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13.もういちど指切りを

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 すべての展示を見終わるまでの間、僕達はほとんど話さなかった。
 でもそれも少しのことで、展示を見終わったあとにあるミュージアムショップに入るとみらいはすぐに言葉を取り戻していた。

「あ、一真かずまくん。ほら。これ、みて。マグカップにさっきみた絵が描いてあるの。かわいくない?」
「可愛い、かな?」

 僕にはよくわからない変な模様が描いてあるようにしか見えない。でもみらいにはいたくつぼに入っているらしく、しげしげとカップを見つめていた。

「うーん。でも、ま、これは買えないな。もって帰れないし」
「確かにちょっとかさばるかもね」

 みらいは大したかばんをもってはいない。マグカップを入れるには小さすぎるだろう。かといって袋に入れてもらって、このあとずっともって歩くにはちょっと大きすぎるかもしれない。

「それならこれはどう?」

 僕が差し出したのはブックマーカー、つまりしおりだ。さっきのマグカップと同じ絵が描いてある。
 いまのみらいと出会ったとき、みらいは本を読みながら歩いていた。そこから考えれば、たぶん本も好きなんだろう。だからブックマーカーなら使えるんじゃないかなと思った。

「へー。いいねっ。可愛い」

 みらいは素直に喜んでくれて、僕が見ていたブックマーカーを見つめていた。
 僕には可愛さはさっぱりわからない変な模様なのだけど、みらいがそう思うのならそうなんだろう。

「じゃあこれ僕からプレゼントするよ」
「えー!? いいの? 悪いよ」
「いいよ。五百円くらいだし」

 せっかくだからちょっと記念に何かしてみたかった。

 プレゼントというには大した値段のものではなかったけれど、こういうのは気持ちが大事だよねと心の中で誰かへと言い訳していた。梨央りおあたりは「せっかくのデートなんだし、もうちょっとちゃんとしたのを贈りなよ」とかいいそうな気がするなと不意に思う。

 でもここで買える物で、かさばらなくていいなと思うのはこれくらいだった。あとはポストカードなんかもあったけど、プレゼントにはちょっと味気なさすぎる。だからこれくらいがちょうどいいと思った。

「はい。どうぞ」
「うん。ありがとう」

 レジを通したあとみらいに手渡すと、思ったよりもずっと喜んでくれていた。
 大事そうに胸の前で両手に抱えて見つめると、はっきりと口元をほころばせていた。

「大切にするね。あ、そうだ」

 みらいはかばんの中から一冊の本を取り出して、それからさっそくブックマーカーを挟み込んでいた。本の間から見えるブックマーカーを見つめながら、嬉しそうにまた眺めている。

「うんうん。すごくいい」

 何か納得したみらいの様子に僕も思わず笑みをもらしてしまう。そんなに喜んでもらえるのであれば、贈った甲斐がある。

 落ち着いた色の表紙の本にやや不思議な模様のブックマーカーが、何となく調和しているようにも思えた。
 たぶんみらいと初めて会った時に読んでいた本だと思う。ただどこか古い辞書か何かのような表紙で、あまり本屋ではみかけたことがないような感じの本だった。

「その本、確かこの間も読んでいたよね」

 みらいとの再会は印象的だっただけに、よく覚えていた。そんなにずっと持ち歩いて、歩きながらでも読むほど面白い本なのだろうか。

「え。ああ、うん。一真くんと再会した時の話だね。うん、確かにあの時も見ていたね」
「そんなにずっと持ち歩くほど面白い本なの?」
「うん。そうだね。面白い、かな」

 どこか歯切れ悪く答えるみらいに、僕は少し不思議に思う。

「まだ読んでいる途中なの?」
「ううん。もうこの本は何度も何度も読んで内容はぜんぶ覚えてしまっているくらい。でも、まだこの本は完成していないから」

 みらいは少しだけ視線を落として、それからどこか寂しそうな声で答えていた。その様子に何か悪いことを言ってしまったのかと心配になる。
 しかしみらいはそんな僕の様子には気がつかなかったのか、すぐに優しい笑顔を僕へと漏らしていた。

「いつかね。この本がちゃんと終わりを迎えてくれたらいいなぁって。そう願っているの」

 みらいは本を大事そうに胸元で抱え込んで、その姿に本当に大切なものなんだろうなと感じられた。よくはわからないけれど、みらいにとっては大事なものなのだろう。そんんな本のしおりとして使ってくれるのは嬉しいとは思う。
 みらいはまるで宝物に触れるかのようにゆっくりと傷つけないようにかばんへとしまっていく。よほど大切に思っているのかもしれない。

「完結していないって、ずっと続きがでていないの?」
「ううん。そうじゃないの。そうじゃないんだけど。なんて言えばいいのかな」

 少し悩んでいた様子だけど、すぐにみらいは僕の方へと顔を向ける。

「あのね。この本、私が作った本なの」
「え、自作の本!?」
「うん。そうなの。まぁ全部私が作った訳ではないんだけど」
「なるほど。それで大切そうにしていたんだね」
「んー。それはね。そういう訳じゃないんだ。まぁ、でも大切な本だよ」

