この恋、腐れ縁でした。

氷室ユリ

文字の大きさ
上 下
129 / 131
第六章 見えないところで誰かがきっと

60.最高のマリアージュ(1)

しおりを挟む

 場所を変えて、食事会はすでに始まっている。次の会場は小洒落た邸宅風レストランだ。

 私はお色直しをして登場。ベースは黒だが、ピンクのバラのモチーフが胸元に数箇所付いていて、スカート部分にはフリルが螺旋状に施されている。
 こんな乙女系のデザインを勧めてきたのは新堂さんだ。

「皆さん、今日はどうぞ楽しんで行ってください」
 彼がゲスト達に向かって一応の挨拶をするも、場内はすでに宴会真っ盛り。

「ねえ新堂さん……誰も聞いてないみたいよ?」横に立った私が耳打ちする。
 私達の姿は全く目立っていない。それでも彼は気に留める様子もない。
「まあ、いいだろ。そのうち気づくさ。さあ、食べよう」
「そうだね!」

 私がナイフを手にした時、砂原がやって来た。すでに酔っ払っているようだ。
「おい、ユイっ!……しんど~、ユイ~っ!」
「ちょっと砂原!もうそんな状態って……ペース早くない?」さては何かあったか。
「ん?ちょっとぉ~、何衣装替えちゃってるワケ?またフリフリの……良く見れば水玉模様入ってる?らしくないじゃ~ん!」

「スゴイ、よくぞ気づいてくれました!」
 フリル部分はグレイで細かい水玉模様が入っているが、遠くからは見えない程度だ。
 気づいてもらえた事に嬉しさを覚えるも、新堂さんに文句を言う。「ほらね、だから言ったじゃない?こういうのは似合わないって!」
「そんな事ない、とてもいいと思うけど。なあ?」
 いつの間にか横にいたスタイリスト戸田に意見を求めている。
「ええ!凄くお似合いです!言っておきますが、僕はお世辞は言いませんよ?」

 こんな男二人のコメントに、砂原が両手を広げておどける。

「こんな時なんだから、真っ黒なのだけじゃなくて、そういうのも着た方がいい」彼が耳元で囁いた。
「キャ~、またまたユイったらカワゆいっ!ってダジャレ~!分かった?」
「まなみ……。あんまり騒がないで、恥かしいからっ」

 これまたいつの間にか貴島さんとまなみがいる。

「ほお……。これはまた、新堂が好きそうな衣装だな!」
「意外よね、こういうの好きなんだから?」彼の見た目からは、もっと大人っぽいデザインを好みそうだが。
 聞こえないふりを決め込む新堂さんなのだった。

「あ~あ~、ほら砂原!少し座ったら?」
 新郎新婦の前でフラついている砂原。若干注目を浴び始めたので、どうにか空いている席に座らせる。
「あ~ん、私もこーゆーの着たいわぁ!」
 まなみはその横にしゃがんで私のドレスの裾を引っ張っている。
「忙しい……っ!」

「だとさ、貴島!早くまなみに着せてやらないとな?」新堂さんがふざける。
「冗談じゃない!まだ早い!」
「あら、ソウ先生がお相手になればいいじゃない?式には呼んでよね~!」
「おい!お前らなぁ~」

 ここまでからかわれ、可哀相に貴島さんはまなみを引き摺って席に戻って行った。

「ちょっと砂原?大丈夫?」座らせたのはいいが、目まで据わり始めている……。
「ね~ね~今のだけど。父親に向かってお相手になれ?ってダメでしょ~!コメント間違ってない?」
 砂原は事情を知らないので、そう思うのは当然だ。意外とまだ冷静なようだ。
「あ~いいのいいの。あそこの家庭は複雑だから!」

「あっそ。それより!あの金髪男子さぁ、何なの?さっさと帰っちゃって!あ~ん、いい感じだったのにィ……!だけど、ど~っかで見た事あるのよね、あの男?」
 本題はこちらだったようだ。
 世界的怪盗エリック・ハントを思い出すのも、もはや時間の問題と思われる。
「さすがのエリックも、お手上げだったようね……」一人でこっそり笑う。

 それを砂原に目敏く見られていた。
「ちょっと~っ、今笑ったでしょ!何笑ってんのよ。ユイぃ?シバくよ、こらっ」
「笑ってないわよ!外行こう、外!頭冷やした方がいいみたいよ。新堂さん、ちょっと行って来るね」
「おい!新堂さん、じゃ~ないだろ!名前で呼べ、名前で!」

「そうだった……。もう、いちいちうるさいなぁ……」
 ずっと新堂さんと呼んでいた事に、今気づきました!

