喋る黒猫とうそつきの麦わら

香澄 翔

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四.最後の夏とうそつきの麦わら

39.健と奈々子

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「ま、神様は本当にいたんだろうな。気がついたら、いつの間にか村は元に戻っていた。いや正確には何人かはいなくなっちまっていたんだがよ。気がつくとみんな元気に暮らしていたんだ。けどテレビのニュースでは俺らの村は何人かを残して全員死亡したんだって言っていたよ。残ったのはほんの数人ってな。……ま、そいつらが村からいなくなった何人かだったんだがよ。ようはつまり今この村に残っているのは、あの時死んじまった奴らだけってことさ。有子ゆうこを除いてな」
「お父さん……何を言っているの。わからないよ。だってお父さんもお母さんも今ここに居るよ……ずっと一緒にいたんだよ。もう何年もずっと」

 ありすは父の言葉を受け入れる事は出来てはいなかった。
 すでに死んでしまった人がここにいるというのは理屈にはあわない。だから健さんの言う事は理解は出来てはいなかったのだろう。
 だけどもしかするとありすはわかっていて、それでも受け入れられなかったのかもしれない。受け止めるには難しい言葉だったから。
 僕にだって本当のところは何が起きているのかはわからない。健さんがありすを思う気持ちだけが、僕に強く伝わっていた以外には。

「まぁそうして過ごしている皆には何となく分かっていた。この力は有子の起こした奇跡だってな。有子があの時、祠の前で誓ったこの村の救世主になるって願いをよ。神様が叶えてくれたんだってよ」

 健さんはありすの頭をくしゃくしゃと丸めるようになでる。

「ま、そんなわけで俺達は人生の延長線って訳さ。楽しかったぜ。終わっちまったはずの俺達が、こうして有子がこの歳になるまで一緒に居られたんだからよ」
「そうですね。神様って本当にいるんですね」

 静かに聴いていた奈々子ななこさんも笑う。
 いつもと同じように日常を過ごしているかのように笑っていた。

「でもいつかは消えてしまう事はわかっていました。この奇跡はいつまでも続かないって。有子が大人になる前には消えてしまう魔法なんだって、私達はみんな知っていました。みんな感じていました。この夏が最後の夏になるって。だから」

 奈々子さんが僕の手をとる。

「その前に謙人けんとさんがきてくれて良かった。有子が一人残される訳じゃなくて、有子のそばには謙人さんがいてくれるんだって。これがきっと最後の奇跡なんですね。謙人さん、有子をよろしくお願いします」
「いや……いやだよ。お母さん。そんなこと言わないで。まだ私、お母さんに料理教えてもらっていないよ。謙人さんのために、私もお母さんみたいに料理上手になろうって決めたばかりなのに」

 ありすは泣きながら奈々子さんへと抱きついていた。
 だけど奈々子さんは今にも自分が消えていなくなるのだとは思ってもいないかのように、ごく自然にありすの頭をなでていた。
 僕は奈々子さんが告げた言葉を、胸の中で思い返す。少しだけ何をするべきなのか、理解できたような気もする。

「あらあら。もう大きくなったのに、甘えんぼさんね。料理は私が教えてあげるっていったのに、また今度って言ったのは誰だったかしら」
「だって。だって。お母さんがいなくなるなんて思わなかった。ずっと、これからもずっと一緒だって。みんなで一緒にいるって、そう思っていたのに」
「有子。人はね。誰だっていつかはいなくなるのよ。もしも私達が普通に生きていたんだったとしても、いつ事故や病気で死んでしまうかなんてわからない。毎日を大事に生きていかないといけないの」

 奈々子さんは諭すように告げる。

「けど私達はこうしてこの日まで一緒にいられた。本当はなかったはずの日々を過ごせた。それは有子の魔法のおかげ。貴方が魔女になるって決めてくれたおかげなの。それは謙人さんのおかげでもあるかもしれないわね。あの時、有子が謙人さんと出会わなければ、この日の奇跡もなかったかもしれない」

 奈々子さんは僕へと視線を合わせると、それから優しい顔で笑いかけていた。

「有子をお願いしますね。もうすぐ夏祭りが終わりになります。最後に大きな花火がなったら、それがお祭りの終わりの合図。魔法はとけて、本来の形に戻ります」
「やだやだやだっ。いやだよ。どうしてそんなこというの。私が魔女だなんて、ただの妄想。私のうそ。私はただのうそつきなんだよ。私の魔法だなんて、そんなことない。お母さんもお父さんもここにいるもん」
「ふふ。聞き分けの無い子ね。でも、ごめんなさいね。もうそろそろ終わりの時間なの。さぁ有子。笑顔でお別れしましょう」
「いやだよぅ。私はお別れなんてしたくないよ。どこにもいかないでよぅ」

 ありすの声は震えていた。崩れそうになる顔で、ただ涙を流していた。
 そんなとき突然に健さんがありすと奈々子さんの二人を力強く抱きしめる。

「俺だって、俺だってなぁ。お別れなんてしたくねぇよ。なんでだよ。なんで有子をおいていかなきゃいけねぇんだよ。俺だって有子と別れたくなんかねぇよ」
「お父さん……!」
「でもだめなんだよ。どうしても時間は来ちまうんだ。俺には俺達にはわかるんだよ。もう自分の時間が残されていないって。別れを告げるしかないって。だから、だからさぁ。せめて最後は笑っていたいじゃねぇか。最後に見るお前の顔は笑顔で居て欲しいんだよ。だから有子、笑ってくれよ。俺のため、奈々子のために。最後に笑ってくれよ……!」

