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第五章 扉の先で待ち受けるものは
44.エンゲージリング(1)
しおりを挟む「祝、第一回目定期検診突破!カンパ~イ」
私の掛け声の後、グラスの触れ合う音が響く。
退院後初めての検査が異常なしだった事から、先日、私からお祝いをしようと提案したのだ。そして今日、貴島さんとまなみも招待し我が家でパーティを開いている。
「それで主治医のキジマ先生?確認だけど、今日からアルコール解禁って事でいいのよね?」
「ああ、体調も良好なようだしな。新堂、おめでとう。第二関門突破だ。この関門には二つの意味がある、分かるだろ?」
「ああ。検診の他にスランプ脱出って言いたいんだろうが、一々言わんでいい」
驚いた事にすんなり受け入れている彼。
あれから二人で話したのだろう。きっと私が相談に行った事も話題になったはず。
それでも新堂さんは、今のところ私を責めて来たりはしていない。これはもう許してくれたという事にしてよさそうだ。
「ねえ、関門は、あといくつあるの?」
「そうだな、年ごとにあるはあるが、デカいのは五年目か」
「そっかぁ。五年後……」ここで言葉を切る。プロポーズの言葉を思い出した。
隣りの彼を振り返ると、わざとなのかおどけた様子でこんな事を言う。
「さっきから関門突破だ!なんて騒いでるが、まるでゲームのキャラクターにでもなった気分だよ」
そしてワインを一口だけ口に含む。
「まあまあ。ご機嫌直してよ、新堂先生!どう?久しぶりのワインのお味は」
「ちゃんと禁酒令、守ってたようだな」
「失礼ね、当たり前でしょ!ね~、新堂さん?」
ふと、彼の冴えない表情が気にかかった。「どうかした?」
「なあ。これ、今開けたんだよな?」冷えた赤ワインのボトルを手にして眺めている。
「イマイチだったね。そうなの、実は私もそう思った」
ここへ反対意見が一票入る。「そうか?美味いけどな、俺は!」
貴島さんは何だっていいんでしょ、と突っ込んで再び彼の様子を見る。
「何て言うか……」
「新堂さん、これやめよう!こっちにしよ?」
彼の手からグラスをもぎ取り、新たなグラスに白ワインを注いだ。彼はされるがままだった。
「さあ飲んでみて!」
自分にも並々と白ワインを注いで、先に飲み干す。
「おいおい……。ペース早いぞ、朝霧!いくら祝いの席だからって?」
こんなコメントを無視して、私は新堂さんに微笑む。
彼はグラスの中のやや黄色味かかった液体を見つめた後、香りを確かめた。そしてゆっくりと口に含む。「おお、これは美味い」
「良かった!」
「どれどれ、俺にもくれ!」
「あ~ん、まなみも飲んでみたい!一口だけでいいから!」
この後まなみを宥めるのに(三人がかりで!)苦労したのは言うまでもない。
「それにしても、元気になって本当に良かったよ。二人とも」
「ちょっと?それって私も含まれてるけど何で?私は病気じゃないから!」
「まあ何にせよ、無理はするなよ、お二人さん?」勝手に完結して会話を終了させる。
一通りワインを堪能して、新堂さんはまなみとピアノのレッスンを始める。
「ごめんね、貴島さん。今日本当は忙しかったんじゃない?」
このパーティの話を持ち掛けた時、仕事が入っていると言っていたのだ。
「いや、問題ない。あっちは今日じゃなくてもいいんだ。こっちの方が重要だよ」
「でも今までずっとお仕事できてなかったのに、また……」
「いいって!まなみが遊びに行くってずっと騒いでたから、ちょうど良かった」
噂をすればで、まなみの声が響き渡った。
「ねえユイ~!ユイも弾こうよ。ほら、まなみ上手でしょ!才能あるかも?」上機嫌で鍵盤に向かっている。
そんな姿を幸せそうに見つめる貴島さんが、本当の父親のように見えた。
「え~?待って待って、そのくらいはユイさんだってできるわよ?」
私も参戦してまなみの横に座り、意気揚々と音を鳴らしてみるのだが……。
「そこじゃない、ここだ」とすぐさま鬼教官(!)の指摘が入り、「こうね!」とやり直すも、「いや違う、こうだ」と全く褒めてくれる気配がない。
「ああん、スパルタ!やめやめ。やっぱ私は向いてないわ。まなみ、頑張って!」
あっさり引き下がったのだった。
「全く……。お前ってヤツは!」呆れ顔で私を迎え入れる貴島さん。
「私もお金持ちの特権は、行使してなかったから?」
「何だ、習ってなかったのか。ヤクザの組長の娘なんて相当金持ちだろうに!」と返される。
「はあ?」
そんな事まで話しているのか、あの人は!
