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第四章 不屈の精神を養え
大きな隠しゴト(2)
しおりを挟む「それにしても、一向に手掛かりが掴めない!」
新堂さんの両親についての有力情報はゼロ。何しろ遠い過去の事であり、雲を掴むような話だ。
まず浮かんだ幼少期を知る人物で、最も期待できるのは西沢巧、奈緒兄妹だ。彼等は新堂さんと同じ施設で育った幼馴染。
だが、あの事件以来関わっていない彼等にコンタクトを取るのは、少々気が引ける。
何しろ妹一筋の巧だから、奈緒が私が関わったトラブルに巻き込まれて視力を失った時は、別人のように逆上して責められた。
その後奈緒の必死の説得もあって誤解は解け、疑われていた私は無罪放免。奈緒の視力も新堂さんの力で回復している。奈緒はきっと今頃、念願のナースとなり活躍している事だろう。
「新堂さんのためなんだから。頑張るぞぉ~!」
西沢兄の番号を探し出し、気合を入れて電話をかけてみる。どうか番号が変わっていませんようにと祈りながら。
幸い西沢はすぐに掴まり、すぐに会える事になった。
「車で動く事にして良かった~」
思わぬ遠出をする羽目になった。聞き出した西沢の勤務先近くのファミレスは、ここから百キロはあったのだから!日帰りできないほど遠くなくて良かった。
「まさかそっちから会いに来てくれるとはな!」
久しぶりの対面となり、予想通りの驚きようだ。
「まあ……時間あったし?」こっちに呼びつけて、新堂さんと鉢合わせされても困る。
目の前の西沢は頭に若干白いものが混じり、彼と同年代には見えない。苦労しているのか。
「八年、じゃないか、九年ぶりくらい?まともに生きてるみたいね。西沢さん」
「お陰さんで、って言っとくよ。……。で、何の用だ?」ばつが悪そうに返される。
「あなたは私に逆らえないわよね?」強気に言い放つ。
対面で話す私達を端から見たなら、西沢の方が間違いなく主導権を握っていると思うだろう。だが、残念ながらそうではない。
「まさか、今さら死んで詫びろって事はないだろうし?俺に用事って事は新堂の事か」
「頭の回転が速くて助かるわ。そう、他でもない彼の事よ」
西沢が口を閉ざす理由はない。すぐに、育った児童福祉施設の名称やら住所を聞き出す事ができた。しかし、すでにその施設は潰れたというではないか。
「え~、そんなぁ……」心から落胆する。また振り出しか?百キロも走ったのに!
「俺は十歳の時にそこに移ったからなぁ。あいつとそんな話した事もないし!一番情報持ってそうな園長夫人は亡くなった。あいつの両親について調べるなんて、無理だと思うぜ?」
「それでも……!やらなきゃならないのよ」
必死な私に同情したのか、その後西沢は当時の職員の氏名や在園者の事など、覚えている限りを教えてくれた。
貴重な情報ではあるが、名前や人柄が分かっただけではコンタクトも取れない。
「残念だが、高校卒業以来誰にも会ってないんだ。そういう事なら奈緒の方が何か知ってるかもな」
「そう!なら奈緒に連絡しよう」
こう思い立つも、すぐに待ったが入る。さすがは極度のシスコン!
何でもナースの仕事は尋常でないくらい忙しいらしく、邪魔をしてくれるなとの事。
奈緒は無事にナースになれたようだ。それを知って心から安堵した。
私に関わった事で彼女が夢を諦めなければならないなど、あってはいけない。
「おい、聞いてるのか?」
「ええ。もちろん。分かったわ」
もちろん異論はない。西沢の希望通り、向こうからの連絡を待つ事にした。
思った収穫はなかったが、遠方まで出向いたお陰で、マセラティの足取りを敵に掴ませやすくなった事は確かだろう。
家の敷地内にて、遠巻きに愛車を見つめながら考える。
「マセラティに乗った偽ドクターねぇ」
この車に乗り換えてから一年半が過ぎた。その間に接触した何者かが狙って来ているという事だろうか。彼に心当たりを聞きたいが、それはできない。
「修理に出したいところだけど……しばらくはこのままにしておこう」
車体に付いたリアバンパーの凹み傷とテールランプのひび割れ。放置するのは新堂さんのポリシーに反するだろうが、格好の目印になる。見つかりませんように!
