大嫌いは恋の始まり

氷室ユリ

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第六章 まだ見ぬ世界を求めて

  ゆがんだ愛の行方(2)

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 短い秋が終わり年の瀬も迫った頃、私はついに成し遂げた。

 プルプルと両足が震える中、そっと壁から手を離す。
「数秒間だけなら、何とか、立って……いられる!筋力アップの成果ね」
 これで存分に新堂さんを驚かせてやろうではないか。
 プランとしては、背後から近づいて、後頭部にエアガンを突き付けてみるとか!

 そして早速、それを決行したのだが……。

「……!!誰だ?何のつもりだ」
 当然犯人が私だとは思うはずもない。何しろ、銃口を当てたのが車椅子の人間では届かない場所なのだ。
「目的は何だ?」
 要求を言って来ない犯人に不審感を抱きつつも、新堂さんは両手を上げる。
 喋ったら私だという事がバレてしまうので何も言えず。

 浅はかなプランだったと後悔した。もっと穏やかな路線で行けば良かったと!

 ああ、そしてもう限界だ。体を支えきれない……そう思った時、彼が勢い良く振り返って私の持ったエアガンを掴んだ。
 それに驚いて倒れ込みそうになる。「きゃあ……っ!」
「……ユイ?!」
 私だった事に気づいた彼は、慌てて倒れる寸前の私を抱きかかえた。

 プラスチック製の黒い物体が、乾いた音を立てて床に落ちた。

「何だよ……、おまえだったのか!」
「驚かそうと思ったのに、逆にびっくりしちゃった……。やるじゃない?新堂さん」
「ユイ、立ってたよな、今……。立てるのか?」
 とても信じられないというように、彼が確認してくる。

「ちょっとだけね。でも、立ってるというより筋力で支えてるって感じ」腰に手を当てて答えた。
「凄いじゃないか!良く頑張ったな」
 こう言った後に彼はとても小さな声で、信じられない、と言った。


 私をソファに誘導し終えても、新堂さんはなぜか俯いている。
 そして、その目元からはどういう訳か、滴が一粒床に落ちたではないか!

「イヤだ!新堂さんったら泣いてる?そんなに喜んでくれるなんて。嬉しいけど……」
 大袈裟すぎると思う。
「済まない、ユイ……」彼が下を向いたまま言った。
「新堂さん?どうして謝るの?」

 彼は私の質問には答えずに、顔を上げると言った。「今すぐにオペをしよう」
「えっ?今何て……?」
「元に戻してやる」
「は?」
 何を言っているのか分からなかった。いきなり元に戻すだなんて?

「どういう事よ、そんなに簡単に……」
「いいから、俺に任せろ。さあ行くぞ」

 突然の展開に、私は大いに戸惑った。
 けれど考える暇もなく車に乗せられて、近所の病院へと連れて行かれたのだった。


 そしてオペ室にて。どういう訳か二人きりだ。

「ねえ?あなた一人でやるの?」辺りを見回して尋ねる。
「おまえは何も心配するな。麻酔を始めるよ」
 またしても質問に答えてくれない。
「ちょっと待って!」右手で酸素マスクを持ち上げて訴える。
「こら、外すな。ちゃんと酸素を吸ってもらわないと困る」

 ややイラ立ち気味に返してきた彼だが、私の強い視線を感じたのか、手を止めた。

「どうした、怖いのか?」
「違うわ。私は新堂先生の事信じてるもの。そうじゃなくて……一つ、確認したいの」
「何だ?」早くしろと言いたげな素振りで首を傾げる。
「もし、私が元の体に戻ったとしても、あなたと一緒にいられるのよね?」
「俺はそうするつもりだよ」
「新堂さん、どこへも、行かないよね?」再度念を押す。

 もし体が治って私が一人で生活できるようになったら、彼がどこかへ行ってしまう気がした。

 彼はやや考えてから、「それは……、おまえ次第かな」と言った。
「私次第って……?」どういう事か分からず聞き返すも「さあ、もう始めるぞ」と切り捨てられる。
 これ以上のムダ話は、取り合ってくれそうもない。

「私!あなたと一緒にいられなくなるくらいなら、いっそ、このままでも……!」
 最後にこう訴えた。

 新堂さんの様子がずっと変だった。意味もなく謝罪の言葉など口にする人でない事は、私が一番良く知っている。
 彼が一体何を考えているのか、不安で堪らない。

「ユイ。もし、じゃなく、おまえは治る。俺が治してみせる」
 この言葉を最後に、強制的に麻酔がかけられた。私の意識は段々と薄れて行く。
「その質問をしたいのは俺の方だ。おまえはまた、命を投げ出すような事を始めるのか?……その手で人を殺すのか?そうだとしても……。もう限界だよな」

 新堂さんのこんな嘆きの声が、遠くの方で聞こえる。
 しない、命を投げ出したりなんて、そんな事は……!答えたいのに口は動かず、頭も働かず言葉にならない。

 そして最後に聞こえたのはこんな言葉だ。
「このままでいいだって?おまえ、まさか俺のした事に、気づいてるのか……?」
 そんな訳の分からない事を、麻酔をかけてから言わないでくれる?