「あのね、言っておきますけど!私はそんなんじゃありません!変な誤解しないでよね?大体、クソ親父となんか、と~っくに縁切ったし!」
こんな言い草に貴島さんが目を丸くした。
自分の事は秘密にしたがるのに、私の事は根掘り葉掘り喋るなんて?随分と勝手ではないか?新堂和矢!
声を荒げた私に気づいて、新堂さんがこちらを気にしている。
「何でもない、続けて」本当は問いただしたかったけれど、笑顔でこう伝えた。
私も大人になったものだ。冷静にこんな対応ができるようになったのだから?
二人が帰った後。ソファに並んで座り、テーブルに置かれた七つのワイングラスを見つめる。当然まなみが飲んでいたのにはジュースが入っていたのだが。
二つには、最初に私達が飲み残した赤ワインが入ったままになっている。
「なあ……」始めに口を開いたのは彼だった。「ん?」視線をグラスから彼に移す。
「俺、嗜好が変わったのかな」赤ワインの入ったグラスを手にして続ける。「昔はあんなに赤が好きだったんだが……」
「凄い、奇遇!」
「え?」
「それ、私もなの……」私も赤のグラスを手に取って香りを嗅ぐ。「何かさ、気が進まないって言うか……美味しく感じなくて」真っ赤な液体を光にかざす。それはまるで血のように見える。
「おまえもだって?」
しばし顔を見合わせる。
新堂さんは私の持った赤のグラスを自分のと併せてテーブルに戻し、代わりに白のグラスを二つ手に取った。
差し出された一方を受け取る。「ありがと」
先にそれを彼が飲み干した。それも一息に!
「この爽快さが堪らないよ」
まるで私のような飲みっぷりだ。そう思いながら私も一気に飲み干す。
「そうそう!すっきりしてて、気分が良くなる」
「驚いた、ユイも同じ事を感じていたとは」
「今日のあなたの反応を見てて、もしかしてって思ったの」
「どういう事だ?」
「実はさ、少し前に一人で飲んだの。……ゴメンっ」我慢できなくて?
「謝らなくていいよ」彼が私の肩に優しく手を置いた。
「それでね、その時、あんまり美味しくないなって。むしろ気分が悪くなった。ワイン飲んでて、そんなふうになった事なんてなかったのに」
「そうだったか?」疑わしい目つきだ。
それを無視して続ける。「今日もね、本当は迷ったの。赤を買うか。でも新堂さんは赤が好きだったでしょ?だから……」
「不思議な事があるもんだな」
なぜ私達の体は赤ワインを拒絶しているのだろうか。
今回の白血病という忌まわしい病の影響なのか?けれどとても言い出す気にはなれない。血を連想させるからじゃない?などと!
この話はもうやめよう。私は話題を変える。
「あ~あ。明日から連続勤務が待ってるのよ!かったるいなぁ」
「何だ、そんなにか?」
「ずっと休んでたし、もう休みは取れそうもないの。それにね、また一人辞めちゃって、ちょっと出勤が増えそうなんだ」
「大変だな。おまえもいい加減、辞めたらどうだ」
「簡単に言うわね……。いいの?辞めてガッポリ稼げる別の仕事、始めても!」
しばし沈黙が走る。答えない彼を凝視していると、目を逸らされてしまった。
「さて。片付けるか。パートもいいが、今度の休みは空けておいてくれよ」
転職するいいチャンスに思えたのだが、そうは行かないらしい。
「空けておけって、何で?」別に用事はないけれど。
「ちょっと出かけたいんだ」
「まさか、私を病院に連れて行こうっていうんじゃないでしょうね?」こんな勘ぐりにすぐさま「違う」と返ってきてほっとする。
「ならいいか。分かったわ!」
これは久々のデートのお誘いかもしれない?
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