敵が早く食いついてくれる事を祈るばかりだ。
「だけど、トランクが開かなくなるほどぶつけなくて良かった!」
しかし、翌日もそのまた翌日も何の進展もなく終わる。
そしてあれから一週間が過ぎた。
「ただいま」
「ユイ。車、どこかでぶつけたか?」
「あ……見つかっちゃった?ごめんなさいっ!」ここは謝るしかない。
「おまえがぶつけるなんて珍しいじゃないか」
「ええ、まあ、そうなの!」
「違うだろ。俺みたいなのに、追突されたんだろ」沈んだ声で彼が言った。
なるべく明るく話を収めようと思っていたのに……。
「何言ってるの、新堂さんってば!」
彼の場合は体調不良でぼんやりしていただけだし、些細な事故だったのだ。
「どう見てもあれは、追突された感じだよ」
「違うの。私が急に減速したのよ。後ろの人は悪く……」そう言いかけて、悪くなくはないと思う。何しろ仕掛けてきたのは向こうだ。故意にぶつけたのは事実だが?
途中で話を途切らせた事に何かを感じた様子。
口を挟まれる前におどけてみせる。「そっかぁ~、見つかっちゃったかぁ!」
「最近おまえ忙しいみたいだし、俺が修理に出しておくよ」そう毎日車で出かけなくてもいいだろ、と続ける。
「あなたは何もしなくていい!私がやるから!」
さらに数日がすぎて、再び新堂さんが微熱を出した。今月に入ってもう何度目かも分からないくらいに、発熱の頻度が上がっている。
「俺は大丈夫だから、仕事に行って来い」会社を休もうとしていた私に言う。
「でも……っ」
休んでいるのは、もうかれこれ二週間近くになるのだが、彼は知らない。
「おまえに監視されなくても、ちゃんと寝てるから。行けって」
「監視って!……じゃ、行くわね。何かあったら……」
「ああ。連絡するよ」
こんな日々が続き、たまに会社に行ったと思えば、彼の具合が気掛かりで仕事が手に付かず。こんな役立たずは、そのうちクビになるだろう。
「何かあっても、私に連絡なんてくれないくせに!何もしてあげられない私って、……家でも役立たずだわ」仕事中につい、こんなボヤキを口にしてしまう。
それを目敏く聞きつけた同僚の彼女が言う。「なあに、朝霧さんったら。久しぶりに会ったのに、元気ないじゃない?」
「それが、彼が風邪を引いたみたいで。熱があるんです」
「あら!先生が?心配ねぇ。なら看病してあげないとダメじゃない!」
「それが、頑なに拒絶されておりまして……」もう誰でもいいから助けてくれ!
