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4.無くした消しゴム

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「たかくん。おはよう。今日は遅刻ぎりぎりだったね。でもちゃんと荷物もってきてくれたんだね」

 教室に入ると穂花ほのかが俺に声をかけてくる。大きな荷物をもっているだけに目を引いたのだろう。出る時間が変わっていたから、通学路で穂花と一緒にはなっていない。

「もちろん。俺がこんな大事なものを忘れる訳が無いだろ」

 言って親指を立ててみせる。まぁぶっちゃけ一度忘れたんだけどねとは思うものの、そこはもちろん口にはしない。
 時間を戻す力があるというのは、やっぱり便利な事だと思う。

「うーん。たかくん。けっこうこういうの忘れてくる事多いよね。実は忘れるんじゃないかなって心配してたんだけど、でも今日はちゃんと持ってきてくれたんだね。ありがとね。荷物重いからってたかくんにみんな任せちゃってごめんね」

 どうやら俺が荷物を全部持って帰った事を気にしていたようだった。
 もともと俺がそうすると自分で言い出した事なんだけれど、穂花は俺に押しつけたように思っていたのかもしれない。
 でも荷物をわざわざ二つに分けるのも面倒だったし、それなりに重いとはいえ俺からしてみればそこまで大した重量でもない。

 ただ穂花は女子の中でもそれほど力は強くない方だろう。スポーツは得意な方ではあるが、単純な腕力はそれほど強くない。それゆえに彼女にしてみれば相当に重たい荷物であったかもしれない。それを俺一人に任せてしまったことは、責任感の強い穂花にしてみれば申し訳なく感じていたのだろう。

「まぁ忘れなかったのはお前のおかげなんだけどな」
「うん? 私なにもしてないよ」

 言うなりきょとんとした顔を浮かべていた。
 俺からしてみれば紛れもない真実だったのだけれど、実のところ今の時間の穂花は確かに何もしていないのだから、当たり前の反応だろう。

 それでも礼は言っておきたかった。穂花にあそこで出会わなければ忘れていて、放課後に家に取りに戻る事になっただろう。
 そうすれば時間が無駄になるのも確かだったし、それによってクラスメイト達から非難の声を浴びたかもしれない。下手したら同じ買い物係という事で穂花にまで飛び火した可能性もある。
 俺の責任で穂花に累が及ぶなんて事は絶対に避けたい。

 まぁ実際にはそこまでの事はないし、せいぜい走ってとってこいとクラスメイトに言われた程度だとは思うけれど、余計な厄介ごとは作らない方がいいのは確かだ。

 荷物は教室の片隅においてから、自分の席へと戻る。

「さてと。そろそろホームルームも始まる事だし。宿題を始めるか」
「たかくん、宿題は家でやるものだよ。いまからやっても間に合わないと思うけど」

 独り言にめざとく穂花のつっこみが入っていた。隣の席だけに全て聞こえていたようだ。

「大丈夫。井上のノートを写すだけだからちゃんと間に合うんだ」

 言いながら鞄から筆箱を取り出す。
 穂花は呆れた様子で溜息をもらしていたが、いつもの事だけにいまさら何も言う気はないようだ。諦めていると言った方が正しいだろう。

「井上くんも、たかくん甘やかさない方が本人のためにもいいと思うんだけどなぁ」

 隣で何か小言を言っていたようだけれど、ここはあえてスルーしておく。聞こえないふり聞こえないふり。
 それからいそいそと筆箱を取り出して筆記用具を確認する。
 ただその中からシャープペンシルを取り出したところで、俺は少し首をかしげていた。

「あれ……消しゴムがない」
「たかくん、また無くしたの。このあいだはペンを無くしてなかったっけ」

「いや、まぁな。確かに俺はよくなくしているけど。消しゴムは確かに金曜日あったんだけどなぁ。あれ使いやすくてけっこう気にいっていたんだけど」
「なら家でしまい忘れたんじゃない?」

「いや土日は筆箱どころか鞄もあけてもないからそれはないんだ」
「……たかくん。少しは予習復習とかした方がいいと思うよ」

 呆れた様子で告げる穂花に、俺は聞こえなかったふりを継続する。予習復習なにそれ美味しいの?
 ただ金曜日の夜には絶対に消しゴムしまったと思うんだけど、なんで無くなったんだろ。声には出さずにつぶやくが、それで消しゴムが帰ってくる訳でもない。しかしさすがに消しゴムがないのは困るな。

「たかくん、忘れものだけじゃなくてよく物も無くすよね。もう少し物は大事にした方がいいと思うよ」

 穂花は大して気にした様子もなく、朝の準備を始めたようだった。
 俺の消しゴムどこいったんだろ。まぁ確かに穂花の言うとおり俺は良く物を無くすから、いつもの事だと思われているのだろうけど。

「はい。消しゴム。あとでちゃんと返してね」

 穂花は自分の筆箱から消しゴムを一つとりだして、俺の机の上に置く。まだほとんど使っていない、可愛らしい動物の柄のついた消しゴムだった。どうやら穂花は複数消しゴムを持っていたらしい。

「お、穂花。さんきゅな。半年くらいしたら返すわ」
「それ全部使ってしまう気だよね。だめだからね。貸すのは今日だけだよ」

 ち。ちょうどいいからこのまま俺のものにしてしまおうと思ったのに。まぁ俺が使うには可愛すぎる気はするけど。
 心の中でつぶやくと、とりあえず親指を立てて返しておく。仕方が無いから、このままなし崩しに俺の物にしてしまおうという作戦である。

「だめだからね」

 さすが幼なじみなだけあって、俺の考えは全てお見通しのようだった。だめ押しをされる。

 こうして今日も一日平和な時間が始まろうとしていた。
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