社内捜査は秘密と恋の二人三脚

花里 美佐

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第一章 すべてのはじまり

調査仲間-1

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「新しくこちらに関連会社から応援で入りました鈴木賢人です。よ、よろしくおねがいします」

 翌朝の会計部の朝礼。

 ヨレヨレのスーツを着て、ボサボサの頭。黒縁眼鏡をかけて、ちょっと猫背。

 なぞの風体で挨拶をするのは、昨日の夜とは別人の鈴木さん。

「彼はこうみえて、会計士の資格を持っている凄腕です。皆さん仲良くして助けてもらいましょう」

 部長のよくわからない挨拶に、会計部員は皆パチパチと拍手。

 畑中専務は隣のガラスの壁越しに彼を見ていた。私は横の机に座って、パソコンに目を戻した。

「部長が手配した人らしいが、どこの人間だ?こんなおどおどした人で大丈夫なのか?」

 専務はぽつりと言う。無視も出来ないので、一応相づちをうった。

「確かにそうですね。ちょっと暗い感じの人ですけど、会計オタクの人ってそういう人いそうですよね。数学大好き、数字大好きみたいな。あ、偏見かもしれませんけど。かく言う私も数字大好き人間です。彼とは話が合うかもしれません」

「……はは。北村さんは数字も好きだけど、冗談も好きな普通のOLに見えますよ」

「ありがとうございます」

「まあ、監査の前だし、ああいう人がいてくれたほうが部長や課長は助かるんでしょう」

「……そうですね。質問はきっとこれから『鈴木さんに言ってくださーい』と言われそうですね」

「あはは。その口まね似てる」

 語尾を少し下げて言う部長の口癖をまねた。ちょっと似てたかな?

 鈴木さんはさっそく今期の決算書類を確認している。それを横目でやはり畑中専務が見ている。何だろう?気になるのかな?

「北村さん。昨日頼んだ溶解の書類はどうしました?」

「あ、あれならすでに下へ全部運び込んであります。昨日専務がお帰りにならなかったので時間があって頑張って終わらせました」

「そう。言ったとおりにやってくれたよね。付箋のついているやつを抜いておいてくれた?」

「はい、それだけを溶解の箱へ入れておきました」

 ほっとした顔を見せる。

「ありがとう。君に頼んで間違いはないからね」

「……いえ。専務、そろそろ会議のお時間ですけど」

 時計を見た畑中専務は驚いて書類を持つと立ち上がった。

「すっかり忘れてたよ。じゃあ、行ってきます」

「はい、行ってらっしゃいませ」

 立ち上がって頭を下げた。専務は左手をあげていなくなった。

 私は彼がいなくなってから、ふと言われたことを頭に浮かべ嫌な予感がした。

 昨日のことがあってから、どうも私まで頭が探偵モードになってしまった。

 昨日、専務から指摘されて箱へ入れた付箋書類、もしかして何かあるの?確認されたのは初めてだ。

 トラックで運ばれてしまう前にもう一度中身を開けて見てみた方がいいかもしれない。私自身は中身を見るほど余裕がないから何も知らないのだ。

 確認したほうがいいかもしれないと思い立ち、急いで地下の昨日の部屋へ行くため鍵を持って部屋を出た。

 相変わらず、鈴木さんは猫背でファイルをめくっている。
 
 彼を遠巻きに後ろの方で女子社員がこそこそ話している。あんまりいいことを言っているようには見えない。

 ルックスが8割の人気を占めるこのご時世、彼の演技は彼女達の興味をそらして、ある意味対象外になったと思う。

「里沙せんぱーい!」

 後ろを見ると、私が指導員をした二歳下の会計部の女子社員。

「あら、久しぶり。元気だった?佐倉さん」

「ええ。先輩こそ、元気ですか?神部さんのこと噂になってますよ……でも、全面的に悪いのは神部さんでしょ?みんなにそう言ってありますからね」

 相変わらず私のこと好きなのはいいけど、余計なことまで言ってないかしら?

 部内同期で悟と付き合って別れたんだから、噂になるのはしょうがないと諦めている。

「佐倉さん、余計なことは言わなくていいのよ」

「先輩の名誉を守る活動ですよ。本当神部さんって顔はいいけど、浮気とか最低。やるなら、わかんないようにせめてやれって感じ……」

「もう佐倉さん、こんなところで……」

「部内なんだから、後のこと考えていなさすぎ。神部さんって馬鹿でしょ」

「……そうね、馬鹿だね」

 ハッキリ言うなあ、もう。これでも元カノなんだよ。選んだ私も馬鹿だって事でしょ。

「まあ、先輩美人だし、すぐに次が出来ますよ。でも、今度は相手をよく確認して下さいね、神部さんみたいなのじゃなく……」

 この子ったら、眼鏡をかけて小柄丸顔の可愛い子なんだけど、口が達者過ぎて、本当に……でもはっきりしている性格は私と似ている。

 だから私も彼女を気に入っている。会計部には合わないと最初泣いて大変だったけど。今は立派なOLになった。

「そうね、今度は佐倉さんに会わせてからにするかな」

「それはいいかも!是非そうしてくださいよ」

 嬉しそうに笑ってる。もう……。

「今日来た新しい人、謎ですよね、そう思いません?先輩」

「うん、そうね」

「あの見た目の割に、目つきが鋭い。眼鏡取ったら結構イケメンかもしれません」

「……どうだろ?ああいう人が好みなの?佐倉さん」

「私、好みとかわかんないんですけど、ちょっと面白いなあって思って。他の女子達は気付いてないみたいですけどね」

「さすが、佐倉さん。よく見てるんだね」

「先輩、今度お昼一緒に行きましょうよ」

「うん。そうだね。また、ね」

 私はエレベーターに乗り込むと携帯を取り出し、早速その噂の鈴木さんへメールをした。

「昨日はどうもお世話様。今朝の挨拶、仮面を被って昨日とは別人に化けていて驚きました」

 鈴木さんに送る。すると、地下についたころピコンと音がして返信が来た。

「独自のコンセプトに沿って人物を作っているんだ。余計なこと言うな。里沙、今どこにいる?」

 何なのよ、どうして急に下の名前を呼び捨て?

 はっきり言って昨日見た限りでは、性格は今日の見た目と正反対だと思う。

 本当に偽装してる。女子社員はおろか、専務も騙されてるっぽい。

「今、昨日の溶解の部屋へ向かってます。専務の話から少し確認したいことがあって……」

「何があった?教えてくれたら俺が調べる。君は首を突っ込むなと言っただろ。気をつけろ、俺もすぐに行く」

 別にいいのに……。

「大丈夫です」

 すぐに返信した。鍵を取り出し、部屋へ入る。昨日の私の段ボールはどこだろう?電気を付けて探してみよう。

 ん?ええ、また誰かいる!まさか……昨日の人?
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