「あ~?何か言ったか?」
「いいえっ!カズヤさん、外に行って来ますっ!」
「あ、……ああ、ごゆっくり」
「よろしいっ!」満足顔の砂原は自らテラスの方へ歩いて行く。

 砂原を追って小走りになりながらも、後ろから響く彼の笑い声はしっかり聞こえた。
「コントやってるんじゃないんだからね?」


 行ってみれば幸いテラスには誰もいない。
 空を見上げていた砂原が、体ごとくるりと振り返って私を見た。

「あ~いい気持ち!ねえ?アンタがいつになっても合コン付き合ってくんないから、こうなったんだからね?」
「合コンって、いつの話してるのよ。それ言うなら、この間の旅行の時に掴まえられなかったのが悪いでしょ!」
 私のこんなコメントに、意表を突かれた様子で目を丸くする砂原。
「もう~……!どうせ私は、ず~っと仕事が恋人よ!」

「何なら、本気で禁断の恋、する?エリックと」
「禁断?何でよ」
「あなたならできるわ、きっと!それに、案外お似合いかもよ」
 映画が一本出来上がりそうな展開ではないか?私は無意識に笑っていたらしい。
「あ~っ!イヤらし~事考えてたでしょ、今!スケベだなぁ、ユイは!」

「バっ、バカじゃないの?そんなんじゃないし!」
 砂原を突き飛ばしながら目を泳がせると、一つ向こうのテラス窓から男性が一人出て来るのが見えた。
 砂原も同じ方を見ている。「お~っ、いい男発見!あれ誰?紹介して!」
「待って待って、彼もマズいわよね……?」それは小田さんの息子さんだった。
 つまりヤクザだ。

「んもうっ、どうにでもなれ!オッケー、来て、紹介してあげる!」
 開き直って小田ジュニアを紹介し、二人を残して室内に戻った。
「やれやれ……」

 中に入ると、背の高い同年代くらいの女性が待ち構えていた。
「ユイ!分かる?私の事」そう言って自分を指す。
 至近距離で見上げていて、すぐに思い出した。高校時代の友人多香子だ。
 学生の頃はよくこの多香子と、もう一人のノッポ知子と共に過ごした。二人とも凄く背が高くて、並ぶとさらに私のチビが際立って!それだけが悩みだった。

「多香子!超久しぶり~っ、来てくれたんだね!」
「ゴメンね、挙式には間に合わなかった。あと、知子とチエはどうしても来られないって。でも伝言預かって来たよ!」
 そしてチエ。私達は仲良し四人組だった。チエは当時冷血新堂に憧れていたのだが、お相手はやはりそういう系のお方なのだろうか……。

「そっか。残念だけど……いいよ、多香子が来てくれたんだし。お料理食べた?」
「うん、すっごく美味しいね。どれも食べた事ないような高級料理!ホントに会費いらないの?」

 今回ゲスト達からの金銭は、お祝い金も含めて一切受け付けなかった。私達には必要がないからと、これは彼の提案だ。
「問題なし!彼、超のつくお金持ちだからね?って、嫌味だよね、コレっ……」
 多香子が笑いながら否定した。

「だけど、ユイのお相手があの時の人とはねぇ……。見た時は心臓止まるかと思った」
「あの人の事、覚えてた?」多香子も何度か学校で会っている。
「何となくは。でもお医者さんだって聞いたらすぐに思い出したよ。チエ、来なくて正解かもね」

 そんな昔話でしばし盛り上がった。その後新堂さんにも会ってもらい、多香子は席に戻った。

 そして私もようやく席に着く。「ふう……。やっと食べられるわ」
「砂原さんは落ち着いたのか?かなり強烈キャラだよな、相変わらず!おまえが可愛く見えるよ」赤ワインを堪能しながら、新堂さんが言う。
「まあね。そのうちまた乗り込んで来そうだから……今のうち食べなきゃ!」

