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第四章 不屈の精神を養え
34.テロリストの素質(1)
しおりを挟む続けているパートタイムで最も有意義なのは、雑談の時間だ。私にとって、彼女達との会話はいつも新鮮で刺激になる。
「ねえねえ聞いてよ!私昨夜、パソコンで怪しいサイト見ちゃったっ」
この彼女は普段から胸元の開いた服を好み、下ネタを連発する傾向にある。
「それって、まさかエッチ系じゃないでしょうね……ここでする会話じゃないよ?」
別の班の人達が何やら盛り上がっているのが聞こえて、つい耳をそばだてる。
「違う違う!ほら、最近ニュースでやってるテログループの……」
「中東のアレですか?」思わず振り返って会話に加わってしまった。
すると話を持ち掛けた彼女が頷いた。
「そうそう!あいつらが、公開処刑とか言ってナイフで外国人記者を殺す映像よ!」
何とも過激な話題だ。
「何々、何の話~?」また別の一人が興味深げに寄ってくる。
「あなたには刺激的すぎる話よ、聞かない方がいい」
「え~、仲間に入れてくださいよ!大丈夫ですから」
こちらの彼女は、この個性派揃いの社内では清純派の部類か。
そうすると私は、なぜすんなり会話に入れてもらえたのか。
朝霧ユイのウラの顔は知らないはず。何しろここではかなり猫を被っているのだ。
……見抜かれてる?
「ちょっと待ってください?私には過激な話題もオーケーって事になりますけど!」こう問いかけてみるも、「え~?そうよ!だって大丈夫でしょ、朝霧さんは!」と来た。
なぜだ?「……。まあ、刑事ドラマとか好きですけど」こう言って誤魔化したが納得行かない。
思い悩む私を差し置いて話は進む。
「私も見た~い!どこのサイトか教えて下さいっ」また新たな一人が加わった。
そう来るのか!全くここの人達はツワモノ揃いだ。
「皆さん、そんなに殺戮シーンに興味があるんですか?」恐る恐る尋ねた。
「いやだ、そんなっ!うん。って言わせないでっ!でもね、実際に目の前でって言われたら見れないわよ?映像だからこそよ」との事。
「私もそうですぅ~」一斉に賛同の声が上がる。
そんなものか?こんな映像がこうして平和に暮らす一般の人間にまで流れてしまうとは。「こんなのって……残酷ですよね」私は心からこう言った。
殺る側も殺られる側も、そして傍観者達も。
そこからさらに話が膨らんで行く。
「だってね、その殺された人?土壇場になっても逃げようとも抵抗しようともしなかったみたいよ」
「どうしてですかね~、普通、我先に逃げますよね!」
それはテロへの抗議を、自らの死を持って示しているのだ。自分は殺されても、この状況を世界中に知らしめてテロリスト達に制裁を加えるために。
そう伝えたかったが、コメントを控えて一般の意見を聞いてみる事にする。
「え~?だって縛られてるのよ?逃げられないでしょ!」
「それもあるし、逃げたらすぐ殺されちゃうよね?」
これには堪らず反論した。「縛られてなくても逃げませんよ。敵に背を向ける事もしません」
一同が、え?と首を傾げて私を見る。
「まあ……私なら反対に殺しますけど」勢いでつい本音が出てしまった。
私の主張が理解できなかったのか、辺りは一気に静まり返りポカンとする面々。
ハッとして慌てて言い直す。「っ!だからほら!縛られてなければ、ですよ?だって、やられたらやり返さないと!ドラマとかではそうでしょ?」
「ああ~、そうね!やられっ放しじゃダメよ!」一人が大袈裟に手を叩いて同意してくれた。
……危なかった。もうこんな話題に調子に乗って首を突っ込むのはよそう。
こんな会話をした矢先に興味深い依頼が入った。新堂先生ではなく私にだ。
それがどういう訳かイギリス諜報部、過去に偽装結婚の依頼をしてきた組織だ。
「(なぜこの番号を?)」直接私の携帯電話に連絡が入った事に驚く。
『(我々にとって、調べるのは容易い事だ)』
こんな返答をされて質問を繰り返すほど愚かではない。「(ああそうですか!……で?どういうご用件かしら)」
聞けば、最近活発化しているテロ対策として、民間向け講習会の企画が持ち上がっているとか。
「(それはいい事じゃない。大いにやってほしいわね)」
この国はその手の対策は後手後手になっている。議論すら進まない状況だ。
『(これを企画したのは日本の民間企業だ。国がやらないならば自分達で対策をとね。我々も大いに賛同した)』
この国にそんな勇敢な人達がいた事が嬉しくてすぐに同意を示す。
けれど、それでなぜ私に連絡を?