「ま~医者だって人間だから。でもそういう人って、指図されるのイヤなんだろうね」
「こういう時って、どんな事をしてあげればいいんでしょう?」
「そりゃ、枕元で手握ってるだけじゃダメよ?妻なら介護しなきゃ!」
「介護って……話、変わってきてません?」
この時期は仕事量も少ないため、同僚女性達がこんな話題で盛り上がる。いつしか話題は親の介護になっていた。
期待していた訳ではないが、何の収穫もなく終わってため息が出た。
「手握ってるだけじゃって?握らないでしょ普通!危篤患者かっていうのよ」
あれから貴島さんからは何の連絡もない。話してくれたのかも不明だ。
待ち兼ねて、直接ここに呼び付ける事にした。もちろん彼には内密にだ。こんな事をすれば、ドクター新堂の逆鱗に触れるのは間違いないが、それも覚悟の上で。
「ごめんなさいね、結局呼び出しちゃって。それで、連絡は入れてくれたのよね?」
「……ああ、済まん、何も報告せずに」
「何か分かったら連絡してってお願いしたんだもの。何も分かってないって事でしょ」
その通り、と貴島さんが苦笑いした。「アイツはなかなか手強いぞ」
「そんな事とっくに知ってるわよ。私じゃもう手に負えないの。キジマ先生は新堂さんの主治医みたいなものでしょ?」
「さあ……俺がそう思ってても、向こうがどう捉えてるか!」
「あなたなら大丈夫よ。年上の威厳さえ保てれば?」
再び苦笑いの貴島さんを勇気づけて、我が家の廊下を進む。
「書斎にいるはずよ。寝てろって言っても聞かなくて」
「そりゃ、誰かさんと一緒だな~!」
「何よ!……で、誰よ、それ?」
罵り合いながら書斎へ向かう。ドアをノックして声をかけた。
「新堂さん。ちょっといい?」
返事も待たずにドアを開くと、彼は正面のデスクに頬杖をついて目を閉じていた。
そんな様子はいつもと違う。「新堂さん?」
「よっ新堂、邪魔してるぞ~」
転寝していたのか、少ししてようやく顔を上げた。酷く顔色が悪い。
「ん……貴島?いつからいたんだ」
「今来た。この間の電話では問題ないって言ってたが……そうは見えないぞ」
「ユイ……おまえが呼んだのか」
私は思わず下を向いてしまう。
「まあまあ。朝霧を責めるな。お前を心配しての事なんだから」
「貴島先生、それじゃ、あとよろしく。必要なら寝室も使って構わないから」
「おう。サンキュ」
手を上げてそう答えた貴島先生に軽く頭を下げた後、慌ててその場を後にした。
「新堂さん、勝手な事してごめんなさい……」
二人が書斎に籠もったまま三十分が経過した頃、貴島さんがドアを開けて叫び声を上げた。「……ダメだ、今すぐだ!おい朝霧、新堂を借りてくぞ!」
そう言うなり、引き摺るようにして貴島邸へと連れて行ってしまった。
「何なのよ?いきなり……」
一人取り残された怒りすら忘れて、あまりの慌しさに呆気に取られる。
「新堂さんったら、携帯まで置いてっちゃった」デスクには携帯電話が残されていた。
そしてその夜、新堂邸の電話が鳴る。
『もしもし。朝霧か』
「貴島さん?連絡待ってたわ。新堂さんはどう?」
『……あっ、ああ。かなり体力が落ちてるようだ。過労だな、こりゃ』
「そう……」やっぱりそうなのか。
この後少しの間がある。後ろに彼がいるのだろうか?
『……なので、当分こっちで面倒見るよ』
「その方が安心ね。そっちにいれば仕事させなくて済むし?よろしくお願いします、貴島先生』
それから二日後、私は貴島邸へと車を走らせた。
「こんにちは」
「ユイ!いらっしゃい!新堂先生起きてるわよ」まなみが出迎えてくれた。
「うん、ありがと。貴島さんは?」
「出かけてるわ」
「そう……」
すぐに病室へ足を運ぶと、彼はベッドを起こして本を読んでいた。
「ユイ、わざわざ来てもらって悪いな。突然こんな展開になって済まない」
「ううん。ここにいてくれた方が私も安心だし。どうなの?具合」
「ああ。大丈夫だ。しかし暇でなぁ……」本を閉じて背伸びをしている。
「でしょ~?私の気持ち、分かった?」ただ寝ているだけがいかにツラいか!
