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40.人生は選択の連続だ

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 人生は選択の連続だ。
 小さな事でも選び続けなければならないし、その選択を間違えてしまう事だってあるだろう。

 そう例えばいま俺が屋台で売っている唐揚げとフランクフルトのどちらを食べるか迷っていたとして、いま唐揚げを選んだ訳だが。これが外れだった。まずい。この味で五百円だと。金返せ。

 そう思ったとしても人生は取り返しはつかない。まずいかうまいかは食べてみなければわからない訳で、どの選択肢を選べば正しいかなんてわかる人間はいない。こんな事ならフランクフルトにしておけば良かった。選択を間違えてそう思う事だってあるだろう。
 いままさに俺はそれを実感している。選択を間違えた。金返せ。

「たかくん。何一人でうなっているの? よっぽど美味しかった?」

 隣からかけられた声に振り返る。
 そこにはまっすぐに伸びた長い髪の少女が立っていた。

 俺よりかは小さいが、女子としては平均よりも背は高いだろう。白いシャツの上にニットのベスト、下にはブラウンチェックの長めのスカート。
 たぶん誰が見ても可愛くないとは言わないだろう彼女は俺の隣でにこやかに微笑んでいる。

 ただ俺の彼女という訳では無い。いわゆる幼なじみという奴で、幼稚園から小学校、中学、そして高校まで同じ学校に通ってきた。
 いまは二人でクラスの文化祭の買い出しにきていたところだった。

 それなりに仲は良いと思う。だけどそれだけだ。特に彼女との間に何がある訳でもない。あってもいいと思うのだけど、何もない。くそ。もう少し意識しろよ。俺だけか。意識してんのは。悔しい。でもこうして隣にいれて嬉しい。ああ。もう。

「ちげーよ。逆だよ。まずかったの。めちゃくちゃ」

 そんな気持ちを隠すかのように適当に答える。

「へー。たかくん、そういうのあんまり引かないのにね。いつも当たりばっかりひいてるイメージだけど」

 だけど彼女はそんな俺に気がついているのかいないのか、笑いながら言う。
 たかくんというのは俺のことだ。野上隆史のがみたかし。それが俺の名前。
 そして目の前で笑う彼女の名前は笹月穂花ささづきほのか。俺の幼なじみ。

「まーね」

 穂花に軽く答えて思う。確かにこの唐揚げは外れだった。
 でも買ってしまったからにはもうやり直す事はできない。選択肢を間違えたとしても、人生をやり直す事は出来ないのだ。金返せ。

「くそ。しかし失敗したぜ。でもま、たぶんフランクフルトを買っていても後悔したんだろうな。俺の勘がそう言ってる」

 これだけまずい唐揚げを出す店だ。フランクフルトにしてもまずいだろう。食べてみなければわからないが、もうさすがに買い直す気はしない。お小遣いもないしな。

「たかくん、フランクフルトも好きだもんね」

 にこやかに穂花が笑う。
 ただ不意に、何か以前にも同じ事を繰り返したような気がしていた。デジャヴという奴だろうか。

「時間を戻してやり直せたら、フランクフルト買っていたのかな」

 穂花が自分の頬をのばした指先をあてて、少し考えているようだった。

 時間を戻せるなら、か。
 俺はふと空を見上げる。時間を戻せたとしても、いいことばかりという訳ではないと思う。
 悲しい事を何度も味わなければいけないなんてこともあると思う。
 なぜかそんな事を思った。

「ま、時間を戻すなんて事は出来ないんだから考えても仕方ない。一度きりの人生だから楽しく生きていかないとな」
「わ。たかくんが、真面目な事いってる。明日雪かな。台風かな」

 穂花は心底驚いたような顔で俺を見つめていた。
 なんだ。穂花の中で、俺はどんな風に思われているんだ。心の中でつぶやく。

「んー、お調子者でいっつもふざけてるって感じかなぁ」

 穂花が俺の心の声に答える。
 どうやら考えている事をそのまま口にだしていたらしい。

「でもね。ちゃんとやるべきところではがんばれる人だと思っているよ。決して人が本当に嫌がる事はしなくて、誰かのためにがんばれる優しい人だよ」

 突然に褒めすぎである。
 俺は照れくさくなって思わず顔を背けてしまう。そしてそのまま辺りを見回してみる。

「そんな奴どこかにいたっけなぁ。ここにはいないぜ」
「もう。ここにいるの。たかくんのことなの」

 穂花が呆れた声で答える。ただその声はどこか嬉しそうでもあった。

「たかくんはいつもそうなんだから」

 ため息をもらす。
 それでも俺は知らないふりをして、あたりを見回していた。

 そしてそのままどこかにいないか探していた。フェルの事を。
 だけどその姿はどこにも見えなかった。

 だから俺は声には出さずにつぶやく。

 なぁ、フェル。説明と違って、俺は覚えているぜ。お前の事忘れてなんかいないぜ。
 だけど何のために時間を戻したのかは忘れてしまった。戻した時間の中で何があったのかも。だから俺には未来がわからない。

 でもわからなくたっていいんだ。それが当たり前なんだから。
 けどお前がいないことは、俺にとって当たり前でなくて。だから戻ってきて欲しいんだ。なぁ、フェル。どこにいるんだよ。

 時間を戻した事によってフェルがいなくなった事だけは覚えていた。

 フェルと交わしたほんの微かな口づけのことも。
 だから俺はいつの間にかぼろぼろと涙をこぼしていた。

「ど、どうしたの。たかくん。私、たかくんを傷つけちゃったかな」

 急に泣き出した俺に、穂花はおろおろと辺りを見回していた。それはそうだろう。ついさっきまで普通に話していたのに、突然に涙をこぼし出されても、穂花にしてみれば訳がわからないだろう。

「ちがう……ちがう……ちがうんだ……ちがうけど……でも穂花。ごめん。今はこのまま泣かせてほしい」

 だけどそれでも涙を隠せなかった。

 どうして自分が時間を戻したのかは覚えていない。どうしてフェルを失う事になったかも覚えていない。
 だけど大切な何かを守るためにフェルを犠牲にした。それだけは確かに記憶していた。

 フェルが俺を救ってくれたと。そのためにフェルが犠牲になったと。それだけは忘れてはいなかった。
 だから俺は泣いていた。泣き続けていた。

 涙が涸れるんじゃないかと思うほどに止まらずに泣き続けた。
 高校生の男が脇目も振らずに涙を流している。その姿はもしかしたら奇異なものに映ったかもしれない。だけど俺は止められなかった。

 すがるように穂花をつかんで、そのまま膝をついて半ば崩れかけていた。

 穂花はそんな俺のそばで見守っていた。ときおり俺の頭をなでながら、突然泣き始めたおかしな俺の姿にも離れる事もしないで、何も言わずにただ見守ってくれていた。

 なぁフェル。俺は説明と違ってお前のこと忘れてなんかいないぜ。だから本当はお前も失われてなんかいないんだろ。

 だから俺の前に姿を現してくれよ。
 俺は思うものの、フェルの姿はどこにも無かった。

 ただ俺は泣き続けて、穂花は訳もわからないだろうに俺の事を慰め続けていた。
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