『(ミズ朝霧、君には過去に深手を負わせてしまった経緯もあり、今回の依頼には難色を示す声も上がっていた)』
「(あの時の事は別に気にしてないわ。でももう、そちらからのお仕事は私には無理かと……)」何しろ新堂先生が絶対に首を縦に振らないだろう。
『(今回依頼したいのは、その講習会の講師だ。実地演習も予定しているので、多少のパフォーマンスも含まれるが)』
参加者が予想を遥かに上回る人数となり、講師が不足しているとの事。
「(パフォーマンスって?)」
『(大したものではない。立場的には教官と思っていただければいい。君が適任だと判断した。企画した民間会社からの推薦もある。どうか引き受けてくれないか)』
「(民間会社の推薦?私を知ってる人?……まあ、私はいいんだけど。どうかしらね)」
我が主治医が何と言うか!
考えあぐねていると、まるで思考を読み取ったかのように切り出された。
『(ドクター新堂なら心配ない。彼にはすでに、救急医療の対処法についての講義をお願いした。是非ご一緒にお越しいただきたい)』
「(ウソでしょ?引き受けたの、あの人!相変わらず手回しがいいわね。そういう事なら問題解決だわ)」
そんな訳で、私達は再び海外へ発つ事となった。
「新堂先生、シカゴから帰国したばかりだったのに」
「いいさ。おまえと一緒なら」
「今回は堂々とあなたの横にいられる!」変装せずに?
ロンドン行きの飛行機の中で、彼が読み取れない表情で私をチラリと見た。
「だけど、良くこんな依頼受けたわね」
「ユイが絶対に引き受けると思ったからな」良くご存じで。
「テロで民間人が犠牲になるのは、どうしても許せない。ホントなら、今すぐに私がこの手で……」拳を握って怒りを露わにする。
「おいおい、落ち着いてくれよ!」
彼の手が私の肩に置かれ慌てて力を抜いた。「……っ。ごめんなさい、つい」
「俺だって同感だ。今回ばかりはね」
「そうでしょ!」
何しろ、先日会社の人達と話題にした例の公開処刑とやらは、あれ以来すでに四回も行われている。犠牲者は全てジャーナリストだ。
誘拐されはしたが、身代金を支払って解放されたケースもあるらしい。
「ふざけてるわ、身代金として一億三千万ドルも要求するなんて!」
「もはや国家予算並みだな。それが奴等の資金源……確かにやるせない話だ」
「死を持って抗議する彼らの気持ちが、痛いほど分かるわ」私は小さく呟いた。
到着すると、案内役のロマンスグレーの男性が空港まで出迎えに来ていた。
「(ようこそ英国へ!お待ちしていました、お二人とも)」
軽く挨拶をして用意された車に乗り込み、案内されるままに目的地へと向かう。
街中を抜けてオフィス街に入り少しすると、見覚えのある建物が見えて来た。ここへは何度か来ている。
「(お二人には三日間のコースを担当してもらいたい。早速説明をするのでこちらへ)」
案内役に続いて建物内に入り廊下を進む。
「相変わらずね、ここの殺風景具合は!」
「そんなに頻繁に出入りしてたのか?」新堂さんが聞いてくる。
この組織からの依頼となると、彼にとっては良い印象はゼロだろう。
「そんなにはないけど。ただ印象に残ってるだけよ」
疑いの目を向けられたが、そ知らぬふりをして先に進む。
新堂さんは過去に一度だけここに来ているはずだ。ケガを負った私を迎えに来てくれた時に。
例の偽装結婚の後、私はヘルムートを逃がすために、自ら銃弾を浴びる事を決意した。逃げ道を提供するためとはいえ、あの人には酷な事をさせてしまった。だが優秀なヘルムート・フォルカーはやり遂げた。
そして私も、新堂さんのお陰で生き延びた。
「(ミズ朝霧には、始めに個人の安全対策に関する講義をお願いします)」
「(個人?企業向けじゃなかったの)」
「(参加者の多くはフリーのジャーナリストでしてね。もちろん企業のトップや、中には各国の政府関係者も混じっていますが)」
「(ねえ……、分かってるわよね?私達の素性!こんな所に参加して大丈夫なの?)」
新堂さんと顔を見合わせ、恐る恐る尋ねる。
「(承知しています、その件は問題ありません。あなた方は我々の組織の人間という事で紹介してありますから)」
「何とも光栄な事だな!」
