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第一章 幸せのシンボルが呼び寄せたもの
ナイミツ事項(2)
しおりを挟む神崎さんと久しぶりの再会を果たしたその日の夜、夕飯を終えて憩いの時間が始まる。
「今日ね、帰りに神崎さんに会って来た」
「そうだったのか」
「結婚したのかって聞かれちゃった」
「ちゃんと否定したんだろうな?」新堂さんが急に真剣な口調になる。
「もちろんだけど。何もそんなにムキにならなくても!……そんなに嫌なの?」私との結婚が……。
「ユイはどうなんだ。結婚してどうしたいんだ?」
「どうって、特にないけど……。ただ私は絆を形にしたいっていうかさ……」
「なあ、ユイ」改まって呼びかけられ、顔を向ける。「はい?」
「おまえは、子供が欲しいか」
「子供?!何、急に!展開が急すぎなんだけど?」
おどける私に対して真顔の彼。「答えてくれ」
「分からない。考えた事ないわ」
彼が大きく息を吸い込んだ。それはまるで何かを決心したように。私は不安を感じながら次の言葉を待った。
「ユイ、聞いてくれ。俺は、子供をつくれない体なんだ」
「え?」
「俺には精子がいないようだ。無精子症って知ってるか?」
「あの、何となく……」
予想外の展開に戸惑うしかない。
「どうやら、生まれつきらしい。誰かにこんな事を打ち明ける日が来るとは思っていなかったよ」
「そう、なんだ……」
「結婚するなら、ちゃんとした男にしろ」
だから結婚に後ろ向きだったのか……。だが彼のこんな言葉にはムッとした。
「ちょっと新堂さん!何よ、ちゃんとした男って?私にはあなた以外にいない!」
「今言った事、理解したのか?ミサコさんも神崎社長も、これを知れば俺との事を反対するはずだ」
「それは違う。私は子孫繁栄のために結婚を望んでる訳じゃない。お母さんや神崎さんだって、私達が幸せだって事が重要だと言うはずよ」
彼は何も言ってくれない。私は話し続ける。「ねえ新堂さん、覚えてる?私あなたに言った事あるでしょ。こんなものいらない、切り取って!って」自分の下腹部に触れて言った。
生理痛が酷い私はその昔、そんな事を主治医にぼやいた事がある。
「そんな事もあったか。正常な臓器を切除する趣味はないって断ったけどな」
「そうよ。こんな女が、子供を産みたいと思ってると思う?」
「それはただ痛みに耐えきれなかったせいだろ」
「それよ。そもそも私、痛いの大嫌いなの。それに知ってるでしょ?私、治験で怪しい薬を散々乱用してたのを。あの時中里さんに言われたわ。妊娠できなくなる可能性があるって」
母の手術費用のために闇新薬治験のアルバイトをした事がある。それはつまり新堂さんに払う依頼料のためだ。
その時の雇い主が中里恭介で、新堂さんの医学部の同期だった。
「それはあくまで可能性の話だろ?」
「私は初めから望んでないって事よ!だからあんな事にだって平気で……」
「ユイ!平気でなんかじゃないだろ。自分を悪く言うな」
新堂さんはこんな時も私への気遣いを忘れない。本当はこんなに優しい人なのだ。
思わず泣きそうになる。
「痛み止めとか、普通の薬は大半効かない。その上特殊な血だし、緊急の時とか大変よ?例え妊娠できたとして、母子共に無事である保証はないんじゃない?」
ちなみに私はかなりレアな血液型だ。新堂さんもそれと全く同じ型だと分かった時は衝撃だった。この血が私達の腐れ縁の原因かもしれない!
「確かに危険度は高い。しかし……」
「それでいいの。私があなたがいいって言ってるのよ」
「だが、絶対に無理だとも限らない」まだ引かない彼。
「私は、あなたを独り占めしたかっただけ。結婚すればその願いが叶う気がしたから。でもいいの。そこまで結婚にこだわってる訳じゃないから。今のままで十分よ」
このままでは一緒にいる事もできなくなりそうだ。結婚は諦めよう。
「本当にいいのか?母親になる権利は全ての女性にあるんだ」
「別にいい。だけど、新堂さんの奥さんにはなりたいなぁ?」わざと恨めしそうな目つきで訴える。この願望だけは、どうしても伝えたい。
「ははっ!こんな俺の奥さんか……。やっぱり変わり者だな、おまえ」
「普通の人間じゃ、新堂和矢とは付き合えないよ」私は真顔で言った。
しばし沈黙が走る。……。怒った?