 健さんは泣き崩れそうになる顔を必死でこらえていた。
 そして目には涙をあふれさせながらも、笑顔を向けていた。

「お父さん……」

 ありすは父の顔をじっと見つめていた。
 ありすは戸惑いを隠せていない。健さんの言葉が理解できた訳ではないのだろう。
 だけどすぐにぎゅっと大きく目をつぶって、あふれていた涙を右手でぬぐう。

「お父さん……私……私……」

 大きく頭をふるう。そしてもういちど目をつぶって開く。

「笑ってみる……。お父さんとお母さんのために……笑うよ……!」

 ありすは笑顔を作っていた。
 精一杯の笑顔を。
 涙をこらえきれていなくて。崩れまくった顔で。
 でもそれでも必死に笑顔を作ろうとしていた。
 健さんも同じように顔をゆがませながらも、口角を上げて笑顔を作ろうとしていた。
 その隣でにこやかに笑っていた奈々子さんが、そっと顔を隠して涙をぬぐっているのが僕の目には映っていた。
 ありすはたぶん健さんの最後の願いを叶えようとしているのだろう。
 ありすの気持ちが痛いほどに伝わってくる。
 僕は何をしてあげればいいのかわからなかった。
 ただ隣にいて呆然と立ち尽くしているだけだ。
 だけどありすと健さん、奈々子さんのために何かをしていたかった。
 だから僕も笑顔を作りながら、ありすの手を握る。

「ありす、僕も一緒に笑うよ。だからありすも笑って」

 ありすの手の震えが、僕にも伝わってきていた。
 無理をしているのだろう。だけど笑おうとしているのだろう。
 そんなありすの力に少しでもなれるように、僕はありすの手を強く握る。
 僕自身も震える気持ちを奮い立たせながら、ありすへと笑顔を漏らす。
 笑顔が出来ているかなんてわからなかった。きっと本当は笑えてなんていない。
 それでも僕は精一杯笑顔を作り続けていた。ありすと一緒に笑おうと震わせていた。
 それから健さんと奈々子さんの二人へと顔を向ける。
 いま僕は二人に言わなければいけないことがある。
 二人が消えてしまう前に。

「健さん、奈々子さん。僕は有子さんとこれからも一緒にいたいと思っています。どうかその事をお許しください」
「おう……! 謙人。これから有子をよろしく頼まぁ。お前なら安心して任せられるぜ」
「謙人さん。有子をよろしくお願いします。ふふ、でもまるで結婚の挨拶みたいですね」
「もう。お母さんっ、まだ早いよ……!」

 僕の言葉に皆が笑っていた。
 半分は、いやほとんどが作り笑いだろう。僕達は無理して笑っていた。
 だけどそれでもほんの少しだけ、ほんの少しだけはいつものみんなが戻ってきていた。戻ってきていたんじゃ無いかと思う。
 きっとそうだと信じたいと思う。僕達は笑えているって、信じている。
 それから少しだけ健さんの体が映像が揺れるように震えていた。

「ち。もう本当にこれが最後か。娘の花嫁姿が見られないのが残念だぜ。ま、謙人。これからは有子の事をよろしく頼むわ」

 握り拳をして親指を立てて僕に突き出していた。
 最後まで健さんらしいなと、僕は思う。
 健さんの体がゆっくりと消えていく。

「お父さん……」
「まだですよ。有子。笑って」

 崩れそうになるありすを奈々子さんがたしなめる。

「お母さん……!」
「さてと私もそろそろ行きますね。二人とも最後までお祭りを楽しんでくださいね」

 奈々子さんは何事も無かったように告げる。
 だけどその目が少しだけ赤くなっているのは隠し切れていなかった。
 いつもひょうひょうとしていた奈々子さんだって平気ではいられないのだろう。
 別れを告げなければならない。それでも奈々子さんは笑っていた。

「笑顔、笑顔ですよ」

 その言葉を最後に、奈々子さんの体も少しずつ消えていく。
 ゆっくり見えなくなっていって。
 そしてまるで空気の中に溶けてしまったかのように姿を失っていた。

「……う……うううう…………」

 涙をこらえているありすの姿が見えた。
 だけどもうあふれるのは時間の問題だった。
 体が揺れるように震えていた。
 それでも最後まで二人の願いを叶えようとしているのだろう。

「わらえて……いた……かな……。私、最後は笑顔できてた……かな」

 ありすは途切れ途切れにつぶやく。
 たぶんそれは僕に向けた言葉ではなかったのだろう。ありすはまだ二人がいた場所を見つめている。

「うん。大丈夫だよ。笑えて、いたよ」

 僕がうなずく。僕だって目がにじんで、はっきりとはわからなかった。それでもきっと僕達は笑えていた。笑えていたはずだ。
 同時にありすの声が弾けだしていた。

「うわーーーーーーぁぁぁぁぁぁぁ。お母さん、お父さんーーー!!!」

 二人を呼ぶ声。
 強く激しく大きな声が両親を呼んでいた。

 それと共に。
 それをかき消すように。
 空に大きな花火が打ち上がっていた。

 猛々しいはじけるような音がありすの泣き声を打ち消していた。
 僕はありすを背中から抱きしめる。
 夜空を色とりどりに染めていく。
 光があふれて、そして散っていく。

 ゆっくりとのぼっていく口笛のような音が響く。
 大きくはじける光と共に、胸を打つ鼓動が走る。
 夏の夜の星空の中に、鮮やかな光で広がっては消えていく。
 きらめくような残滓が散り散りと弾け、僕達を見守っていた。

 それはありすの泣き声を無かった事にしていた。
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