嫌味なセリフを吐く新堂さんに肘打ちをお見舞いする。
「いてっ……っ」と小さく声を上げて、彼は私を睨みつけた。
「(話を進めても?)」案内役が振り返って私達を見ていた。
新堂さんは何食わぬ顔で言った。「(ええ構いません。お願いします)」
「(そして、ドクター新堂には救急医療の講義をお願いします。基礎知識から、現場での被害者の応急処置法などを。こちらは実際に行っていただきます)」
「(実際に、とは?)」
「(模擬襲撃現場でケガをしたメンバーをそちらに運びます)」
「(おいおい、まさか実際にケガを負わせるのか!模擬演習で?)」驚く新堂さん。
「(まさか!そこまでドクターの手を煩わせる事はしませんよ?)」
こんなやり取りを聞いていて思う。ここの人達ならばやり兼ねないと!だがさすがに、政府関係者まで参加する場とあっては無理だろうが。
「(ホントのところは、やりたかったんでしょ?)」軽く冷やかしてみる。
「(では、そのケガ人役をミズ朝霧にお願いしましょうか)」きっと見事にやってのけるでしょうから、と嫌味に返された。
負けるものか。「(残~念。私、やられないから無理ね。そんな事して、死人が出ても知らないわよ?)」
「おいっ!」新堂さんが顔色を変えた。
私達のブラック・ジョーク(!)を、彼だけは受け入れられなかったようだ。もちろんすぐに冗談だと伝えたが。
「(それで、個人の安全対策ってどの程度?)」私は案内役に尋ねた。
「(はい。爆弾等火薬物への対処法ですとか、路上検問時の注意点、誘拐人質事件に遭遇した際の生き残り法など、自由に講義していただいて結構です)」
「(ま~楽しそう!)」
嬉々とする私を横目に、新堂さんが額に手を当てて首を振っていた。
「(そして最後に、演習の録画映像を振り返って反省点などを指摘し合う、という流れです)」
「(了解したわ。では、私の講義の参加者リストを見せていただける?)」
こう訴えると一枚紙を渡された。ざっと目を通して行く。
「(ミズ朝霧のグループは、なるべく各国機関の人間を入れないよう配慮しました。企画された日本企業の方もいらっしゃいますよ)」
「(それって私を推薦してくれたって人?)誰だろ……?」
「おい、見てみろ、これじゃないか?」新堂さんが横から覗き込んで指で示す。
そこにはミスター・カンザキ、オオガキとあった。
「やだぁ!その企業の人って、神崎さんだったのね!納得だわ」
こういう事に関心を持ってくれるのはとても嬉しい。
「またか……何て事だ」
「あら、なぜ嘆くの?会社のトップが危機管理対策を知っておくのは重要な事よ」
なぜか複雑な表情の新堂さん。
「(教官用のユニフォームを用意してあります。お二人にもお渡しておこう)」
「(ありがと。新堂さん?どうしたの)」受け取ろうとしない彼に問いかける。
「(いや、私は結構)」
渡された黒の繋ぎを広げて見せる。これはここの職員が訓練や作業時に着用するもので、私にとっては見覚えがある。
「(ドクターは実戦には加わらない予定ですので、無理には勧めません」
「え~、着ようよ、新堂さんも~!きっと似合うと思うよ?」どうしても着せたい。
「必要ない」対して頑なに拒否する彼。
「んもうっ、つまんない!」一人だけ高級スーツを着ているつもり?
「(ミズ朝霧、事前に用意するものがあれば、手伝いますので言ってください)」
こう言われてハタと考える。「(用意するものって?)」
「(印刷物とか配るでしょう?)」講師の皆さんはご用意されておりますよ、と続ける。
「(いいえ。私は特にないわ)」
面倒くさがりの事もあり、全く考えていない。
それを知った新堂さんが透かさず指摘してくる。「おまえ、本当に講義なんてできるのか?」不安そうな顔だ。
私は人差し指を立てて左右に動かす。「ユイさんに任っかせなさいっ!」
自分が講師に向いていると自覚したのは、朝霧家を継いだ神崎さんに頼まれて若い部下達を相手に開いた講義だった。もちろん新堂さんはその開催すら知らない。
神崎さんの推薦とあらば光栄だ。あの時の講義を認めてもらえた証なのだから!
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