 小田さんの息子さん、ゴメン!と心の中で謝りながら、目の前の料理にかぶり付く。
「んっ!これ、美味しいじゃない!」
「そうなんだ、こっちもイケるぞ。食べてみろ」
「多香子が絶賛する訳だわ!」

 そして一通り食べ切り、ワインのボトルを片手にようやくゲストへのおもてなしを始める。

 端のテーブルから回ると、西沢兄妹が楽しそうに食事をしていた。
「巧、奈緒。ワイン飲めるだろ?」
 二人が笑顔でグラスを差し出し、そこへ新堂さんが順に注いで行く。

「いや~!この酒、高いだろ?こんなの飲んだ事ないよ!」注がれた瞬間にあっという間になくなったので、私が追加で少しだけ注いだ。
「ちょっとお兄ちゃん、飲みすぎだったら!」
「もしかして酒グセ悪かったりする?お兄さんって……」恐る恐る聞いてみる。
 また一人悪酔いする人が現れたら厄介だ。

 お兄ちゃんは酔ったらすぐに寝ちゃうのよ、と奈緒がため息をついた。
 暴れないだけマシだ、と思いながらも「ほどほどにお願いしますね?」と眼光鋭く西沢兄に言い放つ。
 すると途端にしゃんと背筋を伸ばし、「もちろん粗相はしない!」と答えてきた。

 私に頭が上がらなくなったのはいいが、怯え過ぎでは?
 私と新堂さんは顔を見合わせて笑った。

「あれ、紺野さんは?」と私が聞くと、「日帰りの予定で来たからって、あの後に帰ったよ」と新堂さんが教えてくれた。「おまえによろしくってさ」
 そうなのか、残念。お礼を言いたかったのに。

「ユイさん、それでどうだった?上手く行ったんでしょ」奈緒がこっそり聞いてくる。
 私はウインクして答えた。「バッチリ!ホントありがとね。突破口を開いてくれたのは奈緒ちゃんだよ」
「お役に立てて光栄です!二人にはたくさん恩があるから……」
 涙ぐむ奈緒に、慌ててこう伝える。「こっちこそ!これからもよろしくね!」

 いっぱい食べて行ってね!と二人に伝えて次のテーブルに移る。

「お前達!まだいたのか」
 彼の目線の先には医学部同期の斎木さんがいた。
「お~い、その言い方はないだろ?こちらの方と話が弾みましてね!」
「……。よりによって!」

 何と同じテーブルにいたのは年配の男性刑事だった。
「いや、どうも!すぐに帰るつもりだったんですがね。こちらの先生との会話が楽しくてつい長居を……っ」
 どうやら刑事もかなり酔っている模様。
「いいんですよ、楽しんでいただけて何よりです」彼が模範的回答をする。

 そんな彼に当然の突っ込み。「余裕だな!いいのか?色んな事バラすぞ!」
「好きにしろ。その方は全てご存知だ」
「何だと?」
 訳が分からないという様子の斎木さんを尻目に、新堂さんが男性刑事のグラスにワインを注ぐ。
「これはこれはっ、どうもどうも!」

「斎木、身の安全を確保すべきは、お前かもな?」
 意味深な笑みを浮かべて、さっさとそのテーブルを去って行くのだった。

「あんっ!待ってよ、しん……、じゃなくてカズヤさん!」
 二人に軽く挨拶をして、慌てて彼を追い駆けた。


しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

サイキック・ガール!

スズキアカネ
恋愛
『──あなたは、超能力者なんです』 そこは、不思議な能力を持つ人間が集う不思議な研究都市。ユニークな能力者に囲まれた、ハチャメチャな私の学園ライフがはじまる。 どんな場所に置かれようと、私はなにものにも縛られない! 車を再起不能にする程度の超能力を持つ少女・藤が織りなすサイキックラブコメディ! ※ 無断転載転用禁止 Do not repost.