「身に沁みて」
二人で微笑みあう。
「はい、これ」
「ああ、ありがとう。慌てて出て来たからな」
携帯電話を手渡すと、彼が早速着信を確認している。
「何度か鳴ってたよ?家の電話は出てるけど、そっちはノータッチだからよろしく」
「ああ……大丈夫だ。……そうだった!例の書類を依頼人に……」
彼が履歴をチェックした後に呟く。
「それって、あの日に言ってたヤツ?何なら私、届けてあげよっか」
「悪いな。頼めるか」
「喜んで!」そんな事ならばお安い御用だ。
「何か問題があれば、連絡をくれ」携帯を持ち上げて言う。
「オーケー。今度はちゃんと電源入れておいてね?」これは若干嫌味だ。伝わったかは不明だが。
そして書類の在り処と依頼人の連絡先を教わり、今日中に届けると約束する。
ベッドから離れようとした時、彼に手を掴まれた。
「ちょっと待て」
「どうかした?」
「……冷たいじゃないか」私の手を握って言うので、「外、結構寒いのよ」と教える。
「ついでだから、貴島に診察してもらってから帰れ」
「え~!何でよ。私は何ともないわ」
「いいから。これは主治医命令だ」なぜそうなる?「私はお見舞いに来たのよ?」
無言の圧を掛けられ、「書類、届けるの遅くなるよ?」と言ってみる。
「たかが二、三時間だろ。構わんよ」
ここへ来て膨れっ面をするとは思わなかった。こんな状況でも私の体調を気遣う仕事熱心な新堂先生なのだった。
そうこうするうちに貴島さんが帰宅した。まなみがカバンを運んでいる。
「貴島先生、お帰りなさい」
「おお、朝霧。来てたのか」
「新堂さんの事が気になって。状況教えてほしいの。何かしら分かった事あるでしょ?」
貴島さんが口をつぐんだ。
そこへタイミング良くまなみがやってきて言う。「ソウ先生、新堂先生が呼んでるよ」
「あ?何だ?今行く」
首を傾げて二人のやり取りを見守っていると、貴島さんが私を見た。
「朝霧、向こうでまなみと待っててくれ」
「ええ……分かったわ」
大人しくまなみとリビングへ向かった。
やがて貴島さんはすぐに戻って来たのだが、何やら不機嫌な様子だ。
いつでも私を優先する彼に呆れたらしい。それは私も同感です!
「それで、彼はどうなの」話を戻す。
「まあ何だ。あいつも人間だったって事だなぁ!」こんな曖昧な返答に、「何よそれ」と鋭く返す。
「今まで無理しすぎたんだ。俺もアイツぐらいの年には、体調を崩したもんだよ」
真偽を見極めるべく、無言でその目を見つめる。だが貴島さんがその視線を反らす事はなかった。
「そう。じゃ、すぐに良くなるのね?」そう問えば、「……ああ」とどこか歯切れの悪い返事で腑に落ちず。
さらには、私が追及するのを遮るように畳みかけられる。「さ~て!それじゃ、朝霧ユイの診察を始めるか」
やっぱり何かある。私の事など気遣っている場合なのか?
だんまりの私に強気に出る貴島さん。「まさか、断らないよな?」
「……まさか!お願いします」
私は素直に診察を受け入れた。これで新堂さんの気が休まるのなら。
「急ぎの用事があるの。ここんとこ体調は問題ないから、パパっと適当に済ませて」
同意が得られるものと思ったこんな言葉は、どうやら貴島先生の気に障った様子。
「悪いが。俺は適当な仕事はしない主義でね」
珍しく殺気の籠もった口調に、「それはゴメンなさい……」と小さく謝罪した。
その後いくつかの検査をした。室内には機械の電子音だけが響き、お互い無言だ。
最後に採血用の注射器を持ち出す。「朝霧、採血してもいいか?」
「それ、何で聞くワケ?診察に必要かはあなたが判断する事でしょ」
「ははっ、そうだったな!」
おどけて答える貴島さんに少々イラ立つ。
そして全てを終え貴島さんが言った。「よし。現時点では特に異常なし」
「だから言ったじゃない?信用ないんだから!新堂さんに直接言ってやるわ」
勢い良く病室に顔を出したものの、眠ってしまった彼を前に空回る。
「新堂さん……」
ついて来た貴島さんが後ろから声をかけて来た。「寝かせてやれ。俺が代わりに言っとくから」
「ちゃ~んと、言っといてね!」
こうして急いで家に戻り、目的の書類を手に依頼人の元へ走る。
無事に頼まれた物を渡し終えて、再び家に帰ったのはもう遅い時間だった。
「もうっ!煙草の本数、増えちゃうんだからね?」
テラスから星空を見上げながら、一人存分に紫煙を燻らせた。
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