 ああ……、新堂、さん……。



「……いつの間にか、俺まで眠ってしまった」
 こんな新堂さんの声が耳元で聞こえて、目が覚めた。

 一夜明けて、朝日がカーテンの隙間から差し込んでいた。起き上がった彼の顔に、一筋の線となって当たっている。
 ここは病院ではなかった。私はどうやら、すでに自室へと戻って来ているらしい。

「……う、……ううっ……新堂、さん」
 色々聞きたいのに、彼の名前しか口から出て来ない。

「痛むのか?」新堂さんの声がさらに近くで聞こえた。
 まだ意識が朦朧としていて、言葉を発する力もない。「ん、ん……」
「おまえは痛いのが苦手だったな。麻酔が完全に切れる前に対処しよう」
 こんな事を言って、私の額に手を置く。

「新堂さん……」
 私の再度の呼びかけに、彼が額に当てた手を離して顔を覗き込んだ。
「気分は?大丈夫か」

「私、……どう、だったの?」ようやく言葉が出てくれた。
「オペは成功した。あとは、リハビリあるのみだ」
「じゃあ……」
「ああ。もうすぐアイツとも、おさらばできるぞ」部屋の隅に置かれた車椅子に向かって言う。

「そう……」
 沈んだ私の声に新堂さんが不満顔だ。「何だ、嬉しくないのか?」
「そんな事ない、でも……」私の不安はまだ継続中なのだ。
 彼が軽くため息をつく。「またあの話か?俺は、どこへも行かないって言ったろ」
「それは、本当よね?」

「もう嘘をつくのはやめたよ」
 この一言で、麻酔をかけられて朦朧としていた時に聞いた言葉を思い出す。
「ねえ、それ、どういう事?」

「……いや。その話は、また改めてする」
「私に、何か嘘をついてた、って事……?」一体何なのか、非常に気になる。
「ユイ。今は、ゆっくり休んでくれ」
 今すぐに問いただしたかったが、今は大人しく従おう。
「……はい」そう答え、再び目を閉じた。

 違和感のある謝罪の言葉以外にも、これまでの新堂さんの言動には疑問を抱いている。

 例え治せないと言われているケガだとしても、立つ事も歩く事も不可能だなどと、負けず嫌いのこの人がそう簡単に認めるだろうか?少しでも治そうという医者としての使命感はどこへ?
 現に私は自力で立ち上がれるまでになったのだ。熱心に取り組めば、もっと改善されたかもしれないではないか。それなのにどこまでも消極的だった。

 私の我がままに一度足りとも怒りを示した事もなく、ただただ穏やかで優しかった。
 全ては私への同情か。それとも本当に純粋な愛情からなのか。

 でもそうじゃなく、もっと別に理由があるのでは……?
 様々な考えが、頭の中に浮かんでは消えた。


 手術から一週間が経過した、年明け早々の事。私は早速ベッドから抜け出す。
 居ても立ってもいられず、兎にも角にも早く自分で動きたかったのだ。もう一日だってムダにしたくない。

「うっ……」痛みに思わず声が漏れる。
「まだ無理するなよ。そんなに急がなくてもいい」
 こんな指摘にもお構いなしで、前だけを見据える。
「ムリなんてしてないってば!」

 言ってもムダと分かったのか、彼が再び体を支えてくれてリハビリ再開だ。

「……本当の痛みって、こういうのだったのね」
 こう呟いた直後、痛みを通り越して力が抜けた。
「うわっ!」倒れそうになり思わず声を上げる。

「おっと……!」透かさず彼が支えてくれ、事なきを得た。「大丈夫か?」
「……ありがとう」
 それにしても辛い。辛すぎる。
 どうして私の足はこんなに重いのか!鉛の重りでも付いているようだ。

 新堂さんの強い勧めもあり、一休みする事にする。
 車椅子から降ろしてもらい、テラスに並んで腰を降ろして会話する。

「ねえ。リハビリって、大事でしょ?」
「もちろん。少しでも早く元の生活に戻るためにね」
 こんな返答をしたものの、彼はこれまでリハビリどころか、過剰に私の世話を焼いていた。それこそ自分でできるような事までも!
「今でこそ、こうして付き合ってくれてるけど……」

 脊髄損傷で半身不随になった人間には、リハビリは不要?と聞きたかったがやめた。
 だってそれはもう過去の事。今ではこうして回復に向かっているのだから。それも不可能なはずの手術をあっさり(そう見える)やって退けて!

 不審感は消える事はなかったが、私は順調に元の生活に戻りつつあった。


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