮するなよ」
「そうではないです。そういう意味ではないんです。私は秘書だからそこに入れましたけど、普通は許可がないと入れないですよね、あっ……」
まずい、余計なことをまた言ってしまった。口を押さえた。目の前のふたりが私を囲んで壁際に追い詰めた。
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