 みらいは何かこそばゆいように笑って、それから僕の手をもういちどとっていた。

「そんなことより、そろそろいこう。時間なくなっちゃうよ」
「あ、うん」

 つないだ手にどきどきと胸が揺れるのを感じながらも、僕達は駅の方へと向かっていた。

 確かにもうかなり時間はたっていた。この時期は日が沈むのも早くなってきているから、下手に時間をとっていたら外も暗くなってしまうだろう。電車にのることも考えれば、そろそろ帰路につかないといけない。

 駅についたあと、電車に揺れられて地元の駅に戻ってくる。

「さてと。名残惜しいけど、今日はこの辺でね」

 駅についた後にみらいは僕に別れの言葉を告げる。
 どこか寂しそうではあったものの、確かにもう夕方だ。そろそろ日も沈むだろう。
 僕達はまだ高校生だし、みらいは女の子だ。あまり遅い時間出歩くのは良くない。

 そう思うものの、後ろ髪を引かれる気持ちは確かにある。もう少し一緒にいたいなって心の中で思っていた。
 でもみらいにも予定があるだろうから、これ以上引き留める訳にもいかないだろう。

 だけどみらいもどこか去りがたい雰囲気を醸し出していて、何か言いたげに僕の方を見ていた。

「あのさ」

 みらいはゆっくりと口を開く。

「来週の土曜日、この街の秋祭りがあるよね。一緒に回れないかな?」
「来週の土曜日……?」

「うん。あ、何か用事あった? それか他の人と約束していたとか」
「いや。そういうわけじゃない。うん、いいよ」

 みらいの提案に僕はうなずく。
 その日は誰とも特に約束はしていないし、予定も入れていない。
 その日はちょうど未来みらいの命日だから。
 いつも何かをしている訳ではない。事故にあった場所にいって、手を合わせるだけ。未来が天国で幸せでいてくれるようにって。

 でもいまはみらいが目の前にいる。みらいと一緒に秋祭りを回ることは、何も悪いことではないはずだ。

「じゃあ、約束。午後五時に、またここでね」
「わかった」

 僕がうなずくと、みらいは笑顔を覗かせていた。

「あ、そうだ。約束だから指切りしようよ」

 そう言いながら、みらいは僕へと小指を差し出してくる。
 その瞬間、僕の胸の奥が何か痛みを感じていた。

 かつて交わした未来との約束。その時も指切りをして、そしてその約束は叶えられなかった。
 こんどもそうなってしまわないだろうか。約束を守る事が出来ないんじゃないだろうか。

 秋祭りの日が、ちょうど未来の命日と重なっていたこともふくめて、不安な心が僕の中を通り過ぎていく。

「指切りなんてしなくても、ちゃんと約束は守るよ」

 思わずそんな言葉を返してしまう。指切りがまるで事故のきっかけになったかのようにすら思えていた。
 だけど未来はほんの少しだけ寂しげな顔をみせて、僕を上目遣いでのぞき込んでいた。

「だめ?」
「だめなわけじゃない、けど」
「じゃあ」

 ためらう僕にもういちどみらいは小指を差し出してくる。
 僕はあのとき交わした指切りが叶えられなかったことを気にしていた。

 でも寂しげな彼女の表情をみていたら、もしかしたらみらいも、あの時の約束を叶えられなかったことを気にしているのかもしれないと思えた。

 だからこそこの歳にもなって、指切りなんて言い出したのかもしれない。
 みらいの中でもあの約束についてのしこりが残っているのかもしれない。だったらいま僕の感じた些細な不安なんて、とるに足らない理由じゃないだろうか。

 僕が絶対に約束を守ればいいんだ。僕がみらいを守ればいい。
 もうあんなことは絶対に起こさせないように。

「うん。わかった」

 だから僕はみらいへと小指を重ねていた。
 こんどこそ絶対に約束を守るんだ。そして僕が未来を守る。こんどこそ、絶対に。

『ゆびきりげんまんうそついたら針千本のーます。ゆびきった』

 僕と未来の声が重なっていく。
 叶えられなかった約束を叶えるために、僕は静かに指をきった。
 ふれた小指が、じわりとぬくもりを残している。
 この指先に残った約束を、僕は絶対に守ろうと思う。絶対に。
 そしてあの時と同じように浮かれて事故を起こすなんてことがないように。

「じゃあ、私はここでね。またね」
「うん。またね」

 僕は未来と別れの挨拶を交わすと、しばらくの間は去って行く未来の後ろ姿を見守っていた。
 未来が去っていたあとも、ただじっと指切りを交わした小指を見つめ続けていた。交わした約束をかみしめるように。
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