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第一章 すべてのはじまり
地下室での出会い-3
しおりを挟むそう言うと、目の前で電話をかけている。誰に?
「今から、部長がここへ来る」
「え?」
しばらくして、部長がやってきた。
「ああ、北村さん。君を巻き込みたくなかったけど、味方に出来れば事を暴きやすくなる。実はね、営業部からあがってきている書類におかしなことがいくつかあって気づいたんだ。さっき鈴木君があとをつけてきた二人はその案件の担当者。詳しく調べるために彼には来てもらったんだ。つまり、監査応援というのは口実なんだよ」
「……それ本当なんですか?それなら、専務もご存じですよね」
「それがだね……。専務がそのおかしいことを僕と同じように気付いて指摘してくれれば良かったんだけど、一向にその気配がない。そのおかしいものまで承認してしまったんだ。それで、僕としては専務も怪しいと思ってるんだよ」
嘘でしょ……。
「部長はどうしておかしいと気がついたんですか?書式は他の部署も一緒だし、そこまで見てるんですか、全部」
鈴木さんが笑いながら言う。
「いや、北村さん。君、目の付け所がいいね。君こそ探偵になれそうだ」
「もう、茶化さないで」
部長は苦笑いをしながら私を見た。
「まあ、こういうことがないように目を光らせていたと言ったらわかるかな?何かやるとしたらこのやり方だろうなと想像していた。だから気をつけてみていたんだよ」
「……専務は忙しいし、気をつけてみていなければ気がつかないんじゃないですか?関与してるとは限らないのではないですか?」
部長が険しい顔で答えた。
「いや、実は最近、僕が専務へ書類をあげる前にトラップを仕掛けた。要するに、気がついて指摘しやすいようにして専務に回した。それなのに、なにも言わない。敢えて見ない振りをしたとしか思えないんだよ」
「……なるほど」
「と言うわけで、僕の言うことを信用してくれるなら、少しの間専務の状況を把握したいので協力して欲しい。監査前までに片付けたいんだ」
「そのために俺がいるというわけだ」
偉そうに……ボサボサ頭のヨレヨレスーツのくせして。何なのよ。部長に向き直った。
「とりあえず、協力します。見てしまったし、聞いてしまいました。事実を目の前にして部長の言うことが嘘とは思えません」
「さすがだね。ありがとう。北村さんなら信用できるから話してるんだよ。とにかく、専務には黙っていて欲しいんだ。二人が見たり聞いたりした話が本当なら、僕が書類上気付いたことは残念ながら間違いなかったって事になるんだよね……」
「わかりました」
隣の鈴木さんをじっと見た。黒縁眼鏡の奥でニヤリと笑いながら腕組みして壁に身体をつけたまま私を見ている。
「それで、こちらの鈴木さんの本当の任務は内密ということですよね?」
部長がうなずいた。鈴木さんが言う。
「そう、その通り。僕は最初に部長が説明した通りの人間として偽装して明日から入る」
「説明した通りの人間って……偽装って……」
「監査準備のための応援だよ」
「……」
黙っている私を部長がじっと見つめている。
「あまり、君に内容を話せる段階じゃないんだ。悪いんだけど、理解してもらえると助かるよ。専務と僕らの間に立ってスパイになってくれと言っている訳じゃないけど、今日のことは言わないで欲しい」
「……何か専務に変な動きがあれば報告したほうがいいんですか?」
「いや、無理しなくていい」
鈴木さんが言う。
「君を危険にさらしたくないし、専務に察知されるとさらにまずい。普通にしていてくれて大丈夫だ」
「わかりました」
片付けの残っている私は鈴木さんが手伝ってくれることになったので、部長は私達を残して戻っていった。
「はあ、これで終わりです。ありがとうございました」
「……こんなに廃棄物があるっておかしくないか?いつもこんなに?」
言われてみればそうかもしれない。こんなことは今までなかった。監査前だとしても多すぎる。
「そうですね、いつもはこんなにないですけど、監査前だからかと思ってました。それにしても確かに多いかもしれないですね」
「……かなり怪しいな。確認が必要だな」
鈴木さんは壁にもたれて考えている。私は立ち上がったらお腹がぐーっとなった。恥ずかしい。力仕事したらお腹がすいちゃった。
「プッ、ハハ。よし、名刺代わりに飯を奢ってやるよ。でも、そうだな……俺はさっきの二人が見ていた書類を確認しないといけないから、あと三十分後に会おう。場所はメールする。あ、電話番号も一応教えてくれ」
携帯を出して交換した。
「じゃあ、後で連絡して下さい。私は先に戻ります」
そう言って、カートを外に出そうと引っ張ったら、彼が手を上から押さえてきて代わりに持って行ってくれた。
「じゃあな、あとで……」
黒縁眼鏡の中でウインクしてる。この人何者なの?見た目や最初の印象と違いすぎる。偽装って言ってたけど、絶対変装しているんだ。おかしいもん、違和感だらけ。
カートを引いて上へ戻った。
専務室の片付けをしてから自分のパソコンでメールを確認していたら二十時回ってしまった。
あー、お腹がすいた。緊張したせいもあるかもしれないけど。すると携帯に電話がかかってきた。見ると、鈴木さんだ。
「はい」
「こっちは終わったが君は大丈夫か?」
「ええ、あと三分で終わります」
「よし。そしたら、正面玄関はすでに閉まってるから、裏口を出たところで会おう。そうだな、見られるとまずいから通りを挟んだ反対側にいる」
「わかりました」
私はきっかり三分で終わらせて下に降りた。時間ピッタリにできるとすっきりする。出来ないと一日イライラしてしまう。
裏口を出て、警備員に挨拶した。通りを挟んだ反対側を見る。いたいた。よれよれのスーツの背中が見えた。
通りを渡って、彼の所へ行った。
正面へ回ってびっくりした。
この人誰?
黒縁眼鏡がなくなり、メタルフレームの眼鏡に変わった。しかも髪の毛もボサボサじゃなくなっている。
ヨレヨレスーツはそのまま。でも、靴はピカピカになっている。
アンバランスこの上ない。黒髪をオールバックにきれいに整えた見るからに自信満々のハイスペックイケメンがそこにいた。し、信じられない……。
ニヤリとした目の笑い方に見覚えがある。鈴木さんだよね?キョロキョロしたら、お腹を抱えて笑ってる。
「どういうこと?す、鈴木さんなの?」
「まあ、服はいちおう偽装潜伏用のものだから。眼鏡や靴はもう遅い時間だし、誰も見ていないから取り替えたわけ。さてと、時間も遅いから手早く食べて帰ろうかね」
そう言って、裏通りをあちこち曲がって、ビルの裏口から階段を上っていく。私は必死でついていった。
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