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

再会したスパダリ社長は強引なプロポーズで私を離す気はないようです

星空永遠
恋愛
6年前、ホームレスだった藤堂樹と出会い、一緒に暮らしていた。しかし、ある日突然、藤堂は桜井千夏の前から姿を消した。それから6年ぶりに再会した藤堂は藤堂ブランド化粧品の社長になっていた!?結婚を前提に交際した二人は45階建てのタマワン最上階で再び同棲を始める。千夏が知らない世界を藤堂は教え、藤堂のスパダリ加減に沼っていく千夏。藤堂は千夏が好きすぎる故に溺愛を超える執着愛で毎日のように愛を囁き続けた。 2024年4月21日 公開 2024年4月21日 完結 ☆ベリーズカフェ、魔法のiらんどにて同作品掲載中。

恋煩いの幸せレシピ ~社長と秘密の恋始めます~

神原オホカミ【書籍発売中】
恋愛
会社に内緒でダブルワークをしている芽生は、アルバイト先の居酒屋で自身が勤める会社の社長に遭遇。 一般社員の顔なんて覚えていないはずと思っていたのが間違いで、気が付けば、クビの代わりに週末に家政婦の仕事をすることに!? 美味しいご飯と家族と仕事と夢。 能天気色気無し女子が、横暴な俺様社長と繰り広げる、お料理恋愛ラブコメ。 ※注意※ 2020年執筆作品 ◆表紙画像は簡単表紙メーカー様で作成しています。 ◆無断転写や内容の模倣はご遠慮ください。 ◆大変申し訳ありませんが不定期更新です。また、予告なく非公開にすることがあります。 ◆文章をAI学習に使うことは絶対にしないでください。 ◆カクヨムさん/エブリスタさん/なろうさんでも掲載してます。

溺愛彼氏は消防士!?

すずなり。
恋愛
彼氏から突然言われた言葉。 「別れよう。」 その言葉はちゃんと受け取ったけど、飲み込むことができない私は友達を呼び出してやけ酒を飲んだ。 飲み過ぎた帰り、イケメン消防士さんに助けられて・・・新しい恋が始まっていく。 「男ならキスの先をは期待させないとな。」 「俺とこの先・・・してみない?」 「もっと・・・甘い声を聞かせて・・?」 私の身は持つの!? ※お話は全て想像の世界になります。現実世界と何ら関係はありません。 ※コメントや乾燥を受け付けることはできません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。

人違いラブレターに慣れていたので今回の手紙もスルーしたら、片思いしていた男の子に告白されました。この手紙が、間違いじゃないって本当ですか?

石河 翠
恋愛
クラス内に「ワタナベ」がふたりいるため、「可愛いほうのワタナベさん」宛のラブレターをしょっちゅう受け取ってしまう「そうじゃないほうのワタナベさん」こと主人公の「わたし」。 ある日「わたし」は下駄箱で、万年筆で丁寧に宛名を書いたラブレターを見つける。またかとがっかりした「わたし」は、その手紙をもうひとりの「ワタナベ」の下駄箱へ入れる。 ところが、その話を聞いた隣のクラスのサイトウくんは、「わたし」が驚くほど動揺してしまう。 実はその手紙は本当に彼女宛だったことが判明する。そしてその手紙を書いた「地味なほうのサイトウくん」にも大きな秘密があって……。 「真面目」以外にとりえがないと思っている「わたし」と、そんな彼女を見守るサイトウくんの少女マンガのような恋のおはなし。 小説家になろう及びエブリスタにも投稿しています。 扉絵は汐の音さまに描いていただきました。

本日、私の大好きな幼馴染が大切な姉と結婚式を挙げます

結城芙由奈@12/27電子書籍配信
恋愛
本日、私は大切な人達を2人同時に失います <子供の頃から大好きだった幼馴染が恋する女性は私の5歳年上の姉でした。> 両親を亡くし、私を養ってくれた大切な姉に幸せになって貰いたい・・・そう願っていたのに姉は結婚を約束していた彼を事故で失ってしまった。悲しみに打ちひしがれる姉に寄り添う私の大好きな幼馴染。彼は決して私に振り向いてくれる事は無い。だから私は彼と姉が結ばれる事を願い、ついに2人は恋人同士になり、本日姉と幼馴染は結婚する。そしてそれは私が大切な2人を同時に失う日でもあった―。 ※ 本編完結済。他視点での話、継続中。 ※ 「カクヨム」「小説家になろう」にも掲載しています ※ 河口直人偏から少し大人向けの内容になります

偽装夫婦

詩織
恋愛
付き合って5年になる彼は後輩に横取りされた。 会社も一緒だし行く気がない。 けど、横取りされたからって会社辞めるってアホすぎません?

処理中です...