そう心配になったが杞憂だったようだ。なぜなら彼の表情はずっと穏やかだったから。
「ありがとう、ユイ。本当は怖かったんだ」
「私がそんな事くらいで、あなたから離れて行くなんて思った?あ、ごめんなさい、そんな事なんかじゃないよね。あなたにとっては重大な……」
「いいんだ。いいんだよ……」
私は新堂さんに引き寄せられて、その胸にかき抱かれた。
その温もりを十分堪能してから、顔を上に向けて彼を覗き見る。
「でも、何か嬉しいかも」
「何がだ?」私を見下ろして不思議そうに聞いてくる。
「新堂さんのこういう欠点ってかなり貴重だから」
「この事はできればご内密に願いたいが……そうも言ってられないよな」
「心配しなくたって、私の方が欠点とか恥かしい事とか、い~っぱいあなたに握られてるんだからね?お互い様じゃない」
ようやく彼に笑顔が戻った。そして話を戻される。「で、他に神崎社長と何を話したんだ?」
「別に。ただの近況報告よ。今はもうお金借りる必要もないし?」わざとこんな事を言って失敗した。「ただ顔を見せに行ったとは、どうしても思えないんだが」と返ってきたからだ。
そう思われても仕方がないと思う。今や神崎龍司は裏社会の人間。私が良からぬ事に首を突っ込んでいないか、新堂さんは心配なのだろう。
そして今回、私は拳銃を借りた。このリングの事もある。内密事項が多すぎて困る!
「そっ、そんな事ないって!」
無意識に私は挙動不審だったらしい。すぐに疑いの目を向けられる。
「ユイ?何か隠してるな。本当は何なんだ?」
「何も隠してないよ、ただ神崎さんが私が着けてるリングを見つけて、結婚したと思ったって話だったと思うけど」
「だったと思う?何でそんなに曖昧なんだ。それより、またそれ着けてったのか?」
彼が口元に手を当てて何か思案している。
「何で?いけなかった?」
「いや……」
「まあ、似合ってないって言われ続けてるけどね」神崎さんが指摘したように、センスが疑われる事を心配しているとか?
「あまり外に着けて行くな。そのうち、別の買ってやるから」
今なんて?!「そっ!それってどういうヤツ?」まさかまさかのエンゲージリングとか!期待がどこまでも膨らむ。
「どういうって、もちろんユイに似合うヤツに決まってるだろ」
「そういう事を聞いたんじゃ……ないんだけど」思わず小声でボヤいてしまう。
「何だよ、不満そうだな。いらないならやめるが」
「いる!いります!欲しいです!」
どうも墓穴を掘りまくっているような……。これ以上口を開いたら、余計な事を言ってしまいそうな気がする。
「おまえ、やっぱり何か企んでるな」何をもってかこんな事を言ってくる。
「人聞きの悪い、何も企んでなんてないから!」
「また危険な事にでも巻き込まれたか」
「は?何それ!普通、突然そんなのには巻き込まれません!」
「普通じゃないんだったよな?朝霧ユイは」
ああ不味い、本当にマズイ!心で嘆いていると新堂さんが立ち上がる。
「どこ行くの?こんな時間に」
「用を思いついた。ちょっと出て来る。先に寝ていろ」
「思いついたって!……今、って事?」
彼は私を一瞥すると、手ぶらで出て行った。ドクターズバッグを持たずに行ったという事は仕事ではない。
「何よ、いきなり用って。まさか神崎さんに会いに行った訳じゃないよね?……」
神崎さんに秘密にしてくれるように頼んだのは、拳銃を借りた事だけだ。
リングが狙われている件も口止めしておくべきだったと、心から思うのだった。
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